ホウオウグループ支部施設、閉鎖区画。その一室はまるで、病室のようなレイアウトになっていた。一面真っ白に塗られており、清潔さが保たれている。入った瞬間に、その清浄さが分かる位だ。
部屋の主は、ベッドの上から窓の外を眺めていた。部屋は閉鎖区画内の植物園と隣接しているらしく、窓からはまるで熱帯雨林のような光景が見えていた。
部屋の扉をノックする音が鳴った。部屋の主は窓からそちらへ視線を移し、「どうぞ」と言う。その声はまるで、鈴の音を鳴らすような綺麗な響きだった。
「失礼します」
入って来たのは
サヨリだった。彼女はベッドの上の人物を認めると、優しく微笑みかける。
「お身体の具合は如何ですか、スイネさん?」
「ええ。大分良くなりました」
そう言って少女――スイネも微笑み返す。それだけで、殺風景な病室が華やかになるから不思議だ。
「もう少しで帰れますから……あとちょっとの辛抱ですからね」
「…………」
脈を取るサヨリの姿を、スイネはじっと見つめている。その視線に気付いて、サヨリは首を傾げた。
「どうかしました?」
「……不思議だな、って思って」
「え?」
「私、アースセイバーの所属で、ホウオウグループとは敵なのに……そのホウオウグループで治療を受けてる。その上、治療してくれる相手は職場の同僚と同じ名前で――姿形は、もう居ない友人そっくりって言うのがね……」
「……
コヨリさんと、サヨリさん、ですか」
サヨリ――ここで言うのは、アースセイバーの方の、だ。そして、彼女の正式採用機であるコヨリ……どちらも、既に亡き存在だ。そしてCYR-X002、通称『サヨリ』は――偶然とは言え、その一方の名を持ち、もう一方の容姿を持って存在している。それは確かに、二人を知っているスイネにしてみれば奇妙な話だった。
「私は、どちらも知りません。そちらのサヨリさんはアースセイバーでしたし、コヨリさんはいかせのごれ高校に潜入していましたからね……ですが、良いご友人だったと言う事は分かります」
「……ありがとう」
スイネがミツの手で連れられてからずっと、サヨリは彼女の看護を行っていた。体調管理はもちろんの事、空いている時間は小まめに顔を見せ、話し相手にもなっていた。スイネは最初、もはや故人である二人の要素を持つサヨリに戸惑っているようだったが、今ではすっかり打ち解け、ほとんど友人同士と言って差し支えないような関係になっていた。
「……VEG-1、か」
「え、何?」
「いえ……スイネさんを襲った人工神の製造コードです。つい此間、資料を整理していたら見つけまして」
「そう……それが、彼女の本当の名前なのね」
そっと呟くと、スイネは自分の右胸に触れた。ここで受けた治療のおかげで、少しずつそこに留まっている痛みは治まりつつあった。
「疑似・ナイトメアカタボリズム……
ジングウさんは、彼女の能力をそう言っていました」
「ナイトメア……カタボリズム?」
「はい。本来はドリーマーと呼ばれる人達の固有能力らしいのですが……何でも、夢を現実に反映させるのだとか」
「夢を、現実に……」
サヨリの言葉に、それは言い得て妙だと、スイネは思った。
ベガの能力は対象者に幻覚を見せる類だったが、彼女のそれはそれに留まっていなかった。「現実を侵食する幻想」。ベガの幻覚によって受けたダメージは、実際のダメージとして反映される。あの時、かつての自分の姿になったベガに、スイネは幻龍剣を具現化させて突き立てた。それはもちろんベガに手傷を負わせたが、彼女に傷付けた場所と同じ場所に自分もダメージを負った。過去の姿とは言え、「スイネを傷付けた」と言う幻想。それが具現化した結果が、スイネ本人にも影響されてしまったのだ。
「ベガは……まだ私を狙っているのかしら」
「おそらくは。彼女の使徒の言葉を借りるなら、まだ貴方達の因縁は途切れていないみたいですね」
「……元々は、優しい人だったらしいですよ」
「え?」
「まだ彼女に身体が無かった頃、ジングウさんはベガさんと話した事があるらしいです。その頃の彼女は、自分の創造主のライバルにも尊敬の念を想う、そんな女性だったらしいです」
―― 私は主を殺したジングウを、
図らずもジングウの産物となったお前を、
この世のすべてを破壊(こわ)したい! ――
あの時、ベガが言った言葉がスイネの中で反響する。サヨリの言うベガは、その時の彼女とはあまりにも違い過ぎる。一体何が、彼女をあんな風に変えてしまったのか。
スイネもベガも、人工神と呼ばれる存在だ。しかし、その道は異なっている。片や、虚空の中に生きる意味を与えられ、片や愛を知っていたが為に狂ってしまった。
自分は救われ、しかし彼女は、
(助けて、あげたい……)
グッと、胸の前で拳を握る。あの時は振り払われてしまった手。だけど今度は、何回振り払われたって伸ばしてみようと思う。
自分が救われたのだから、同じ人工神である彼女も救えない道理は無い筈だから。
そう思った、その時だった。
「っ、何!?」
辺りに鳴り響くサイレンと警報が、異常事態の発生を告げる。
「こちら、サヨリです。アッシュさん、聞こえますか?」
驚くスイネを尻目に、慣れた様子で冷静にサヨリがどこかへ電話を掛けている。普段とは違う凛とした姿に、思わずスイネは感心してしまった。
「この警報は何ですか……え?
パニッシャーが?」
『はい。五十機近くが、正面ゲートに押し寄せて……それから……」
「え? ハンガーの機動兵器が、勝手に作動してる?」
『はい。搭乗者がいないのに、次々に動き出して……まるで、見えない誰かが操っているみたいに』
「分かりました。対処はそちらでお願いします」
『分かりました』
サヨリは携帯電話を閉じると、スイネの方へと向き直った。
「現在、この施設は何者かからの襲撃を受けています。この閉鎖区画は施設の奥に面しているので安全だとは思いますが、念の為スイネさんにはここから移動していただきます。いいですね?」
「ええ、分かったわ」
サヨリに肩を貸してもらいながら、スイネは車椅子へと乗り移る。もう車椅子無しでも歩ける位に回復したものの、急いで移動する分にはこの方が効率がいい。
「……サヨリ」
「何ですか?」
「嫌な予感がする……気を付けて」
スイネがそう言うと、彼女が不安を感じていると思ったのか、安心させるようにサヨリは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。貴方達が自分の仲間を信頼しているように、私達も仲間を信じているんですから」
サヨリの言葉に、スイネも頷く。しかし、胸の不安は拭われない。
ズキンと、胸の傷が疼く。
(まさか――)
最終更新:2012年11月15日 19:41