異端の襲来
「ふわー……」
大勢の人間で賑わうテントに、
サヨリは思わず声を漏らした。
「すごい人気ですね……」
「なるほど。流石、噂に違わぬポリトワルサーカス。大した人気ですね」
「ぐー! ひと、いっぱい!」
周りの熱に充てられたのか、
レリックがいつになくはしゃいでいる。くるくると動き回る様子は、見た目相応と言っても違いなく、その愛らしさに思わずサヨリは微笑んでいた。
「はぁ、しかし……サヨリさんにも、女の子らしいところがあったんですね」
「女の子らしいじゃなくて、女の子なんです! 一体誰のせいで、あんな穴倉に閉じ籠っていると思ってるんですか……」
ジト目のサヨリを
ジングウは肩をすくめるだけでやり過ぎる。もっとも彼女はジングウを恨むよりも、今目の前の光景に夢中なようだ。
「はぁ……! 一度見に来たいと思っていたんです、ポリトワルサーカス……!」
「サヨリさん、まるで恋する乙女ですよ、貴女」
まぁ、普段無理してもらっているし、たまにはいいかとジングウは内心で呟く。
実を言えば、今回の外出はサヨリの希望によるものだ。駄目元でジングウに許可を取ったところ、あっさりとOKを貰ったのである。もっとも、サヨリの本来の任務はジングウの監視である為、彼も同席する羽目となったのだが。
「……で私、貴女の同席まで許可してませんが、マキナさん?」
ジングウは自分と腕を絡めている少女に視線を向ける。そんな彼に構う様子無く、マキナはすり寄る。
「いいじゃないですか~、ジングウ様~」
「よかないです……ただでさえ、この面子は目立つと言うのに……」
片や、年頃の美少女。片や、全身包帯の木乃伊男。オプションには緑髪のロリッ娘。この三点セットだけでも目立つと言うのに、ここに中身に難はあっても一応美少女のマキナだ。イヤでも周りの視線を集めてしまう。
「はぁ……あまり、注目は集めたくないんですがねぇ」
「気にしない、気にしない♪ さぁ、行こう行こう!」
マキナ、完全にデート気分である。普段はここまでアクティブには動かないが、彼女もこのお祭り空気に充てられているようだ。ジングウは諦めるように、再びため息をついた。
「ほらほら、ジングウさん急いで! 始まっちゃいますよー!」
「はいはい……」
テントの中に吸い込まれていく人波に紛れて、ジングウ達も中へ入っていった。
――・――・――
「……はぁ」
うっとりとした表情でため息をつくサヨリ。そんな姿を見て、マキナは苦笑を浮かべた。
「サヨリさん、まさに感無量って様子だねー」
「だってだって! 全部凄かったじゃないですか! 人体切断マジックなんか全然トリック見抜けませんでしたし、空中ブランコなんてもう、あんなに猛スピードで空中を飛び廻るなんて……!」
両手を振ったりオーバーアクションをするサヨリの姿は、何だか新鮮だとマキナは思った。普段、ジングウの秘書的立場にあるので大人っぽく見えるが、こうしてはしゃいでいる姿はそのモデリングされた年齢と変わらない、一人の少女の様に見える。こっちが素なんだろうなー、とマキナは思った。
(……まぁ、能力者同士の空中戦の方が、迫力もスピードも段違いなんだけど……)
それを言うのは野暮と言うものだ。
(けど……あの人体切断マジック、何だか本当に体が分離されていたような……)
「さーちゃん、さーちゃん」
「ん? どうかしました、りーちゃん?」
「ぐー、いない」
「「え」」
レリックの指摘に、二人は固まった。周りを見回すが、(あの嫌に目立つ)銀髪木乃伊の姿はどこにも無い。
「じ、ジングウ……さん?」
「これってまさか……」
「「は、はぐれたー!?」」
――・――・――
「……まさか、こんな所でお会いするとは思いませんでしたよ」
サーカスの楽屋。そこに、ジングウの姿はあった。
「
ホウオウグループ、〝元〟遊撃部隊所属、代雪さん。それに……〝元〟ホウオウグループ所有生物兵器、パター」
ジングウの目の前にいるのは二人。一方は白髪の美しい少女であり、もう一方は、右目部分に白い仮面を付けた奇術師風の男だった。
「……よく俺だって分かったな、ジングウ」
白髪の美少女の姿が消え――代わりに、長身の偉丈夫が現れる。正体を現した代雪に、ジングウは笑った。
「はっはっは……――おいおい、俺を誰だと思ってやがる? 生き物の観察をさせたら、右に出る者はいねぇよ」
「そうだったな……」
「雪じい、この人は……」
「ああ、そうだ。ホウオウグループ生物兵器研究班主任、ジングウだ……死んだって聞いてたけどな、俺は」
「それはこちらの台詞ですよ。代雪さん貴方、任務中に行方不明になってそのまま死んだって聞いたんですが……」
そこで、ジングウはくっくっ、とさも可笑しげに笑った。まるで、面白い玩具を見つけた子供の様に。
「まさか、逃亡兵になっていたんですね」
「まぁな」
「おまけに、私が最近興味を持った生物兵器まで一緒にいる! はははっ、本当に神様は、残酷に運命を操りますね!」
くっくっく、とジングウは笑い声を漏らし続ける。そんなジングウに向かって、パターは怪訝そうな表情を浮かべた。
「どう言う、意味だ?」
「そこの生物兵器に搭載されている性能……他人の願望の強さに比例し、それを実現する為に自らをブーストする機能。私はそれに興味がありましてね。何せ、限界値に関する実験も行われていなければ、資料も残っていない! ……貴方は果たして、「どこまで」の願いを叶えられるのでしょうね?」
「……そんなのもちろん、決まっているだろう? その人が望むままさ!」
ジングウの放つ威圧感。生物兵器であるならば本能的に感じ取ってもしまう、「支配者のオーラ」。それに圧倒されながらも、パターは言ってみせた。自らの生きる信条、この身は他者を笑顔にする為、その為ならば何事だってやってみせようと。
「ほう! それは心強い……それじゃあ貴方は、私を笑わせる為に彼を殺してくれますか?」
言って、ジングウは代雪を指した。
「え……」
「おや? 出来ないのですか? 貴方は見ず知らずの少年を笑顔にする、ただのその為だけに仲間を殺したと。私はその様に伺っているんですがねぇ? 彼は殺せたのに、彼は殺せないと?」
にやにやと、ジングウは意地悪そうに笑う。パターはと言えば、冷や汗を浮かべながら、どうすればいいのか迷っているようだった。
「ぼ、僕は……」
握った拳が震えている。目は見開いており、唇が戦慄いている。何かの拍子に弾けそうな、そんな危うさが感じられた。それが分かったのか、代雪の表情にも緊張が走る。
「――ま、冗談ですけどね」
「……え?」
何を真に受けているんだかと、さも可笑しげに、ジングウが嘲笑った。パターの様子がそんなに可笑しいのか、くっくっくと彼は笑みを零す。それから踵を返し、出口の方へと足を向けた。
その背中に向かって、邪金(ジャキン)と、代雪は義手を向けた。
「……グループに伝えるのか、俺達の事を」
「伝える、と言ったら、どうします?」
「…………」
「非戦闘員ではない、私なら殺せると思っていますか? ……甘いですね、代雪さん。何時までも貴方の知っている私ではない。そこにいるパターが、私の知っているパターとは異なっているように」
振り返りつつ、ジングウは今度は不敵な笑みを浮かべた。
「――想像力が足りねぇな。そんなんじゃ、すぐに老けるぜ?」
「…………!」
「まぁ、安心して下さい。私も一度はホウオウグループを裏切った身分……人の事は言えませんからね。黙っておいてあげますよ」
そう言って、ジングウは楽屋から消えた。その瞬間、代雪は身体の力が抜けたように腕を降ろした。
「あいつ……もはや別物じゃねぇか……」
もはや一科学者などではなく、ホウオウに近しい存在にまで変貌を遂げたジングウの姿に、悪い夢のようだと代雪は呟いた。
最終更新:2012年12月05日 16:37