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『さよなら』

「……そうか。お前も色々と大変だったようだな」
「ん、まあね。でも、悪いことばかりじゃなかったよ」

僕がそう言うと、父さんはふっ、と笑った。

「人間、生きていれば色々なことがある。良いことも、悪いこともな」
「うん。今の僕なら、よく分かるよ」

それでいい、と父さん。その顔が、ふと曇った。

「……しかし……」
「?」
「お前も、俺も……こうまで早死にするとはな……」
「…………」

実感がなくて忘れそうだったけど、そうだった。僕は、死んじゃったんだ。

「すまなかったな、綾音。お前には結局、俺は何もしてやれなかった」
「父さん……」
「お前だけじゃない。綾歌にも、琴音にも、俺は何もできなかった。一人で走り回って、挙句がこの様だ。父親失格だな、これでは」

自嘲するようにそう言った父さんに、僕は言った。

「結果はどうあれ、父さんは僕を探してくれたんだろ?」
「だが……」
「なら、それでいいよ。僕にとっては、それで十分さ」

ふと、笑みが浮かぶ。

「こうして話が出来たんだから、それでいいんだ」
「……すまない」
「……少しだけ覚えてるんだ、昔の事。僕達家族を愛してくれた、父さんを……僕は、誇りに思う」

そうして語る僕は、

(……けど、何だ? さっきから、何か聞こえる……)

どこからか、微かに響いて来る声が気になっていた。





「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む。少しなら口添えも有効だろう」

ブラウに言われ、まず進み出たのはランカだった。
ある意味、この中でもっとも「綾音」と「スザク」の両方を知る彼女は、眠るその手を取って呼びかける。

「……ねぇ、綾ちゃん。聞こえる? 私だよ、ブランカ。綾ちゃんに出会ってから、私、変われたんだよ? 綾ちゃんが友達になってくれたから、私、誰かとちゃんと話せるようになったんだよ」
「さいです。マスターがこんなに元気になれたのも、元はと言えばスザクさんのおかげですさかい」

追従するように、アズールが声をかける。

「……せやから、どうか戻って来てください。ウチら、スザクさんがおらんようになったら悲しいです」
「そうだよ、綾ちゃん。……ねぇ、聞こえてるなら答えて。わ、私、綾ちゃんがいなくなっちゃうなんて絶対嫌だよ……」

泣きそうな声でそういうランカと入れ替わるように、今度はシュロが口を開いた。

「なぁ、姉貴。覚えてるか? 姉貴たちがアタシを助けてくれた時の事。無茶して死にそうだったのを、さーっと片付けて救ってくれたんだったよな。あれ以来、アタシは姉貴達について行こうって決めたんだ。今度はアタシが姉貴を助けるんだって、そう決めたんだ。……なのに、さぁ。何にも受け取らずに逝っちまうのか? アタシは絶対嫌だよ、そんなの。まだ、あんた達に何にも返しちゃいないんだ。これからなんだ。だから、戻って来てくれよ、姉貴……」

極力平静を保とうとしたものの、万が一を考えてしまったのか声音が沈むシュロ。彼女の肩に手を置きつつ、ゲンブとマナがスザクの前に出る。

「……思えば、お前とも長い付き合いだな。最初はあまりにも危なっかしくて、見ちゃいられなかったけどな……最近じゃ、随分と頼れるようになったらしいな」
(?)

何やら、いつもと違う口調のゲンブに違和感を覚えつつ、マナも言う。

「忘れてない、私。あの時、私達を助けに来てくれた日のこと。私を友達だって言ってくれた時のこと、忘れてない。だから、私も助ける。スザク、あなたを。あなたはまだ、死んではいけない。逝ってはいけない。まだ、貴女を必要としている人がいるのだから」
「その通りだ……スザク、お前にはまだやるべきことがある。命を預けるべき相手は既に見つけ、絆を結んだはずだろう? それをふいにするのは俺が許さん。帰って来い、それがお前の義務だ」

さらに、ランカと重ねるようにして手を取るアオイも加わる。

「姉様……わたくしの声が聞こえますこと? 姉様に出会えたあの時ほど、嬉しかったことはございませんわ。会いたい、話したいと、そればかりを願い続けて……とうとういかせのごれまで来てしまいましたわ。家族として受け入れてくださった時は、本当に幸せでした……まあ、色々と失敗もしましたけれど、それでもですわ。……わたくし達は、これからですわ。まだ、この先ずっと、共に生きていくはずではないのですか? そうでしょう、姉様? ……だから……」

ついにこらえきれなくなったのか、アオイが涙声になる。しゃくりあげこそしないが、ぼろぼろ泣きながら、姉の手に縋り付く。

「お願い、だから……帰って来てよ、お姉ちゃん……私、もう一人ぼっちは嫌だよぅ……」

いつもの口調が消え、恐らくは素の部分が遂に表に出る。今、それを指摘する者はここには一人もいないが。
しばしの沈黙が流れた後、意を決したようにシスイが進み出た。

「スザク……俺もここにいるぞ。お前とは、ホントに付き合い長いよな。助けて、助けられて……ウイルスの時とか、スキュアロウとやり合った時は本気で駄目かと思った。けど、お前がいたから、俺は生きて、ここにいることが出来た。だから、今度は俺の番だ。マナがそうするように、今度は俺がお前を助ける。この力を使ってでも」

言うや、シスイはスザクの反対側の手を取ると「天子麒麟」を発動した。その様子を見ていたブラウは、内心で感嘆を覚えていた。

(なるほど……情報では、スザクは「天子麒麟」のオーラによって精神の安定化を起こしていた……現状で効くかは五分だが、上手くすれば……)
「帰って来てくれ、スザク。俺だけじゃない、お前を必要としている人間が、まだたくさんいるんだ。何より、お前はまだ、逝ってしまうには早すぎるだろう?」
「そうだよ、鳥さん」

シスイに続くようにして最後に声をかけたのは、ブラウが内心、シスイと並ぶ本命と見るトキコだった。

「私も覚えてるよ、鳥さん。あの時……私のこと、好きって言ってくれたよね。二番目くらいでもいいから、覚えておいて欲しいって。……順番なんか、つけられないよ。事実は変えられないけど、それでもやっぱり、私も鳥さんが好きなんだから。少なくとも、鳥さんが私を好きなのと同じくらいにはね。……ねえ、まだ約束した時は来てないよ? 鳥さん、嘘は嫌いって言ったよね? だったら、早く帰って来て、また一緒に学校行こうよ! まだ私、鳥さんと何にもしてないんだよ? このまま終わっちゃうなんて、私、絶対に嫌だよ! ねぇ、帰って来てよ、鳥さん……」

口々に呼びかける中、ブラウは一人様子を見ていた。

(……揺らぎが見えるな。今少しか……)
アン・ロッカー、もうそろそろ出番かもしれん。スタンバイを頼む」
「わかりました」

「この声……」
「……どうやら、お前はまだ、逝くには早いらしいな」

父さんがそう言った。けど、僕は迷っていた。
ここにいるってことは、僕は死んだはずだ。死人が戻っていいのか? それに、まだ母さんが見つかってない。あの時、確かに見たんだ。母さんが僕を迎えに来てくれたのを、確かに見たんだ。なら、どこかに母さんもいるはずなんだ。

「けど、僕は……」

何より、僕はここから戻れるのか? それが、大きく心に圧し掛かっていた。
どうしても答えが出せなくて、思わず父さんを見る。
途端、

「――――!」

すとん、と何かが心に落ちた。

「父さん」
「何だ、綾音」
「僕は……帰らなくちゃいけないんだね?」

父さんは、そうだ、とは言わなかった。
違う、とも。

「それは、お前次第だ、綾音」
「選べるの? 僕が?」
「ああ。……見ろ」

父さんがそう言って指差した先には、かすかに光のようなものが見えた。ただ、ここに来てようやく気付いたけど、辺り一面霧が立ち込めていてよく見えない。

「もし、お前が帰らないと決めたなら、そうだな……あの向こうに行けるはずだ」
「そこを通って、僕はどこへ行くの?」
「別の未来へ、だ」

また、しばらくの沈黙が流れた。

「……帰れば、僕は遠からず、あいつと戦うことになる」
「そうだな。お前を『殺した』相手と、戦うだろう」
「それでも父さんは、僕に帰って欲しいんだね?」

何も言わず、父さんはただ笑った。

「これだけは言っておこう。綾音……いや、スザク」
「!」
「もし、お前が帰ることを決めたなら、そうだな……全く新しい選択を出来る可能性はある。約束は出来ないがな。しかし、覚えておけ、スザク。お前がもう一度ここに来ることがあったなら、その時は、他の誰かよりもここを恐れる必要はない」
「父さん……」
「俺を……死んだ人間を意識するな、スザク。今生きている、お前と共に在るものを見ろ。お前が帰ることで、お前はまた、いくつかの大切なものを守ることが出来る。それが、お前にとって有意義なことであるならば……」
「あるならば?」

ふ、と父さんは不敵に笑んだ。

「俺達は、ひとまずここで別れるとしよう」

僕は頷いた。ここから去るにはどうすればいいのか、直感が知っていた。それをすることは、あの日、マナとトキコ、どちらかを選択することを強いられた時に比べれば、何という事はない。でも、ここは暗いけれど温かくて、平穏だ。戻った先には、もしかしたら冷たい、辛いことが待っているかも知れない。
僕は立ち上がった。父さんも立ち上がり、僕を見た。僕も見返し、長い間そうしていた。

「さて……お前はどうする? 綾音」

答えは、決まっていた。

「僕は――――」



「―――――――――――――――」





『さよなら』


(告げられた、別れ)
(それは父へのものか)
(それとも――――――?)

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最終更新:2013年01月20日 15:11