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運命交差点・序

「……ふむ。やはり、もう一度足を運ぶべきかも知れんな」

いかせのごれ高校・職員室。非常勤講師として潜入しているホウオウグループ幹部・クロウは、自分以外誰もいなくなったそこで、今後の自分の活動について頭を巡らせていた。

目下のところの役目は組織を離反したノルン・ノアの抹殺なのだが、最近になって情報関連のガードが異様に硬くなっており、動向がさっぱりつかめない。加えてアッシュへの警戒やアースセイバーの学生面子の監視、グループメンバーとの接触など、クロウが担っている任務は多岐に渡る。そのため、本来最優先事項であるはずの件の兄弟への対処にまるで手が回らず、現在は半ば放置状態となっている。

もっとも、これでも以前よりは減った方だ。ある意味グループの爆弾的存在だったトキコに関しては、ホウオウから「やりたいようにやらせておけ」との意向を受けている。これについて以前説明を求めたのだが、要するに「抑圧するとその反動で暴走し、返って制御不能になりかねない。潜入任務に支障が出ないのならば、好きにさせた方が結局リスクが少ない」ということだった。

なので、クロウは彼女の行動には基本的に口を出さない。奇妙な形で交際を始めたスザクに関しても、

『奴はお前に任せる。生かすなり殺すなり、好きにすればいい』

と一任している(丸投げとも言う)。ともあれ、クロウが今考えているのは、そのことではない。

「UHラボ……確か、施設そのものはまだあったはずだな」

7年前、他ならぬクロウ自身が叩き潰した、生体兵器の研究施設。グループから追放された者達が、成果を上げて舞い戻ろうと立ち上げた機関。役に立つのか経たないのか、しばらくは静観していた。しかし、内情が明らかに非合理的なものであったがため、グループはラボの撃滅を指令。これを受けたクロウはナハトを伴ってかの施設を襲撃、壊滅させた。この時グループに引っ張った被検体の一人がノルンだったのだが……。

(いや、感傷は無意味か。奴は敵だ)

過去に跳びかけた意識を現在に引き戻し、方策を練る。

(この先ノルンとぶつかるなら、奴についての情報は多いに越したことはない。それに、指令の件もある)

実はこの数日前、クロウ当てにある指令が届いていた。それは、UHラボの研究者の捕捉。
ラボ自体は何度も繰り返すようにクロウが壊滅させたが、所属していた研究者の半数以上は逃げ延びている。ホウオウグループは、その逃げた者達を捕えろ、との指令を送って来たのである。

(連中を生かして置いては、確かにこちらに取って不利益。なるほど、了解した)

そう、一言で請け負ってから数日。まずは情報が欲しいと考えたクロウは、かつて自ら襲撃したUHラボの施設に足を運ぶことを決めていた。
機器その他は当時のまま手つかずとなっており、情報のサルベージが出来れば、ノルンの情報や研究者たちの足跡など、何らかの手掛かりが掴めるかも知れない。それに、あの地にグループ関連のデータが残っていては、何かの弾みで不利益に働きかねない。

(さて、まずは)

それに先んじ、クロウは人員を策定する。



「……で、何だって私が引っ張り出されるワケ?」

2日後。UHラボ施設跡地を訪れたクロウの隣には、不機嫌顔のトキコの姿があった。

「ルーツとナハトは別件に当たっている、他の学生メンバーは都合がつかん」

ちなみに「別件」というのは、以前通達されたアッシュへの監視命令に、出されていない抹殺許可を付け加えた犯人捜しである。

「場所が場所だ、暴走した被検体か、その類の脅威があるかも知れん。ある程度の自衛力を持ち、かつこの件に関われそうな人員となると、お前とミーネしかいない。ジングウは論外だ」
「……確かにそれは同感だけど」
「そもそも奴自身、今は動く気がないようだからな。つついて寝た子を起こす必要もあるまい」
「そりゃわかるけどー……」

出発してからどうにも膨れっぱなしのトキコに、クロウはいぶかしげな視線を向ける。

「……どうした。何か不満でもあるのか」
「大ありだよー。本当だったら今日、鳥さんとデートに行くはずだったのに」
「鳥……? ああ、奴か。あんな鳥頭は放っておけ、今はこちらが優先だ」

その直後、渾身のドロップキックを喰らって吹っ飛ばされるクロウであった。



7年ぶりに足を踏み入れたUHラボは、クロウの襲撃であちこち損壊し、半分ほどは消し飛んでいたが、用途が用途だけに建物の残り半分や、そこにあった機材の一部はそのまま残っていた。

「うわー……鴉さん、派手にやったんだね」
「全て叩き壊す気でやったんだが、どうにも詰めを誤ったらしい。やはり、俺に破壊活動は向かんようだな」

言い交す二人が歩いているのは、被検体の収容区画。頑丈だった無数の鉄扉はその多くがはじけ飛び、また歪み、まるで用を成していない。もっとも、閉じ込めるべき被検体は、もはやここには一人もいないのだが。
しばらくの間、二人とも何も話さず、ただ静寂の中、無機質な金属の床を革靴とスニーカーの踏む音が不協和音を奏でていた。やがてクロウが立ち止まったのは、区画の最奥部、データ集約のための研究室だった。

「ここだ。被検体関連のデータがあるとすれば、ここの機材だが」
「壊れてなきゃいいけどねー」

本来パスワードロックがかかっていた扉は、枠ごと吹き飛んでなくなっており、中に入るのは容易かった。
一通り調べてみると機材の半分は完全に壊れてガラクタと化していたが、内部メモリが生きているものがいくつか見つかった。チップやサーバー部分を引っ張り出し、クロウは持参した端末に繋ぐ。

「? 鴉さん、それ何?」
チネンの能力を機械的に再現した特殊端末だ。数が少ないのが難点だが、こういうサルベージ作業にはうってつけだ」
「うげ、アイツの力? 腕がいいのは確かだけどさ、私あんまりアイツに関わりたくないよ」

チネンの能力やその優秀さはグループ内では知らない者がない。にも拘わらず彼が敬遠されているのは、根暗で腹黒く、しかも陰険悪辣・人間不信のサディストで極端な自分主義、という無茶苦茶な性格が由来である。合理的であることを旨とするクロウをして「奴には近づかないのが身のためだ」と認識しているほどだ。
その点では、まだジングウの方が理解できる。

「同感だが、役に立つのは確かだ。それに、総帥が奴を重用している以上、俺達が文句を言える筋合いではない」
「ぶー………」

小さなブーイングは無視し、クロウはサルベージしたデータに目を通す。膨れながらもトキコが後ろから覗きこむ。

「被検体No.192、楠原 乃流……これがノルンか」

記されているデータを一通り確認したが、これに関しては既に知っている情報が大半だった。特に、最近の目撃例では何やら様子がおかしかったとのことなので、ここに在るデータでは役に立ちそうにない。

(だが、一つだけわかったこともある)

それは、ここに来てからノルンに施された処置。姿を自在に変化させる能力をより戦闘向きに調整するため、肉体的・精神的に考え得る限りの改造が加えられていた。

「……これ、人間のすることなの?」

トキコでさえ、そんな風に吐き捨てるほど。

「人間でなければ、こんなことはするまい」

軽く皮肉めいた答えを返しつつ、さらなるデータを見る。

「……No.190、火波 綾音」

今は「スザク」と名乗る少女のデータに目を落とす。

(精神改造によるかく乱・強襲型兵器としての設計……要は特攻か)

敵陣に飛び込ませて暴れ回らせる、というコンセプトのもとに処置を施されたらしい。ただ、そのために人格崩壊を起こしたと記されており、以後は記録が途切れるまでそのままとなっていた。

(後の事は……)

ちらり、と後ろに立つトキコを見る。

「何?」
「……いや、別に」
(こいつの方が良く知っているだろう)

そんな風にしてしばらくデータを虱潰しにする中、一つのデータに目が留まった。

「ん?」
「?」
「No.099、音早 蒼介……?」

名前ではなく、その顔の方に覚えがあった。といっても、会ったことはない。ただ、ルーツが回して来た資料の中に、未だ逃亡中の被検体として記載されていたのである。ただ、

「……こいつ、確か『カチナ』とか言っていたような」
「……それ、私知ってるかも」

後ろのトキコが、不意にそんな言葉を発した。感情の消えた、平坦な声で。

「何?」
「会ったコトはないけどさ。こないだ鳥さん、そういう名前のヤツにやられたって言ってた」

目線だけで振り返ると、トキコの顔から表情が消えていた。これは彼女が本気で怒った時に良くみられる様子だ。

「許せない……鳥さんを殺していいのは、私だけなのに」
「……それについて意見を差し挟むのはやめておくとしよう」

ともあれ、とクロウは現実的な問題に思考を戻す。この被検体に関するデータベースの中には、担当の研究者の名前が記されていたのだ。
そして、その研究者を、クロウは知っていた。

「『セラ』……奴か」

忘れもしない、7年前。自分がラボを襲った時、怯えるどころか哄笑し、出し抜いて逃げ果せた研究者。
グループにいた頃は―――恐らくはラボでも―――気に入った実験体を個人的に連れ込み、「実験」と称して非道を働くという「非合理的」な行動を繰り返し、それが発覚してグループから追放された男。

「コイツに関わった以上、この被検体はまともではあるまい……」

実際ルーツの報告書には、ほとんど正気を失っているとの記載があった。

(いずれ奴はこの被検体に接触を取るはず……差当たりは、そこを捕捉すべきか)

クロウに課せられた任務は「UHラボの壊滅」。それ自体は既に終了しているが、支部とも言うべき関連施設はまだいかせのごれの随所にひっそりと、しかし数多く存在している。そして、逃げ延びた研究者や被検体もまた、多い。

それら全てを抹消してこそ、真に任務を果たしたことになる。少なくともクロウはそう考えていた。

(ただ)

そのうちの1人は、今後ろで壊れた機器をガンガン蹴りつけている少女と深く関わっている。迂闊に首を突っ込むと自分が死にかねないので、クロウはこの件に関しては「可能な限り」という注釈をつけている。

(それでも、少なくともこの研究者と被検体は消しておくべきか。無用の混乱をばらまかれては、我々の活動にも支障が出る。ノルンに関する情報は一応得た)

収穫は少なかったが、それでも、ここにグループ関連のデータがないのはわかった。ノルンに関する情報の確認、研究者の足跡調査、グループ関連のデータ消去。為すべきことは終わった。

「戻るぞ」
「ほへ? もう終わり? 私は?」
「無駄足だったようだな。スパロウに連絡する、まずは撤収だ」

携帯を取り出す前に、二度目のドロップキックを喰らったのであった。



すっかり日の暮れたいかせのごれ。スパロウの能力でいかせのごれ高校の近くに戻った二人だが、トキコが走り去ろうとしたその瞬間に、クロウの許に連絡が入った。

「……何ー?」

不機嫌そのものの顔で、まさに不承不承と言った感じでトキコが足を止め、振り返る。そんな彼女をよそに、クロウは通信に出る。

「俺だ」
『ゼアです。何だかお久しぶりですね』
「世間話のために連絡したワケではあるまい。何があった?」

電話の向こうのゼアは、まるで今日のニュースでも伝えるかのような調子であっさりと、用件を口にした。

『いや、ね。アナタが追っているというUHラボの研究者……その一人が先ほど、警戒網に引っかかりました。30歳くらいの男でしたかね』
「……何だと? 記録はあるか?」
『ええ。元は我々の一員だった男で、セラとか言いましたかね。ただ、被検体の誰かを連れているらしく、捕獲しようとした監視員は殺されました。今、スパロウに回収をお願いしたところです』

クロウは後半あたりから聞いていなかった。何の偶然か、ラボの研究者が捕捉された。しかも被検体と一緒に。

(……チャンスか、危機か。どちらにせよ、一当てしてみるべきか)
「わかった、こちらも向かう。場所は?」

ゼアからその場所を聞いたクロウは通信を切り、トキコに声をかける。

「俺は任務に戻る。お前は……すぐに火波 スザクのところへ行け」
「鳥さんのとこ? 言われなくてもそのつもりだけど」
「俺が今から追いかける連中が、奴のところに現れるかも知れん。奴も元は被検体だからな。そうなったらその時は倒さずともいい、時間を稼げ。手を借りられるようなら、別のメンバーを使っても構わん」
「……ん、わかった」




運命交差点・序


(この一点に、いくつの運命が交錯するのか)
(それはまだ、わからない)

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最終更新:2013年05月12日 15:54