『Closed』の札がかかった情報屋の扉を開け、紅の見舞いに行っていた長久が入ってくる。
応接室のソファで資料の確認をしていたハヅルは、ベルの音に資料から顔を上げて長久を迎えた。
「アーサーは?」
「二階で読書中だ。……紅は、どうだった?」
「まだ具合は悪いらしいけど、とりあえず危なくはないっぽい。ただ、今回はいつもより長くいることになるだろうってさ」
「……そうか…」
「………んで、こいつはまだ何の音沙汰もなし?」
ハヅルの隣に腰掛けつつ、先日ハヅルと紅が連れ帰ってきた
カチナ―紅は蒼介と呼んでいるため、情報屋の面子もそれに倣ってそう呼んでいるが―に目を向ける。
風呂に入れられたため全体的にこざっぱりとしており、髪も櫛を通されいくらか落ち着いている。
襤褸切れのようだった服も着替えさせられており、今は黒いTシャツに黒の長ズボンという服装だ。
ローテーブルを挟んで向かい合うソファに力なく座り込んでいるカチナは、置物のように動かない。
ただ、時折する瞬きが、彼が置物ではなく、死んでもいないことを示していた。
「……ない、な。話しかければ反応はするが…それだけだ」
「あ、そう…」
はああぁぁ…と深い深いため息をついて、長久はソファに体を沈みこませた。
「…こういうのはどうも苦手だ。元々子供の相手なんかしたことねーもん…」
「……アーサーとは、仲良くやっているじゃないか」
「アーサーは自分から話しかけてくれるからいいんだよ…蒼介は何も喋んないし、何話せばいいもんやら…」
もう一度深いため息をつくと、ハヅルは薄く苦笑する。
「…ところで、ハヅル。何の資料見てたんだ?」
「ああ……UHラボとか、蒼介が関わった事件に関係ありそうなものとかを…」
「UHラボ?」
「俺も詳しくは知らないが…簡単に説明すると………ん?」
ハヅルがUHラボについて説明しようとしたちょうどその時、軽いノックの音が聞こえた。
次いで、男の声が聞こえてくる。
「ごめんください。誰かいないかな?」
「…客か?」
「かもな。…休業中って張り紙してたと思うんだけどなぁ…」
「…何らかの拍子に、張り紙がはがれたり、札がひっくり返ったり、したのかもしれないだろ…」
「あっそ。じゃあ事情話してお引取り願いますか…」
「……待て。開けるな」
「…は?」
気だるそうに立ち上がった長久を、ハヅルが制止した。
怪訝そうに振り返った長久に、ハヅルは視線でカチナを指す。
先程まで人形のように座っていたカチナが、震えていた。
「…蒼介?」
「……っ……っ……」
長久の呼びかけにも反応を示さず、浅い呼吸を繰り返している。
目はかっと見開かれ、しかしその奥には明確な恐怖が刻まれていた。
そのただならぬ様子に何かを察した二人は、目で合図を交わす。
「………ハヅル」
「ああ…念のため、扉は開けるな。……蒼介、行こう」
ハヅルがカチナを連れ、応接間から扉の向こうへと姿を消す。
階段を登る音がかすかに聞こえ、二人が二階へ避難したのを確認してから、長久は扉の向こうへと声をかけた。
「…扉に張り紙がなかったか?オーナーがいないから、仕事の依頼は出来ない。日を改めてくれないか」
「ん?…ああ、これかな?すまなかったね、落ちていたから分からなかったよ」
「…やっぱり。悪いな、張り紙を見てくれたなら分かると思うけど、今は休業中だ。連絡先さえ教えてくれれば後日―」
「けど、まあ、僕には関係ないんだけどね」
「…え?」
「だって、僕は仕事の依頼じゃないんだもの」
じゃあ何の用だ、と言おうとしたが、声にならなかった。
何か、纏わりつくような嫌な気配が、扉の向こうからしたからだ。
長久は思わず、扉の前から後退した。
結果として、その行動は正しかった。
その直後、銃声が聞こえたからだ。
「!?」
咄嗟にローテーブルを蹴り飛ばしてバリケードを作り、デスクの裏側へ飛び込むように隠れる。
銃声は立て続けに数発、数秒の間をおいてもう一発聞こえた。
「…………」
長久は予期せぬ事態に冷や汗を流しながら、デスクの陰から顔を覗かせる。
弾痕まみれの扉は、やがて力尽きたようにぎぃ、と音を立てて開いた。
「やぁ、ごめんごめん。あのまま話していても埒が明かないと思ってね。ちょっとばかり強硬手段をとらせてもらったよ」
こつ、と革靴の音を立てて、男が入ってくる。
見た目は三十代位だろうか。白衣を着て、人の良さそうな笑みを浮かべている。
一見、人畜無害そうな男だ。
先程の行為と、手に持った拳銃がなければ。
「………あんた、何者だ…」
「ああ、すみません。自己紹介が遅れてしまった」
そう言って、優男はにっこりと笑った。
「僕は瀬良。君たちが奪いとったカチナを、取り返しに来ました」
最終更新:2013年05月12日 20:27