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秘めたる音はかく語りき

その日、夜波 マナはいかせのごれ高校の屋上にいた。アカネの鶴の一声でランカの「妹」として白波家に引き取られた今も、こうして能力を使って自分の感覚をいかせのごれ全体に広げ、そこで起きる出来事を感じ取っている。

今までなら、本体をも波動と化して意識自体を拡散させる必要があったが、現在はその必要はない。こうして居ながらにして、視覚や聴覚といった感覚のみを広げることで、より多く、より正確な情報を感じ取れるのだ。

閉じっぱなしだった目を一度開け、給水タンクの上で大きく伸びをする。

「ん、んーっ」

人ならざる身となった今でも、疲れることはある。それは多分に精神的なものなのだが、表に出る分には同じだ。
大きく息をついた後、マナは「感じた」光景を整頓する。

例えば、極道とその頂点を巡るいざこざ。
例えば、一つの恋に起因する連続殺人。
例えば、世界を見る二つの意志。
例えば、能力者を狩る強奪者たち。
例えば、欠けた一人を追い求める怪異達。
例えば、未だ暗躍を続ける白い闇。

「………」

思い出したくもない顔を見てしまい、表情が歪む。このサーチ方法の長所は、見られている方が全く気付かないことと、遮る方法が事実上ないこと。欠点は、情報の取捨選択が全く出来ないことだ。

以前なら復仇に燃えていたはずの憎き相手に、しかしマナの心は動かない。居場所と家族を得、復讐心が薄まってしまっていた。
それがいいことなのか、悪いことなのか、彼女にはわからない。白波家が襲われたあの一件以来、兄・詠人も消息が分からなくなっている。

(……でも)

正直な所、マナはもう、詠人と和解する気はなかった。ああまで自分の存在を否定する以上、もはや分かり合うことはない。

(あくまで私をまがい物と呼ぶなら、それもいい。けど、スザクやみんなを)

友人を、

(ランカを、アカネさんを……)

家族を思い、

(お姉ちゃんやお母さんを脅かすなら、私は許さない)

決意を一人、固める。





どれくらい、そうしていただろうか。気が付くと、学校から人の気配が少なくなっていた。時計を見ると夕刻、もう放課後だった。

「帰ろうかしら、そろそろ」

色々ときな臭い光景が見えたが、マナは自分からそれに首を突っ込む気は毛頭なかった。全てを救いたいと考えるほど、彼女は強欲ではなかったし、また救えると考えるほど傲慢でもなかった。

広げていた感覚を白波家のランカの部屋に集中し、そこをアンカーに本体を引っ張ろうとして、

「ハーイ、もうお帰り?」
「?」

 聞き覚えのある声が、聞きなれない口調で話しかけて来た。いつの間にか横に、赤い髪を肩まで伸ばした、良く知っているはずの知らない少女が座っている。

「……スザク? じゃ、ないわね」
「いいカンしてるわね。そ、私は綾音。火波 綾音よ」
「……どういうコト? スザクの本当の名前、それは」

当然の疑問をぶつけると、少女はこう返した。

「んー、それはちょっと前までの話ね」
「……?」
「簡潔に言うと、今、この体にはふたつの人格と記憶があるの。ひとつは私、もうひとつはスザク。主人格は私よ」
「……なら、スザクは?」
「従人格……仮面の人格よ。元々、彼女は『私』が苦痛から自らを守り、立ち直るまでの時間を稼ぐために造り出した、仮のペルソナ。こっちに来てから何度か壊れそうになっちゃって、その都度私が直してたのよね」
「壊れる……?」
「そのまま、よ。彼女は私を守るための、仮初の人格。だから、構成要素は『強さ』一択。『弱さ』に関する要素がほとんどなかったから、バランスが崩れて、崩れて。まー大変だったわ。ヤンデレ化するわ、注意力はなくなるわ、精神的に脆くなるわ……一度なんか、私が融合して同化しなきゃならなかったわ」

その時期には覚えがある。確か、トキコが「籠われて」いた、あの時期だ。

「? 結構前のような……」
「あー、それは言わないでくれる? 考えると頭痛くなるのよ、比喩ではなく」
「? わかった」
「ともあれ、そういうワケ。あれから少しして人格にヒビが入っちゃって、また分離したんだけど……その後私の方は引っ込みっぱなしだったわね。で、この間の大騒ぎで完全に分離して、今に至るってコト。お分かり?」
「……一応は」
「主人格は一応私なんだけど、表に出るといろいろ不都合なのよね。だから、悪いケド私のコトは内緒にしてくれる?」

お願いね、と人差し指を唇に当てる綾音。スザクの印象には合わない女性らしい仕草に、マナは頷く。

「ありがと」
「……それで、何の用? まさか、それを言いに来たワケじゃないでしょ」
「そうね。まあ、強いて言うならヴァイスについてかしら」

いきなり飛び出した忌々しい名前に、マナはわずか、眉をひそめる。それに気づいてか否か、綾音は続ける。

「この世界、どう思う?」
「どう、って言われても」

思わず、屋上から見える街並みを見渡す。夕日に照らされて赤く染まった街を眺めながら、マナは綾音の声を聴く。

「おかしいと思わない? 能力者に人ならざるモノ、人造の神に精神生命体、挙句に悪魔までいるのよ。こんな場所、世界中探したっていかせのごれだけよ」
「………」
「街を歩いて見なさい。出会う人のうち、10人に7人はその手の存在か、その関係者よ。こんな無茶苦茶な世界、在り得ると思う?」
「……でも現実、それが」

そうね、と綾音は軽く頷く。

「それが現実。そう、それは確かにその通りよ。でも、こう考えてみて。特殊能力とは読んで字の如く、特殊な力。人間が本来持ちえない、超自然的な力。つまり、人間は『それ』を持たないことが本当の姿なのよ」
「……だから?」
「『それ』を持つことが当たり前のようになってしまっている、このいかせのごれ……いいえ、この世界。『本当の姿』から著しく外れてしまっている、この世界。まるで、台本を頭から書き換えていくかのように」

けれど、とスザクと同じ顔の少女は言う。

「既に出来上がっている台本を、現状に合わせて無理やり書き換えて行けば、どこかに歪みが出る。その歪みは、書き換えが進むごとに小さく、深くなり、やがていくつかの要素を生み出した。この書き換えられた世界、その歪みの具現として」
「! それは……」


「そう。その一つが、あのヴァイス=シュヴァルツ。歪みに歪んだ世界、その波及を緩和するためだけに生まれた存在。世界が歪めば歪むほど、あの男は狂っていく。ただ、それだけの存在よ」




秘めたる音はかく語りき

(歪む世界)
(狂う男)
(語る少女)


(止まらない、物語)

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最終更新:2013年05月14日 10:48