「カーボナイトコーティング、完了しました」
「ええ。これで取り敢えずは、安心ですね」
ジングウ達の目の前には、バイオレンスドラゴンの成れの果てが存在していた。黒く焼けた塊と化したそれは、しかしまだ死んではいない。傷が癒えれば、これは再び活動を再開するであろう。もっとも、今はカーボン凍結によって活動を停止しているのだが。
「アーカイヴのデータも削除しましたし、もう暴れ出すような事は無いでしょう」
「……これは破棄しないんですか?」
「ええ。こうして物理的に存在させておけば、少なくともコレが何処かに行くと言う事はありません。これはバイオレンスドラゴンの肉体ですが、動かせなければ牢獄です。ここより外へ、奴が出ていく事は無い」
言いながら、ジングウは自分よりも巨大なバイオレンスドラゴンの身体を見上げる。カーボン凍結は、生命体の活動すらほぼ半永久的に停止させる技術であり、未使用の生物兵器を保管しておく為の技術としても
ホウオウグループではかつて採用されていた。一度炭素の棺に納められたものは、自力でそこから出てくる事は叶わないのだ。
「それに、今は不要でも、いつかは必要になりますから」
「ですが、ジングウさんが自分で仰ったじゃないですか。バイオレンスドラゴンは、人間に扱えるものではないって……」
サヨリの問いかけに、ジングウは答えない。彼はただ、氷漬けになった暴虐の竜を見上げている。
「しかし……これでは復旧にしばらくかかりそうですね……」
言いながら、サヨリは辺りを見回す。格納庫は燦々たる有り様だった。本来なら生物兵器が暴れた位では簡単には壊れない仕様になっている筈であるが、それがことごとく踏み潰され、蹂躙されている。破壊に巻き込まれた生物兵器は少なくなく、使い物にならなくなった物もある。
「不幸中の幸いだったのは、バイオドレスが無事だった事ですかね……これ、造ると高くつくんですよ、本当」
「あの……バイオレンスドラゴンは、どうしてそのバイオドレスを吸収しなかったのでしょうか」
「どういう意味です?」
「だって、おかしいじゃないですか。花丸さんのバイオドレスを自分のデータで書き換え、足りない構成素材を補う為に彼を取り込み、更には培養液を予備タンクの中身まで飲み干したと言うのに……隣にあった、もう一つのバイオドレスには目もくれなかった。周囲の物を吸収し取り込む能力を持っていて、おまけに自分と同じ素材出来ている筈なのに何故……」
「……これは私の推測に過ぎませんが、ヤツにとってはもはやバイオドレスは異物だったんでしょう」
「異物……?」
「私が考えるに、既に花丸さんのバイオドレスは何かしらの変異を始めていたのでしょう。それが、バイオレンスドラゴンにとって、自分の身体と同じ形へ組み替えるのに相応しいものだった。だからヤツは、花丸さんのバイオドレスを侵食して自分の物に変え、もう一つのバイオドレスはその変質に不要なものだとして切り捨てた」
そう考えるのが妥当、と言外にジングウは告げる。実際のところ、ジングウにもバイオレンスドラゴンの行動理由は分からないのだろう。彼にも分からない事があるのだと思うと、サヨリは何だか不思議とホッとした。
「ジングウさんにも、分からない事ってあるんですね?」
「何を突然言いますか。この世は、私には分からない事の方が多いですよ」
謙遜から出た言葉、などではない。自己主張の塊みたいなこの男から、そんな殊勝な言葉が出る筈はない。だが実際、ジングウはそれが本当の事だと思っているようだった。
それは一種の悟りだと言える。多くモノを知っている人間、そう言う人間はこの世にはたくさん存在する。凡人にしてみればあたかも、それは「この世の何もかも知っているかのように」映るだろう。だが、実際のところは正しくない。知識はあってもモラルが無い、その辺りをうろついている学生などその典型だろう。結局人間は自分に、理解出来る事を知っている『だけ』でしかないのだ。
「それはさておき、花丸さんの容体は?」
「先程見た段階では、まだ意識は戻っていないようでした……ドラゴンの凍結が完了したら、私は見に行く予定です」
「そうですか……あ、サヨリさん。今回の一件ですが――」
「分かってます。
クロウさんを介さず、別の上級幹部を介して報告、ですよね?」
「ええ。あのカカシの目にコレが触れたら、間違い無く「破棄しろ」って言うに違いないですからね……これだからあの頑固者は……」
苦い表情を浮かべるジングウに、サヨリは苦笑を浮かべる。嫌っている割に、クロウさんの事をよく分かっているじゃないですか、と声には出さずに呟く。
「あ、そう言えば」
「今度は何ですか」
「バイオレンスドラゴンに取り込まれた人間って、吸収されて無くなってしまうんですよね?」
「ええ、そうですね。一回起動する度に生贄が必要な兵器なんて燃費悪いですから、それも破棄した理由の一つなんですが」
「だったら、何故花丸さんは無傷だったんでしょうか?」
カーボナイトコーティングされたバイオレンスドラゴンの腹部を見つめながら、サヨリは言う。そこはアッシュが無理矢理花丸を引き摺り出したせいか、ぽっかりと抉れて無くなっている。
「それは簡単ですよ。花丸さんの代わりに、別のものが身代わりになったんですよ」
「別の物?」
「ええ。何て言いましたっけ、花丸さんといつも一緒にいたあの蛇――」
――・――・――
「う……?」
見知らぬ天井、ではない。ここ数日、訓練が終わるといつも担ぎ込まれている場所だ。
「医務室……か……」
何故自分がここにいるのか。花丸は本能的にそれについて考えるのを避けていた。
「……流石に、疲れているのかな……」
今日まで続けてきた無理が祟った。だからあんな『悪い夢』を見てしまったのだと、花丸はそう考えていた、そう思おうとしていた。
「あ、花丸ちゃん、気が付いた?」
「あ……アッシュさん……」
アッシュが姿を見せて、花丸は安心した――見知った顔を見て安心したのか、それとも彼が『無事』な姿を見て安心したのか、花丸には判別出来なかったが。
「どう? 身体の調子は悪く無い?」
「あ、はい……ちょっと何だか、頭がぼうっとしてますけど……」
「そう……まぁ、あんな事あった訳だし、無理も無いけど……」
「……あ、あの、アッシュさん、その頭の傷は……?」
アッシュの頭には包帯が巻かれていた。左上半分を覆うように巻かれ、瞳も隠れてしまっている。
「あ、これ? ちょっとドジっちゃってね。階段の上からステーンと」
「お、落ちたんですか?」
「そうそう。パカッて裂けちゃってもう、大変大変。父さん縫ってくれたんだけど、『貴方に麻酔は不要でしょう』とか何とか言って、薬無しで縫合してさー。もう痛いのなんのって」
「そ、それはまた……」
「その癖、ちゃんと傷口の消毒してるからねー、あの人。思わず失神しかけたよ」
「あ、はははは……」
いつものように、おどけた調子でアッシュは言う。それに相槌を打つように、花丸は苦笑を浮かべる。
(違うだろう……何を言っているんだ、お前(ボク)は……)
頭のどこかで、自分の声が響く。酷く冷静な声だ。冷たい眼差しで、冷めた視線で、自分を見下ろしているもう一人の自分の姿が、花丸の中に思い浮かんだ。
アッシュは花丸に気を使っている。あの包帯は転んで怪我したものなどではない、花丸(じぶん)が付けた傷だ。よく分からない怪物の中にいて自由は無かったが、それでも花丸(じぶん)が付けた傷だ。ここで言うべきはその傷の所以などではない。
「……ごめん、なさい……」
ぽつりと、今にも消え入りそうな声で、花丸は言った。アッシュは一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐに人懐っこそうな笑みを浮かべて「気にしないで」と返した。
「別に、花丸ちゃんが謝る必要無いよー」
「でも僕、何も出来なくて……アッシュさんが傷付くの、ただ見ているだけで……」
「仕方ないよ。アレはそう言うものだったみたいだし」
そう言って、アッシュは花丸を取り込んでいた怪物の正体、バイオレンスドラゴンについて説明した。それがかつてジングウの手で生み出され、彼でも扱えないと判断されて破棄された事。そしてアーカイヴに残っていたデータが花丸のバイオドレスに乗り移り、変形・変異したのだろう、と言う推測も。
「ジングウさんでも、扱えなかったんですか?」
花丸にはその言葉が、俄かには信じられなかった。ジングウは生物兵器のエキスパートだ。花丸の様な超能力ではなく、技術によってそれを制する力がある。彼にとってはある意味、師に近い存在だ。そんな彼に扱えない、御せない生物兵器が存在する事に、花丸は想像出来なかった。
「別に、珍しい事でもないらしいよ。生物兵器を操るのも、人間と会話するのと大して変わらないんだって。元が地球上の生物だから、それなりに意思の疎通は可能だとか何とか。だから、話が通じないなら言う事を聞いてもらえない、操る事は出来ない。あのバイオレンスドラゴンは、その典型だってさ」
「は、はぁ……あれ、そう言えば……」
何かを思い出したように、花丸は周囲を探し始めた。毛布や枕、傍においてある物入れなどを動かしている。
「どうかしたの、花丸ちゃん?」
「コハナが……コハナが見当たらないんです」
「…………!」
「いつも一緒にいる筈なのに……おかしいなぁ、どこに行ったんだろ……」
「……あのね、花丸ちゃん、」
「もしかして、アッシュさん知ってるんですか?」
「……うん。その、知っていると言うか、何と言うか……」
「?」
「花丸ちゃん、ドラゴンに取り込まれた時、コハナちゃん一緒にいたの?」
「はい、僕と一緒に――」
そこで、花丸は硬直した。
バイオレンスドラゴンに呑み込まれる寸前まで、コハナは花丸と一緒にいた。記憶は無いが、おそらく彼が取り込まれる時に、コハナも一緒に呑まれた筈だ。コハナは花丸の身体に巻き付いて普段一緒にいるのだから。
そのコハナが、今傍にいない。
「あの、アッシュさん。コハナは――」
「花丸ちゃん、どうせすぐに分かる事だから、僕は隠したりしないよ」
花丸の言葉を遮るように、アッシュは言う。
「コハナちゃんはもういない」
瞬間、花丸は心臓を鷲掴みにされたような気がした。視界の端がぼやけ、全身に脂汗が浮かんでいく。
(いや……待って……そんな、嘘だ……)
バクバクと心臓が早鐘を打つ。アッシュの言葉が、俄かには信じられない。
「嘘……ですよね。いつもの、冗談ですよね……」
「正直、君が無事に帰って来ただけでも奇跡なんだ。コハナちゃんは――」
「――嘘だッ!!!!」
気が付くと、花丸は叫んでいた。自分の喉から出た声に驚く。今叫んだのが自分なのだと、彼自身が信じられなかった。
「そんな、そんな筈ないです……だってコハナは、何時も僕と一緒で……」
「花丸ちゃん……」
「友達……なんです……僕の大切な、大事な友達で……家族で……」
頬を熱いものが伝う。ボロボロと、花丸の瞳から涙が零れていた。声が震えていた。
「……信じられない気持ちは分かるよ、こんなの本当に運が悪かったとしか言いようがないし……でもね、花丸ちゃん。これが現実だ。君が現実を受け入れられなくても、事実は変わらない」
アッシュの声は平静だった。いっそ、平坦とすら思える。彼は淡々と、花丸に現実を突きつけた。
「コハナちゃんはもういない。バイオレンスドラゴンに取り込まれて、吸収されてしまった……父さんが体内を調べたけど、見つからなかったって」
「う……あぁぁぁ……」
コハナは死んだ。バイオレンスドラゴンに食われ、骨すら残さず。
また花丸は、大切な仲間を失ったのだ。
「そんな……そんなのってないよ……あんまりだよ……」
室内に、花丸の嗚咽が響く。アッシュはかける言葉が見つからず、花丸の肩に手を置いた。
最終更新:2013年06月07日 09:33