『バイオレンスドラゴン、リフトアップ』
ずしん、と地響きをあげながら、実験場に巨体が姿を現す。全長3メートルの巨体。背中には翼竜のごとき翼、のたうつのは大蛇のごとき尾。かつて地上を支配した恐竜の末裔か、或いは神話に描かれる古竜の再来か。
対峙するのは、濃紺の装甲服。頭部は有角の馬か、或いは悪魔を彷彿とさせる形状。
AS2専用に調整されたバトルドレス、バイコーンヘッドだ。
『それじゃ、花丸さん。始めて下さい』
『は、はいっ』
くぐもった音声が、ドラゴンの中から響く。それは紛れも無く、花丸の声だ。
『行きますよ、アッシュさん!』
『いつでもどうぞ!』
ドラゴンが身構える。アッシュはその巨体に圧倒されるが、以前戦った暴走状態とは比べ物にならない。手も足もでなかった経験から冷や汗を浮かべるが、一方で彼の口元には笑みが浮かんでいた。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
巨体を軋ませ、ドラゴンが殴り掛かる。その勢いたるや、まるで雪崩のようだ。並みの戦闘要員では、その姿に気圧される事だろう。
(だけど――)
既に、『これ以上』のものと戦っているアッシュとしては、むしろ弱い位であった。突っ込んで来るドラゴンに対して、アッシュはそれをかわすどころか、むしろその懐に向かって踏み込む。
『え――』
『体格差が大きい場合は、むしろその内側が死角になる……覚えておいた方が良いよ』
バイコーンヘッドの胸の光珠が輝く。そこから出現した槍を、アッシュはドラゴン目掛けて突き刺した。
『うわっ!』
『〝胸部第三装甲まで貫通を確認。自動修復開始。戦闘続行可能〟』
『まだまだぁ!』
漆黒の双角獣目掛けて、横殴りの一撃を与える。これは避けられないと判断したのか、両腕をクロスしてアッシュは防御する。まるでバットにミートした硬球が吹っ飛ぶように、彼の身体は軽々と跳んだ。
『入りが浅い!?』
『ぐぬっ……威力を殺し切れ無い、か……!』
花丸は手応えの無さから自分の攻撃を受け流された事に、アッシュは自分の技量が追いつかない程の膂力に驚きの声を上げる。地面を滑りながら、素早くアッシュは体勢を整えた。
『もっと力を入れないと……!』
『もっと相手の動きを視る……!』
より速さと力を。ドラゴンがその翼を広げ、宙に舞い上がる。
より正確さと把握力を。その動きをバイコーンが追う。
津波のような怒涛の勢いで、ドラゴンがアッシュに襲い掛かる。触れれば一撃必殺、そんな攻撃だ。それをアッシュは、紙一重でかわし続ける。まるで津波を乗りこなすサーファーだ。
『そんな、掠りもしないなんて!?』
『兄さんに出来た事が、僕に出来ないなんて事は……!!』
視力を極限まで強化し、相手の動きを観察する。筋肉の細かく微細な運動を、アッシュは捉えられていた。その微細な動きから相手の次の動作を予測し、攻撃をかわしている。
『見える……視えるぞ! はははっ! 何だ、簡単じゃないか!』
かつての敗北故か、
シスイは行って見せた技を自分のモノに出来た事で、思わずアッシュが歓喜の声を上げる。
だが、それもつかの間。
『こん――のおっ!!』
花丸からの、大きく振りかぶった一撃。それを見てすぐさまアッシュは避ける。だが、避けたその直後に、彼を横薙ぎに吹き飛ばす強烈な一撃が襲い掛かった。
『あがっ――!? し、尻尾か!?』
銃弾さえも防ぐ装甲、更にそれを強化する麒麟の加護。だが、その上からでも伝わる衝撃はアッシュの全身を揺さぶって余りある。その事実に、アッシュは嗤った。余裕からか、それもあるだろう。しかし、今の一撃で彼は感じたのだ。花丸はまだ、本気を出していない、と。
『はは、ははは……いやぁ、強いねぇ、花丸ちゃん……!』
口元を覆うマスクを外し、吐き出した血を拭い取る。それは弧を描き、笑みを形作っていた。
見事、天晴。そんな言葉が出てくるような成長振りだった。ほんのちょっと前まで、全く戦う事の出来なかった少年とは思えないような変わり映えだ。もちろん、彼が纏っているバイオレンスドラゴンの性能が優秀である、と言うのもある。だが、どんなに優れた道具でも、それを使う人間が相応しくなければいけない。花丸は誰の目に見ても疑いようがなくその性能を引き出しており、それは間違いなく彼自身の技量だ。
『だけどねぇ……僕にも、先輩としての尊厳、って言うか誇り? みたいなのあるんだよねぇ……最低限、恰好付けないといけないからさぁ……』
マスクを装着し、アッシュはドラゴン目掛けて走る。駆け寄り様に、その両手には転送した二振りの双剣が握られていた。
『そう簡単に――追い抜かされる訳にはいかないんだよね――!!!!』
――・――・――
「バイオレンスドラゴン、損耗率5パーセント。バイコーンヘッド、損耗率21パーセント」
「ふむ。まぁ、上出来じゃないですかね」
二人の戦いをモニターしている
ジングウと
サヨリ。画面には二人の様子がリアルタイムで表示されている他、彼らが装着している強化服の現在ステータスが表示されている。
「よく花丸さんが、ドラゴンを装着する気になりましたね。彼にとってアレは、その……」
「コハナを殺された仇、と言っても過言じゃないですね」
「ええ……それなのに……」
「まぁ、絶望だけでは、どうやっても人間動けないですよね」
「……何を吹き込んだんですか、ジングウさん?」
「貴女、ナチュラルに失礼ですよ……まぁ、『貴方だけが助かったのは、もしかしたらバイオレンスドラゴンに取り込まれたコハナのお蔭かもしれない』とは言いましたね」
「それで、もしかしたらコハナちゃんの意識を呼び出せるかもしれない、ですか? 不確定で、しかも希望的観測じゃないですか。そんな言葉で花丸さんを釣るなんて……」
「どこぞの契約宇宙人と一緒にしないでください。私はあれよりよっぽどフェアですよ」
「……それって、」
「何にも、確証が無い事を私が言うとでも?」
サヨリに向かって、ジングウは呆れたような顔をした。
「いや、なんか、その……あまりにも、ジングウさんらしくないなぁ、などと……」
「友情、愛情、絆。そんな言葉の諸々がですか?」
「う……」
似合わない。あまりにも似合っていない。この男の口から出てはいけない類の言葉が、平然と並べられていく。シュールが、実に珍妙だ。周囲が異次元になったような感覚に、思わずサヨリは表情を顰めた。
「似合っていないのは、百も承知ですよ。自覚が無い訳じゃあありません……ですがね、『事実存在するファクター』なのですから、それを無視して世界を観測出来ませんよ」
「……やっぱり、似合わないです」
「そう言うものじゃあ、ありませんよ。こちとら、悪の組織ですよ? 一体何度、その手の言葉に煮え湯を飲まされてきたと思うのですか」
両手を広げながら肩を竦めるジングウの様子に、サヨリは「あぁ……」と苦笑を浮かべる。
確かに、その通りだ。敵として何度も立ちふさがり、そして今まで散々その手のファクターに苦しめられてきたのだから、むしろ当事者達よりもその『恐ろしさ』を身を持って理解しているのだ。無視できる訳が無い。
「花丸さんとコハナちゃんの絆なら、ドラゴンからその意識を呼び覚ます可能性がある、と?」
「そうですね……まぁ、花丸さんだけが助かった、と言う事実からの逆算でもあるんですがね。何故彼だけが助かったのか→それはコハナがドラゴンと融合し、花丸さんを助けたから→ドラゴンの機能を乗っ取れたのだから、呼び覚ます事も可能ではないのか? と。実際物質的にいくら強かろうが、霊格に関しては製造から六年も経っていない人工生命体に対して、自然発生して十数年生きた蛇の方が、よっぽど魂的には強靭ですよ」
くっくっく、と嘲笑するジングウの様子には、若干の自嘲があった。それもその筈だ。彼はたった今、自分が創り出した存在よりも、この世界が生み出した=神が創造したものの方が強い、と断言したのだ。神と敵対する立場にありながら、潔く己の敗北を認めたのだ。
「ぶっちゃけ、あの暴れ者をコハナが制してくれるなら、それはそれで万々歳なんですが――そうそううまくいきませんか、これは」
「え?」
ジングウの呟きに、サヨリは画面へと視線を向けた。すると、バイオレンスドラゴンのステータスが、急激に変化しているのが分かった。青色で表示されている部分が、あっという間に赤色へと変わっていく。
「これは……!?」
「無理矢理寝かしつけていた暴れん坊が、目を覚ましたようですね……!」
――・――・――
『はぁ……はぁ……』
バイオレンスドラゴンを操りながら、花丸は荒く息をついていた。
その操縦は、バイオドレスとは全く異なっている。あちらは『装着』であるが、こちらは完全に『操縦』だ。バイオドレスの何倍も巨大なドラゴンは、もはや着るのではなく乗り込む物であり、いわゆるコクピットにあたるのはその胸部部分だ。花丸の全身を完全に包み込み、後はその巨体を動かすイメージを全身に走らせる事で動かす。
『う……』
戦いに集中出来る内は気にならないが、ドラゴンの胎内と全身が癒着する感覚に嫌悪感がある。無理も無い事だ、仇の身体を一体化しなければいけないのだ。どうしたって拒絶を覚えてしまうだろう。それでも花丸がもう一度これを纏うと決めたのは、そうする事でコハナと会えるかもしれないからだ。
全身に纏わりつく嫌悪感を抑え込み、目の前の戦いに集中する。バイオレンスドラゴンを花丸が使い続ける事で、そこに取り込まれているであろうコハナの意識を寄り動かして覚醒させる。それがジングウの提示したプランだった。
『もっと、力を……!』
アッシュに攻撃を何度仕掛けても、それをことごとくかわされてしまう。当たっても、威力をほとんど殺されている。これは模擬戦でしかないが、それでも花丸はその事実に焦りとイラ立ちを感じていた。アッシュに効かない、と言う事は、彼と同格の敵と戦っても通じない、と言う事なのだ。これでは、バイオドレスで戦っていた時の方がまだマシだった。
『く……!』
花丸は手加減している訳では無い。機体の性能を引き出し切れていないだけだ。その事実にもどかしさから歯噛みする。理由は言うまでもない。花丸はこれを、バイオレンスドラゴンを嫌っている。それ故に、十全に能力を使いこなせないのだ。
『くそっ!』
彼らしくもなく、思わず悪態をついてしまった。
ジングウはこれは、言わば『慣らし』であると言っていた。バイオドレスと仕様が異なる為、それに合わせる為の調整であると。しかし花丸は、一刻も早くコハナを目覚めさせたいが為に焦り、気が逸っている。思うように動かないドラゴンに、苛立ちばかりが募っていく。
(駄目だ! こんなんじゃ駄目だ!)
(これじゃあ、ただの足手まといだ! ただのデクの坊だ! これまでの――役に立たない、僕のままじゃないか!)
(駄目だ駄目だ! これじゃ、駄目なんだよ!)
(動け、ドラゴン! 僕の言う通りに動いてくれ! 僕に力をくれ!)
(こんなんじゃコハナを呼び戻すなんて――)
――力ガ欲シイカ? ――
『――え?』
ぞくり、と花丸の背筋を悪寒が駆け巡る。知っている。この感覚を、花丸は知っている。この、精神を蹂躙し、冒涜し、侵略する未知の感覚を、彼は知っている。既に経験済みだ。
『あ……まずい……!』
模擬戦前に伝えられた、ジングウの言葉を思い出した。バイオレンスドラゴンの肉体に宿る自我とも呼べるもの。それを一時的に封じる為に、ジングウはその体内にいくつかの仕掛けを施した。その仕掛けが効いている間は、花丸の意思でドラゴンは動かせる、と。
逆に言えば、仕掛けが外れれば、ドラゴンの意思は目を覚ます――
――何者ニモ負ケナイ力ヲ、何者ニモ劣ラナイ力ヲ、何者ヲモ薙ギ払ウ力ヲ――
――欲シクハナイカ、花丸?――
『そんな……まだ早過ぎる……! ジングウさんの予想より、全然早いじゃないか……!』
〝奴〟が、出てくる。どんな猛獣も花丸には危害を加えないが、こいつだけは例外だ。どんな猛獣も花丸にとっては友達と呼べる存在だが、こいつだけは埒外だ。
こいつは、言うなれば異次元の存在。こちら側の常識で量る事が出来ず、こちら側の理屈で括る事の出来ない蕃界からの侵略者。花丸が唯一恐れる怪物にして、ジングウですらそのすべてを理解不可能なモノ。
『う……い、嫌だ! こっちに来るな!』
自分以外の何かが、すぐ傍にいるのを花丸は感じていた。それは言ってみれば、大洋に一人ぽつんと浮かんでいる中で、背びれだけが見えている何かが自分の周りを泳いでいるかのような恐怖感。或いは、周囲を茂みで囲まれた藪の中で、何者かが動き回っているのを感じているかのような不安感。しかも姿が見えないそれが、一体どれだけの異形なのかを自分は知っているのだ。知ってしまっているのだ。
――ソノ身体ヲ寄越セ、花丸。俺ガ力ヲ与エテヤル――!!
『う――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
無数の悍ましい触手が花丸の精神にまとわりつく。理性が働くどころの話ではない。動物的本能から来る恐怖感に耐え切れず、花丸は絶叫を上げていた。
――・――・――
『まず……』
バイオレンスドラゴンの――否、花丸に起きた変化を、アッシュも感じ取っていた。
先程までと、周囲を取り巻く空気が変わったのを感じる。目の前にいる巨竜の中身が、人間から獣に変わったのが彼には分かった。
『ッ――!?』
直観に任せて跳んだのが正解だった。それまでアッシュが立っていた場所に、尻尾の一撃が叩き込まれる。それまでとは比べ物にもならない速さと怪力。文字通り殺すつもりの攻撃であり、本気の一撃。
『参ったね……バトルドレスすら、紙装甲じゃないか』
麒麟の加護で全力強化を施したとしても、受け切れるか分からない。それ程までに、バイオレンスドラゴンの威力は容赦が無く強烈だ。神話に語られるドラゴンにも、太古に地上を支配した恐竜とも遜色が無い。
『どうすんのさ、父さん。予定より、全然早いじゃん!』
研究室の方を見上げ、アッシュが文句を言う。空元気なのか、それとも調子が戻って来たのか、その口調にはおどけるような響きがある。
『分かってます、ちゃんと対策ぐらいしてありますよ』
『だったら、早くしてっ!!』
「■■■■――ッッッッ!!!!!」
『はいはい……コクピットブロック、パージ!』
ドラゴンが咆哮を上げ、アッシュに襲い掛かろうとした瞬間――その胸部部分が吹き飛び、小柄な少年の身体が吐き出された。
『アッシュ、花丸さんを!』
『了解っ!』
地面に倒れた花丸を抱え上げ、アッシュはその場から離脱する。一方のドラゴンは、核である花丸を奪われた為か、力を失うかのように崩れ落ちていく。
それでも、花丸の身体を取り戻そうとするかのようにその腹部から無数の触手が伸び、アッシュの背中を追う。
『その往生際の悪さ、嫌いではありませんが、』
ジングウがキーボードを操作し、エンターキーを叩く。瞬間、ドラゴンの触手が動きを止めた。
『いい加減、眠って貰いましょうか』
触手が力無く地面に落ち、本体の方もまるで痙攣しているかのように小刻みに振動している。それが止まると、ドラゴンは動くのを完全に止めた。ドラゴンの胎内にあらかじめ入れておいた神経毒のカプセルが開き、その毒が効いたのだ。
『全く――とんだじゃじゃ馬だよ」
ヘルメットを脱ぎ、素顔を現したアッシュの表情には疲労が見て取れた。頭全体が、滝の様に噴き出た汗でぐっしょり濡れている。
その時アッシュは、抱き抱えた花丸が震えている事に気付いた。てっきり気を失っているものだと思っていたが、どうやら意識が戻っていたらしい。
「あ、花丸ちゃん、もう大丈夫だよ。ドラゴンは止まったから――」
そこまで言い掛けて、アッシュは目を見張った。
「あ……が……」
「花丸……ちゃん?」
腕の中の花丸の様子は、尋常ではない様子だった。身を縮ませ、全身を小刻みに震えさせている。歯は噛み合わずガチガチと雑音を鳴らし、目は見開いて恐怖に歪んでいた。
「花丸ちゃん、しっかり! 花丸ちゃん!!」
アッシュが揺さぶるが、花丸は答えない。目の焦点はあっておらず、口からは言葉にならない声ばかりが出ている。
≪暴竜に挑む≫
(そんな中、アッシュの耳は、かろうじてその言葉を捉えた)
(うわ言のように呟かれる、花丸の声を)
(「こんなのじゃない」)
(「僕が欲しかったのは、こんな力じゃない」)
(震える唇で、ただそればかりを訴えていた)
最終更新:2013年07月03日 16:02