「―――ッ!」
竹刀袋から木刀を抜き取り、横一文字に振った。
それはユウイの方に向かっていた影のような猫に見事命中し、猫は煙のようになって消滅する。
どうやら猫には「防御力」だとかそういう類のものは存在しないらしい。
とにかく、なんでも構わない。向こう側からの攻撃を避け、こちらの攻撃を当ててしまえばいい。
そうすれば、あの恐ろしい猫は消えてしまう。―――大丈夫、大丈夫だ。勝てる。
「ねぇ、ユウイ、どうしてそこまでして生きたいと思うの?」
ミユとの距離は離れているはずなのに、まるで耳元で囁かれているかのようなねちっこさを感じる声だ。
それは耳の中にするりと進入し、頭の中に直接語りかけてくる。言葉を貼り付けてくる。
それでもユウイは自分へ向かってくる猫に向かって木刀を振り下ろした。一度、二度、…三度。
後ろから迫ってくる猫には生み出されたシャーペンが飛んでいく。針のように先の尖ったそれは、スッとキレイに猫の目に命中した。
「死人、化け物になってまで、生きたいと思うの?」
よくわからないわ、と呆れた風に肩を竦めてミユは続けた。
木刀を握る手が、汗でぬめり始めた。だけど、拭っている暇なんてない。ユウイは木刀を振るい続けた。
「ユウイ、そろそろ楽になってもいいんじゃないかな?死ねば、何も考えなくてよくなるのよ」
「ユウイ!その子の言葉に耳をかしてはだめだ!」
ハーディは猫からの攻撃をかわしながらユウイに向かって叫ぶ。
けれど、
「あぁッ」
つるり、と木刀が手中からすっぽ抜ける。途端、酷い疲労感に襲われた。
体が動かない。動いて、あの猫を倒さないと死んでしまうのに、それなのに、うごかない。ど う し よ う 。
彼女が不安、恐怖に押しつぶされそうなのは、読心術を得ていなくてもわかることだった。
休むこともなく木刀を振るい続けていたのは、恐怖心に負けてしまいそうだから。押しつぶされてしまいそうだったから。
動くことで自分を落ち着かせていたのだ。
「がっ…」
心が恐怖に満たされ動けなくなったユウイに、一匹の猫が体当たりをかました。
しっかりと、助走を付けられたそれの威力は凄まじいもので、ユウイの体は容易に吹っ飛んで、木に背中を強打した。
服はぼろぼろ、顔や手、足は土だらけの状態で、地面へ突っ伏す。ぐん、と体が何かに引っ張られているような感覚が続き、息が上手くできない。
「ガハッ!…うぇ、…はっ、カハッ」
起き上がろうとするが、腕も足も震えて力が入らない。ぱたた、と口端から唾が流れ落ちる。
ぼんやりと、靄がかかったような世界からあの猫が二匹、迫ってきていた。
と同時に上から黒いカーテンが降りてきて、やがて、何も見えなくなった。
ハーディさんがユウイを呼ぶ声と、ミユの笑い声が聞こえた気がした。
あぁ、
おわる。
―――・―――・―――
一方、此方でも激しい戦闘が行われていた。
リオトは、自分の血液を自在に操り、針で猫を串刺しにし、血の刃で切り裂く。
凪は、氷の剣で猫を薙ぎ払い、猫凍らせては砕く。
ユズリは、乱暴に、荒く、鋏を猫に突き刺し。鋏を双剣に変化させては猫を斬り付けた。
カクマは、大胆にも猫に掴みかかり、大きな爆発を起こして猫の頭を吹っ飛ばす。
そうしているうちに、猫の数は確実に減ってきていた。
そして、
「っらぁあああ!!!」
カクマが、最後の一匹の体の真ん中に手を宛てて、爆発で二つに分裂させた。静寂が訪れる。
「やったか…?」
「ッ!? ユズリ、後ろだ!」
凪の声に反応し、ユズリは素早く振り返った。
自身の真後ろには大きく口を開け、汚らしく涎を撒き散らしながら飛び掛ってきている猫が一匹。
そして、見たこともないような、必死な顔でリオトが、こちらへ腕を伸ばしていた。
どん、という音と衝撃と共に足が地面から離れた。
ごり、と何かが削れる音がした。
地面に倒れたのはユズリだった。怪我はない。リオトも、目の前にいる。…だけど、様子が変だ。
ぴくりとも動かない。それに、この自分にかかっている赤い液体は―――
「リオ兄ィィイイイイイイッ!!」
ユズリが目を剝いて叫んだ。リオトはユズリを救うために、自ら猫に噛まれにいったのだ。
「手間、かけさせやがってよぉッ!」
爆発を利用してリオトの元まで吹っ飛んできたカクマが、猫に深い蹴りを入れリオトから離れさせる。
猫は「ギィッ」と醜い声を上げて真っ直ぐ横に吹っ飛ぶ。猫から開放されたリオトは、力なくその場にくずおれた。
即座にユズリが駆け寄って、彼の顔を見る。目は閉じられており、首には四つの深い穴が。そこからは血が絶えることなくどくどくと流れ続けていた。
止血が始まっていない…それは、リオトが今現在能力を使えていない、ということを意味していた。
ユズリは青ざめた顔でリオトの体を揺する。けれど、リオトは目を覚まさない。
「なんだ…?あいつ他とは様子が違ェぞ」
顎へと伝い落ちる汗を片手で拭いながら、カクマは先ほど自分が蹴った猫が消滅していないことに気付く。
その猫はうなり声を上げながら起き上がり、赤い四つの目をカクマ、ユズリ、凪の三人へと向けていた。
怒っているのか、長い二本の尻尾は地面を強く叩いている。
「はーぁ…よくわからねーけど、アイツが何かの鍵になっていることは確かだな… 氷見谷、榛名の弟!アイツを叩くぞ!!」
リオトにかわって指揮を取り始めたカクマが、二人を見る。凪は困惑の表情を浮かべながらもこくりと頷いた。
けれどもユズリは、倒れているリオトをみたまま、顔を上げなかった。
どうして、自分なんかを救ったんだ。
そんな気持ちが、彼の心を埋め尽くしていた。
「……リ、ユズリッ!」
凪の数回の呼びかけで、ユズリは我に返った。
「早く立て!あのでかい猫を片付けるのだよ!そうすれば…何か、この状況を変えることが出来るかもしれないんだ!」
「だけど、俺は…」
リオトがこうなってしまったのは、自分のせいだ。そんな思いがユズリの体を動かなくさせていた。
いつもの態度のでかさは嘘のように消え、声も微かに震えているように聞こえた。だけど、凪は続ける。
「リオトがああなったのは自分のせいだとわかっているのなら…立つんだ!立って、あの猫を倒して、ユウイを救うんだ!」
「……!」
喝を入れる凪の手もまた、小さく震えていた。
「ユズリ、お前までいなくなってしまったら、ユウイはどうなる…?私は、友人が悲しむ姿を見たくなんかない!」
「凪…」
カクマは既にあの変わった猫との戦闘に入っていた。あまりにも激しく動きすぎている為か、少々表情にも余裕がなくなってきている。
リオトは、まだ目を覚まさない。ただただ灰色の地面に、あまりにも不釣合いな赤い血が広がっていくのみ。
(リオ兄…)
「悪ぃ凪、迷惑かけた」
ジャキンという音と主に巨大鋏がユズリの手に握られる。
凪はほっとした表情で立ち上がった。
「リオ兄の思いを、無駄にはさせないッ!」
―――・―――・―――
「………」
「ねぇ、どうして貴方はそこまでしてユウイを庇うの?」
マントがびりびりに引き裂かれたハーディが、ユウイを庇うようにして立っていた。
ミユは怪訝そうな顔でハーディを見る。
「………」
「貴方とユウイはきっと出会ったばかりでしょう?どうして、そこまでしてこの子を守ろうとするの?」
「……私にも、よくわからない話なんだがな…この子は…いや、この子達は、私の希望なんだ」
「…はァ?」
少し照れくさそうに笑った青年は、帽子を深く被り直す。そして、そこから鋭い黄色の瞳が覗いていた。
ハーディの周りからばちばちと音を立てて、無数のシャボン玉が生まれた。
影の猫は少し警戒するように後ずさった。
「だから、殺させやしないさ。――さぁ、来るならさっさと来い、私が相手になる」
「貴方、一体…何なの…?」
それぞれの――
―――・―――・―――
「ッ、はぁ、っーーミハル!」
『ヤ、ハト…?』
「しっかりしろ!すぐに、すぐに助けるから…!」
『……ヤハト、わたし…ね、とても幸せだったわ…』
「やめろ、喋るな」
『幸せいくつあったかな……ふふ、数え切れないわ…』
「ミハ、ル…」
『どうして、どうして私は許されないのかしら…』
「…ミハル…」
『……一つ、お願いよ。ニンゲン、と、仲良くして、ね…。
きっと、私達ニンゲンと貴方達は共に生きることができるわ…きっと――私達が、そうであったように…。
それを、この世界にすむ、みんなに、おしえてあげて…。それから、わたし、きれいな、しぜん、が…』
「二つ、じゃないか…」
『あは、ふふふ…ほんとだ、わたしったら、ほんとばか、ねぇ…』
『ねぇ、ヤハト…?』
「…なんだ?」
『わたしね、本当に本当に幸せだった――』
「あぁ、私もだ」
『愛してるわ、ヤハ、ト …ぁ……よか、……た …… 』
「―――――ミハル?」
『………』
「……ふ、っ、く、ぅう…!」
最終更新:2013年07月16日 20:49