※劇中、残酷な表現やグロテスクな表現があります、閲覧の際は注意してください。
いかせのごれの一角にある廃墟街、ストラウル跡地。
そこに、一台のサイドカー付きのバイクが走っている。バイク本体もサイドカーも、黒いカラーリングに所々銀色のワンポイントが施されていた。
瓦礫が積み上がった悪路であるが、そんな事をモノともしていない。その巨大な車体でもって、まるで踏み潰すかのように走っている。
『こちら観測所です。ミツさん、聞こえていますか?』
「はい、聞こえています」
バイクに跨っているのは、中世的な顔立ちを持つ人造人間、ミツ。一方で、サイドカーに座っているのは――
「…………」
「花丸も、特に問題は無いです」
『そうですか……少しでも何か異常を感じたら、すぐに言ってください』
「分かりました」
そう言って通信を切る。ここで言う「異常」の主語はサイドカーなのであろうが、通信機から聞こえる
サヨリの声は明らかに「花丸」にかかっていた。それが不適当である、とミツは思いつつも、「彼」にはそれが悪い事には思わなかった。
『それでは、目的地に着き次第、実験開始と言う事でお願いします』
「了解しました」
言って、ミツは通信を切る。
二人の間に会話は無い。ミツは他人とコミュニケーションをあまり取りたがらない性格であったし、花丸もまた奥手な性格だ。特別親しい間柄と言う訳でもない、そんな二人に会話を期待しても無理と言うものである。
「花丸、何か悩み事ですか」
しかし意外にも、ミツが口を開いた。まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、花丸は意外そうに「彼」の方を見上げた。
「え?」
「最近、ミツから見て貴方は何かについて考えているように見えました。ミツでよければ、話を聞きますが」
「……いえ、僕は大丈夫です」
「そうですか」
再び二人の間に沈黙が流れる。聞こえるのはガタガタと、瓦礫の悪路を進んでいくバイクの音だけだ。
「数日前」
しかし、またミツは唐突に切り出した。
「バイオレンスドラゴンの起動実験が行われたと聞きました」
「!」
「実験の最中、ドラゴンが暴走しかけた事も」
「…………」
「その時からです。花丸が何かに悩んでいるように思えたのは」
ミツの言う通りだった。バイオレンスドラゴンの起動実験後から、花丸は何かについて悩んでいる様子だった。サヨリやアッシュの様な聡い者はそれについて彼に話しかけていたが、その度に花丸は「大丈夫です」と返すばかりだった。
「心配をかけたくない、と言う気持ちはミツにも理解出来ます。ですが、理解出来る故に理解出来ません」
「え?」
「悩みを打ち明ける事で、相手に余計な重荷を持たせてしまう。それは確かに。ですが、確固とした形があります。どうすればその悩みを、問題を排除出来るのか。中身が分かっている分、ある程度の道筋を立てる事が出来る。ですが、問題を打ち明けていないのは、中身が分かりません。中身が分からない以上、あるのは漠然とした不安だけです。「一体何で悩んでいるのだろう」。貴方の周りにいる人間は、その不安に振り回されているばかりです」
「あ……」
「どうせ何かで悩んでいる、と言う事がバレてしまっているのだから、言ってしまった方が害悪は少ないと、ミツは思うのですが」
淡々と語るミツの口調は、しかし花丸を責めている訳では無い。ただ「彼」は本当に、余計な感情を織り交ぜずに事実を語っているのだ。
「……僕、気付いちゃったんです」
しばらくしてから、花丸は口を開いた。
「コハナが死んじゃったのは……僕のせいだったんです」
「? それは、どう言う意味ですか?」
ミツは首を傾げる。バイオレンスドラゴンに取り込まれたのは不可抗力だった筈。確かにコハナが花丸を庇い、彼まで取り込まれないようにした、と言うのは、見ようによっては花丸のせいとも言えるが、それだって
ジングウの仮説の範囲だ。少なくともミツから見て、花丸には何ら落ち度は無いように思えた。
「そもそも、バイオレンスドラゴンが僕のバイオドレスを狙ったのは偶然じゃなかったんです。アレは……僕の、強くなりたい、って欲望に反応したんです」
二度の接触により、花丸はその事実に気付いた。
凶暴なバイオレンスドラゴンと心優しい花丸。両者はあまりにも違い過ぎるが、その一点においては共通していた。ドラゴンはその傲慢さ故に、花丸はその優しさ故に、力を求めていた。皮肉にも、その共通項が両者を結び付けてしまった。ドラゴンは花丸の強くなりたい、と言う願いに応じて彼のバイオドレスに憑りつき、再び肉を持った身体を手に入れたのだ。
「アレは初めから、僕を狙っていたんです……アッシュさんでも、ミツさんでも、他の
千年王国の人でもなく、僕だけを! 僕が力を欲しいなんて願ったから、アレは蘇ってしまったんです……!」
奴にしてみれば、戦闘能力も持たず、超能力以外は並の人間くらいでしかない花丸は、打ってつけの宿主に見えた事だろう。取り込んで身体を奪うなど造作も無いと。
しかし、誤算が生じた。取り込めたのは一緒にいた小さな爬虫類だけで、花丸自身は無事だったのだ。
「僕が……僕みたいな弱い奴が、強くなりたいなんて思っちゃったから……そのせいでコハナは死んじゃったんです……僕のせいで、コハナは……」
今までずっと自分の中に溜め込んでいたモノを吐き出し、花丸はサイドカーの中で頭を抱えながら蹲る。バイクの走行音に交じって、すすり泣く声が聞こえた。
「ジングウさんの言う通り……僕は『持っていない方』の人間だった……力が欲しいなんて思っちゃいけなかったんだ。そんな願いは、僕には相応しくなかったんだ……」
花丸は、自分を呪う言葉を零し続けている。
無々世に敗れて友を失い、或いは友を傷付け、
ムカイに敗れて自信を失い、
ドラゴンに襲われ家族を失った。
人間は確かにゼロから這い上がる事が出来る。だが、それが可能なのは限られたごく一部の人間だけだ。花丸の様に、人は落ちれば落ちる程、這い上がろうとする人間を阻むかのように妨害の手が現れる。
始まりは人無。三つの首を持った友を殺され、氷狼の友を傷付けられた。
友を殺され、友を傷付けられた。だから花丸は強くなろうと思った。上を目指した。
次いでは蟲遣い。新たに手に入れたバイオドレスと言う名の力は、彼に通用しなかった。通用しなかったどころか、相手はまるで新しい力を手に入れた自分を嘲笑うかのように、それまでの自分と同じ戦い方によって花丸を打倒した。
強くなっていると言う自信。それは過去の自分によって打ち砕かれた。まだ足りない、もっと力が欲しい。だから彼は、更に上を目指した。
三度目は暴竜。鍛えた身体は、しかしその暴力の前に成す術が無かった。身体の自由を奪われ、千年王国の仲間を傷付けてしまった。それどころか、大切な家族まで失ってしまった。
まるで相応しくないと。分不相応であると。見えない何者かが阻むかのように、花丸には苦難が多過ぎた。世界そのものが敵になったと錯覚したとしても、そんな妄想に逃げたとしても、誰に責められよう。
「……力を求める事は、いけない事なのでしょうか」
「…………」
「博士は昔、言っていました。中二病的表現として「悪しき力」、「善き力」と言うのがありますが、そんな言葉は嘘っぱちであると。どんなに強大な力であれ、それ単体ではどちらでもないただの力に過ぎない、と。悪とは人の心が生み出すものであり、善もまた同じである。物事の良し悪しを決めるのは、それに関わる人間の心だ、と」
「バイオレンスドラゴンも、そうだって言うんですか……? そんな訳無いじゃないですか! 僕の言う事全く効かないのに、あれが純粋な力だって言うんですか!?」
堪らず、花丸は声を荒げてしまった。その姿は、普段の物静かで大人しい彼の姿にはそぐわない。それだけ彼の心身が――特に心を疲弊しているのが伺えた。
「どうしようもないんですよ! 最初は僕の言う通りに動いても、その内奴に支配されてしまう! 頑張ってどうにかしようとしたけど、でもどうしようもなくて……そんな力、一体どうしろって言うんですか!? 僕の言う事が効かなくても、それでも僕の力だって言うんですか!?」
吐き出すだけ吐き出して、花丸は肩で息をする。普段口数が少ない彼にしてみれば、それすら重労働に違いない。ましてや、こんな風に誰かに食って掛かる事も無いだろう。もし傍にサヨリかアッシュでもいれば、驚いていたに違いない。
ミツの表情に変わりは無い。特別驚く様子も無く、それが逆に、果たして「彼」は花丸に対して関心を抱いているのか、疑問すら感じる。
「……花丸さん、それは違います」
「何が――」
「――バイオレンスドラゴンは、貴方の力などではありません」
「……え?」
花丸は、その言葉の意味が全く分からなかった。
バイオレンスドラゴンが自分の力ではない。それはおかしな言葉だった。バイオレンスドラゴンは基本、バイオドレスと同じだ。コアになる装着者がいて初めて機能する生物兵器に過ぎない。生きてこそいるが、装着者に使われる道具の域を出る事は無いのだ。
花丸は、バイオレンスドラゴンの装着者だ。であるならば、それは間違いなく彼の力である筈。
「貴方は、自分の本質を見失っています。もう一度思い出してください。貴方は、そもそも――ッ!?」
そこまでミツが言いかけていたところで、「彼」はハッとしたように急ブレーキをかけた。バイクは横滑りに走り、瓦礫だらけの地面を薙ぎ払いながら停止する。
「あの人は……!?」
自分達が走っていた進路上に立つ白衣姿の男を見て、花丸は目を見張った。その姿を、一体どうして彼が忘れられるだろうか。彼に二度目の敗北を刻み付けた、その人物の姿を。
「……
ムカイ・コクジュ」
「お久し振りだな、花丸。そしてDSX-001、ミツ」
「今はDSX-001RFです、コクジュ」
「これは失敬。なるほど、新しい身体を手に入れたようだな」
「お蔭様で」
花丸の顔が、ムカイとミツの間を行ったり来たりする。そのやり取りは、明らかに初対面同士の会話とは思えない。
「君も馬鹿な事をしたな……私の誘いを断り、あろう事か自分を廃棄物扱いしたグループへ戻るなどと」
「貴方なら違ったと?」
「ああ違った、違ったともさ! 私達『失われた工房』へ来ていれば、君を欠陥品扱いした奴らを踏み躙る事が出来たと言うのに……!」
「…………」
ミツの視線は、じっと無感情にムカイの方を見つめている。しかしやがて「彼」は目を逸らし、誰が見ても分かる様なため息をついた。花丸でも嘆息なのだと分かるほど、はっきりとした仕草だった。
「貴方について行かなくて正解でした」
「何?」
「花丸、司令部と通信は?」
「駄目です、電波が妨害されているみたいで……」
「止む得ませんね。不本意ですが、彼を相手に実験しましょう」
言って、ミツは操縦桿についたコンソールを操作する。花丸にサイドカーから降りるように促し、彼が降りる瞬間にそれは起きた。
ミツの言葉に従うかのように、巨大なサイドカーが形を変えていく。二つの車輪は二つに割れてそれぞれ車体の両側へと収まり、車輪を両側から挟むようにして存在していたフレームは二本の「腕」へと変化する。サイドカーは中心から二つに分かれ、それぞれが大地を踏みしめる「足」になっていく。カウルはミツを乗せたまま「頭部」となり、後ろにあった排気塔はバックパックの様に「背中」へと収納された。
僅か三秒で変形を終えたそれは、もはやバイクではなく、三メートルを超える巨人となっていた。
「ほう……モタドラッドの発展型、と言う訳か」
目の前の巨人を見据え、ムカイは興味深そうな声を漏らす。目の前に現れた存在に全く恐怖しておらず、眼鏡を押し上げる姿にすら余裕が感じられた。
「花丸、離れていてください」
「は、はいっ!」
花丸が近くにあった大きな瓦礫の陰に隠れるのを確認すると、ミツは素早くコンソールのウエポンセレクターで使用する兵装を選ぶ。もっとも、選ぶと言っても「全部」であるが。
「両腕部弾頭、圧縮燃焼弾確認。背部多弾頭弾発射管、小型スタービング・チルドレン確認。オールウエポン、点火」
引き金に当たるボタンを押した瞬間、圧倒的なまでの破壊がムカイへと降り注いだ。両腕から放たれる弾頭は、直撃した瞬間周囲を赤い火の海へと染め上げ、背中から吐き出されたミサイルは、対象へと向かう途中でそれぞれが八発の小型弾頭へと分離して牙を剥く。しばらくの間、耳を劈くような爆発音と、網膜を焼くような閃光が辺りを支配していた。
「…………」
「お、終わった……?」
耳を押さえていた花丸は、恐る恐る瓦礫の向こうから顔を覗かせた。
オーバーキル、と言って差し支えないだろう。大よそ、人間一人に使うような火力ではない。着弾地点は未だにもうもうと爆炎だか砂煙だか判別のつかない煙幕に包まれており、ムカイの存在を視認する事は出来ない。と言っても、この有様では挽肉かどうかさえも危ういであろう。
「ミツさん、これやり過ぎじゃ……」
「相手は
ホウオウグループの敵対者です。蟲を使われても厄介ですし」
「蟲……」
かつて自分が負けた原因を花丸は思い浮かべた。改造され生物兵器化した昆虫達は、確かに厄介だった。単体ではそこまで脅威ではないが、それを補って余りある数の暴力に、花丸は成す術が無かった。圧倒的火力を誇るこの「モタドラッドG」と言えど、あの大群に纏わりつかたら危なかっただろう。
「……まぁ、正直、ミツもやり過ぎたとは思いますが」
かりかりとこめかみの辺りを掻くミツ。そんな「彼」の様子を見て、思わず花丸も苦笑する。
「さて、それでは戻りましょう、花丸。目撃者はいないでしょうが、長居する理由もありません」
そう言って、ミツはコンソールを操作し、モタドラッドをバイクに戻す。小さく振動をした直後、巨人はバイクへと形を変えていく――
その、時だった。
「!? 前方に熱源!?」
突然、コンソールに出現した『警告』の赤い指示。だが、変形中はそれ以外の動作をする事が出来ない。ほんの数秒の死角であるが、それが致命傷になった。
煙を、大気を切り裂き、青白い光線がモタドラッド目掛けて放たれる。それが直撃した傍から、見る見るモタドラッドの装甲が赤く融解していく。それを危険と感じたミツが操縦席から飛び降りるのと、モタドラッドが爆発するのはほぼ同時だった。
「……え?」
花丸は、目の前で何が起きたのか全く分からなかった。突然起きた状況の変化に、脳の認識が全く追いつかない。目の前で火を噴き、煙を上げているモタドラッドを、茫然と見つめている。
『く、くくく……』
「あれは……」
『くはははは――はーはっはっはっはっはっは!!!!』
哄笑が辺りに響く。ミツと花丸を嘲笑う、耳障りな声が。
煙の向こうから現れたムカイの姿は、先程までと一変していた。全身を有機的な装甲に覆われ、まるで人間の様に立ち上がった昆虫を彷彿とさせる姿になっていたのだ。
「あれって……まさか……」
『如何にも。先日君が見せてくれたバイオアーマーを、私なりに真似させて頂きました』
「バイオドレスの、模倣……」
見ただけで技術を奪える訳が無い。だがそれでも、見ただけで真似は出来る。そうムカイは、言外に己の実力を誇っているかのようだった。
『さぁ、行きますよ……』
ムカイが膝を折ってしゃがみ込み、身体を丸める。それに反応し、即座にミツは身構えた。
次の瞬間、ムカイの姿が消えた。
「な――!?」
ミツの方から驚きの声が上がる。花丸がそれに反応して顔を向けると、ミツの右腕の肘から先が無くなっていた。
『どうですか、バッタの跳躍力は? 彼らは小さいですけどね、人間と同じ位にまでスケールアップすると、こんなに早く跳べるんですよ?』
ムカイの姿は、ミツの遥か後方にあった。振り返ってこちらを見るバイオアーマーの顎の部分には、切り落とされたミツの腕が咥えられていた。
「く――」
残っている左腕に光剣を出現させ、ミツは振り返る。
だが、
「――遅い」
声が聞こえた時には、ミツの身体は血飛沫を上げながら宙を舞っていた。その光景が花丸にはまるで、スローモーションのように見えた。
「ミツさん!?」
『どうしました? 龍儀を模倣したと言う貴方の能力は、その程度ですか?』
宙を舞うミツの身体が、有り得ない方向に何度も吹っ飛ばされる。空中に浮いたままの「彼」を、ムカイが何度も蹴り上げ、或いは殴り飛ばしているのだ。あまりの速さに、花丸は動いているムカイの姿を全く捉える事が出来ない。
「あ……あぁ……」
あのミツがこうも簡単にやられている。あまりの光景に、それが花丸には悪夢のように思えた。目の前で起きている光景が常軌を逸しており、現実感が伴わない。いや、ついてこないと言うべきか。
べしゃり、と言う音がして、ミツの身体が地面に叩き付けられる。全身血塗れであり、着ていた衣服は無残に引き裂かれていた。
「ミツさん!」
駆け寄って揺り動かすと、かろうじてまだ息をしているのが分かった。それが分かって花丸は胸を撫で下ろしそうになったが、現状はそんな状況ではない。
『くくく……』
腕を組みながら、ムカイは二人を見下ろしている。その背中には昆虫の羽根の様なモノが出現しており、高速で羽ばたく事でその身体を宙に浮かしていた。何時の間に現れたのか、二人の周囲を取り囲むようにして蟲の大群が出現していた。
「ひっ……」
『チェックメイトですね』
ムカイが着るバイオアーマーの前面装甲が開いていく。そこに、無数の青白く輝く光球があるのが見えた。身体を大きく広げ、その光の照準をムカイは花丸達へと向ける。それから庇うように花丸はミツの身体に覆い被さるが、それが果たして何になるだろうか。先程モタドラッドを破壊した攻撃と同じものだ、人間の身体など瞬く間に蒸発してしまうだろう。
『我らが『失われた工房』の為、ホウオウグループへの反旗の狼煙となるがいい!!』
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ムカイが光線を放つ。その光が二人を包み込む。鉄が蒸散する程の熱線は、彼らの身体を融解させ――
『む!?』
異変に気付いたムカイは、即座に身体をかわした。先程まで彼がそこにいた場所を「跳ね返された熱線」が通り抜けていく。
『危ない危ない……そう言えば、龍儀には飛び道具を跳ね返す厄介な能力がありましたね……』
「ぜぇ……ぜぇ……」
震える身体で無理矢理立ち、ムカイに向かって左腕を伸ばすその先には、青白い光の壁が出現している。しかしすぐに役目を終えるように、「スキル:ミラー」は消失してしまった。
満身創痍。ミツはもう限界だ。今の反射鏡すら、使うのがやっとだったに違いない。それでも「彼」は全身の力を振り絞って使ったのだ。自分を、そして花丸を守る為に。
「……花丸、逃げて下さい」
「え?」
「この場はミツが引き受けます。だから、貴方は逃げて博士達の下へ」
「そんな! 逃げるんだったら一緒に!」
「いえ、それは無理です。これだけの蟲に包囲され、高速移動も出来るムカイ・コクジュが相手では分が悪過ぎます」
「だけど、そんな身体じゃ……」
止める花丸を振り切るように、ミツは立ち上がった。傷口から流れ出る血が全身を赤く染め、垂れ落ちた滴が地面に染みを造っている。
「サイドカー、アクティブモード!」
ミツが叫ぶと、その声に応えるようにして、モタドラッドの残骸の中からサイドカーだけが飛び出してきた。所々欠けていたり破損しているが、しかし本体と比べればその損傷は小さい。
「花丸っ!」
「え――う、うわあぁぁぁぁぁ!?」
ミツは片腕で花丸を持ち上げると、その身体をサイドカー目掛けて放り投げた。狙い過たず、それは彼の小柄な体を受け止め、ミツの意思に応えるかのようにその場から走り去っていく。花丸がミツに向かって呼びかけているのが聞こえるが、それもあっと言う間に聞こえなくなってしまった。
『ほう……自分を犠牲にして、彼を守ったと言う事ですか』
嘲る調子で、ムカイが言った。
『馬鹿な真似を。たかが生物兵器を操る事しか能の無い子供なんかよりも、よっぽど貴方の方が有用だと言うのに――』
「――黙れ」
ぴしゃりと、強い口調でミツがムカイの言葉を遮った。意外とも思える「彼」の反応に、ムカイは「む」と首を傾げる。
「ミツの仲間を馬鹿にする事は、ミツが許しません」
『仲間……ハッ、虫唾が走るな。弱い奴が一体何になると言うのだ? 弱者など不要だと、切り捨てたのは貴様達ホウオウグループではないか! お前だってそうだろう? 上辺だけの仲間を装って、彼(はなまる)の事など何とも思っていないのだろう!?』
「……寂しい人だ」
ミツは目を伏せ、深呼吸すると再び目を開いた。その目には、強い意志の光が宿っている。
「――プログラム起動」
「――我、αにしてΩを持つ、完成された存在なり」
「――故に、この身はアゾット、閉ざされた小宇宙(マクロコスモス)」
「――いざ開け、『龍ノαGITΩ』よ」
「――敵を穿ち、噛み砕く刃をこの手に――!!!!」
ミツの頭上に、四天を指し示す四つの突起を持つチャクラムが出現する。それはまるで、天使の輪を思わせた。
ミツの背後に、十本の光る剣が出現する。左右それぞれ五本ずつ、大きく放射状に広がるそれはまるで、天使の翼を彷彿とさせる。
全身を切り刻まれ、血と泥に汚れ、しかし青白い輝きを放つその姿は神々しい。その実、ミツは天使そのものだった。
『ほう。奥の手、と言う訳か……天使型バイオロイド専用能力『アゾット』。だが、それでも私のバイオアーマーには勝てない』
ぐぐ、っとムカイは大きく屈んだ。次の瞬間には、その姿はそこに無い。ミツの背後にある剣が「彼」を守るように移動しており、ムカイの攻撃はその表面を僅かに削るに留めた。
『ほうほう! なるほど、少しは相手になると言う訳か!』
自分の攻撃を受け止められた、と言う事実への驚きと称賛から、ムカイの言葉に高揚が混じる。しかし目線はあくまで上からであり、実際彼の優位は揺らいでいない。ムカイにしてみれば、この戦いは自分で造った新しい玩具の試運転でしかないのだ。圧倒的戦力差から見ても、ミツに待っているのは嬲り殺しでしかない。
(……でも、これでいい)
ムカイの意識は完全にミツに向いている。花丸からは完全に反らされている。彼は無事に、ここから逃げ切る事が出来るだろう。それだけで十分だと、ミツは思っていた。
「ムカイ・コクジュ、貴方は選択を誤った」
『……何?』
「ミツは貴方よりも弱い、何時でも殺す事は出来る。でも、花丸は別だ」
『この期に及んで、世迷言を……』
「もう手遅れだ、彼は強い。貴方よりも強くなって、再び貴方の前に現れる」
そう言うと、ミツは嗤った。彼を生み出した博士の笑みを真似て。もっともミツ自身は、うまく真似られたとは思っていなかったが。
「だからこの勝負、ミツ「達」の勝ちだ」
『ハッ――負け惜しみを!!』
再び高速移動からの一撃。これも、先程と同じ様に防ぐ。しかし、何時まで続くだろうか。何時まで続けられるだろうか。
蟲が足元から這い上がってくる。踏み潰しても踏み潰しても、蟲は際限無くミツに襲い掛かり、牙を立てる。
蟲に気を取られていたせいで、攻撃を防げなかった。脇腹をごっそり持って行かれた。傷口に塩をすり込めとばかりに、蟲の大群がそこへ群がってくる。ギチギチと無数の顎が、ミツの身体を抉る。無数の突起を備えた足が、ミツを苛む。
全身蟲に塗れて、何て惨めだろうか。体中蟲に食われて、何て苦しみだろうか。
だがミツは、そう思いつつも満足だった。
(博士……後は、お願いします……)
――・――・――
一台の装甲車がストラウル跡地へと侵入して来た。装甲車は、障害物があろうと構う様子も見せず、猛スピードで廃墟街を突き進んでいく。
奥まで来て停止すると、装甲車から数人の人間が出て来た。皆、ホウオウグループの、そして千年王国の所属者だった。
「ミツさーん!!」
「花丸さん、一人で行動しては危険です!」
「全員、三人以上で捜索にあったってください! もしかしたら、まだ敵が残っているかもしれません!」
皆、いつも以上に表情を引き締めて出てくる。普段こんな時軽口を叩くアッシュすら、この時ばかりは真剣な顔をしていた。
「花丸ちゃん、一人じゃ危ないって!」
飛び出した花丸の背中を追って、アッシュも走っていく。彼が一直線に向かっていった先に着いて、アッシュは表情を歪めた。
「これは……」
どれだけ激しい戦闘が行われたのか、容易に分かる光景だった。
一面に広がるのは蟲の死骸だ。まるで絨毯の様に地面を埋め尽くしている。これをたった一人で倒したのか、と思うと、果たして自分に同じ真似が出来るだろうか。アッシュは自信を持って答えられそうにない。しかも、これだってまだ少ない数だ。実際はもっといたのだろうから。
蟲の残骸に交じって、周囲にはまだ新しい血痕や血だまりの跡が見つかった。その量は、並の人間ならとっくに致死量に当たるほどで、まるでペンキをぶちまけたかのような感じだ。
「ミツさん! ミツさーん!!」
一心不乱に、花丸はミツの名前を呼びかける。素手で蟲の死骸を掻き分け、或いは瓦礫を押しのけてミツの痕跡を探している。
「もう嫌だ……嫌なんだ……僕に関わった人達が苦しんだりいなくなるのは、もう……!」
「花丸ちゃん……」
必死に捜索する花丸の姿は、アッシュの目には痛々しく映った。広大な砂漠に落としてしまった大切な物を、もう見つからないと分かっているのに探しているような、そんな不毛さと悲しさが同時に感じられる。
「……あ……」
花丸と共に周囲を探し始め、アッシュはそれを見つけた。
「アッシュさん?」
「…………」
「アッシュ、さん……?」
「花丸ちゃん、こっちに来ちゃ駄目だ」
「え…………」
ふらふらと、花丸は吸い寄せられるようにアッシュの方へと近付いて行く。「こっちに来るな!」と大声でアッシュが制したが、まるで催眠にかかったかのように、花丸の耳には全く届かなかった。
それは見てはいけないと/でも見なくてはいけないと言う予感が、彼をそこへと引き寄せる。
「駄目だ、見ちゃ――」
アッシュが花丸の視界を隠そうとしたが、少し、遅かった。
「――――っ」
思わず、息を呑んだ。強制的に声が引っ込み、頭の中からさっと血液が引いていくのが、感覚として分かった。全身の感覚が曖昧になり、得体の知れない浮遊感が全身を包む。
そこにあったのは、
ミツの、 生首だった。
両目を瞑っており、まるで眠っているかのように見える。だが、首から上だけだ。首から上だけが、大きな瓦礫の上に、これみよがしに置いてある。一体何で自分達は今まで気付かなかったのだと言う位、ある種のオブジェのような存在感をもって、それはそこに置かれていた。
「そ……そんな……」
がくんと、膝から力が抜けた。唇が戦慄いてうまく言葉が出ない。目頭に、熱いものが込み上げてくる。
「う―――うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
≪羽根が散る≫
(花丸の叫び声を聞きつけ、他の場所にいた者達も集まって来た)
(ある者は彼と同じ様に泣き、)
(またある者は仲間の仇に怒り、)
(またある者はあえて無言を貫いた)
(「――その火、自分に帰って来た」)
(エンドレス・ファイアに焼かれ、一つの命が失われた)
最終更新:2013年07月27日 13:01