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≪決着≫

――何故だ。

 ムカイ・コクジュの脳裏を過ったのは、その一言だった。

 作戦は完璧だった。餌の情報を使って千年王国を引きつけ、自分に有利な陣形でこれを殲滅する。実際、残す敵は指揮官であるジングウと生物兵器の幼体、それに戦闘能力を持たない擬人兵のみだ。バイオアーマーのスペックを持ってすれば、倒せない敵ではない。言わば、詰みの形。贔屓目に見ても王手だ。飛車を叩き潰した今、王を守るモノは何も無い。

『……何故、だ』

 相手側にも強力なバイオアーマーが存在していたのは予定外だったが、それも許容範囲だ。多少手こずらされたが、これも倒した。摂氏三千度のプラズマ砲を食らって無事でいられるものなど存在しない。こちらのバイオアーマーも破損したが、それもすぐに修復が完了する。それが終われば、今度はジングウの首を取りに行く。

 すべては順調に、ムカイの掌の上で事は進んでいた。

 ――その、筈だった。

『何故だ……ッ!!』

 倒した。倒した筈だ。繰り返すようだが、カーボンナノチューブですら750度の高温に耐えるのがやっとなのだ。摂氏三千度のプラズマを受けて耐えられる有機生命体などこの世には存在しない。存在しないのだ。

 だが、ムカイの目の前には存在する。超高温で焼かれて尚も、形を維持し、命を持って存在するモノが。

『何故貴様は、存在しているッ!!』

 ――・――・――

 プラズマ砲の直撃によって発生した煙の中で、それはゆっくりと起き上がった。

 身体は小さい。バイオレンスドラゴンとは比べるまでもなく、その身体はとても小柄だ。人間の子供――それこそ、その装着者である花丸とほとんど変わらない位の大きさしかない。シルエットはドラゴンよりも人間に近い。両頬から伸びる突起や、背中を走る背びれなどが、竜の面影を残している。

 身体本体に対して、それに備わっているパーツは有り余る程に大きい。背中に備わった翼は、変化前のバイオレンスドラゴンのモノと同じ位の大きさである。腰から伸びる尾も同様であり、身体の部分だけが小さい為に、非常にアンバランスに見える。

 かと言って、それらのパーツに比重を取られているとは言え、その重みに負けているようには見えない。しっかりと両足で地面に立ち、前かがみになる様子も、後ろに引っ張られているようでもない。それは小柄でありながら、巨大な翼と尾を支えていた。

 外見の変化も激しいが、一番目を惹くのはその体色の変化だろう。バイオレンスドラゴンは赤であったが、今の姿は真っ白だ。白く滑らかな装甲が、全身を包んでいる。それ故にドラゴンと言うよりも、天使の方が思い浮かべやすかった。

 変貌したドラゴン――花丸は、自分の両手を見つめている。状況を確認する様に、己の身に起きた変化を感じる様に、その手を開いたり閉じたりしている。

『――……!!』

 両手をぐっと握り締め、顔を上げる。樹上から見下ろす、自分が倒さなければならない相手を、彼は見据えた。

『ええい、何であろうと構わん……』

 ムカイもまた、花丸を見返していた。傷口から煙が上がったかと思うと、バイオアーマーの表面に出来た傷が塞がっていく。

『私の邪魔をするなら、死んでもらうだけだ!』

 背中に閉じていた、六枚の翼が開いた。透明でトンボの羽を思わせるそれは、高速で羽ばたくと瞬時に強風を発生させる。それは周囲の木々を吹き飛ばし、地面の破片を宙へと舞い上がらせた。

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 雄叫びを上げながら、ムカイが突進してくる。それに対して、花丸は真正面からそれを受け止めた。お互いの手と手を組み合い、二人は四つ腕の状態になる。

 最初は拮抗しているようであったが、徐々に花丸が押され始め、地面を削りながら後ろへと後退していく。懸命に踏みとどまろうとするも、力で負けてしまっている。ついには、その先にあった木に背中を押さえ付けられる状態になってしまった。

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 花丸の首を掴み、空いた右腕をムカイは掲げた。腕が小刻みにブレ、小虫の羽音にも似た音を響かせる。バイオレンスドラゴンの腕すら切り落とす、超振動の爪だ。

『アームド・ウィングッッッ!!!』

 その時、花丸の背部、まるでマントの様に広がっている翼が形を変えた。しなやかな流線型を描くフォルムが盛り上がり、やがて花丸の身体程もある巨大な腕へと変貌したのだ。

『何!?』

 翼が変形したのを見るや、ムカイは花丸を離してその場から離れる――直後、彼がそれまでいた場所を巨大な腕が左右から挟むように押し潰した。

『まだまだッ!!』

 再び翼が形を変える。今度はまるで、二門の砲身の様だ。砲口の奥が青白く光り、そこにエネルギーが収束していく。

『ッ――!?!?』

 羽を広げ、ムカイは空中へと逃げる。彼を追う様に放たれた高熱のエネルギー砲は、青白い光の帯となって虚空に軌跡を残した。

『多段変形だと!?』

 目の前で見せられた現象に、ムカイは絶句する。

 別段、メタモルフォーゼと呼ばれる現象そのものは珍しいものではない。生物兵器にも取り入られる機構の一つであるし、あたかも人間に擬態するかのように、二つの形態を自由に変身出来る超能力者もいる。

 しかし、それらは一形態から別の一形態への変身の一パターンが基本ある。生物としての限界、物質としての限界がある以上、複雑な形態変化を数パターン持つ事は極めて難しい。

 故に、ムカイの目には異質に映った。翼と言う形態から腕、更には砲と言う様々なパターンへと変形する。まるで粘土でも捏ねて形を変えるような手軽さで姿を変える。それがどれだけ困難な事なのかを知ればこそ、彼は言葉を失ったのだ。

『だが、速さならば――!!』
『っ!!』

 ムカイの攻撃が、花丸を捉えた。何とか本体への直撃を免れるも、左の翼が切り裂かれた。小柄になったとは言え、付属品である翼や尾と言ったパーツにウェイトを取られ過ぎている。辛うじて花丸自身への攻撃を避けられても、それらのパーツが犠牲になってしまう。

『そらそら、どうした!』
『は、速い、速過ぎるっ!!』

 ムカイのスピードは、花丸にはもう捉えられないレベルに達していた。攻撃をかわしきれなくなり、徐々に本体へと届き始めている。白い装甲に、無数の切り傷が刻まれた。

『くぅ……!』

 花丸は翼を広げ、自分を包み込む様に閉じた。その直後、翼の表面が変化し始めた。まるで鉱石の様に硬化し、彼を包み込むシェルターとなっていく。

『チィッ! そんな事まで出来るのか!』

 シェルターを踏みつけ、ムカイは幾度と無く斬撃を振り下ろす。シェルターとバイオアーマーの爪がぶつかり合って火花が散り、両者の力が鬩ぎ合う。

『ぐうぅっ! うぅっ!』
『おのれ、何て固い装甲なのだ!』

 ムカイの攻撃はシェルターに傷をつけるが、あくまで表面だけだ。硬化した翼は、高速振動によって切れ味を増している筈のバイオアーマーの斬撃でも破壊できない程、強力な結合力を持っている。

『ならば……』

 埒が明かないと感じたムカイは、シェルターから飛び降りた。前面装甲を展開し、プラズマ砲のチャージを始めた。無数に並ぶ光球が、青白い光を放ちだす。

『くらえ!』

 三千度の超高温が、花丸目掛けて襲い掛かる。ムカイが持ちうる最強の切り札であり、その灼熱に耐えられる物質などこの世には存在しない。仮に、装甲化した翼がそれに耐えられたとしても、中身はただの人間だ。完全に熱を遮断でも出来ない限り、耐えても蒸し焼きになる。まさにそれは、必殺の攻撃だった。

 だが、プラズマが放たれた、その瞬間に、シェルターが開いた。

『な――』

 一体何をするつもりなのか、とムカイが思った瞬間、花丸の腰から伸びる尾が動いた。彼の目の前でそれは円を形作り、その円の中に光の壁の様なものが出現する。

 それが何であるか、ムカイは気付いたがもう遅かった。既に発射体勢に入ったプラズマ砲は止められない。光球から放たれたプラズマは、狙い過たずに花丸目掛けて伸び――光の壁に当たって「180度」に反射した。

『ぐ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 自らの放ったプラズマに焼かれながら、断末魔にも似た悲鳴をムカイは上げる。彼の自慢のバイオアーマーも、そして彼自身も、諸共に焼き尽くしていった。

 ――・――・――

「ぜぇ……ぜぇ……」

 自分の左肩を押さえながら、ムカイは荒く息をついていた。彼が押さえている手は、そこから先がごっそり無くなっていた。全身を覆っていたバイオアーマーのほとんども炭化しており、その役目を果たしていない。顔も剥き出しになっている。全身が焼けただれていた。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 もはや死に体だ。しかし、その眼光だけは生気を全く失っていない。ギラギラと輝き、その眼光は自らを倒した存在を睨み返していた。

「貴様……!」

 白い装甲のバイオドレスが、白銀の竜が近付いてくる。翼をマントの様にはためかせ、その姿は中世の騎士にも似ている。

「まさか……ジングウがこれ程のものを造り上げているとはな……」

 それは即ち、自分の作ったバイオアーマーよりジングウの創造物の方が優れていた、と言う事だ。その事実に、ムカイは歯噛みをする。

『それは違いますよ』
「……何?」

 不意に聞こえてきた声に、ムカイは顔を上げた。同じ様に、花丸もそちらに視線を向ける。そこには、ジングウが改造して使っている、一台のバードウォッチャーがいた。

『ムカイ・コクジュ。貴方は私に敗れたのではない。そこにいる、たった一人の少年に敗れたのだ』
「私が、この少年に負けただと? この期に及んで貴様はまだ私を愚弄するのか!?」

 ジングウの言葉に、ムカイは激昂する。興奮のあまり傷口から血が滲みだすのも、彼は構う様子は無い。

「こんな! こんな戦う才能も無く、生物兵器を従わせるだけしか能が無い、ホウオウグループの末端でしかない小僧に! 私が負けただと!? この小僧がした事は、貴様が造ったバイオアーマーを着て戦っただけだろう!? 私が負けたのはこいつにではない! 貴様に負けたのだ!」

 そうでなければ、惨めでしかたがなかった。同じ科学者として、圧倒的な技術差を見せつけられて、それでも負けたのが組織末端の構成員であるなど、彼のプライドが許せなかった。ジングウに負けたのならまだしも、自分に劣る者に敗れたのだと、耐えられなかった。

『……貴様もそうだが、かつての私も、「絆」と呼ばれる力をいささか軽んじていた――単純な話だ、ムカイ。お前は一人で戦っていた。だが、彼には何人もの仲間がいた。そもそも数で劣る貴様が、勝てる通りなどあるまいて』

 そうだ。その戦いは、花丸一人で戦っていたものではない。

 彼を包み込んで守り、戦う力を貸していたバイオレンスドラゴン。

 ドラゴンの手綱を握り、彼が戦いやすいように努めたコハナ。

 そして、そのコハナを補助する為に、バックアップにはミツの脳髄が使われている。

 少なく見ても三つ。それだけの数が、花丸に加勢していた。素人が見ても、四対一の戦いではどちらが有利かなど、誰が見ても分かると言うものだ。

『ムカイ。王って奴にはな、一人ではなる事は出来ない。ましてや、王の素質が支配する能力であると勘違いしている者になどなれやしない……本当の王様って言うのは、他者から借りた、協力してもらった力を束ねる才能を持っているヤツの事を言うんだ』
「…………」

 ジングウの言葉を聞いて、ムカイは顔を伏せる。それから彼は、くっくっくと笑い声を零した。

「……なるほど。仲間の不在が私の敗因か。認めよう、ジングウ。今回は私の負けだ」

 ムカイがそう言った瞬間――何かが森から飛び出してきた。

『え――』

 花丸が驚いている間に、森から飛び出した来たモノ――巨大なトンボ型の生物兵器は、ムカイを抱えて飛び去っていく。速い。音速機並かそれ以上のスピードだ。

「だが、次は勝つぞ。今度は私も駒を揃えて迎え撃とう! さらばだジングウ、ホウオウグループ!」

 ムカイと、それを運ぶ生物兵器の姿が遠ざかっていく。誰も、それに追いつけるものはいない。

『逃がした、か』
『すみません、ジングウさん。僕が気を付けていたら……』
『良いですよ……むしろ、都合が良い』
『え?』

 自分の聞き間違えだろうか。そう思って花丸は顔を上げる。バードウォッチャー越しではジングウの表情は分からない。しかし花丸には何故か、薄ら笑いを浮かべる彼の姿が思い浮かんだ。

『何はともあれ、作戦終了です。皆さんを集めて戻りましょう』



 ≪決着≫



(失われた工房と千年王国の戦い)

(大きな犠牲を払いながらも、ここに一つの終着がついた)

(しかし、王国に所属する誰もが、この戦いはまだ終わっていないのだと感じていた)

(エンドレス・ファイア、消えない炎)

(だが今だけ)

(今だけは戦士達に休息あらん事を)

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最終更新:2013年12月02日 19:15