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経過報告


 負傷し、そして能力の使用を禁じられている今、俺はまともな戦闘は出来ない。あくまで情報収集に徹し、事件解決に有益な情報を集めるのが今の任務と言える。

「ん?」

 そんな時、ポケットの中の携帯電話が震えた。二つ折り式の携帯を取り出して開くと、着信はシノさんからだった。

「シノさんからだ。何だろう、経過報告かな」

 もしもし、と電話に出ると、ういっす、というシノさんの声が聞こえた。

『そっちはどーっすか、シスイ? 命令破って、能力使ってたりしてないっすよね?』
「使ってませんよー。俺を誰だと思ってるんですか」
『よく言うっすよ。入りたての頃、しょっちゅう命令無視して一体何回バクさん困らせたか』
「う……」

 ひ、人の黒歴史を……

 アースセイバーに入ったばかりの頃の俺は、一言で言うなら「夢を見る子供」同然だった。アースセイバーはアニメやテレビに出てくる正義の味方で、敵はいいところなんか一つも無い悪いだけの奴なんだと。
 でも、その幻想は瞬く間に打ち砕かれた。
 アニメに出てくるような正義の味方なんて、それはただの絵空事だった。ウスワイヤは保護の名の下、能力者として特定した者にどんな事情があっても捕獲し、保護施設と言う名の束縛に押し込む。
 今でこそ、それは社会を守ると同時に、世間から能力者の弾圧を避けるために必要な事なんだと理解しているが、当時の俺はそうじゃなかった。ウスワイヤもアースセイバーも、何もかもが間違っているように見えてしまい、俺は度々命令違反を犯してしまった。
 今思えば、それは子供の駄々っ子も同然だ。実に恥ずかしい。

「そ、そんな昔の話はもういいじゃないですか。今の俺は、前よりちゃんと成長しています!」
『本当っすか~? そんなに変わってないっすよ、しょーじき』
「ひ、酷……」

 少なくとも、今の俺はもう「夢を見る子供」なんかじゃない。夢を見ているだけなら誰にだって出来る。大事なのは、その夢を実現する為に行動する事だ。

(正義の味方がいないなら、正義の味方になればいい……)

 だから、俺はケイイチさんを目指す。少なくとも俺にとっては、あの人こそ「本物の正義の味方」なのだから。

「で、何ですか? 俺の黒歴史の紐を開けるためだけに、わざわざ電話して来たわけじゃないでしょう?」
『ああ、そうそう。あのウイルスなんだけど、どうやら空気感染はしないみたいっす』
「空気感染しない?」
『そうっす。生き物の体液内でしか生きられない位弱いウイルスなんで、宿主の体外に出たら瞬く間に死滅してしまうんす』
「え゛。 それじゃつまり、怪物化した感染者の体液に触れるのって、すごい危険な事なんじゃ……」
『それがそうでもないんすよ。このウイルス、一度宿主に寄生するとその宿主に適合した形に変化するんす』
「適合した形に?」
『その宿主の体内環境で生きられるように変化する、って言ったら分かりやすいっすかね。生物の体液内でしか生きられないと言っても、そのままの形でどんな生き物の中でも生きられるわけじゃないんす。

 分かりやすく言うと、このウイルスには二つの形態があるんす。一つが原型で、もう一つが適合型。

 まず原型は、ウイルスの元の形っす。これはウイルスが宿主に付く「前の形態」っす。そして適合型は、宿主についた「後の形態」、つまり変化した後の姿っすね。適合型に変化したウイルスは、その宿主の体内でなければ生きられないように変わってしまうんす。つまり、感染者の体液に触れたからと言って、その人にまで感染するわけじゃないんすよ』
「どうしてそんな事が分かったんです?」
『昨日ハヤトから連絡があって、二体目の感染者を仕留めたんすよ』
「二人目!? 大丈夫だったんですか!?」
『大丈夫だったみたいっす。新技使えたのがよほど嬉しかったのか、なんか上機嫌で報告してきたっすよ』

 「新技」って言うと、あの収束音波砲か。シノさんに教えて貰った事を参考にして、あいつ特訓してたもんな。




『それで、回収班が運んできた奴を調べたら、体内に残留していたウイルスの形が、一体目と全然違う形をしてたんす。それでもしや、と思ってあれこれ調べてみたら、そういう事だったんすよ』
「はぁ……でもこれで、感染者からの二次感染する可能性と、空気感染に関する危険性は無さそうですね」
『……いや、これはもっとややこしい事になりそうっす』
「え?」
『シスイ、ちょっと考えてみれば分かる事っすよ。このウイルスは空気感染しない。という事は、カプセルが開いた時点でウイルスは死滅する。それなのに、二人も感染者が確認されている』
「! ……ウイルスのキャリアーがいる、って事ですか?」

 受話器の向こうで、シノさんが頷くのが分かった。
 ウイルスの培養体となり、それを他の生物に移す存在。これでようやく謎が解けた。あのカプセルに入っていたのはウイルスだけじゃない。そのウイルスを体内に持つ保菌体が、カプセルには入っていた。あの内側からこじ開けたような穴は、そのキャリアーが這い出た痕だったんだ。

「キャリアーを倒さないと、これからも感染者が増える可能性がありますね」
『そうっすね。ただ一つ、気になる事があるんす』
「何ですか?」
『カプセルを調べた結果、それが開いたのは一ヶ月前だと言う事は既に分かってるっす。それだけの期間があれば、キャリアーがもっとたくさんの人にウイルスを巻いていたとしてもおかしくないっす。でも、現在確認されている感染者は二人、多くて三人っす』
「…………」
『どうにもアタシには、この事件に何かしらの意志の存在を感じずにはいられないんす』

 自分の言葉に自信がもてないらしく、シノさんはそう曖昧に答える。

「何者かの意志、ね……」

 アースセイバー一の知恵袋、シノさんの言葉とは言っても、それは流石に飛躍しすぎじゃないかと俺は思う。まぁ自分でもそう思うから、シノさんも自信が無いのだろうけれども。

「分かりました。取り合えず、記憶の隅にでも留めておきます」
『よろしく頼むっす』

 そこで電話は切れた。

「ウイルスのキャリアー、か」

 空気感染と二次感染の危険性は無くなったが、これはこれで厄介だ。キャリアーと戦う時は、極力相手との接触を避ける必要がある。噛み付かれでもしたら即効アウトだし、返り血を浴びるのも危険だ。

「……やっぱり、特効薬が必要になるな」

 シノさんが作ろうと努力している薬の事を考えて、俺はポツリと呟く。

 その時俺の頭には、最悪の光景が浮かんでいた。

 ウイルスに感染し、怪物化してしまう仲間。それと対峙する俺。
 その逆もありえる。俺が怪物になり、それと対峙する仲間というのも。

 そんな事にだけは、絶対なってほしくない。

 俺は胸に浮かぶ不安を押し殺した。



作者 登場人物
akiyakan シノ都シスイ

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最終更新:2013年06月21日 21:12