アットウィキロゴ

三体目

「残すところ、ウイルス感染者は後一人、か……」

 メモ帳に書き込んだ地図を眺めながら、俺はそう呟いた。

 一人目は俺……と言うか、実質スザクのおかげで倒し、二人目はハヤトが倒した。

 噂を頼りにすれば、残る感染者は後一人。そして俺が集めた情報を統合すれば、地図上にあるこの場所に潜伏していると考えられる。

 しかし、ここには少々問題があった。

「どーしたもんか……」

 そこは街中にある廃墟ビルだった。場所自体は決して悪くはないのだが、入った店のどれもが長続きせず、最終的に誰もいなくなってしまったビルだ。巷じゃ、その場所は呪われたビルだと言われ、解体工事すら滞っている。それはある意味間違っておらず、店が長続きしないのは鬼門の上に建っているせいなのだが、それは今問題ではない。

 問題なのは、街中にあるという事だ。ビル自体に人が寄り付かないにしても、その周囲には人がいる。アースセイバーの仕事が闇から闇への性質上、人目に晒すような事は出来ないし、下手をすると一般人を巻き込みかねない。

 こう言う任務の時の為の俺なのだが、例のごとく今は動く事が出来ない。そして、前回はハヤトに代役を立てて貰ったが、今回そういうわけにはいかないだろう。彼の能力は「音」を基点とする故に強力だが、今回はそれが不利に働く。戦闘で使用すればビルの外にいる人が気付くだろうし、かと言って能力を使わなければハヤトには常人並みの身体能力しか無い。

「まぁ、こう言うのの選出は上の仕事だから、俺が気に病んでも仕方ないのだけど……」

 なんだろう。どうにも嫌な予感がする……




「おー、ここかぁ……」

 放課後、目的のビルの前までやって来たハヤトは、それを見上げて思わず声を上げた。

 全五階建て。元々自動ドアだったであろう入り口は無残に砕かれ、その中の打ちっぱなしのコンクリートが外からも見えるようになっている。不良でも来たのか、あちこちにラクガキの後が見て取れた。

 不気味だ。此間、蝙蝠の怪物を倒したあの森も不気味だったが、こちらはそれ以上だ。鬼門の上に立っている、というのも頷ける。

「で、今回のパートナーはお前の訳だが――」

 そうして振り返ると、その視線の先にいるのは癖のある黒髪の少年。闇野光一だ。その顔を見て、ハヤトはため息をつく。

「……なーんで野郎と組まなきゃならんかねぇ」
「助っ人に対してその発言は無いだろ」
シスイはいいよなー、スザクって美人の戦友がいてさー。まぁ、アースセイバーに美人がいないって事はないけど、だからって光一よこす事ないでしょー」
「話聞けや」

 ハヤトの様子に、光一は怒ると言うよりも呆れた様子で返している。ハヤトが言っているのが、あくまで冗談だと分かっているからだ。
 もっとも、ちょっと本音は入っているわけで。

「大体、アースセイバーには女の子が少なすぎるんだよー。光一さん見ました、アースセイバーの名簿。あれ、現在ほとんど男なんですよ!? 華がねぇえですよ、俺らの職場にゃ」
「華って……シノさんとか莉絵さんとかチャドとか、後ジミーとかスイネとか。女性はそれなりにいるだろ」
「逆に考えてみろ、それしかいないんだぞ!? あー、何だよこの男ばかりの能力者人口は……」

 不毛な事を呟きながら、ハヤトは頭をガシガシと掻く。女顔のハヤトが女性の少なさに嘆いている光景は、傍目に見て何だか奇妙だった。

「はいはい。悩んでも仕方の無い事を考えている暇があったら、とっとと仕事を終わらせようぜ」
「うぅ~……世界は不公平だー!」

 腐るハヤトを引き摺りながら、光一はビルの中へと入っていく。
 その時彼は、「あれ? 俺、こいつに頼まれてここに来たんじゃなかったっけ」と、役目が入れ替わっている事に気付いたのだが、すぐに「ま、いっか」と考えるのを止めていた。




「……うわ、これは……」

 最上階である五階に上がったところで、ハヤトは思わず顔をしかめた。
 五階は、それまでと明らかに風景が一変していた。

 糸だ。右も左も、糸がまるで壁のように張り巡らされている。まるで糸のトンネルだ。

「なんだ、これ?」
「何ってこれ、どう考えても人間のやる事じゃないだろ」

 そう言うと、光一は傍に落ちていた鉄パイプで糸に触れてみた。糸はねちゃ、とパイプに張り付き、恐ろしいまでの粘着力を発揮してそこから離す事が出来ない。

「ベッタベタやな」
「触るなよ、絶対」
「触るか、誰が」

 このままでは進めないので、光一がレーザーを照射して焼き払う。熱光線が、文字通り道を切り開いた。

 しかし糸は、五階のフロア全体を覆っているようだった。取り払われた糸の壁の向こう側にも、糸が張り巡らされているのが見える。

「ここのフロアが、敵の巣になっているわけだな」
「何も、街中のこんなビルに住みつかなくてもな……」

 そう思い、ハヤトが一歩足を踏み出した時だった。ゴリ、と何かを踏んづけた。

「ん、なんだぁ?」

 石か、或いはコンクリートの塊でも踏みつけたか。その程度に思っていた。

 それは骸骨だった。虚空になった瞳が、ハヤトを見つめている。

「いいっ!?」

 思わずハヤトは仰け反る。アースセイバーに所属してそれなりの修羅場を経験しているつもりだったが、人の死体、というか、生の髑髏を目にするのはこれが初めてだった。叫び声がフロア全体に響き渡る。

「……たぶん、怪物にやられた死体だな」

 光一は髑髏の傍に近付くと、手を合わせた。思わずハヤトも、それにならって手を合わせる。

「……怖くないのか?」
「……怖いよ。死体を見て人間が怖いって思うのは、そこに死を見るからだろうな――だけど、もっと怖いものが現れたから、そうも言ってられない」

 ギチギチという音を立てながら、フロアの奥から何かが近付いてくる。

「……おいおい、昨日の蝙蝠男だけでも十分ぶっ飛んでたっつーのに……今度は何だ? 蜘蛛女かよ」

 現れた怪物の姿に、ハヤトは冷や汗を浮かべる。思わず自分の顔が、引きつり強張っているのが分かった。

 彼の言葉通り、それはまさしく蜘蛛女と形容すべき姿だった。下半身は巨大な蜘蛛のような形をしていて、六本の足でそれを支えている。その一方で、上半身には裸の女の体がついていた。ただ、ウイルスによる影響なのか、頭は蜘蛛のように変形していて、皮膚が硬質化を起こしているのか所々皹が入っている。

 蜘蛛女は二人の姿に気付くと、「キシュー!!」と言う奇声を上げながら二人の方へと向かってきた。目測でも、蜘蛛女は五メートル近くある。それが突っ込んでくるのは、ライオンが突っ込んで来た時の威圧感がまだ優しいと思える位だった。

「ハヤト、一つ下まで降りるぞ! この場所じゃ、相手の方が有利だ!」
「んな事言われなくても分かってるって!」

 このままそこに留まっていたら、ただ押し潰されるのを待つだけだ。二人は踵を返し、慌てて階段を駆け下りていく。




「キシュー!!」
「うわっ!? あいつ、入り口ぶっ壊したぞ!?」
「女のヒステリーって怖いな! 口説いて落ち着かせたらどうだ、ハヤト!?」
「悪いけど、俺あの子好みじゃない!」
「同感!」

 軽口を叩き合いながらも、二人は滑り込むように四階へと降り立った。振り返って身構えると、それに遅れる形で蜘蛛女が現れる。

「食らえ!」

 抜き打ちで、光一がレーザーを放つ。出会い頭の一撃が功を奏したのか、それは狙い過たず相手の腹に命中した。

「よっし!」

 自身の攻撃が効いて思わず光一がガッツポーズを取る。しかしダメージになっていないのか、蜘蛛女は六つの複眼でギロリと光一を睨んだ。

「うぇ!? き、効いてない!?」
「こいつら、結構タフって話だぜ! 此間もそうだった!」

 前回、リオトと蝙蝠型の怪物の戦いを少しハヤトは見ていた。リオトの攻撃、血液噴射を利用したショットガンを怪物はまともに受けていたが、それでも起き上がって広範囲に超音波を放射する程の耐久力を見せた。生物としてのスペックが元々高いというのもあるが、一方で怪物には再生能力が備わっている。生半可な攻撃では、簡単に倒れてはくれないだろう。

「おい、光一! 何時のもやつ、どかーんとやれないのかよ!?」
「馬鹿言うな! こんな街中で最大出力で撃ってみろ! 大騒ぎになるぞ!」
「何も最大出力で撃てとは言ってないだろ! この蜘蛛女をぶっ飛ばす位でいいんだよ!」
「まだ加減が出来ないんだ! 最小か最大か、どっちかしか撃てないんだよ!」
「あーもう、何でそんなに中途半端なんだー!!」

 言い争いながらも、流石は同じアースセイバーの所属と言ったところか。二人の連携に淀みは無い。
 ハヤトが両手に持った短剣で相手を牽制し、それによって隙を作る。そうして出来た隙を見逃さず、光一がレーザーを撃つ。
 光一を蜘蛛女が狙おうとすれば、ハヤトの短剣が襲い掛かってそれを防ぐ。逆に、ハヤトを攻撃しようとすれば、光一のレーザーが容赦無く襲い掛かる。

 蜘蛛女の動きは巨体とは思えない程素早いが、ハヤトはその動きについて行っている。無理に相手に合わせようとはせず、最小限の動きによって攻撃をかわしている。能力を除けば常人並みの身体能力しか無いハヤトにこれだけの動きが出来ている事に、内心光一が舌を巻く。

(あいつも、ただ平和を貪っているだけじゃないって事か……!)

 しかし、凄いのはハヤトだけではない。光一も光一で、彼が放つレーザーはハヤトにかすりもしていない。その一方で、その攻撃は的確に蜘蛛女だけを捉えている。高速の白兵戦を繰り返す一人と一体の中から、的確に味方と敵を識別し、しかも流れ弾を起こさずに敵だけを狙う。並大抵の芸当じゃない。

「やるじゃねぇか、光一」
「まぁな」

 蜘蛛女から距離を離し、ハヤトは光一の傍で一息つく。光一は指を向けながら、蜘蛛女がいつ何を仕掛けてきてもいいように睨みを利かせる。

「……だけどこれ、ジリ貧じゃね?」
「確かに、決め手に欠くな。この状況は」

 二人のコンビネーションは見事で、蜘蛛女に付け入る隙を与えさせない。しかしその一方で、二人の攻撃が蜘蛛女に通用していないのも事実だ。多少の傷は瞬く間に修復されてしまい、致命傷には至らない。




「ったく、おっかしーなー。一発は胸に当たったのが見えたんだけど……」
「さて、マジでどうしたもんか」

 二人が思案顔を浮かべていると、蜘蛛女が自分の下半身をこちらに向かって向けてきた。その姿勢が何を意味するのかに気付き、慌てて二人はその場から離れる。

「うわっ!?」

 二人が避けた直後だった。蜘蛛女の尻の先端から糸が放出され、それが真っ直ぐに伸びて張り付く。そこは今まで二人がいた場所であり、そのまま立っていたらどうなった事か、想像するのは難しくなかった。

「うげ、きったねぇ……えげつねぇ事しやがる……」
「いよいよまずくなったな。あの攻撃を使われ続けたら、その内逃げ場が無くなるぞ……」

 二人の脳裏には、この上にある階層の光景が浮かんでいた。蜘蛛女が糸を吐き続ければ、この場所もああなってしまう。そうなれば、自分達に勝ち目は無い。

「ちっくしょー、どうしたら……」

 そこまで言いかけたハヤトは、ハッと何かに気付いたように固まった。それからじわじわと、彼の口元に笑みが浮かんでくる。それは歓喜から来るものではあるが、一方で彼の表情は緊張で強張っているようにも見えた。

「なぁ、光一!」
「なんだ!?」
「俺達の攻撃、「横」に使ったらまずいんだよな!?」
「ああ!? どう言う意味だ!?」
「だから、「横」! 俺達から見て前方に向けて撃ったら、射線上にあるものが巻き込まれる。だからここじゃ使えない、そう言う事だよな!?」
「ああ、そうだ! そう言う意味だ!」
「――りょーかい!」

 そう言うな否や、ハヤトは蜘蛛女目掛けて突っ込んでいく。突然の彼の行動に、光一は驚いた。

「おい、ハヤト! 何をする気だ!?」
「俺がこいつをぶっ飛ばす! だから、ちょいと手伝ってくれ!」
「能力を使う気か!? 止めろ、周りを巻き込むぞ!」
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「……ったく、どうなっても知らないからな!」

 突進してくるハヤトを捉えようと、蜘蛛女が次々に糸を吐き出してくる。それをハヤトに当てさせまいと、光一はレーザーを使って糸を撃ち落す。

 少しずつ蜘蛛女に近付いていく。そして間近まで来ると、直に捉えようと今度は手足が伸びてくる。ハヤトはそれをかわし、或いは短剣で弾きながら尚も前進する。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 最終的にハヤトは、蜘蛛女目掛けてスライディングで飛び込んでいた。彼の体はざざっ、とコンクリートの床の上を滑っていき、そして丁度蜘蛛女の真下に滑り込む形で止まった。

「おお、いい眺め」

 蜘蛛女がハヤトを見とめ、押し潰そうと足を上げる。

 だが、もう遅い。

「避けんじゃねぇぞ……こいつ使うとな、しばらくノドがヒリヒリするんだよ」

 そう言うと、ハヤトは思いっきり息を吸い込んだ。己の肺活量いっぱいに息を吸い込み、そして雄叫びを上げるように口を開く!

「……――ッッッ!!!!」

 声無き叫びが、空気を切り裂き、空間を切り裂く。圧縮された音波が「姿無き」斬撃となって蜘蛛女へと襲い掛かり、そして射線上にあるすべてのものを穿っていく。その威力は凄まじく、何と蜘蛛女の身体を貫いて尚も威力を保ち、四階の天井を貫いて五階の床から飛び出す程だった。

「…………!」

 閉鎖空間で使用した結果なのか、部屋内の空気がビリビリと振動している。やがてどうと言う音がして、蜘蛛女の亡骸が倒れた。




「ハヤト!」

 蜘蛛女の死体に押し潰される形になったハヤトを心配して、慌てて光一が駆け寄る。見ればハヤトは蜘蛛女の下から出ようともがいているところであり、光一が手を貸してやるとようやく彼は外に出られた。

「うえ、きったねぇ……蜘蛛女の返り血浴びてべったべただぜ……」
「シスイに比べれば、それ位で済んだだけありがたいだろ」
「まぁね」

 二人は顔を見合わせると、どちらからともなく笑みを浮かべた。

「「お疲れ」」

 そう言って、互いに手を叩く。
 すると、その時だった。

「……な、なんだ!?」

 何やら、ビル全体が揺れている。まるで地震でも起きているかのようだ。

「これって……」
「嫌な予感だ……」

 そして、その予感は的中する。



『速報です。本日未明、○○地区にあったビルが謎の倒壊をしました。現在、警察の手で詳しい調査が行われていますが、おそらく老朽化によるものだと伝えられています。尚、この事故による怪我人は出ておらず……』

「……嫌な予感の正体はこれか」

 その日シスイは、夜のニュースでそれを目にし、思わずため息をつくのだった。



作者 登場人物
akiyakan 闇野 光一ハヤト

投下順

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年06月21日 21:19