綺麗に掃除された部屋の床に、色とりどりのクレパスが散らばっている。その中心で大きな画用紙を広げ、らんらんらん、と何かの童謡を口づさみながら絵を描いているのは歳の頃15、6歳ばかりの少女、シホ。一年ほど前からここ、ウスワイヤで保護されている。
何となく手にした手品用のロープを弄りながら、シュウトは楽しげなシホの様子を見守っていた。
彼女、シホには障害がある。16歳になるシホだが、知能は4、5歳程度で止まっているらしい。いつ能力を暴発させてしまうかも分からないため、シュウトたちウスワイヤにいる誰かが持ち回りで彼女のことを見守る…監視しなければならないことになっている。
でも、とシュウトは思う。シホが楽しげに遊ぶ様子は本当に微笑ましい。“監視”しているこちらの側まで心癒されるのだ。
ウスワイヤでは色々ある。アースセイバーの一員として戦闘に駆り出されることもあれば、様々な環境から「保護」された能力者たちとの複雑な人間関係があったり。一般人のように、自由に行動することもできない。そんな生活の中で溜まったモノを、シホは洗い流してくれるようだった。
パタン、と音を立て、シホは突然クレパスを置いた。そして側に置いていた薄汚れたウサギの縫いぐるみを抱き抱えると、小走りでシュウトの方に駆け寄ってくる。
「しゅうくん!それ、なーに?」
笑顔でシホが尋ねる。
しゅうくん、とはシュウトのことだ。シホは色々な人に、くんやちゃんを付けて呼ぶ。そうかと思えば、誰々おにいちゃんとかおねえちゃんとか呼ぶこともあったり、呼び捨てのこともあったり…。その基準はシホにしか分からない。
ただ言えるのは、どんな呼び名であれそこには溢れるほどの親しみが込められている、ということだった。
そしてシホが指した「それ」とは、シュウトがずっと弄っていた手品用のロープ。シホはしげしげとそのロープを眺めている。
「これのことかな?これはマジックで使うロープだよ」シュウトは笑顔で答えて続けた。「そうだ…また、マジック観たいかな?今日は新しいのもやってあげるよ」
「見せて見せてー!!」
シュウトの提案に、シホは何度もぴょんぴょんと跳ねてはしゃいだ。
「よーし、じゃぁ…せっかくだから、まずはこれから」
そういうとシュウトはハサミを取り出し、手に持っていたロープをちょきん、と切った。
「あれ、切っちゃうの、それ?」
「ふふ。でも、こうやって手をかざすと……ほら、元通り!」
「ええっ!?なんでなんでー?すごーい!!」
シホは驚きの表情を隠さず、一度切れて再び繋がったそのロープを不思議そうに眺めていた。はい、とシュウトがロープを手渡すと、シホはそれを引っ張ったり、天井にかざしたりと興味深々だ。しかしまるで仕掛けが分からなかったらしく、ええー?、と言いながらロープをもってぐるぐる回ったりしている。
…何のことはない、基本中の基本のマジックだった。種も仕掛けももちろんある。もっとも、“悪夢”を使えば、それこそ種も仕掛けもない大技だって披露できる。しかしシュウトは、この単純なマジックに対して純粋にきゃあきゃあと喜ぶシホの前でそれをする気にはなれなかった。
ぐるぐる回るのにも飽きたのか、再びシホが彼の元へ駆け寄ってくる。
「しゅうくん、もっといろーんなマジック見せてー!!」
「OK。それじゃあ…」
シュウトは様々なマジックをシホに見せる。トランプマジック、コインマジック、様々な小道具を使ったマジック…。
手持ちのものだけで行っているため、大掛かりなことはできない。しかし彼がマジックを見せる度、シホは大きな歓声を上げ、手を叩いて喜んだ。
子供の頃、覚えたてのマジックをちょっと緊張しながら披露したときのことをシュウトは思い出す。ぎこちなくはあったけれど何とか成功したマジック。皆の驚きの歓声と喜びの表情が忘れられない。誰の笑顔もキラキラと輝いて見えた。嬉しかった。
一通りマジックを終えると、シホを“監視”する時間も残りわずかとなっていた。
「はい、シホちゃん、今日はここまで。楽しんでくれたかな?」
シュウトは手品道具を丁寧に片付けながらシホに尋ねた。
「うん!すっごーーく、たのしかった!!やっぱりしゅうくんはすごいなぁ!…またマジック、見せてね!」
「ああ、もちろんだよ」
キラキラとした笑顔で喜ぶシホを見て、シュウトも自然と笑みがこぼれる。
「…あ!そうだ!」
シホはパチン、と手を叩くと何かを思い出した様子で、たたた、とクレパスが散らばったままになっている方へ駆けていく。そこから何かを引っ張りだして、再びシュウトの元へ戻ってきた。
「はい!これ、しゅうくんにプレゼント!」
「えっ、僕に…プレゼント?」
シホがシュウトに差し出したのは、散らばったクレパスたちの真ん中に置かれていた画用紙だった。丸められたその画用紙を受け取り、シュウトはゆっくりとそれを開く。
そこには、眼鏡をかけた男性の笑顔がでかでかと描かれていた。そのまわりには、トランプや、シルクハットや……ロープの絵。上の方には一文字づつ違う色のクレパスで「しゅうくん いつもありがとう」と書かれている。
「しほ、がんばってしゅうくんのにがおえ、描いたんだよー!」
無邪気な声が響く。
…いつだったかな。
シュウトは思い出す。
こんなふうに、クレパスで一生懸命絵を描いたことがあった。
父さんと母さんと。
その真ん中に僕がいて、みんなで笑ってる絵。
「おとうさん、おかあさん、いつもありがとう」って、
そう書いたんだっけな。
二人とも、凄く喜んでいた。
母さんがその絵を台所に飾った。
家族みんなが集まる台所に。一番よく見える場所に。
幸せだった。
それなのに。
「…しゅうくん……どうしたの…?」
シュウトがはっとして声のした方を見ると、シホが心配そうに、そして少し不安げに、こちらを見つめている。
「あっ、ご、ごめん…ごめんよ。ちょっとした考えてごとをしていてね」
我にかえり、シュウトは慌てて笑顔をもどす。
そしてシホと目の高さが同じになるよう少し屈むと、
「ありがとう、シホちゃん。ずーーっと、大切にするからね」
そう言って、シホの頭を軽く撫でた。
シホは、撫でられて少しばかりくしゃくしゃとなった自分の髪をぽんぽん、と叩きながら
えへへ、と、少し照れ臭そうに笑った。
おわり。
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最終更新:2013年06月21日 21:24