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旅行と鴉と青い鳥と-前編

旅行と鴉と青い鳥と


「……旅行?」

ゲンブが久々にストラウル跡地に呼び出した。何かと思って向かった僕を待っていたのは、ゲンブの「旅行に行くぞ」という言葉だった。

「そうだ。ちょうど、手配が取れたのでな。激戦の慰安をかねて、温泉宿にでも行こうかと思っている」
「僕らはそれでよくても、アースセイバー組の任務はどうするんだ。パニッシャーバードウオッチャーの警戒もあるし、ホウオウグループがいつまた動くかもわからないんだぞ」

ここでは言わないが、実はこの間、店長のレストランでトキコと会った際、彼女があの日休んだわけと、ジングウについて聞いている。生きていたあの男が、このまま大人しくしているとは思えない。
しかし、ゲンブは言う。

「それについては心配はいらん。行くのは学生組で都合のつく奴と、引率役の俺、そしてシノだ」
「警戒要員は残すってことか。許可は?」
「既に降りている。万が一に備え、啓介のテレポートも視野に入れている」

それなら心配はないだろう。ただ、それだと懸念事項が一つ。

「真衣ちゃんはどうするんだ? ウスワイヤもどうするか決めかねてるみたいだけど」
「う、うむ……それはだな……」

蒼崎 真衣。啓介の妹である彼女は、「流れる」ものを操る能力者だ。ただし、その力は発現しておらず、調査では中途半端に発動したことで電気や水道が止まる、という事例があったらしい。当初は確証がなかったために遠巻きに監視していたのだが、聞き付けた聖さんが独自行動で真衣ちゃんを脅迫、連れて行こうとした。
だが、彼女は恐怖から能力を暴走させ、自分の時間を止めてしまった。以来ずっと眠ったままだったのだが、最近になって時間停止が解け、目を覚ましたという。

「聖さんを物凄く怖がって、ウスワイヤの電気系統が何度もストップしたって聞くぞ」
「……あれは酷いありさまだった……」

そう言って、ゲンブはため息をついた。





―――ため息とともに、今でも思い出す。
目覚めた真衣にとって、ウスワイヤは恐ろしい場所でしかなかった。何しろ、聖は自分に銃を突き付けた張本人だし、更に悪い事に、目を覚ました時たまたま目の前にいたらしい。
それでパニックを起こし、ウスワイヤの電気系統が暴走。ケーブルが焼き切れて全てのシステムがストップし、データがいくつかトンだ。おまけに聖はその場で真衣を撃とうとしてKEAに殴り飛ばされ、その場で大喧嘩に。まったく、大騒ぎだった。

「ただ、幸いというか、暴走の反動で能力がなりを潜めた。現状の彼女は、ランカと同じく一般人と変わらん」

それがせめてもの救いか。真衣の能力は「死に対する恐怖」をトリガーにして暴走するらしく、逆に言えばそれがなければ何も起こらない。

「暴走のリスクはつきまとうが、常態だとそれ自体が使えん。制御を教えようにもこれではどうにもならん」
「だからと言って、閉じ込めたり試験に使ったりしたら啓介が黙ってないぞ」
「……殺されるな。俺達全員」

啓介の真衣への溺愛ぶりは、奴を知る者なら皆知っている。敵に回すのは、現状もっとも愚かな行動だ。スザクを看過しているのも似たような理由だ。

「そこで、景山に協力してもらった」
「浩美?」
「ああ。奴の能力で、真衣の能力そのものを限界まで『下げて』もらった。そしてその上で、七篠教官の能力で、深層記憶にある『能力の発動の仕方』の部分を封じてもらった」
「なんだその裏技」
「仕方がないだろう。今のウスワイヤはあらたな能力者が入る一方でスタッフの手が圧倒的に足りん。一部の連中は『都合のいい飼い殺し』だと反発しているというし、とにかく頭が痛い。メンタル面でのケアに結果報告のまとめ、能力の指導にアースセイバーへの勧誘、暴走者の処理、ホウオウグループへの対処、新たな能力者の保護、パニッシャーの警戒にストラウル跡地の調査……仕事は山積みだ。この状況で啓介まで敵に回しては、それを引き金に組織が瓦解しかねん。避けられるリスクは出来る限り避けたい」

重々しいため息が出る。特殊能力者の存在が秘密である以上、ウスワイヤの活動も必然的に隠密的になる。表だってスタッフを集めるわけにもいかないのに、『保護』すべき対象はどこかに必ずいる。手が足りないのも当然だ。

「む……そうだ。いっそのこと、件のレストランの連中でも引っ張るか……――――ッ!?」

思わず口走って顔を上げると、そこには髪を真っ赤に染めたスザクの姿があった。能力発現ではないのなら、原因は一つ。能面のような無表情の奥に、阿修羅のごとき怒りが滲んでいる。

「……ゲンブ」

炎の様な気配とは裏腹に、氷の様な声が零れる。

「僕を本気で怒らせたらどうなるのか、お前が知らないはずはないだろう」
「……ウスワイヤを敵に回す気か。スザク」
「必要とあればな」

……こいつの場合、本気でやりかねん。しかもそれだけの力は備えている。全く、ホウオウグループの連中もとんだ爆弾を残してくれたものだ。

「わかった、わかった。それは見送ろう。現状で敵が増えてはかなわん」
「…………」

返事は無言。真紅を白く冷やし、スザクが再び口を開く。

「なら、言う事はない」
(ふう……)

内心で安堵の息をつく。やれやれ、助かった。





どこか安心したような表情で、ゲンブが言う。

「お前を引っ張れれば実際ありがたいのだが……それは出来んからな」
「……それはもういい、ゲンブ。それで、旅行の話はどうしたんだ。結局真衣ちゃんはどうするんだ」
「! おっと、そうだったな。彼女については、今回の旅行に連れて行くことになった。以後は監視をつけつつ、日常生活を送ってもらう。能力発現の兆候が見えた場合は、啓介に対処させる」

なるほど、妥当な線だ。というか、アキヒロさんの影が最近見えないけど、大丈夫なのだろうか?

「心配はいらん。この件については、俺が直接話をつけた」
「モノローグに返事するなよっ!?」

一体どういう「交渉」をしたのか……考えると恐ろしいからやめておこう。

「旅行についてだが、一泊二日で出発は来週の今日、午前8時。祝日の関係で3連休になっている日だな。面子は今の所こうだ。俺とシノが引率で、シスイハヤト、啓介、真衣、アラタ、ユウイ、奈桜、光一、お前。他に誘いたい奴がいたら呼べ」
「待った。なんでユウイが?」
「能力者だという情報は入っていないが、関連する知識を持っているとシスイから聞いた。現状把握を兼ねて、ということだ」
「……手を出してみろ。斬るぞ」
「落ちつけ、落ちつけ。そこまで警戒するな」

しないはずがないだろう。断わっておくが、僕はウスワイヤをあまり信用していない。シスイやハヤトとか、個人はともかくとして、組織そのものの在り方に、どうも拒否反応が出る。
その点だけにおいては、ホウオウグループの「合理化」もわからなくはない。

「……まあ、いい」



その日はそれで終わった。翌日僕は、学校に着くなり温泉旅行へと誘いをかけて回った。
――――とは言いつつも、実は僕が誘えるのは全員能力者だったりする。

まず、真っ先にトキコを誘った。

「温泉行くの!? わーい、私も行く―っ!!」

……そこまで喜んでくれれば、誘った甲斐もある。
次にリオト。

「温泉? 別に興味……な、ユウイが行く!? それを先に言え―――ッ!!」

現金な奴だ。続けて浩美&正輝。

「温泉かー。遠ちゃん、どうする?」
「当然行くさ。なんたって温泉だぞ、温泉」

最後にスイネ。

「温泉ですか? わかりました、お邪魔します」

汰狩や由衣、ネイロにも声をかけてみたけど、都合がつかなくて来られなかった。うーむ、残念。ま、トキコは来るらしいし、それでいいか。
さて、出発まであと5日。それまでワクワクしておきますか。





当日。参加者は、僕を含め総勢16人。結構な人数だ。
移動手段はバス。一体どうやって手配したのかと不思議に思ったが、シノさんの話で謎が解けた。
――――ボルカノン・プロトタイプを回収・改造して使ったものらしい。おいおい……。
一番の懸念事項だったユウイについては、幸いと言うか誰も「能力」関連の話を振らなかった。隣に陣取るリオトが凄い目で回りを警戒していたし、他の面子もそれぞれに会話していたし。

とある席では、

「遠ちゃん、お茶飲む?」
「いや、今はいいよ。……おーっ、海だー」
「ちょ、そこにいられたら外見えない……」

とある席では、

「啓兄ちゃん、船だよ船! タンカー走ってる!」
「落ちつけ、真衣。そんなに乗り出したら危ないぞ」
「あっ、モーターボート……あうっ、転覆したーっ!?」
「待てーっ!? 116、いや118番ーっ!!」

とある席では、

「あーあーあー、何で旅行に来てまで男と相席ー? 何でだー、シスイー」
「諦めろよ、ハヤト。ゲンブさんとシノさんが決めたんだから」
「だからってここまで女子と離さなくてもいいだろ!? 一体俺はどういう印象なんだよ!?」
「察しろよ。騒ぐと余計悪化するぞ」
「光一の言うとおりだな。あと、うるさい」
「っ!(慌てて口を押さえて座る)」

とある席では、

「………(話す事がなくて困っている)」
「………(共通の話題がなくて困っている)」

とある席では、

「ユウイ、大丈夫か? 酔ってないか?」
「……リオト」
「おうっ、何だ?」
「そのセリフ、そっくりそのままアンタに返したいんだけど」
「へ……(顔面蒼白のまま固まる)」


そして、僕ら。

「相席相席ー、鳥さんと相席ー」
「楽しそうだな、トキコ」

後ろの方の席で、トキコと隣合わせに座る僕。彼女の事は、「店長」関連だ、ということで説明したら通った。素性を明かすとえらい事になるから、無論そこは隠匿。
窓際ではしゃぐトキコを見て、しばし幸せにひたる。

―――あぁ、可愛いなぁ。

見る人が見れば末期症状だろうが、これが僕の素だ、文句あるか。しょうがないだろう、実際可愛いんだから。だからって手出すなよ? 手出すなよ? 斬るぞ? 斬るからな?
っと、忘れるところだった。先に言っておかないと。

「トキコ、ちょっといいか?」
「んー、なーに?」

ん? と振り返るトキコに、僕は言う。

「『約束』の話、なんだけど」
「あれの事? ……何か深刻みたいだし、着いたら聞くから」

この察しの良さはありがたい。そうするよ、と頷き、僕らは再びそれぞれの時間に戻る。
――――あー、幸せだ。





『それで、おめおめと戻って来たわけですか』
「そうなるな。俺の『イントルーダー』は奴の『エバーチェンジ』と相性が悪すぎる。まして、耐久力では折り紙つきのノアが一緒だ。分が悪すぎる」

某所。ノルン・ノアの離反について、俺はゼアに連絡を取っていた。
具体的には、戦わず見逃したと言うことについて。

『確かにそうですがね。あの2人、ことにノルンの方は、その身に我々のデータを取り込んでいます。その離反が何を意味するか、いかな暇人といえどもわかるでしょう』
「嫌味かそれは。まあ、分かると言えば分かる」
『その程度の認識では困ります。もし奴らがアースセイバーに与する事にでもなってみなさい、我々にとって著しく不利益です。それは、ホウオウ様の偉業に対する大きな障害となりかねません』
「総帥か……確かにな。だが、奴らは総帥を裏切るわけではないと言った。宙ぶらりんの状態で、道を探すと言っていたが」
『信用に値しませんね、裏切り者の言葉など』

ばっさり切り捨てられた。ゼアにとっては、既に「ノルン・ノア離反→アースセイバーに与する」という図式が確定しているようだ。全く頭の固い奴だ。アイやトキコとは別の意味で手に負えん。その点、バツやセキ辺りは扱いやすかったのだが。

『ともかく、クロウ。せっかくその町にいるのです、任務を一つ受けて頂きたい』
「お前個人の依頼ならばお断りだ。俺は組織の一員だ、個人の思惑では動かん」
『そう言わずに。組織の障害を取り除くのも仕事です。それに、言うでしょう。「疑わしきは罰せよ」と』
「逆だ。『疑わしきは罰せず』だ」
『…………ともかく、です。不確定要素は取り除かねばなりません。クロウ、これは任務です』


『ノルン、ノア……本名、「楠原 乃流」及び「楠原 乃亜」の抹殺をお願いします』


それは、開かれようとしている道に再び闇を落とせ、という指示に他ならなかった。





到着した宿は日本風の瓦葺で、それなりに大きいところだった。着くなり部屋割を発表されたのだが、内訳は次の通り。
男子組は、ハヤト・シスイ・光一、リオト・啓介・正輝、ゲンブ・アラタ。
女子組は、ユウイ・真衣ちゃん・奈桜、スイネ・浩美・シノさん、僕・トキコ。
……狙った様な組み合わせに感謝している間に、荷物を置いて後は自由行動と言う事になった。その場で解散し、荷物を置きに向かう。といっても、大体軽装で、荷物と呼べるのは手提げ鞄が一つくらいだった。

「よい、っとー」

妙な掛け声とともに鞄を放り、割り当てられた部屋にトキコが寝転ぶ。すっかりリラックスしているが、当人にとっては敵地に等しいと言う事をわかっているだろうか。いや、それを言ったら潜入メンバーは全員そうだけども。

「よーやっと着いたのだーっ」
「キャラが変わってるぞ?」

苦笑しつつ、僕も鞄を隅の方に置く。自由行動とは言いつつも、ここは広い。まだ昼過ぎだし、温泉もちょっと早い。さて、どうしようか。
壁に背を預けて座り、考えていると、

「鳥さん」

妙に真剣な声が思考を遮った。見ると、目の前にトキコがいた。なぜか正座で。

「……あの話か?」
「うん」

移動中に言った「約束」の話だろう。僕らにとっては、これからを決める大事な事だ。それだけに、純粋さと狂気を併せ持つトキコの目にも、真剣さが宿っている。

「今になって持ち出すってことは、鳥さん何かあったでしょ。多分、続けられなくなるようなこと」
「……さすがだな。そこまでわかるのか」

もっとも、これくらいの洞察力がないと潜入は出来ないだろうし、な。

「お前の言うとおりだ。僕は、あの約束を実行できる状態ではなくなった」
「どうして? 言いだしたのは鳥さんだよ」
「そうだな。けど、冷静になって考えたら、到底無理だってわかったんだ」

だって、そうだろう?


「――――好きになった人を殺すなんてことは、今の『私』には出来ない」


偽らざる、本音。そこだけは、本当の「自分」として言う。隠し事も、嘘も、トキコの前ではしたくないから。

「……私は、出来るよ」
「そうだな。お前なら、そうだろう」

瞳に宿る光はそのままに、四つん這いになったトキコが顔を寄せ、至近距離で囁く。それもまた、本音だろう。

「でも、僕は無理だ。だから、僕は約束を果たせない」
「……約束って、相手がいるから成り立つんだよ。鳥さんがそんなんじゃ、私はどうすればいいの?」

あくまでも真摯に、問いかけて来る。わかってる。だから、僕は。

「……だから、トキコ。もう一度、約束をしよう」
「……勝手だね、鳥さん」

耳が痛いな。……ああ、そうだな。何とも勝手な女だよ、僕は。なまじ自由に飛べるからって、何て勝手な奴なんだろう。
ふと見ると、トキコの顔にくすり、と笑みが浮かび。

「でも、いいよ。もう一回だけ、鳥さんの勝手に付き合ったげる」
「……ありがとう」

釣られたように、思わず笑ってしまった。ふふっ、と笑い返したトキコが、しばらく僕の目を見つめた後で言った。

「それで、中身は?」
「敵同士になって戦って、その後……までは同じ」
「……ってことは、変わったのはその後? 鳥さんが勝ったらどうするの?」
「僕が勝ったら――――」
「勝ったら?」
「――――その時考える」

どてっ、と効果音がしそうな勢いでトキコがズッコケた。本当にこういうひっくり返り方を見られる日が来るとは思わなかったなぁ、うん。

「て、適当だね」
「今は思いつかないから、これでヨシにしてくれ。それで、トキコが勝った時はどうする?」

そうなったら十中八九僕の命はない。ま、他の奴にやられる気はないけど、トキコにだったら殺されてもいいかな。そこはそれでもいい気がするし。おい、そこ、壊れてるとかいうな。言われなくてもわかってる。

「…………」

考えた挙句にトキコが出した結論は、

「……ん、決めた」
「決まった? それで、その時僕はどうなるのかな?」
「うん。あのね、もし私が勝ったら――――」

身を離して、顔だけで振り返り、


「鳥さんの全部を、私にちょうだい?」


笑顔で、そう言ってのけた。僕の答えは、


「――――いいとも。僕を倒せたら、火波 スザクの全て、お前にくれてやる」


そんなもの、肯定以外にあり得ないだろ?

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最終更新:2011年03月01日 22:20