将来設計(違)の相談を終え、僕達は部屋を出た。改めて見ると旅館の中は案外広くて、ちょっと迷いそうになった。
とりあえず、浴場が開くまでは自由行動ってことにして、途中でトキコと別れて一人で廊下を歩く。
「んー……」
しばらく歩いていると、浴場近くの卓球台の部屋に行きついた。意外と歩いたな。
「ん?」
ふと見ると、その近くのベンチに誰か座っている。長くて綺麗な黒髪、夜空の様な青色の浴衣を着こなしている。
誰だろう?
近づいて横に腰を下ろすと、向こうも気がついて会釈して来た。
「ああ、こんにちは」
「こ、こんにちは」
綺麗な声だった。そして礼儀正しい。ランカを大人っぽくしたらこんな感じかな、と思えるような人だった。
「ご旅行ですか?」
「え、ええ、そんな感じです」
何とも含んだ言いまわしになってしまった。これじゃ別に事情があると言ってるようなものじゃないか。
幸い向こうはそこには頓着せず、さらりと話を変えて来た。
「楽しそうですね。ところで不躾ですけど、お名前を聞かせてもらえますか?」
「名前ですか?」
「ええ。よろしければ、ぜひ」
ちょっと迷ったが、別に断る理由はなかった。ここで名乗らないのも変だし。
「僕は、
火波 スザク……と、言います」
「スザク……変わったお名前ですね」
「それは、まあ、自分でも思いますけど」
ま、ある種の仮面だからな、この名前。
「あ、申し遅れました」
少し置いて、その人も名乗った。
友達と同じ、その名前を。
「……残念だが断る。今の状態で奴らを相手にするのは分が悪すぎる」
『それでは困ります。迅速に処理して頂かなければ』
「こちらの事情も考えず、勝手な事を言うな。とにかくそれは降りる」
『……仕方がありませんね。ではまた』
苛立ったような声を残し、通話が切れた。まったく、いざとなるといつもああだ。
とにかく、俺はこれ以上奴らに干渉する気はない。俺がやらずとも、いずれ誰かがやるだろう。……実際に俺ではどうしようもない、という物理的事情もある。
奴の「エバーチェンジ」にはアイの能力が含まれている。任意の座標を起爆させる「イザボーワイズ」……ウスワイヤに似たような能力持ちがいたが、奴と同じだ。「軌道」を操る俺の能力とは相性が悪すぎる。そして生憎、俺自身はさほど身体能力が高くない。真っ向からやりあうのは無謀に過ぎた。
「……とはいえ、これでまた暇な生活か」
任務で俺が招集されることは、実はめったにない。能力が限定的に過ぎるため、後処理や証拠隠滅(しかも半分以上は自主行動)くらいにしか使われない。
「グループ一の暇人」と呼ばれているらしいが、事実だけに反論が出来ん。
「あー……暇だ、暇だ」
「ッ!!??」
突然後ろから声をかけられて飛び上がった。こ、この声はまさか……ッ!?
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、ダークスーツをさらりと着こなし、両の目に闇を湛えた年齢不詳の青年。
「総、帥……!!」
「な、なぜこんな所に……」
「私がいつ、どこにいようと、貴様には関係あるまい」
確かにそうだ。しかもこの人、以前堂々といかせのごれ高校(それも文化祭の真っ最中)に現れたというから驚きだ。これも絶対者ゆえなのか。だが、それはそれとして、だ。
「……俺に何か?」
「何も。歩いていたら貴様と出くわした。それだけの話だ」
どうやら本当に偶然カチ合ったらしい。それにしても、何て巡り合わせだ。離反の話をした直後に総帥本人の登場とは。
「!」
思い出した。いくつか確認したい事があったのだ。具体的には3つ。
「総帥、せっかくの機会なので、お伺いしたい事がいくつか」
「……言ってみろ。何だ」
「まず一つ……
ジングウについてですが」
一度は我々を裏切り、総帥を超えるとまで宣言した男。ホウオウグループにとって、獅子身中の虫に他ならない出戻り。ゼアの判断で組織に戻されてはいるが、総帥は実際のところどう考えているのか? それを知りたかった。
「奴か。私を超えるなどと言ったそうだな」
「報告では、そうだと」
「言わせておけ。奴如きに何が出来るか、見せてもらうとしよう」
恐ろしいほどに平静、かつ余裕だ。何が在ろうと関係ない、とでも言いたげに。
「私に牙を剥くのであれば、そのような考えに至った事を後悔させてやるまで」
まあ、そうなるだろう。
麒麟の力を持つ男の名を出した途端、総帥の眉間に微妙だが皺が一本寄った。気に入らないらしい。
「ゼアから進言があった件か。提案したのはジングウらしいがな」
「……どうされますか」
その問いを、下らん、と総帥は一蹴する。
「麒麟は天帝の証、神に選ばれた印と言う事だったが……全く下らん。絶対たる私が、神の決定を仰ぐ必要がどこにある」
「……それに関しては、全く同意します」
実際、この人物の上に何か、誰かがいるという事自体想像がつかん。と思っていると、総帥はこうも言った。
「しかし奴のことだ。いずれ、独自に捕獲を実行するだろうな」
「……あり得ますね」
都シスイのパーソナリティを考えると、ジングウの興味の対象になる可能性は十分あり得る。ましてや、奴がグループのために動くなど考えられん。
おっと、確定している話よりも、今は次だ。
「3つ目……あの、トキコの件なのですが」
いかせのごれ高校に潜入している彼女についての懸念だった。狂信者と言っても過言ではないが、なぜだか総帥からは放任状態だ。以前の調査員の件は俺の方で止めているが、件の命令はそれ以前に出されたものだ。ここで本心が聞ければ、とも思ったが、
「縛れば害となる。成すがままに任せよ」
何とも簡潔な物言いだ。しかも以前と同じ内容。ただ、具体的にどうせよと言わない辺りは、まだ切り捨てる気はないのだろう。
「……扱いかねている、のですか?」
返事は無言。しばしの沈黙を置いて、
「話はそれで終わりか」
「は……」
「ならば、ここまでだ。私は行くぞ」
そう言って、総帥は俺の横を通り過ぎて言った。足音を高く響かせ、まるで「ここにいる」ことを喧伝するかのように。だが、
「……クロウ」
ふと足を止め、そう言った。
「何でしょうか、総帥」
「……離反者が出たらしいな。
ファスネイ・アイズとは違うケースらしいが」
ノルンとノア……どうやら既にご存じだったらしい。さすがに絶対者を名乗るだけある。
「……はい。彼らへの対処はどうしますか」
「貴様に一任する。私はこう見えて、なかなかに不自由な身なのでな」
総帥の能力「ダークムーヴ」は、あらゆるものを存在ごと消し去るという凄まじい能力だ。だがその分リスクが大きく、種々雑多な事情が複雑に絡み、自由に使う事が出来ない。完璧と言っていい総帥の、これが唯一の泣き所だ。――――どこかで聞いた「ダークムーヴの悪夢」持ちの子供は自由に使えるらしいが。ええい、なぜだ。
ともあれ、任命されたのならば受けないわけにはいかない。
「了解しました」
その返事が聞こえたのか、どうか。しばらく総帥はこちらを見つめた後、ふと口を開いた。
「クロウ。一つ、忠告をしてやろう」
「は?」
「何かを追う時は、決して目を離さんことだ。見失ったが最後、再び見つけることは困難を極める。思っている以上にな」
言って、すっ、と手を伸ばし。
「目を離し、見失うと」
俺の背後を、指差した。
「見るがいい。このようなことになる」
釣られて振り向く。人が行き交い、車が走り、喧騒に包まれる。そんな、何でもない日常の風景が、そこにあった。それだけ、だった。何も、何も、なかった。
総帥は一体何が言いたいのか?
「総帥、それはどう言――――……」
顔を戻して聞こうとして―――絶句した。総帥の姿は、まるで夢だったかのようにその場から消えてしまっていた。
―――見るがいい。このようなことになる。
頭の中では、総帥の残した言葉だけが、残響のようにこだましていた。
「シスイ?」
「はい」
そう言って、シスイと名乗った女性はころころと笑った。
「あの、何か」
「い、いや……僕の友達と、同じ名前だったもんで」
「あら、そうなのですか? 不思議な御縁ですね」
あいつとは違う、礼儀正しくて、丁寧な言葉遣い。だけど、この人に接する態度の根底は、僕の知る「都シスイ」と似通っている。親近感を覚えるのはそのせいだろう。
「世の中には、同じ名前の方が3人はいらっしゃると言いますから」
それは「似た人が3人」じゃないのか? と喉元まで出かかったが、こらえた。あながち間違ってもいないし。
「それで、そのシスイさんと言う方は、どんな方なので?」
「……一言で言うなら、正義の味方です。他人のために一生懸命で、そのくせ自分の事はほとんど考えない。身を擲つ事も辞さない、弱者の味方。僕とは反対の男です」
「…………」
なぜか、それを聞いて「シスイ」さんが黙った。どうしたのかな、と見守っていると、
「……その方は、危ういですね」
不意に、そんな事を言った。
「危うい?」
「ええ。自分の事を考えず、他人のために……それは、己の存在を保つよすがを一つしか持たない、非常に強く、脆い生き方です」
「脆い……」
確かにそうかも知れない。シスイの行動は、自分が犠牲になって他人を助けようとするものだ。確かにそれは、あいつ自身の命を縮めているのかもしれない。
「支えが、必要ですね。その方には」
「支え、ですか?」
「そう、支え。心を支えてくれる、誰か。それとも、あなたがそうなのですか?」
先ほどとは一転、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、「シスイ」さんが言う。だけど、
「残念ですけど、違います。僕じゃあいつの支えにはなれない。それに」
「それに?」
「……僕には、好きな人がいますから」
ちょっと変わってるけど、恋は恋だからな。
「あら、それは良い事ですね。誰か好きな人がいると、人生にハリが出ますよ」
「ハリって……」
どう考えても僕と同じか、少し上くらいだろうに。そんな事を思っていると、「シスイ」さんは人差し指を口にあて、
「あっ、年は秘密ですからね」
そう言って、笑った。何だかおかしくなって、僕も笑いが零れた。
「……ふ、ふっ」
「ふふふ……」
しばらく二人で笑い合っていると、
「シスイー、そろそろ行くよー?」
「あ、はい。ただいま参ります、ルナ」
廊下の向こうから誰かが「シスイ」さんを呼んだ。動きやすそうな格好をした、クールな印象の少女だ。
「それではスザクさん、これで失礼します。どうか、ご息災で」
「はい。お元気で」
最後に一礼して、その人は去って行った。それは、まるで舞い散る桜のように、呆気なく、綺麗に。
残された僕は、ひとり呟く。
「……不思議な人だったな」
自由時間が終わり、本日のメインイベント、温泉タイムだ。ちょっと順序が違う気がするが。ことに女子のテンションが高いのなんの、僕も知らず高揚していた。
何せ、時間帯の関係で貸し切り同然の状態だからな。
「温泉温泉ーっ! このために来たんだからーっ!」
「奈桜、はしゃがないの」
「そう言う浩美さんも、何か楽しそうですね。ふふ……」
スイネや奈桜が特にテンションが高い。何だろう、この空間。
シノさんは後でゆっくりするってことで、後に回ってる。ユウイも嬉しそうだが、真衣ちゃんだけちょっと所在なげにしている。無理もないか、今までが今までだし。
とりあえず声をかけようとして、
「真衣ちゃん、一緒に行こう?」
奈桜に先を越された。考えてみたら年が近いんだし、親近感は持ちやすい……のか?
「え、でも」
「遠慮しないの、ほら」
言って手を差し出す奈桜に、おずおずと手を伸ばす真衣ちゃん。手が触れた瞬間、奈桜ががっしと掴んだ。
「ひゃっ」
「じゃ、私達先に行くから!」
言うが早いか、奈桜は真衣ちゃんを引っ張って走って行ってしまった。何なんだ、あの行動力。ブラストルの一件じゃかなり善戦したらしいけど、何があったのやら。
「鳥さん、私達も行こう?」
「そうだな……」
――――女子がみんなで風呂に入れば、これはもはやお約束と言ってもいいだろう。
「………(羨望の視線)」
「………(嫉妬の視線)」
「………(対抗心の視線)」
「………あ、の……」
3人に凝視されて、スイネが狼狽えている。そりゃ、あれだけギラギラした目で見つめられれば、ああもなる。
しかし、僕にはよくわからないな。胸の大きさ比べなんて。
(何の意味があるんだ……?)
実を言うとわからないわけじゃないんだけど、まるで興味がない。むしろ、今より大きいと戦うのに邪魔だ。その点、接近戦特化のトキコは恵まれている、と僕は思うんだけど、本人にしてみればコンプレックスらしい。あのままでいいのに。
露天風呂に浸かったまま視線を巡らせると、ガールズトークに花を咲かせている奈桜と真衣ちゃんの姿があった。ちょっと遠くて聞きとりづらいけど、楽しそうで何よりだ。
(ま、僕も堪能しますか)
程良く冷えた夜の空気と、満点の星空が実によく合っている。鼻歌でも歌いたい気分だけど、あいにくレパートリーがない。校歌もほとんど覚えてないし。
そんな益体もない事を考えていると、何らかの決着はついたのか、トキコが寄って来た。見れば、残る3人はそれぞれに反応を見せている。スイネは安堵、ユウイは「やるな」的な表情、浩美はなぜか元気がない。
「?」
「鳥さ~ん……」
さっきまでの元気はどこに行ったのか、すっかり沈んだ様子のトキコが呟く。
「ど、どうした?」
「世の中って不公平だよ~……むむっ」
ふと、その視線が僕をしっかりと捉える。な、なんだ?
「……(じーっ)」
「トキコ? おい、どうした?」
「……(じーっ)」
「……もしもーし? 聞ーてますかー?」
「………(獲物を捉えたタカの目)」
「おーい、聞いて……ふわっ!?」
突然トキコが胸を鷲掴みにして来た。ちょ、やめ……っ!?
「鳥さんも大きい……スイネ程じゃないけど大きい……なーんでー!?」
「いや僕に言われても、って揉むなぁぁぁあ!?」
ちょ、いや、これは本気でヤバイって!!
「むー……」
「やーめーろって、この……う、あっ」
頭に電流、背筋に冷感。ヤバい、ヤバい、これはヤバいって!!
「スイネも鳥さんもずるいよーっ!!」
「それは、僕の、せいじゃ……あ、う、やめ、ろって……ふあっ!」
「……シスイ」
「言うな。言うんじゃない、
アラタ」
一方、竹の壁一枚隔てた反対側の男湯。こちらは妙に静まり返っていた。理由は簡単。隣の女湯から聞こえて来る声だ。具体的にはスザクの。
『…………』
所在なげな7人。無論俺もなのだが、それより真衣がどうしているかが気になる。孤立していないだろうか? ちょっと心配だ。
迂闊に喋って空気を壊すわけにもいかず、全員揃って黙ってしまっている。だがそれだけに、隣からの声がより響く。
『スイネも鳥さんもずるいよーっ!!』
『それは、僕の、せいじゃ……あ、う、やめ、ろって……ふあっ!』
『……………………』
一体何が起こっている。「鳥さん」ってことは相手はトキコか? ――――よからぬ方向に思考が行ったのは、俺だけではないと信じている。
「…………」
さっきから
ハヤトが妙に落ち着きがない。何を考えている、何をするつもりだ。
す、と体を動かそうとして、
「やめておけ」
ゲンブさんが機先を制した。さすがだ。
「お前の望む結果は得られん。待っているのは地獄だ。落ちる覚悟がなければやめろ」
「う……」
ハヤトが元の位置に戻る。おい、やっぱりその気だったのか?
「賢明な判断だ。………ところで全く関係ないが」
『?』
唐突な話題転換に、全員で首を傾げる。と、続いた言葉は、
「そこの竹が、少しずれているな」
「なるほど!」
「おぉいっ!?」
思わずツッコんでしまったのは勘弁してほしい。いや、そりゃそうだろう?
「何堂々と宣言してるんだ、あんたわっ!!」
「何の話だ、啓介。俺はただ、そこの竹がずれていると言っただけだ」
こ、この出歯亀野郎が……!! そしてハヤト、何、顔を輝かせている。
「早速直さねばならんな。ハヤト、手伝え」
「了解ーっ!」
何の躊躇もなく湯から上がり、竹に近づく二人。――――その目の前で、ずれていた竹がすっ、と元の位置に戻った。
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、二つの視線が俺を捉える。
「何ですか? ただ、少しばかり念力を使ったんですがね」
「なぜ、こんな所で能力を使う」
「公序良俗保全のためですよ。ここにいるのは全員アースセイバーだ、問題はないと思いますがね」
どれほど詭弁を並べようが無駄だ。向こうには真衣がいる。その肌、この俺が他の男に晒すと思うか。いや、俺も見たことはないから何とも言えんが。
憮然とした顔で戻るゲンブさんと、がっかりしたような、安心したような顔のハヤト。良心は完全に負けてはいなかったか、大したものだ。
ところで、突然だが光一。
「鼻血が出てるぞ、お前。のぼせたな」
「う……」
浴衣に着替えての宴席となった夕食の席は、なんというか、「大惨事」だった。ことの発端は、ゲンブとシノさんだけが頼んでたあるものが、手違いでハヤト達の方にも配られてしまっていたことだ。――――そう、酒だ。
当然の如く結果は、
「うーっ……シスイーッ、俺は、俺は泣きたいぜー! なんでアースセイバーには女子が少ないんだーっ!!」
「俺に言うなよ!? ていうか、酔ってるだろお前!?」
「バカヤロー、酔ってねーよっ、うい」
「思いっきり酔っぱらってるんじゃないかっ!? 人を馬鹿にすると承知しねぇのですよ!?」
斯く言うシスイも若干壊れ気味だ。雰囲気に酔ったか?
さらに視線を移せば、
「………………」
「啓兄ちゃん、啓兄ちゃん? 起きてるーっ?」
啓介がひたすら無言。下手をすると死んでいるのかと思うくらい、動かず、喋らず、びくともしない。
向こうでは、
「ふふ、うふふふふふふ…………」
「はーっはは、ははははは………」
スイネとユウイが揃って壊れていた。ていうか怖い。延々と笑ってる。リオトがドン引きしていると言えば、わかるかな。
飲み始めた当人たるゲンブとシノさんはどうも揃ってウワバミらしく、まったく平然としている。――――ていうか、見てないで止めろよ!?
「賑やかっすねー、ゲンブ」
「そうだな。たまにはこういうのも、悪くはない」
落ちついてる場合じゃないだろーっ!! ああもう、このままじゃラチが開かない。素面なのは僕とトキコ、あとはアラタか。光一は早々にぶっ倒れてしまっている。正輝と浩美は二人して突っ伏して夢の中。うう、このままだと僕まで巻き込まれるか……?
「トキコ、戻ろう。このままだとエラいことになる」
「賛成、賛成! 戻ろう、早く、早く!」
トキコはトキコで危機感を覚えていたのか、僕と連れだって逃げるようにその場を後にした。
「あー、危なかった……」
「ほんとだよー……ていうか、スイネもユーイちゃんも一角君もあんなに壊れるなんて思わなかった」
それは僕も思った。手違いというか、何で大人二人が止めなかったのかが不思議だ。ただゲンブの方からすると、どうも面白がっていた節があるけど。
事と次第によっては川に投げ捨ててやる。亀だけに。
「アースセイバーってみんなああなの?」
「よく知らないけど……今回は箍が外れたんじゃないかな。あの様子だと、潰れて寝るぞ、ほとんど」
「……やるなら、今かな?」
布団を敷いていると、突然トキコが空気を変えた。纏うものは、狂気と狂信。
「どういうことだ?」
「アースセイバーの主力は戦闘不能状態。襲撃かければ全滅は出来る。……またとない機会じゃない?」
まさに悪魔の様な笑みを、トキコは浮かべる。ああ、いい表情だ。だけどな、ここに一人いることを忘れてないか?
いや、わかっていて言ったのだろう。それに、多分。
「へぇ……意外と早く『その時』が来たな、トキコ?」
ニヤリ、と笑って言うと、
「……ふふっ、さすがに冗談だよ。この間の今日だし、今度こそ鴉さんに雷落とされるから」
緊迫した空気が霧散する。やっぱりそうだったか。ほとんど潰れそうとはいえ、ゲンブとシスイ、アラタは恐らく戦える。そして、ゲンブは何か武器を持てば、トキコに対して絶対的なアドバンテージを獲得する。今かけるのは無謀と言うものだろう。。
「それに、ここでやったら言い逃れが効かないしね」
「廃墟の一件とは違うからな。場所は選べ、トキコ」
「……それって、場所が違ったらやってもいいってこと? 鳥さんの友達でしょ?」
心底意外そうに問いかけて来る。そういうわけじゃないけど、無用のリスクでトキコがマークされるのは、僕としては非常に不愉快だ。ろくに話も出来なくなるじゃないか。
「そうじゃない。それに、その時は僕が止めるさ。全力でな」
「そう? 鳥さん、出来る?」
「出来るさ。そのために『約束』したんだからな」
「……そ、だね」
互いにこの話は終わり、と暗黙に理解し、打ち切る。が、その前に言っておくことがあった。
「そうだ、トキコ」
「んー?」
「もし、また苛々して当たりたくなったら、僕の所に来いよ。愚痴くらいなら聞いてやれるし、場合によっては相手もしてやる」
「ホント? じゃあ、その時はお願いね」
考えて見れば、トキコの「事情」を聞いてやれるのって僕くらいしかいない気がする。ゲンブは全く不向きだし、マナは神出鬼没だし。あいつと話したら何でも解決するような気がするけど。
他に潜入メンバーがいたとしても、多分そんな余裕はないだろう。
さて、改めて話題を変えよう。
「……トキコ、もう寝るか?」
「寝なーい。まだ眠くないし」
「確かに……あれだけ騒げばな」
僕らが騒いだわけじゃないけど、あんな中にいれば神経が昂る。これじゃ眠れない。
「……ん?」
どうするかな、と視線を巡らせていると、外に階段を見つけた。上に上がるためのもののようだ。ただ、遠目でよく見えないが「立入禁止」の札がかかっている。
恐らく作業用だろう。だが、
「………トキコ、上に上がらないか?」
「え?」
「あそこに階段がある。あれで屋根の上に上がろう」
言われたトキコも外を見て、階段に気付いたようだ。
「あれのこと? 立入禁止じゃない?」
「ふっ、何を子供みたいなことを言ってるんだ。禁止と言われればその向こうに行く、それが男のロマンって奴だろう」
「男のロマンって……鳥さん、女の子でしょ?」
「そうだけど、そこは勢いだ。さあ、行くぞ」
屋根の上に上がって見ると、空は月が煌々と輝いていた。かき消されて星が見えない。まるで、月が、ここは自分の領域だと主張しているかのように。
「綺麗だねー……」
「そうだな……」
屋根の頂点に立つ僕の横で、腰を下ろしたトキコが足をぶらつかせながら空を見上げている。それにしても、綺麗な空だ。
群青色の天蓋に、月がひとつ。まるで、夜の王であるかのように。
「明日も、きっといい天気だね」
「ああ、きっとそうさ」
「そうですわね。古来より、月の夜は晴れの証と言いますし」
『!?』
突然声がした。驚いてそちらを振り返り―――――凍りついた。
鏡が、あった。いや、違う。
「こんばんは、お二方」
僕と、そっくり同じ姿をした少女が、屋根の上に立っていた。
「とても、いい夜ですわね」
「あ、ああ……」
「と、鳥さんそっくり……誰なの?」
トキコの呟きを聞きつけたのか、その少女が微笑む。その答えは、
「さあ、誰でしょうか」
人を食った様な、そんなものだった。答えを得られなかったトキコが「むー」と膨れているが、僕はそれどころじゃなかった。
「お前は、誰だ? どうして、僕と同じ姿を」
「ふふ……それは、いずれわかりますわ」
言葉遣いだけが、決定的に異なる。違うのはもう一つ、その瞳。
よく「炎の様な」と評される僕のものとは違い、その少女の瞳は……青。それは、言うなれば―――水。それも、静かな湖面を思わせる、とても穏やかなものだった。
「あなた方も、夕涼みにいらっしゃったのですか?」
「……そんなところだ」
「それはそれは、わたくしと同じですわね」
両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに微笑む。得体がしれない。まるで、掴みどころのない影を相手にしているような、妙な感覚があった。それでいて不安感を覚えないのは、どうしてだろう。
それっきり会話が途絶え、3人とも何となく空を見上げる。さっきまで僅かにあった雲も今は消え、月だけが輝きを放っている。とても明るい。本が読めそうなほどだ。
しばらくそうしていると、少女がふと、口を開いた。
「……それでは、この辺で失礼いたします」
「行くのか?」
ええ、と少女は頷く。
「さすがにそろそろ、お休みさせていただきます。それではお二方、御縁あらば、またお会いいたしましょう」
そう言い残して深くお辞儀をし、少女は踵を返す。そして、まるて夜を纏うかのように、すーっ、と歩いて行ってしまった。
「……僕らもそろそろ寝ようか、トキコ」
「……うん」
翌朝、起き出して来た面子はほとんど頭を抱えていた。シノさんは平然としていたし、シスイやアラタは飲んでいないから大丈夫のようだ。だが、他の面子はそうはいかなかったようだ。
「うぐぅ……頭痛ぇ……」
「喋ると頭に響く……」
「あぅぅ……」
そりゃ、あれだけ呑めばそうもなる。完璧に二日酔いだ。
(あーあ……)
バスに乗ると全員ダウンしかねなかったため、結局帰りには電車を使う事になった。一回乗り換えればなんとかなるだろう。
「よーし、全員揃ったっすね? さあ、帰るっすよー」
「は、はい……」
弱弱しく返事が返る。事故とはいえ、自業自得だ。特に、ゲンブ。
「………………………………………………(青白い顔で俯いている)」
シノさんに付き合って呑んだ結果があれだ。完全にダウンして、アラタに引きずられている。いい大人が、情けない。
「まったく……ランカに言いつけてやる」
あいつの説教は、意外と効くからな。フフフ、覚悟した方がいいぞ、ゲンブ?
ああ、そうだ。知っているぞ。
「トキコ」
「んー?」
「今度からあいつのこと、『出歯亀』って呼んでやれ」
「……そうなの?」
タタン、タタン、と規則正しい音と共に、列車が遠ざかっていく。それを、駅のホームで静かに見送る少女は、ぽつり、呟いた。
「ようやく、お会いできましたわね」
その顔には、微笑み。
「居場所があったようで、ほっとしましたわ」
その眼には、親愛。
「ですけれど、今はここまでですわね。こんなに遠いなんて思いませんでしたもの」
その声音には、寂寥。
「でも、すぐに追いかけますわ。だから――――」
「少しだけ、待っていて下さいませ――――綾音姉様」
―――呟きは、誰にも届かず、風に消えた。
余談。
「……あら? そういえば、あの場で名乗ればよかったのでは? あぁ、またやってしまいましたわ」
最終更新:2011年03月01日 22:22