新たな布石
「ぬぅ……」
「どうしたんです、
ジングウさん。そんなに眉間に皺を寄せるなんて、珍しいですね?」
「暇です……実に暇です……」
「はぁ、そんな事ですか……」
まるで聞き飽きたかのように、
サヨリさんはため息をつく。まぁ実際、私でも自覚する位口にしてますね。
「研究がしたい……遺伝子弄ってなんか作りたい……基盤弄って何か作りたい……」
「そんな事言ってー……知ってますよ、私の「分からない」形で何かやってるのは」
「あら、気付いていました?」
ええ全く、彼女の言うとおりです。私は日夜、サヨリさんに監視されている身ですからねぇ。彼女に見られても構わない形で、あれこれやるしかないのです。
そこで私が行ったのは、文章や図面の暗号化でした。
「だから余計な疑いかけられないように、貴方には暗号の解読方法を教えてあるじゃないですか」
「それはそうですが、ジングウさんの暗号物凄く複雑で……解読方法あっても、訳分からないですし」
「そりゃ、凡人の脳みそで理解出来ちゃうような暗号では意味がありませんからねぇ」
今はしがない「怪人:木乃伊冥土」ですが、一応これでも天才科学者ですからね。簡単な暗号を使うようでは、示しがつきませんので。
「まぁ、それも暇潰しの一環ではあるんですが……ほら、設計図作っても実物作れないんじゃねぇ……?」
「まだラボの使用禁止が解けてませんからね」
「モチベーション、ガタ落ちですよ……」
分かり易く言うなら、私の状態は「プラモデルのキットがあるのに、それをランナーから切り離すニッパーを渡して貰えていない」ようなものです。ニッパー無しには、プラモデルは作れませんからねぇ。
……え? ニッパーが無いなら手でパーツを千切り取ればいいじゃないか、って? ……バリが、バリバリ付いちゃうじゃないですか! デコボコの完成体なんて認めませんよ、私は!
「ともかく、作りたくても作れない状況で……とにかく技術を持て余しているんです」
「そうは言っても、ジングウさん本当に組織内のウケ、悪いですからねぇ……」
「まぁ、
ホウオウに対してまともな忠誠心がありませんからね。嫌われても当然ですよ」
「組織内の繋がりは、即ち信頼の絆である」。ホウオウグループと言う組織は目的の為になら手段は選ばないというのに、仲間同士の結び付きは極めて強い。階級は存在していますが事実上、上下関係は無きに等しく、あえて組織図を表すなら「ホウオウ」と「それ以外」と言う、極めて大雑把なものです。それ故に世間一般で言うところの「悪の組織」でありながらその内容は極めてフレンドリーであり、最上位幹部である
サイナと下級幹部であるバツがタメ語で喋りあうような場所です。縦割り社会に疲れた現代人には、居心地の良い場所なんじゃないですか?
まぁ、その一方で一度信頼を失えばアウトですね。その結果は私を見てくだされば一目瞭然です。信用されなければ仲間にあらず、は言い過ぎにしても、仲間として信用出来ない私はほとんど部外者も同然の状態です。いや、これは村八分の方が正しいですかねぇ?
(どうにもこの組織、合理化を掲げていながら、私から見ると非合理的な部分が目立つんですよねぇ……)
まぁ、ホウオウにそう疑問を投げかけたところで、あの男は「それを理解出来ないのは貴様が凡人だからだ」とでも言いそうですが。
「大体ね。私ある一点において、この組織の連中ほとんど嫌いなんですよ」
「ある一点と言いますと?」
「自分の理想をホウオウ一人に押し付けている辺りですよ。まぁ理想を押し付けるというより、ホウオウという偶像に縋っていると言った方が正しいんでしょうかね。それを見ているとイライラするんですよ。どいつもこいつも、自分一人立たせる事位、自分の力だけで出来ないのか、と」
まぁ、それでも我慢出来るのですよ。少なくとも彼らには、それによって「ホウオウグループにいる意味」が明確にあり、そして自分で考えて行動する確かな自我が存在しますからね。一方我慢ならないのがあの烏男ですよ。「何でお前、ここにいんの?」と言ってやりたいですよ、全く。グループに仕える理由が無いのに仕えている、その意味が訳分からないですよ。
「こう言ったら
クロウさんに怒られそうですけどね、正直ジングウさんは立派な人だと思いますよ」
「……はい? 何を突然言い出すんですか、貴方は?」
「だって……ジングウさんは何かに頼ったり、縋ったりして生きていませんもん。いい加減で出鱈目に見えますけど、でも実際は背筋がしっかり張っていると言うか。何かに流されたりせず、確たる己の価値観に従って生きているところが立派だなぁ、と。ほら、最近の人ってそう言う部分が欠如しているじゃありませんか」
「……止しなさい、こそばかゆい。私を褒めたって何も出ませんよ」
「あれ? ジングウさんでも照れる事あるんですね?」
「……人に褒められる事に慣れていないだけですよ」
全く、こんな姿をサヨリさんに晒す事になろうとは……ああもう、そんな顔で笑うんじゃありませんよ。
不意打ちですよ、本当に……心から出た賛美など、一体何時振りですかね。この程度で動揺するとは、全く……私もまだまだ人間、って事ですか。
「ところで、さっきからミツさんは何をやっているんです?」
「見ての通り、
レリックのお相手ですよ」
さて、今私達がいるのは施設内にある模擬戦闘訓練場です。ちょっとやそっとの能力では壊れたりしないので多少暴れても問題は無く、ちょっとした体育館並みの広さがあります。その中央に、二人の姿はありました。
「お相手と言うか……あれはどう見ても……」
そう言って、サヨリさんは苦い表情を浮かべる。ええ、ご覧の通り。
「はい、実戦に他ならないですよ」
二人は現在、模擬戦闘の真っ最中です。と言っても、戦闘経験において未熟であるレリックに対し、ミツさんが合わせてあげている状態ですがね。
「おー! みつ、つよいつよい!」
レリックの方は、実に楽しげだ。模擬戦闘と堅苦しく言っても、彼女にとってこれは遊びとなんら変わらないのでしょう。活き活きとしていて、表情は常に笑顔を形作っている。
しかしその一方、ミツさんは何だか辛そうに見えます。その様子に、サヨリさんもどうやら気付いているようでした。
「ミツさん、どうしたんでしょうか?」
「おそらく、レリックに合わせるのがしんどいのでしょう」
「え? それはどう言う――」
問いかけるサヨリさんを制し、私は二人に「そこまで!」と言いました。二人は私の指示に従ってくれましたが、レリックは物足りないようで、少し不満げな表情を見せています。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「お疲れ様です、ミツさん」
「うわ、大丈夫ですか!? 息上がってるじゃないですか!」
肩で息をしながら帰ってきたミツさんの姿に、慌ててサヨリさんは用意しておいたドリンクのボトルを差し出しました。ミツさんは会釈をして礼を言うと、何も言わずにそのボトルに口をつけました。
「……如何ですか、腹違いの妹の実力は?」
「……恐ろしいです」
そう一言だけ、ミツさんは返しました。
ミツさんを造ったのも、レリックを生み出したのも、同じかつての私の部下達です。しかし、二人を生み出す為に投入された予算には圧倒的な差が存在する。ミツさんはグループで行われた正式なプランの下で造られていますが、レリックは破棄処分が決定された二十三体の生物兵器の、それも生体融合の暴走に耐えられた選りすぐりの細胞から造られています。二人を例えるなら、ミツさんは未開発の分野を切り開く為に生み出された「試作機」、レリックは一級品のパーツを寄せ集めてエースパイロット用に生み出した「特機」です。
現状は、ミツさんの戦闘経験がレリックを上回っているから二人が互角に相対出来ているに過ぎません。レリックが成長すれば二人の差は大きく開く事でしょう。
「でも想像出来ませんねぇ……あのりーちゃんが戦っているところなんて」
「馬鹿になりませんよ、彼女の戦闘能力は。完全体になれば、アースセイバーを単騎で殲滅も夢ではありません」
「……そんなにですか?」
サヨリさんが訝しげな表情を浮かべる。まぁ、あちらには「龍儀真精」の使い手が二人もいますからね、確かにそれは言い過ぎかもしれませんが、欲目無しでもレリックが持つ潜在的な能力は計り知れません。
「私は……出来れば、りーちゃんには戦いなんてしてほしくないです」
「……甘ちゃんですね、貴方は。レリックの性能を、宝の持ち腐れにしろと言うんですか?」
「いくら強いとは言ったって、りーちゃんはまだ子供なんですよ? それなのに……」
「いくら人間にそっくりな形をしているとは言え、レリックは生物兵器ですよ」
私がそう言うと、サヨリさんは黙り込んだ。それでも、その表情には不快感が露になっている。
彼女自身、分かっているでしょうに……ミツさんがそうであるように、組織にとって有益でない存在は排除されるのみ。無用の長物に用は無い。レリックの存在意義が「生物兵器」であるならば、その存在価値を証明しなければここにいる価値は無い。だから私は、彼女をこうやってちまちま育てていると言うのに……
「……む。そう言えば」
レリックの事を考えていたら、一つ思い出しました。どうせ暇なのだし、調査する価値がありそうです。
「ミツさん、一つお願いがあるのですが」
私がそう言うと、ミツさんは不思議そうに首を傾げた。
「書類はこちらで揃えますので、貴方にはいかせのごれ高等学校へ潜入していただきたい」
「いかせのごれ高校? なんでそんな場所へ……」
「表向きの名目は、貴方を擬人兵の代替品として使えるか、その実験として」
「お、表向きって……今度は何を企んでいるんです?」
サヨリさんがそう言って、眉を吊り上げる。まぁまぁ、そんな顔をしないで。
「表向きの名目はともかくとして、裏向きは――」
私が裏の目的を口にすると、サヨリさんもミツさんも首を傾げました。一体何でそんな事を? と、私の目的が見えないようです。
「まぁ、ホウオウグループにとって不利益にはならない筈です……やってくれますか、ミツさん?」
「……ミツは、問題無いです……でも……」
そう言って、ミツさんはレリックの方を見る。彼女は、私達から離れて一人で遊んでいるところでした。
「ああ、彼女ですか? 大丈夫ですよ、貴方がいない間は私がレリックの相手をして経験値稼ぎをしますので」
「ジングウさんが? 大丈夫なんです?」
「この間、「天獄の門」を発動させてみましたが、八割方機能は復帰しているようですので……まぁ、私自身のリハビリもかねて、です」
それではお願いしますよ、ミツさん。私がそう言うと、「彼」は首肯してくれました。
――かくて、ホウオウグループ製合成人間、BD-32「ミツ」は、いかせのごれ高校二年三組として潜入する事となった。
最終更新:2011年03月05日 15:14