<
森山修斗の発症Ⅰ>
「おらー、のんびりしてると昼飯食えんにー?」
方言丸出しの現場監督の視線の先に、一人の男がノルマ最後の角材と格闘していた。
「大丈夫っ、すよ…これで終わり、ですからららぁ?」
男は転んで、目の前の生垣に突っ込んだ。
「おい、モリー、大丈夫かー」
先輩と思わしき男が、爪楊枝をくわえたまま笑って言った。
モリーと呼ばれた男は、笑いながら立ち上がると、
「こんなんでヘタレちゃいられませんよ~」
とおどけながら、また角材を運び始めた。
「ふう。」
角材を運び終えたモリーこと森山修斗は、道路脇のベンチに座り、バイト先配給の
弁当を開けた。中身が、少し多めだ。うまく細工してあるが、それでも微妙に
増やされているのに気づいた。監督や先輩たちを見ると、みんな目をそらした。
ここのバイトに来てから、先輩達はよく気を配ってくれる。どうやら監督が、修斗の
家族の事を「うっかり」暴露したらしい。毎回、不器用なりに、弁当には
小さな気配りをしてくれる。一日のほとんどを3つのバイトに費やしている修斗には
ありがたいことだった。
だが、先輩には「さらに馬車馬の如く働かせる」という目的もあったのだが。
<森山修斗の発症Ⅱ>
多めの弁当を食べ、ベンチで寝っ転がっていると、地元の子供たちがやって来た。
ウトウトしかけた修斗の鼻に、1人の子供がシルクハットを載せた。
修斗は起きると、まわりの5、6人の子供にやさしく言った。
「おやおや、また来たのかい?」
「だって祭の練習よりも面白いだに~?」
子供はむくれて言った。どの子も法被を着ている。どうやら、練習中に抜け出してきたらしい。
「しょうがないなあ、今回だけだぞ?」
悪戯っ子みたいな目をしながら、シルクハットを被って言った。
「フォレスト・”エッグ”・マジシャンのマジック、とくとご覧あれ!」
建築用の縞模様のロープを出すと、自分の手首を結び、脱出マジックの基本を見せた。
パチパチパチ…
前からの拍手だけではなく、後ろからも拍手が起こった。
しかしもっと高度な縛り方をして脱出しようとしていたら、監督が
「ほら、そろそろ仕事仕事!」
と言い、子どもたちは逃げて行ってしまった。
少ししてようやく縄が解け、仕事に戻った。
<森山修斗の発症Ⅲ>
このGWに、この街では祭りがある。屋台を曳いたり、凧揚げ合戦をしたり、ネリをしたり…。
地域に分かれて争うこの行事に、建築会社のメンバーは全員参加が決まりだった。
その為の準備や練習のために、前日のその夜は集まった。明日から始まる祭の計画や、
集合時間と場所の確認をするためである。
祭の雰囲気が充満し、盛り上がってきた所で、
「モリー、なんかやれー!」とお呼びがかかった。
またロープを引っ張り出してきて、自分の出来る中で一番難易度の高いものをやった。
「ここにあるロープは種も仕掛けもありません。皆さん、何が起こっても手出し無用ですよ?」
そう言うと首にロープをぐるぐると巻いた。
「さあさあどうしたことでしょう、首のあたりが暑苦しいぞ?ロープの先を結んで、はい、
ひっかけて。これで下準備は完成です。さて、どなたか合図を。」
修斗がそう言うと、監督が景気のいいくしゃみをした。
すると、修斗は全力で走り出し、何人かは悲鳴をあげ、首が折れる音が聞こえるのでは、との
恐怖を抱いた。しかし、ぴん、とロープが張ったと思ったら、すぐに「しゅるる…」と
音がしてロープが剥がれた。にっこりと修斗は笑うと、お辞儀をした。
<森山修斗の発症Ⅳ>
集会の後、公園で修斗は一人星空を観ていた。
道路の近いその公園は、音がうるさかったが、空はよく見えた。
ふと、視線を目の前に戻すと、うつむき加減の女が立っていた。修斗は挨拶をしようと口を開きかけた。
すると女が、呟いた。
「また祭の時期ですね…」
虚ろな声とは裏腹に、顔をこちらに向けた。その顔を見た時、修斗はドキリとした。
整った美しい顔ではあったが、あの時の母親と同じような雰囲気だったからである。
修斗は、慎重に言葉を選んで返した。
「そうですね、賑やかで楽しい時期ですよ。」
法被を整えると、腰かけていたベンチから立ち上がった。女は、軽く会釈をすると、言った。
「おやすみなさい」
その瞬間、修斗の喉に慣れた感触と痛みが奔った。必死にロープを引っ張り、もがき抵抗した。
マジックの比ではない痛み。苦しみ。
その中で記憶がよみがえり、消えてゆく。
建築会社の人々の顔。
慕ってくれた子供たち。
ほほ笑んでいる両親。
開けたドアの向こうに揺れていた肉の塊。
(ああ…)
修斗は薄れる意識で知った。
(これが…死の感触…)
最後に修斗が見た光景は、明らかに麻薬でもやっているようなげっそりとした男のそばで、
女が首を吊っている所だった。
<森山修斗の発症Ⅴ>
……クン…
…トクン…
ドクン!
ロープが切れ、暴れまわる。地面にまた足をつくことができた修斗は、無意識のうちに
歯を喰いしばり、呟いていた。
「フォレスト・マジシャンの…ロープマジック…」
それまでのたうちまわっていたロープは、いきなり奔り出し、揺れる肉塊の横で
注射器と戯れている男に巻きついた。
「…………ァアアア………」
すでに麻薬を打っていたのか、体に巻きつくロープを気にする様子もなかった。
だんだんと締まってきたロープは、口をふさいでいた。
悲鳴を上げることもなく、男は息絶えた。
修斗には、そのあとの記憶が、まったくなかった。
祭当日。アパートから慌てて法被を着ながら出てきた修斗は、昨日の事をあまり考えないように
していた。
集合場所に着くと、いつもの面々がもう顔をそろえていた。
「おそいに、モリー!」
監督だ。
「みんな集まってるだに、何してたんだよ~」
子どもたちだ。
「すみません、遅くなっちゃって。」
修斗があやまりながら来ると、朝一で景気付けの練りが始まった。
…パッパラッパッパ…
…ヨイショオ!ヤイショオ!…
祭が始まる。
祭りが終われば、また「日常」に戻るのだ。
子供の一人が騒音の中、修斗に聞いた。
「間の時間にまたマジックやってくれる?」
手に持ったシルクハットを見て、修斗は答えた。
「OK,やってあげるよ。とびきりスゴイヤツをね。」
「ありがとー、フォレスト・”エッグ”マジシャン!」
子供のうれしそうな顔。修斗はそっとほほ笑んで、
「もう”エッグ”は卒業したんだ。」
と言った。
そう、もう卵じゃない。
<森山修斗の発症Ⅵ>
臨死体験から得た、死の感覚。もっとマジックで生かせれば、もっと観客を沸かせられる。
そう考えた修斗は、見事に新しいマジックを完成させた。
三日間の祭りが終わり、日常に戻るかと思われた。
朝起きて、現場に行き、Lv.upしたマジックを見せ、警備のバイトへ行き、コンビニのバイトへ行く。
その循環は、アパートの戸口に立ったキャップ帽の男に断たれた。
「”ウスワイヤ”だ。オマエを保護しに来た。おとなしくついてこい。」
投下順
最終更新:2011年04月23日 23:41