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引き金は「白」という闇

―――ブランカ。俺の娘。アカネにそっくりな、あいつの忘れ形見。
だが、俺は彼女を置き去りにした。見逃せないものを、見つけてしまったからな。


「……む」

某日。白波 シドウは、とある店の前にいた。本当は目的地などなく、あるのはただ、とある人物を探す目線だけ。ただ、その眼が以前、少しおかしなものを捉えていた。

シックな感じのバーから飛び出す、朱い髪の少女。どう高く見ても高校生くらいの彼女と、彼女が出て来たバーの雰囲気は明らかにそぐわない。

(どういう店だ、ここは?)

普通の店なら、あんな時間に学生が来ることを認めはしない。しかし、出て来たという事は、直前まで中にいたということ。シドウはそこが引っ掛かった。

(何かあるのか?)

無視してもよかったが、娘にもしっかり受け継がれた好奇心が顔を出した。
妻の生前には、毎回『何でもかんでも首を突っ込まないの!』と雷を落とされていたが、そう簡単に直るものではない。

あの時は別の用があったが、今は時間がある。異能殺しの男は、バーの扉を潜った。





―――ワタシにとって他人とは、ワタシを楽しませる道具にすぎません。そうでもしないと、この世は実に退屈です。退屈というのは、案外とツラいものですよ? 
何もしない、何もすることがない、何をしても面白くない。そんな感覚、アナタにも覚えがありませんか? 
だからワタシは、力を与えるのですよ。彼女たちにそうしたように、ね。



「あぁ、退屈ですねぇ」

街の中、人ごみに紛れるようにして、黒服の男は歩いていた。ぼやきながら。
全く、ここ最近退屈と言ったらない。何人か「マニピュレイト」を使ってはみたが、クジ運が悪化したのか全て外れ。
腹いせに交通事故を何件か起こしたが、どうも面白くない。

(やはり、人が歪むのを見ないと調子が上がりませんね)

古びた黒帽子をかぶり直し、人混みを抜けだしてす、と影のごとく路地裏に消える。その挙動は一切の乱れがなく、ある種の芸術とも見えた。
路地の反対側に抜けると、そこも人通りが多かったが先ほどよりは少ない。す、とやはり影の如く滑り込み、何もなかったように歩き続ける。

(人と言うのも、案外単純ですね)

人間は、少し変わったことがあるとすぐそれに気付く。
しかし、改めて確認した時に最初のような変化がないと、よほど好奇心が強いか疑い深い人間でない限り、見間違いで片付けてしまう。
その意味では、男にとって人と言うのは実に扱いやすい存在だった。

(まったく、ワタシの姿を見ても、誰も騒がないとは)

黒服に黒コート、黒帽子。かなり目立つこの格好をした男は、人の間をすり抜けるように早足で歩く。
ご丁寧に、人々の目の端に姿をかすめさせながら。気付いた何人かは顔を上げるが、そこに何もないとわかると興味を失う。

認識の隙を突くようにして、男はすいすいと人混みを抜けて行く。これもちょっとした退屈しのぎだ。
と、

「お?」

その視界に、バーが飛び込んで来た。シックな感じで、なかなかセンスがよさそうだ。

「ふむ……ま、これも退屈しのぎですか」

そう言って、男はバーの扉を潜った。



「ご注文は?」
「……そうだな。ブルーアイズブルーを頼む」

カウンターについたシドウが注文を出すと、バーテンダーの女性の表情が引き攣った。
一瞬にも満たない僅かな間であったが、シドウはそれを見逃さなかった。

(なんだ、今のは?)

このカクテルに何か嫌な思い出でもあるのか。そう思ったが、野暮はすまいと口には出さなかった。
程なくしてカクテルが差しだされる。

「いただこう」

何となくそう言って、グラスを手に取る――――瞬間、扉が開いた。

(新しい客か)

そう思い、何の気なしにシドウはそちらに目を向け―――

「!!!」

凍りついた。
そこに立っていたのは、全身を黒で装ったひょろ長いシルエットだったからだ。





入って来た男は、悠々とシドウの隣に座り、

「こんにちは。早速ですが、青い珊瑚礁を」

ジンベースのカクテルを注文し、そのままふう、と息をつく。

「初めて来ましたが、なかなかよい店ですね」
「ありがとうございます」

バーテンダーの女性が礼儀正しく礼を言う。それに対し、男は帽子を少し上げて会釈することで答え、再び店内を沈黙とクラシックが流れる。
しかし、シドウはそれどころではなかった。隣に座って来たこの男こそ、シドウが4年前にランカの前から姿を消した、唯一にして最大の理由なのだから。

「貴様……」

思わずそう呟くと、男はいかにも今気付きました、というように大袈裟に驚いて見せた。

「おお! これはこれは、白波 シドウさんではありませんか。いや、お久し振りです。元気にしておられましたか?」

やけにフレンドリーなその態度に、女性が首を傾げる。

「あの、失礼ですけど、お知り合いですか?」
「ええ、以前少し」

言う男だが、シドウの目線は鋭いを通り越して凶眼となっていた。その視線に宿るは、紛れもない怒りと憎しみ。
あまりに不穏な空気に耐えかねてか、カクテルを差し出した女性が言う。

「な、何かあったので?」
「………」

その質問に、しかし今度は答えない。代わりに男は、

「……アナタ、ちょっと煩いですね」

言うや、指を一鳴らし。瞬間、女性の目から光が消え、どさり、と崩れ落ちた。

「! ヴァイス!」
「おぉっと、慌てない、慌てない。気絶していただいただけです」

大仰に言う男――――ヴァイスに、シドウはその目を向ける。探して探していた、この男に。

「ようやく会えたな……探したぞ」
「こちらとしては、アナタにはもう興味がないのですがねぇ」

はぁ、とヴァイスがため息をつく。

「俺は大ありだ。俺は、ブランカから離れてまで、貴様を探していたのだからな」


「あいつの……アカネの仇を、な」


今は亡き妻、ランカの母親の名を出すと、ヴァイスの表情が変わった。といっても、「その事ですか」とでも言いたげな、退屈そうなものだったが。

「やれやれ、しつこい方だ。まだその事を根に持っているのですか」
「当たり前だ!!」
「しつこい方は嫌われますよ?」
「別に好かれたくもない!! それに、貴様にだけは言われたくない。アカネの死の原因を作った、お前にはな」

あらん限りの怒りを込めて言うと、ヴァイスはわざとらしくため息をついた。

「死の原因、ですか。確かに、ワタシの存在がそれに寄与したのは事実です。しかしね、重要なことを忘れていませんか」


「奥様の命を実際に奪ったのは、アナタのその眼ではありませんか」


「………」

それも事実だ。突如目覚めた―――この男によって目覚めさせられた、シドウの「スキルシール」……異能殺しの力。それが妻を、アカネを殺した。それは確かだ。だが、

「しかし貴様がいなければ、アカネが死ぬことはなかった。ブランカから母親を奪う事はなかった……!」
「くどいですねぇ。アナタが悪いのですよ、白波 シドウ。せっかく人を越えた力を与えてあげたというのに、それを制御できず暴走したアナタが」
「頼んだ覚えはない!!」

言っても無駄だとはわかっている。この男には、他人の感情に配慮するなどという考えは一切ない。ただ貪欲に、自身の「退屈しのぎ」を求めるのみ。

「ヒステリーに付き合う気はありません。ここは退散しましょう」

カクテルをくいっ、と飲み干すと、無造作にまるめた紙幣をカウンターに転がし、ヴァイスは扉を僅かに開けて店を出た。
その背で、扉が閉まる。

「待て!」

シドウも慌てて立ち上がり、その後を追った。無論、代金を置くのは忘れずに。





店をシドウが飛び出した時、ヴァイスは歩道のガードレールの前で佇んでいた。背を向けたまま、言う。

「そうそう、シドウさん。ワタシはこれから、いかせのごれ高校に赴きます」
「何!?」
「あの場所にはちょうど、ワタシが『目覚めさせた』少女がいるのでね」

少女、誰のことだ? シドウが考えていると、答えが向こうから来た。

「14、5年程前ですか。とある一家を、見かけたことがありましてね。奥様が双子を出産したばかりだったのですよ」

そして、男は言った。

「その時に、思ったのです。赤ん坊に能力を目覚めさせれば、何が起きるのか、と」
「な……」

あまりの所業に、シドウが思わず固まる。が、次の言葉で意識が完全に凍りついた。

「目覚めたのは姉が先。どのようなことになるのか、楽しみに観察していましたが……」



「3歳の時、ホウオウグループの一派に連れて行かれてしまいました。おかげで、それっきり消息が途絶え……どうなったのかさっぱりわかりませんでした」



「!!」

直感した。そして、次の言葉でそれが確信に変わる。

「しかし、思わぬ幸運でワタシはその少女を見つけました。いかせのごれ高校に通っていたのですねぇ。しかも、同じく目覚めた、双子の妹と共に」

もはや間違いない。その少女は……!

「火波……綾音」
「ほほう、ご存じでしたか。まあ、行って、確かめますか。どれほどに成長し、どれほどにワタシを楽しませてくれるのかを」
「させん!!」

あわよくばここで決める。そう決意して繰り出した蹴りは、むなしく空を切った。

「何!」
『フフ、コチラですよ』

やけに遠くから声がした。見ると、ヴァイスの姿は、赤信号で車の通っていない道路を挟んだ、反対側の歩道に在った。

『ではごきげんよう、白波 シドウ』
「待て、ヴァイス!!」

道路を横切って追おうとしたが、その瞬間に信号が変わり、車が走って来た。
そして、最初の一台が視界を一瞬だけ遮って通り過ぎたその時には、既に黒服の男の姿は、どこにもなかった。

「く……」

取り逃がしたシドウは、一人歯噛みした。





ヴァイスの言っていたことは確かだ。
白波 アカネ……不治の病に冒されていた彼女は、しかし自身の持つ、生命力を大幅に活性化させる能力を無意識に使い、その命を保っていた。
ブランカを無事に出産で来たのはそのおかげだ。
――――しかし、ある出来事がきっかけで、幸せだった日々は終わりを告げる。

『初めまして。ちょっと、用事が在るのですが』

ある時家を訪れた、黒服の男……ヴァイスによってシドウは、この、異能を封じる目を強制的に与えられた。
混乱し、得体の知れない感覚に苦しむ夫を見かねて駆け寄って来たアカネは、その「異能殺し」の目の力をまともに受けてしまい、命を繋いでいたその能力を封じられた。

結果として、既に手の施し様がないほど悪化していた病により、アカネは程なく逝った。幼い一人娘を残して。

(あの時から、俺は復讐だけを目的に生きて来た……)

彼が短絡的な行動に走らなかったのは、ひとえに娘・ブランカの存在があったため。
彼女を育て、共に泣き、共に笑ったその日々の中でも、彼はアカネの悲劇を忘れることはなかった。それでも、ブランカを置いて行くことは出来なかった。
顔もろくに知らぬ母に続き、父まで失わせるわけには行かなかった。

―――それが覆ったのは、4年前のあの日。

行き倒れになっていた二人の少年少女を、珍しく調子の良かったブランカが発見し、保護してから3年程絶ったある日だ。
休日と言う事で、家で過ごしていた彼は、庭に出た時とんでもないものを見つけたのだ。

『!! あれは……!』

退屈そうな顔で、ビルの屋上からこちらを眺める、ヴァイスの姿を。シドウはその時、不吉な予感にかられた。

―――奴を放っておけば、ブランカまでもが。

その可能性は、十分に過ぎるほど、あった。よしんばそうでなかったとしても、奴を放っておけばまた同じ事が繰り返される。
そしてシドウは、ヴァイスを追うことを心に決めた。が、一つ心残りがあった。ブランカと、「火波 綾音」「水波 大悟」と名乗った2人のことだ。
彼女たちを置き去りにするわけにはいかない。しかし、奴を放っておくわけにもいかない。
困り果てたシドウだったが、その夜の出来事でついに悩んでいられなくなった。

『! 今の悲鳴は……』

なかなか寝付けず、散歩に出ていたシドウは、路地裏から上がった悲鳴を聞いた。駆け付けて見ると、そこにいたのは、倒れ伏す女性と、夜に溶け込むような男の姿。
ヴァイスはシドウの姿に気づくと、ため息を一つついて姿を消した。
女性を助け起こしたが、既に事切れていた。奴にやられたのだ。

もはや、躊躇している場合ではなくなった。奴はこのままだと、人知れず狂気の所業を繰り返す。誰にも気づかれることなく。
それはシドウにとって、アカネを何度も見殺しにするのと同じことだった。

(そして、俺は……)

とある筋から入手したウスワイヤの番号をダイヤルし、自分の名は明かさぬまま2人の「能力者」の存在を伝えた。ここにいるよりも、確実に安全なはずだったから。
ブランカを置いて行くことには最後まで後ろ髪を引かれる思いだったが、奴の存在を明らかにすれば、下手をするとパニックが起き、ウスワイヤの方も大混乱を来たす。
それを避けるためにも、現状奴の存在を認識している自分一人で追わねばならない。――――たとえ、何を捨てても。
そして、今。

「………」

火波 綾音……今はスザクと名乗る彼女の悲劇の引き金もまた、奴だった。これで、奴を追う理由が一つ増えた。

「逃がさんぞ、ヴァイス……貴様を追うため、俺は全てを捨てたのだからな」

その呟きは、風に紛れ、誰にも届かなかった。



      ――――引き金は「白」という闇――――


(異能殺しの男の怒りは)
(「家族」を捨てた決意は)
(すべては失われた絆のために)

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最終更新:2011年06月07日 21:58