行かないで、行かないで。
夢の中ロゼは何かを追いかけていた。
でもどんなに走っても彼等には追いつけない。
「ま、って・・パパ!マ、マッ・・・みんなッ」
懸命にその背中に声を発しても彼等は一度も振り向いてくれやしない。
足掻いているうちに一人、また一人と暗い暗い闇へと消えていく。
夢を見ている自覚はある。でも、身体も脳も起きてくれる気配がない。
しばらくすると何もなかったはずの周りの景色が突然変わりはじめる。
あぁ、またか。
この悪夢の終焉によく見る光景、
何度も何度も突きつけられる現実で起きた出来事。
いつだったか。
崩れていく建物。
戦場で嗅ぎ慣れた硝煙と人の焼ける臭い。
鈍く痛むみぞおち。
何もかも鮮明に覚えている。
私は必死に【あの子】を探していた。
不意打ち、とはいえ気絶してしまった自分を悔やみながら。
「ファスネイ様ーっ!ファスネイさ・・ひッ!?」
「・・ッ」
「ひ、ひどいッ・・誰がこんな事を・・ッ」
瓦礫の下から突如足首を掴んできた男、確か研究所の・・。
男は喉笛を切られていた。
出血がひどく、ヒューヒューと声にならない音を発していた。
必死で何かを話そうとしている。何を?
- 仲間にはこの能力を使いたくないと思っていたが・・仕方ない。
私はその場で座り、彼と視線を合わせる。その時脳裏に浮かんだのは。
___鎌を振り下ろすあの子の姿。
まさ、か・・・
彼が倒れたのを確認した後ケイイチの手をとり、走り去る彼女の様子が鮮明に映る。
「どう、して・・ファスネイ様は一体どちらに・・ッ!!」
男は応えない。すでに事切れていた。
急に襲い掛かる虚脱感。
私はその場で嗚咽し始めた。
苦しい苦しい気持ち悪い
もうやめて もうかつての愚かな私を見せ付けないでっ
もういや、いやよっ
一方的にバカみたいに信じて裏切られて傷つくのはもうたくさんよっ
もう誰も信じないっ信じないわっ
やめてやめてやめてもうやめて早く目を覚まさせて・・・・・ッ!!!
「あ、やっと気がついたみたいだよウミ!ロゼ大丈夫?」
「・・・・え?」
ふ、と意識が戻る。
真っ先に視界に入ったのは心配そうにこちらを覗き込む双子の顔だった。
彼らを背景に聞き慣れたクラシックが響く。ここは・・店?
そうだ。確か異能殺しが来店して、顔見知りらしいあの男の情報を得ようとして・・
“へぇ~。異能殺しと謎の男かぁ・・どうなの?ウミ”
“うぅん。私達が知りたい切り裂き魔じゃなさそうだわ、エミ”
ロゼが思い出したようにハッと気づく。そういえばこの双子の能力は。
「ロゼ、やっと私達の能力思い出した?ずっと思考が駄々漏れだったからわかりやすかったよね、ウミ」
そう言いながらエミはにっこり微笑む。
「そうねエミ。でも最初はロゼが死んじゃったのかと焦ったわ。打ち所が悪くなくてよかった」
そう言ってエミとは対照的に悲しそうな表情になるウミ。
- そういえば前にクランケが言っていたな。あの双子は苦手だと。
なんとなくだがその気持ちが今わかった気がする。
「この事は
ホウオウ様には・・」
「内密に?いいよ!」
「その代わりといってはなんですが」
「ジュース飲んでもいいかな?」
「あと聞きたい事があるわ」
「はいはい、こうなったらまな板の鯛だわ。でもお店閉めるからちょっと待っててね」
やったー!とはしゃぐ双子を背にロゼはため息をひとつつき、closeの看板を下げた。
「切り裂き魔とその主、ねぇ・・」
「ロゼ何か知らない?」
エミはマンゴーオレンジに添えていたストローをくるくる回しながら尋ねた。
「
切り裂き魔のとおりゃんせってわらべ唄なら知っているわ」
「うわぁ・・おっかない唄だね」
「そんなオカルトみたいな話、普通なら信じられない話だけれど・・オーケー!一応クラウチの監視をするわ。何か分かり次第貴方達に情報を提供するよ」
黙々とパイナップル・クーラーを飲み干したウミがじっとこちらを見つめた後、エミを横目で見た。
そうするとエミはそれに応えるように頷いた。
口には出さずとも彼女らの能力で会話しているのだろう、初めて見るが変な気分だ。
「・・うん、そっか。信じていいみたいだね。ありがとうロゼ!それと、ジュースごちそうさまっ」
「ごちそうさまでした」
「はいはい、お粗末さまでした」
「あ、そうそうロゼ!ジュースのお礼と言っては何だけれど一つだけ教えてあげる」
「え?なに・・かな?」
「
ファスネイ・アイズはね。今スイネって名乗っているの」
スイネ、それは
ジングウの強化クローンが現在執心しているらしい人物の名前。
繋がっていたのね。
「そ、そう・・それで、彼女は・・」
「『昔と比べてどう変わったのか?』うーん・・今はとても幸せそうだよ?」
「・・・」
「それじゃあ、これにてさようなら!ばいばーいっ」
「そう、気をつけて帰るのよ!」
「さような、ら・・?」
カランカランと扉の鈴の音を立たせて外に出るとヒュンと冷えた風が頬を掠めた。
そしてエミはウミの僅かな反応に気付く。
“どうしたのウミ?”
“え、うん。たいした事じゃないわ。でも・・”
“でも?でも、ってなーによぉ?気になるじゃない!!”
“う、うん扉が閉まる前に見えたのだけれど・・”
“けど?”
“ロゼのあんな悲しそうな表情、初めて見たわ”
___アダムとイブは禁断の林檎を食し、楽園を追放されたという。
でも【あの子】は自らの足で楽園から飛び出した。
そうして人並みの幸せを得たと。そう、そうだったの。
あなたは守り主の気持ちを踏みにじってまで「人間」になりたかったのね。
(ねぇ、ロゼ)
(はい、何でございましょうか。ファスネイ様)
(どうしてわたしのことをファスネイさま、ってよぶの?)
(それは、ファスネイ様が奇跡の子だからですよ)
(・・よびすてはだめなの?)
(それはできません。私は仮に、とはいえあなたの新しい世話係ですから)
(そう・・わかった)
ふと思う。
あの時、『奇跡の子』としてではなく『普通の子』として接していたら、
少しは未来は変わっていたのだろうか。
いいえ、後悔してももう遅いわ。もう手遅れ。
私があの頃のように人を信じる事も、あの子に触れる事でさえ、奇跡が起きない限り二度とないだろう。
ファスネイ様。私は仲間を傷つけた、裏切り者の貴方を許せない。
でも貴方にはすでにジングウのように立ちはだかる人がいるわ。
それが貴方への罰であり罪なのかもしれないわね。
ならば私は。
人となった神が足掻くその様を見守ろうじゃない。
きっとこれが貴方の気持ちに気付けなかった
『罪と罰』
私への罪であり罰なのね。
最終更新:2011年03月27日 00:47