―――私はもういない。その事実に気が付いてからの私は、空っぽだった。誰を頼ることもなく、食べることも、飲む事も、眠ることすらなく、4年を過ごした。その中で能力……いや、私を使って色々なことを調べ、私に関する事実に行き当たった。
それを知って以後は、私にはもう何もなくなっていた。――――私はもう、生きてすらいない。
それに気が付いてしまったから。
(いかせのごれに来たのは、ちょうどその頃だった)
今から考えれば、ゲンブがアースセイバーに入り、スザクが偽名を名乗ってから1年程の時期だったと思う。
特殊能力者が他の地域、いや国と比較しても異常なまでに多い、不思議な場所。「奴」……
ヴァイスと名乗っていることがわかったあの男なら、ここに目をつけるだろうと思った。
そして私は、ここでの行動の拠点を確保するため、能力を使った。
火波 スザク、水波 ゲンブ、
ブランカ・白波……アースセイバーに近い立ち位置と独自のネットワークを持つ彼らに接触し、その精神に微妙に干渉することで、自分を「以前からの友人」と認識させる。そうすることによって、縛られることのない「仲間」としての立ち位置を得、ヴァイスについて調査する。必要な時だけ姿を現し、信用を得るために情報を流す。そして、必要に応じてさりげなく関連情報を引き出す。
調査そのものはあまりに簡単だった。自分自身を波動と化し、意識を拡散させることで、あらゆる場所のあらゆる情報を取得し、必要なものだけを選別してもとに戻る。彼らを隠れ蓑に、ゆっくりと奴について調べる。それだけの、関係。真実から外れた、偽りの、絆。
(そう――――)
その、はずだった。
なのに。
『マナ、元気にしてたか?』
スザクも、
『相も変わらず神出鬼没なことだ。無茶をしてはいないだろうな』
ゲンブも、
『マナちゃん、元気ないよ。どうしたの?』
ランカも、
(みんな、みんな……優しかった)
そういう風に認識させたのだから、ある種当然ではあった。能力を無効とするランカでさえ、精神そのものへの干渉は防げない。
なのに、
(胸が、痛くなった)
とうに止まってしまったはずの鼓動が、聞こえたような錯覚があった。
父を、母を、私自身を奪い、全てを滅茶苦茶にした、あの男への復讐。それが、それだけが目的だったはずなのに。いつしか、スザク達を守りたいと、みんなの力になりたいと、そう思う私がいた。偽りの絆ではない、本物の居場所が欲しいと、願っていた。だから、ゲンブの手助けをした。ランカのお見舞いにしょっちゅう行った。スザクの恋にアドバイスをした。
「………」
スザク達は、私と出会った記憶を持っていない。あるのは、私の与えた認識に合わせる形で作られた、存在しない思い出。その認識を切り離せば、記憶に疑問を覚え、やがて真実に辿りつく。
もしかすると、私は友達でいられなくなるかも知れない。だけど、それでもいい。
(いっそ恨んでくれれば……その方が、楽)
体よく彼女らを利用したようなものだから。恨まれても、文句は言えない。
けれど、それでも、今の私は……みんなが、大好きだから。スザク達だけじゃない。店長さんも、由衣さんも、奏さんも、正人さんも、千春さんも、凪さんも。
だから、あの人たちに迷惑をかけるようなことは、もうしたくない。
思い起こされるのは、ついこの間までの出来事。シドウさんが帰って来て、スザクが倒れて、ランカが落ち込んで……。そこに、私もいた。仲間として。
(あれが、本当の絆だったら)
どんなに、よかっただろう。だけど、今の私には……人間ですらなくなった今の私には、叶わぬ願い。
……ヴァイスはいずれ、邪魔な私を排除に来るだろう。恐らくは、周りのみんなを使って。
そうなる前に、この作られた絆を捨てよう。私一人で、ヴァイスを止める。もう誰も、傷つけさせない。
(……ごめんね、スザク。でも、あの子は……トキコは、必ず守るから)
心の中で謝って、空に立てた指を基点に、見えない波を起こす。スザク達3人の精神に干渉し、私の与えた認識を消し去る。数秒も、かからなかった。
(……さよなら、みんな。今まで……ありがとう)
思い、自分を波動に溶かす。意識がその場を離れるのに、時間はいらなかった。
―――とある場所の、とある部屋。机の上に散らばる書類を、ぶつぶつ言いながら片付ける女性がいた。
「ほんっとにもう、整理整頓の出来ない人なんだから……」
その手からこぼれ落ちた、一枚の資料。こう、書かれていた。
『……以上のように、特殊な能力を持った人間の中には、ごく稀にその能力に生体機能を奪われ、外見・自我を保ったまま能力そのものと化す事例が存在する。この現象については未だ調査中であり―――』
私の姿、それはあの日の残像
(彼女は大切な人を守るために)
(偽りの絆を捨てて孤独を選んだ)
(その想いこそが絆と気付くことなく)
最終更新:2011年04月18日 21:22