「ケツベツトハジマリ」
怖がることなんてないよ
君は生まれ変わるんだ
きっと君なら大きく成長できる
次に目が覚めた時
君は新たな姿に変わっている
もっとも
目覚めることはもうないだろうけどね――
ユウトと
ヨリミツは、暗い森の前にたっていた。
最近この付近で「人が消える」事件が相次いでいる。
能力者の仕業ではないかと睨んだアースセイバーは、その調査を二人に命じた。
いかせのごれの東にある森。そこを抜けると平原がある。
平原を取り囲むように茂る森は滅多に光がささず、自然にまかされたままであった。
実際、ここに来るのは二人とも初めてである。
人が寄り付かない分事件が少なく、来る機会もなかったのだから当然だ。
少し緊張するユウトの背を、ヨリミツが軽く押した。
「心配することはないでござる。何かあれば、拙者がなんとかするので。」
「ああ、申し訳ないです、そんな…。」
恐縮するユウトを見ながら、ヨリミツは深い森に一歩踏み込んだ。
枯葉を踏む音だけが響く。
風がないため、余計にその音は木々に反射して聞こえた。
「こ、怖いですね…;」
「…。」
ヨリミツは周りの木々を見回した。
何の変哲もないはずの木なのに、ただの木じゃないような気がする。
確証はないが、「ゴーストバスター」をやっていたあの時の直感が、そう囁いている気がするのだ。
そして、彼は向かい側から、誰かの足音が向かってくるのを聞いた。
「だ、誰か来る…。」
ユウトにもその足音が聞こえたのだろう。
自らの刀に手をかけながら、先へと進む。
そして必然的に、その足音の主にはち合わせた。
「…あれ?ユウトにヨリミツ?」
「あ、
幹久朗さん!」
暗い森の中でもはっきりと見えたその姿。
春美とともにアースセイバーに加わっている妖怪の一人、幹久朗だ。
いつも通りの軽装で、彼は手を振る。
「なんでこんなところに?」
「アースセイバーからここを調べるように命令を下されたんです。幹久朗さんこそ、何でここに?」
「俺も前々からここの様子がおかしいような気がしててな。店もこの近くにだしてるから、何度か見てきてるんだ。」
「そうだったんですか。」
安心したようにユウトは言った。
しかし。
「…それは本当でござるか?」
「え?」
黙っていたヨリミツが口を開いた。
その眼が、まるで敵を見るような冷たい眼だった。
「何言ってるんですか、ヨリミツさん…?」
ユウトが不安げな声を上げる。ヨリミツは幹久朗に言い放つ形で答えた。
「不穏な空気が漂っていると分かっていて、そんな軽装で暗い森に入るのはおかしいでござる。」
「!」
「お前が妖怪ということは分かっておるが、それでもある程度は警戒するはず。」
すっと、ヨリミツは幹久朗に指をさし向けた。
「何か隠しているのではないのでござるか?もしかしたら、このところ相次ぐ失踪事件…。」
「犯人はお前ではないのでござるか?」
「ちょ、ちょっと、ヨリミツさん!何を…。」
「…あーあ。やっぱりばれたか…。」
ユウトの大声をかき消すように、幹久朗は呟いた。
「いるんだよねぇ、たまに。暗示にかかりにくい人間ってのが。」
「か、幹久朗さん…?」
「忘れてた。ヨリミツは妖怪の類に強いんだったな…。」
口の端が上がる。
二人を見下すように短い髪を掻きあげた。
その眼の色が、いつもの金緑色の色でなかったのは、暗くとも分かった。
赤黒く濁った血の色に、染まっていたのだから。
「!?」
「見抜かれたのは初めてだ。「俺」とは眼の色しか違わないんだからな。」
やれやれという態度で彼は言う。
ヨリミツはもう一度刀に手をかける。
だが。
「抜かせるかよ。」
一瞬速く気付いた彼がヨリミツに近づき、右手と首を取り押さえて近くの木に叩き付けた。
「ぐっ!?」
「ヨリミツさん!」
「お前の言うとおりだよ。ここ数日で相次ぐ失踪事件の犯人は俺だ。」
両手に力を入れながら彼は言う。
「その失踪した方々は何処にいるんですか!」
「わからねぇのか?お前らの眼の前にいるじゃねえか?」
「えっ…?」
「ここに生えてる木。これが元々人間だったものだ。」
「「!!」」
「俺の力で森の木に変えてやったんだよ。…こんな具合にな。」
「うぐっ…!?」
首をつかむ手から何かが這い上がって来た。否。這い上がるように変化してきた。
メキメキという音を立てながら、喉元が茶色に変化していくのだ。
「ヨリミツさんっ!?」
異変に気付いたユウトが慌てるも、何をしていいのか分からなかった。
彼の能力は「ナイトメアアナボリズム:獣の悪夢」。2mほどの巨大なワーラットに姿を変える。
しかしここは深い森の中。今ナイアナを発動させても枝が邪魔して思うように動けないのだ。
どうしようか戸惑ってる間にも、侵食が進行していく。
迷ってる暇はないと、彼が飛び出す。
考えなしだったのは後から後悔したが、それどころではなかったのが事実。
一気に蹴り出し、彼に近づいた。
しかし、何かが突然ぶつかり、その勢いをそがれた。
同時に眼の前に誰かが現れ、ヨリミツから手を引きはがした。
足元で何者かが叫んだ。
「『結界解除』!」と…。
少しの間だけ、意識が飛んでいたらしい。
眼を開くと、眼の前にあったのは灰色の空だった。
体を起こす。背丈の低い草が、隙間なく並ぶ平原らしい。中央に見える巨木をみとめ、ここはきっと「東の平原」なのだろうと思った。
ヨリミツの姿を探すと、少し離れたところに寝かされていた。
その喉元に指をあてる少女。
見覚えのある巫女服に、彼はその名を呼びかけていた。
「あ…春美ちゃん…。」
「!ユウトさん、気がついたんですね。」
振りかえる春美が、笑顔を投げかけた。
「ヨリミツさんの処置も、丁度終わりました。気付いたのがはやくてよかったです。」
ユウトが覗き込むと、先程まで侵食されていたヨリミツの喉元は、何事もなかったかのように戻っていた。
「これ…君がやったの?」
「はい。こういう類は専門なので。」
「…そういえば、幹久朗さんは?」
ユウトのその言葉に、春美は一瞬悲しげな表情を見せた。
「…違うんです。」
「え?」
「今の彼は、『幹久朗』じゃありません。彼は…。」
そう呟いた瞬間、金属音のような激しい音がユウトの耳に届いた。
振りかえると、誰かが対峙しあっていたのだ。
常に春美とともに行動する「妖怪」キリと、『幹久朗』だった。
幹久朗の様子がおかしいのに変わりはないらしい。キリの鋏に、枝を突き付けて対峙している。
その口から洩れる言葉に、彼は耳を傾けていた。
「…恐れていたことが現実になったのでありマスね…。」
「何を言ってるんだ?俺はこの展開大歓迎だ。『人間に恐怖を与える存在』…俺たちはそういうものだろう、キリ?」
「幹久朗も嫌いでありマスが、お前はもっと癪に障るでありマスな、『キムナ』!」
「…キムナ?」
その名を聞いたことのないユウトは首をかしげた。
幹久朗とは別人なのだろうか?と疑問を呟くと、春美は首を横に振った。
「キムナと幹久朗さんは同じです。『人間としての存在』が幹久朗さんで、『妖怪としての存在』が、キムナです。」
「じゃあ、やっぱりあれは幹久朗さん!?一体何が…。」
「私にもわかりません。ただ、今の彼は妖怪の力を持て余している状態。幹久朗としての自我は、完全に失っています。勝手に元には戻りません。」
「そんな…!」
「…うっ…。」
眠っていたヨリミツが声を上げた。意識を取り戻したらしい。
体を起こそうとしてふらつくのを、春美が慌てて支えた。
「動かないでください!手当ては施しましたが、応急程度なので動くと危険です!」
「しかし…。」
「…今はキリ君に任せるしかありません。」
一度間をおいたキリとキムナ。
キムナの姿は幹久朗と相違ない。違いは眼の色と、腕の様子だった。
動物細胞と植物細胞を変化させる能力を持つキムナ。
自らの腕を木に変化させ、枝を飛ばすことでキリの鋏と戦っていた。
「腕が落ちたんじゃないか、キリ。昔はこんなに時間かかったか?」
(ただ力が有り余ってるだけじゃない。出てこなかった間に強くなっているのでありマス。長期戦は嫌いなのでありマスが…。)
「油断禁物!」
キムナから枝が放たれる。
しかしその枝は、キリから大きく軌道をそれた。
その枝を眼で追った時、彼ははっとした。
一度間を開けたあの時。自分は主たちを庇う位置にたっていた。
つまり、キムナから彼女達の位置が見えたのである。
そして彼は、無防備な彼女達3人を狙い…!
「主――!!」
空白の時間は、あまりに長く感じられた。
キリに庇われた春美は、その抱きかかえる左腕の温度が低くなっていくのを感じた。
「キリ君っ…!」
ずるりと肩から離れた左腕は、赤黒い血を伴って、鈍い音を立てて平原に落とされた。
「!!」
ユウトが駆け寄る。
膝をついたキリの顔に、苦痛の色が浮かんだ。
枝の突き刺さった右腕も動かないのだろう。
止血されない左肩は、枯葉色の軍服を黒く染めていく。
「キリさん!」
ユウトは予備で持っていた布を取り出して引き裂き、止血する。
「っ…。すまないのでありマス、ユウトさん…。」
「そんなことより動かないでください!もう戦えないですよ!」
「…。」
キリはゆっくりと首を横に振ると、立ち上がった。
「いや、小生はまだやれる…やらねばならないのでありマス。」
「キリ君、止めて!いくらキリ君でも死んじゃうよ!」
叫ぶ春美を見下ろし、キリは言った。
「主…小生は今まで黙っていたことがありました。」
「えっ?」
「スイネさんに関わったあの日の夜。主が早く寝たあの夜。小生は幹久朗に…キムナに呼び出されたのでありマス。」
一歩春美から離れるように踏み出した。
「そこで、小生はキムナ自身の異変を、直接聞かされたのでありマス。」
「!」
「そして、万一の時は小生が止めてくれと、頼まれたのでありマス。」
「幹久朗さん、もしかして私に気を使って…。」
「その通りでありマスよ。だからこちらも、彼の気持ちにこたえなければならない。」
「でも、その大怪我じゃ…!」
ユウトが声を張り上げる。
キリは振り返り、地面に落ちていた鋏を足で探って取り上げた。
「人間の常識が通用しない「恐怖の具現」。それが小生たちでありマス…!」
鋏を引っ掛けた足を振り上げ、キムナに飛ばす。
距離があったからだろう。気がついたキムナは枝を飛ばして勢いを弱めてかわす。
が、その頭上には飛びあがったキリ。
振りあげた足を真っすぐに振り下ろした。
反射的に弾いてかわす。
すると今度は横から気配。
先程の鋏を拾い上げ口に咥えていたキリが、着地と同時に首狙って突っ込んできたのだ。
枝を横にし根元に挟み込んで、刃が動かないように固定した。
一歩も引かない無言の競り合いが続く。
急に力を緩め、キリが一歩引いた。
バランスを崩し、前に倒れるキムナ。
そのタイミングを見計らい、足先に鋏の柄を引っ掛け、そのまま回し蹴る。
向かってくる刃を、キムナは伏せてかわした。
「嘘…。両腕が使えないハンデがあるのに…。」
呟くユウトの後ろで、春美は察していた。
キリは本気だ。本気で幹久朗を取り戻そうとしている。
かつての姿、性質、特性、思考さえもかなぐり捨て、無条件で助けようとしている。
いくらキリでも、あそこまで本気で向き合うことはない。
それなのに、妖怪の「主」である自分が何もしないでどうするのだ――!
一度間をおいたキリは、急に体に違和感を覚えた。
いつもと違う、それなのにどこか懐かしい感覚に。
そして、彼は気がついた。
「!…腕が、動く!?」
全く反応しなかった右腕が動くようになっていた。
それだけじゃない。左肩には紫色のオーラを纏った腕が出現していた。
はっとし、彼は後ろを振り向く。
視線の先にいた春美は、右手に札を持ちキリに向けていたのだ。
札の先には紫の炎がともり、その煙は吸い込まれるようにキリの体に向かっていた。
慌ててキリは叫んだ。
「何をしているのでありマスか、主!」
「だって、キリ君が本気で頑張ってるのに、私が何もしないわけにいかないじゃない…。」
「しかし主自身、『能力』を使うのは久しいうえ、体力の消費が…!」
「私なら大丈夫だから。お願い。幹久朗さんを救ってあげて。」
「主…。」
「大丈夫。キリ君の自我は、私がつなぎ止めておくから。だから!」
キリは暫く黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ユウトさん!主を守ってほしいのでありマス!今、主は完全に無防備でありマスから!」
「勿論です!」
ユウトの眼が緑色に染まり、体が変化していく。
それを見届けると、キリは正面を向き鋏を構えた。
「「…『百物語:逸話』!!」」
紫のオーラがより一層キリに集まっていく。
草原に風が吹き出し、羽織った軍服がなびく。
その内側は深い闇色に染められていた。
そしてそこに幾つも、白い何かが浮かび上がって来た。
「っ!?」
「な、何でござるか、あれは!!」
「とうとう本気になったか、キリ。いや…。」
軍服の内側に現れたのは、無数の青白い『顔』だった。
苦しみもがく『顔』は、キリにとっての力の源。
両手に構えた鋏が『顔』の悲鳴とともに生々しい音を立てて形を変えていく。
再び姿を成した鋏は錆びがひどく刃先がささくれ立っていた。
その大きさはキリの1.5倍はあろう。
その鋏を片手で簡単にもち、確認するように軽く振りまわした。
「…主。」
「大丈夫。でも、時間は長くないから、速攻で…!」
「勿論でありマス。」
刃先を下に向けて持ち、キムナを真っすぐ見る。
風になびいた髪から垣間見える眼は、いつも以上に赤黒い血の色が光っていた。
「『幹久朗』も苦しんでいるのでありましょうから…!!」
鋏の刃を広げ、真正面から突っ込む。
今までの大きさなら簡単にかわせたであろう。しかし、今回は範囲が違う。
横に避けることはやめ、キムナは大きく飛び上がった。
しかし、それを先に見抜いていたのだろう。
飛び越えたと同時に鋏を閉じ、刃の背でキムナをたたき付けた。
「っ!;」
平原に叩きつけられながらも上体を起こすキムナ。
そこに畳みかけるようにキリは突っ込み、腹部に蹴りをかました。
「ぐ…っ!やられてたまるか!」
大きく吹き飛ばされながらも、枝を飛ばして反撃しようと試みる。
キリは少し後ろに下がり、鋏を横に振った。
その場で暴風が起き、枝は風圧だけで吹き飛ばされた。
「なっ!?」
両手でしかと鋏の柄を握り、振りあげる。
キムナが着地しきれていない間に間を詰め、飛び上がっていた。
完全無防備のキムナに、キリは容赦なく鋏を振り下ろした。
誰にも聞こえない声で「すまない。」と呟きながら…。
――その喧騒が一気に執着した時。
草原にはキリとキムナが折り重なるように倒れていた。
それを見届けた春美。
風は止み、札の灯も消えた。キリを補っていた幻覚のような左腕も消え、鋏も元に戻っていた。
そして、糸が切れたようにバランスを崩し、そのまま前に倒れ込んだ。
「あっ、春美ちゃ…。」
その体が草原に投げ出される前に、何者かが受け止めた。
赤いエナメルコートの女性。綺麗な黒い長髪が特徴的だ。
顔を隠すように大きなマスクをつけた彼女は、春美を大事そうに抱えあげた。
その女性に面識のないユウトとヨリミツは少し困惑した。
「…全く、予想はしてたけどこんなになるまで無理しなくてもよかったのに…。」
「あ、あの、どちら様d」
「ああ、やっと見つけた;急にいなくなるから焦ったよ、
ミサキ;」
やや遠くから声。そちらの方を振り向き、二人は思わず絶句した。
銀の髪に白い服。赤い髪止めが映える。そして眼もとには白い仮面。
二人が彼を知らないわけがなかった。
ホウオウグループの「
怪盗一家」の一人だ。よからぬことに決まっていた。
「お前、何でこんなところに!」
「今来たばかりだよ。僕の連れが急にいなくなったから探してただけ。」
「…?;」
疲れていながらも警戒態勢を解かない二人に、彼は静かにいった。
「一応名乗っておこうか。」
「『怪盗:
クランケ・ヘルパー』…否。今だけは『妖怪主治医:薬師寺院 千郷』と名乗っておこう。」
眼もとの仮面を外し、二人に向けて放る。
仮面を拾い上げた二人は、彫り込まれたホウオウのマークの上に新たに×印が施されているのを見た。
千郷はキリとキムナの元に駆け寄る。
少しの間二人を見ていたが、彼はすぐ立ち上がり、ミサキを見た。
「ミサキ、春美ちゃんは君に任せるよ。こっちは相当の重傷だ。」
「分かったわ。」
そして彼は二人の方を向いた。
「…お願いがある。何処でもいいんだ。広い部屋を一つ貸してほしい。」
「え?」
「一刻を争う事態だが、ここじゃ応急手当しかできないんだ。信用できないなら、見張りをつけてもかまわない。」
「…。」
ヨリミツは少し俯いた。しかし、ユウトが直ぐに返事を返した。
「分かりました。僕がウスワイヤに連絡してみます。」
「ユウト!?分かってるでござるか?仮にも彼は!」
「ホウオウのマークに×を掘るなんて、所属しているのならできない行為です。僕は信じます。」
「…確かに…。」
そう話している間に、千郷は二人の応急手当までは完了させた。
「…協力、してもらえるかな?」
「…エダに頼んで、見張りをつけてもらうでござる。それでいいのならば。」
「勿論だよ!ありがとう!」
ユウトが連絡を取っている間に千郷はキリとキムナを背負いあげた。
少々重そうだが、こなれたものなのだろう。そのままグライダーを広げて飛び出した。
白いグライダーを見送りながら、ミサキも春美を改めて背負う。
そして、こちらはユウトとヨリミツと一緒にゆっくりと歩き出した。
メスを握る手に迷いはなく、正確な機械のように千郷は継ぎ接ぎを繰り返している。
見張るエダは何も言わないが、二人同時、それも人外の者の手術に手慣れた様子に驚いているだろう。
普通の医療技術では使わない呪術的なことでさえ、簡単なものとは彼は言うが、眼の前でやってのける。
(信用できる人間なら、うちにでも入れてやりてぇのに…。)
ひそかにそう思った。
その千郷も、普通の人間と心持ちは変わらないまま作業を行っていた。
妖怪と過ごした日々は、彼を妖怪と人間を分け隔てなく見る目を養っていた。
とはいえ、流石の千郷も覚えたての知識では不安を覚えていた。
自信を持ってメスを握れるのは、頭の中に響く『声』のおかげだろう。
『そう、そこよ。少しでもずれたら危ないから。』
(ありがとう。春美ちゃんは?)
『まだ眠ってるけど、異常はないわ。大丈夫。』
(ごめんね、君にばかり頼ってしまって。本当ならこの手術も、僕一人でやらなきゃいけないのに。)
『まだ初めてじゃないの。この位手伝って当然よ。』
(…君の『もう一つの力』の賜物だね。)
『何言ってるの。かくしてるけどこっちが本当の力なんだから。』
(…そりゃそうか。)
二人の手術は順調。もうすぐ完了する。
手を動かしながら、千郷は一つの心配ごとを気にしていた。
今回の騒動で、妖怪の力が如何なるものか実証された。
誰もいなければいいのだが、場所は東の平原。麓には森が茂る。
ホウオウグループの誰かが見ていない可能性はほとんどないであろう。
妖怪を生物兵器にする計画は、現実味を帯びるはずだ。
そして、もう一度春美が狙われる可能性がある。むしろ可能性は高い。
(この手術が終わり次第、アースセイバーにその計画のことを伝えよう。)
彼はそう思いながら、左腕を縫い合わせた糸を切った。
(守られている僕に、守る資格はないんだろうからね…。)
追記
春美、キリ、キムナは数時間後無事意識を取り戻す。
キムナは妖怪の縛りが解け、幹久朗に戻った。
千郷は手術終了直後、春美の狙われる可能性をヨリミツ、ユウト、エダに告げ、「何かあれば
天河探偵事務所にいる」といって一人で立ち去った。
3人の回復は順調。キリにいたっては左腕も早々に動く様になった。
尚、幹久朗に関しては後日
アキヒロの説教と始末書を食らったことは言うまでもない。
最終更新:2011年04月25日 20:45