とある巨木と仔犬の会話
壊れかけた木偶人形は
その糸を鋏でチョンと断ち
新たな糸に付け替えられて
久しくあんなに綺麗な満月を見た気がする。
冷たい風の吹き抜ける平原に、僕はまた独り佇んでいた。
自分の気がかりは思わぬ形で消え、唯一の友達はまた笑顔を見せてくれるようになった。
純粋にうれしい。
もっとも、どんなうれしさが「歪んだ」うれしさかは分からないけれど。
「
アカノミっ!」
静かな空間に突然、元気のある声が響いた。
そちらに意識をやると、面識のある少女がこちらに手を振っていた。
こちらも手を振ろうとしたけど、思うように動かない腕はほんの少し葉を揺らしただけだった。
「相変わらず無口だよね、あんたは。」
麓に座ってこちらによりかかりながら、彼女は言う。
普段は僕の言葉は友人にしか伝わらない。
でもお話しするのには不便だから、自分の根を彼女の腕に伸ばして絡ませた。
簡単なお話しならこれでできるって、友人に教わったからね。
『話せないんだ、植物みたいに。口も、喉も持たないから歌えないんだ。』
「分かってるよ。無理やり聞こうとしても、普通妖怪の能力は互いに干渉しあえないからね。」
冷たい風は相変わらず吹き続け、彼女の束ねられた黒い髪を揺らす。
頭に生える小さな耳はきっと冷たくなってるんだろうな。
「…それで?『欠けた東』とかいうのはまだ埋まらないわけ?」
『うん。それどころかずっと空気は乱れて、地を濡らすのは血ばかりで、小鳥も明るい歌を歌えない。』
「あの、そういうたとえやめて;余計分からなくなるから;」
苦笑いで彼女は言う。
しかたないよ。小鳥と霊の呟きで言葉を覚えるしかなかったのだから。
「ねぇ、アカノミ。あんた自身が『欠けた東』になろうとは思わないわけ?」
『な、何を言ってるの;僕になんて勤まらない!』
「何で?」
『僕は東の埋め合わせ。本物になんて成りえない。』
降り立ったのはたまたまだったかもしれないけれど。
僕は本当はここにいちゃいけない存在。
気がつけば麓で小鳥は命をかき消される。
僕の中に取り込まれる魂に、輪廻はない。
暗い闇を、分からないままに、謳いながら彷徨い続ける。
『恐怖の具現』が
『輪廻を消す者』が
人間のために『東』となり
守るために生きていくことは
許されない行為
『…ある意味、僕が『巨木』として語られたのは正解だったかもしれない。』
「え?」
『根を下ろした場所から決して動けない。動けなくて当たり前で、動けなくて当然なんだ。』
冷たい風が、僕の葉を数枚攫って行った。
『動いてはいけない存在なんだから…。』
「…やっぱり分かんないよ。」
彼女は立ち上がる。
「動かないと分からないこともたくさんあるんだから。お友達もたくさん増えるし。」
『気持ちは嬉しいけど、僕はこのまま気ままに生きていればいいや。』
それで主のためになるなら、と小さな声でつけたして、僕は黙った。
「…あたし帰るね、そろそろ。」
そう言われたから、腕を絡めとっていた根を外した。
「明日も来るから。言ってること分かんないけど、最近元気ないみたいだったし、心配だからさ。」
じゃ、また明日と笑顔で手を振り、彼女は去って行った。
見なれた平原の風景。
遠くの跡地でときどき起こる砂埃や爆発も、日常の風景の一つ。
ここから見える世界だけが、僕の世界の全て。
その根を動かし、もっと広い世界をと求める心は
僕になくて、必要もない心の一つだった――。
最終更新:2011年04月29日 19:30