トオルカトオラヌカ
「…それでは主、行ってくるのでありマス。夕刻までにはかえるので。」
「気をつけてね。できるだけ早めに帰ってきてね。」
春美に見送られながらキリはアースセイバーから出て行った。
それをたまたま見かけた
ユウト。
春美に駆け寄り、肩をたたいた。
「…ああ、ユウトさん。お怪我はもう大丈夫なんですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ。それより、今日はキリさんと別行動なんだね?」
「はい。用事を片して来るようにお願いしたので。帰ってくるまで、私はここにいるつもりですから。」
「…ねぇ、少し前から気になっていたんだけど。」
ユウトは覗き込むようにして春美を見た。
「キリさんって、一体何者なの?いや、妖怪だとか、そう言うのは分かるんだけど…。」
先日のキムナの件で、ユウトは初めてキリの強さを見ている。
『人を襲うこと』を専売特許とするのが妖怪なのだが、『戦うこと』に長けるわけではない。
その割にキリは戦闘に慣れていた。
特訓どうこうではなく「素質」的な意味で。
「素質」は「素性」に関わる。訊くのはご法度だとは思うが、これから関わることが多くなるであろうその以上、訊けることは訊くべきだと思ったからだ。
「キリ君が何者、ですか…。」
少し迷ったように春美は呟いた。ユウトは慌てて両手を振る。
「いや、話しづらいんだったらいいよ。興味だけだったし…。」
「…いえ、大丈夫です。」
「…「百物語」は、日に日に姿を変えます。」
からんと下駄を鳴らし、春美は歩き出した。
「姿を変える?」
「江戸時代の方々が、携帯にまつわる「百物語」なんて思いつくわけがありませんよね?」
「確かに…。」
「時代の流れとともに恐怖も姿を変える。妖怪たちも、それにそった過去と素性を持ってくるんです。」
規則正しいからんころんといった音は、細い廊下に響き渡り、一室の前で止まった。
たまたま開いていた休憩室だ。別に用事があるわけではないが、立ち話より座る方がましであろう。
ベンチに腰をおろし、春美は話を続けた。
「生まれが妖怪である者も勿論います。
幹久朗さんがそうですね。でも、時代が流れるとともに『人間が死んで妖怪に変わる』話も増えてきたんです。」
「…ということは…。」
ユウトが話を察した。頷いて、春美は言った。
「キリ君もその一人です。生前は兵士でした。それも、大きな戦争の真っただ中の。」
キリ――落葉松 樹理は家族の記憶を、幼い時を最後に全く持っていない。
少年の時疎開して家族と離れ離れになった後、被爆して家族を全員失くしたからだ。
身寄りのない彼は親戚の家を転々としていた。
そしてまだ大人ともいえない青年に、出兵の命は下されたのだ。
家族の記憶。
それはあまりに幼いうちに失われ、かき消されようとしていた。
全てを焼き尽くされた彼に残された「家族」は、
優しかった母が使っていた、古びた裁縫鋏だけだった。
彼は叫んだ。無情すぎる世を。
彼は恨んだ。泣きながらも向けねばならないその銃口を。
そして彼は鉛玉一つで、あまりに悲しい人生を閉じた。
何も感じない暗闇の中を、彼は彷徨っていた。
いや、彷徨っていたというよりは、その場にうずくまっていたと言うべきであろう。
体も、心も、魂も失った「存在」は、神ともいえようその確率で、新たな「存在」に形を変えていた。
それは既に彼も知っていることだった。
しかし、そこにあるのは「存在」だけ。
体も、心も、魂もない。
黙認される「存在」だけが、輪廻から外されて
闇の中を堕ちるでもなく、浮かぶでもなく、ただそこにいた。
無音。無視界。呼吸もなく、温度も感じない。
生きたいという気力を失った彼が知る「存在」は、
死んだときにきていた軍服に忍ばせていた母の鋏だけだった。
転機が訪れたのはいつだったか覚えていない。
時間の感覚がないのだから、当たり前である。
暗い闇に、突然光が差し込んだのを「彼」は知ったのである。
細く伸びる光は、闇に閉ざされた彼にとっては十分まぶしいものだった。
久しい光に眼を覆いながらも、求めるように手を伸ばした。
「存在」だけだった彼に、体が、心が、魂が作り出される。
手を伸ばし、伸ばし、伸ばし、彼は変わり果てた世界に降り立った。
片手に母の「鋏」を握りしめたまま――。
「私たちの陰陽道で重要視される『鬼門』は、確かに妖怪の世界とつながってます。でも、そこに妖怪がいるわけではありません。」
春美は続ける。ユウトは黙って、その話を聞いていた。
「鬼門の奥にあるのは妖怪の「存在」。語られるけど実態がない妖怪たちなんです。妖怪が実体をもつのは鬼門を通った後の話。」
「つまり、キリさんも同じ流れで…。」
「そうですね。」
「つまり厳密にいえば、私の「百物語」は前置きを置いて語ることで「指定の妖怪を鬼門から出してあげ、その妖怪の力を管理する」能力のようなのです。」
「成程…。」
「とはいえ、語られる妖怪の素性が様々なのは変わりません。」
春美はユウトの方を向いた。
「キリ君には、話したこと内緒にしておいてください。彼の強さは裏返せば辛い「生前」。できるだけ彼には思い出させたくないんです。」
「分かった。ごめんね、僕がきいたばかりに…。」
「…いいんです。」
春美は小さく手を振った。
『…主、聞こえるでありマスか?』
頭の中に声が響いた。春美が顔をあげ、返答する。
「聞こえるよ、キリ君。どうしたの?」
『やはりこちらに主が来なければいけないようでありマス。』
「
アカノミ…やっぱり調子が悪いの?」
『最近上の空だと幹久朗から聞いたのでありマス。どうにも小生だけでは何にもならないようでありマスので。』
「分かった。直ぐにそっちに向かうよ。」
『了解したのでありマス。』
「ユウトさん、ついてきてもらえませんか?一人では不安ですので…。」
春美が少し申し訳なさそうに頼む。
言われなくともついていくつもりだ。
こんな小さな子を一人で出すわけにいかないというのもあるが、
それ以上に彼は、先日の『薬師寺院 千郷』の言葉が気にかかっていた。
『春美ちゃんが
ホウオウグループに狙われている可能性があります。彼女の仲間を生物兵器として利用する計画が進行し、一度彼女はホウオウにとらえられています。気をつけてください。』
元ホウオウグループの言葉だ。信用できるかできないかで両極端だが、どのみち春美を一人にさせておくのは心配だった。
「勿論いいよ。はやいほうがいいだろうから、今から行く?」
「はい!ありがとうございます!」
悲しみの失意にいた兵士は
稀有な運命を巡り巡り
新たな姿を手に入れて
この世界に降り立った
過去の戒めと温かさをもつ
形見をその背に背負い
踏み出す先にいるのは
101番目の――…
最終更新:2011年04月30日 20:48