『愛狂いしボク』
「全く…目を離すとこれですね。何故あんな男に惚れ込んだのやら…」
とある一室の前で、
ホウオウグループ開発部ゼアは溜め息を漏らし、部屋の中を見る。
簡素な内装の中、V系バンドのポスターやそれに似通った外見のコンポ、その近くに散らばっているCDとバンドグッズが異様に浮いていた。
だがそれ以上に違和感を感じるのは、所々にある乾いた血溜まり。
その血溜まりがある理由を知るゼアは思わず眉を潜め、この部屋の主が時折浮かばせる狂喜の笑みを思い出した。
その頃別の場所では、ホウオウグループのエンブレムを模したヘアピンをつけた少女―――
マキナがジングウ様と呼んだ、メイド服を着た包帯の男の元へと駆け寄っていた。
「おや、また来たんですか」
「ジングウ様が大好きだからね」
「…それ、何回目でしょうねぇ」
呆れるジングウ。
対してマキナは笑顔を浮かばせていた。
「で?また私に求愛しに来たんですか?」
「それもあるけどー、りーちゃんにお菓子持ってきた」
と言って、マキナは手に持っていたお菓子の入った袋を掲げる。
「おやおや、それは口実のつもりでですか?」
「ジングウ様はどっちだと思う?」
「……口実?」
「そっかー。でもそれとは別だよ?」
「そうですか」
淡々と答えるジングウ。
だがマキナの表情は変わらず、笑顔のままだった。
「ところで何してるの?」
「見ての通り、暇をもて余してます」
「じゃあボクと―――」
「デートしようという事ならお断りですよ」
「やっぱり?」
「暇と言っても、私には貴方に付き合う時間がある訳じゃありませんからね」
「それでもボクは構わないよ。ジングウ様に会えるだけでも十分だし」
「なら誘わなくてもいいでしょう」
「ふふふ」
「あ、マキナさん」
「サヨリさん、こんにちは」
「昨日も来てましたよね?本当にジングウさんの事好きなんですね」
「当たり前だよ」
満面の笑みで答えるマキナを尻目に、ジングウが小さく溜息を漏らす。
「サヨリさん、これりーちゃんに」
「あら、ありがとうございます。りーちゃん喜びますよ」
マキナがサヨリにお菓子を渡そうとしたその時、マキナの手からお菓子が落ちる。
それを慌て拾おうとしたサヨリは、マキナの異変に気付く。
「? マキナさ… ッ!?」
ジングウが咄嗟にサヨリの服の襟を掴み、そこから退かせる。
と同時にマキナがハンマーを降り下ろし、地面にヒビが入った。
「ジングウさん…これって…」
「間違いなく『ジェノサイド』ですね」
マキナの能力―――ジェノサイド(狂気化)。
精神を狂気に染める事で、恐怖や苦痛から解放され、力を一気に引き上げる。
強力ではあるが、敵味方の判別がつかない上に、自身の欲望を満たすまでは殺害行為をやめないと、リスクはとても高い。
しかも意思とは関係なく、今の様に勝手に覚醒する事もある。
「あひヒハは、…血飛沫飛ばしてよぉッ!!」
さっきまで浮かばせていた年相応の少女らしい笑みは、狂気に歪んだそれへ変貌し、言葉使いには残虐さが感じられた。
「あひひヒハはははッ!!」
呂律が回ってないかの様な笑い声を上げながら、マキナはハンマーを振り回す。
それを避ける二人。
実際、これまでに覚醒した事は何度かあったが、二人が目にしたのはこれが初めてだった。
「ジングウさん!どうすれば…」
「…仕方ありませんね」
息をついたジングウは次の攻撃を避けた後、マキナの首を掴み、壁に叩き付けた。
「ちょ、ジングウさん!?」
「この方法しか無いんですよ」
「だからって!」
驚愕するサヨリを尻目に、ジングウは暴れるマキナを見つめながら、手に少し力を入れて言った。
「マキナさん…私の事が好きなんですよね?」
「アハはは!大好き!大好き!!」
―――まるで、愛に狂ってる様ですねえ。
そんな事を思いながら、ジングウは続ける。
「じゃあ、私を殺したりしませんよね?」
「…しな…いよ」
「そうですか。なら早く正気に戻って下さい」
「……う」
マキナの手からハンマーが落ちる。
それを見たジングウは、首を掴んでいた手を離し、マキナを降ろした。
「マキナさん!大丈夫ですか!?」
「…うん、ごめんね」
「今日はもう部屋に戻って、休んだ方がいいと思いますよ」
「分かった。じゃあまた明日来るね」
「…御勝手に」
ジングウがその場から離れた後、サヨリは小声ながらも強く言った。
「ジングウさん…いくらなんでも、あんな風に止めるなんて酷すぎます」
「いいよ別に」
「え、でも…」
「寧ろ……」
マキナは笑みを浮かばせる。
それを見たサヨリは身震いしそうになった。
「ジングウ様なら、殺されても構わない」
そう言うマキナの笑みには、愛に魅入られた様な狂気が混ざっていた。
最終更新:2011年05月24日 03:30