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玄武、短絡的に

「あれ、ゲンブ? 珍しいっすね」
「たまには顔を出して置かんとな」

水波 ゲンブがアースセイバーに足を踏み入れた時、その姿を最初に認めて声をかけたのは、ロビーをうろついていたシノだった。片手に何やら書類の様なものを持っている。

「それは何だ? 急ぎの案件か?」
「前にシスイが片付けた、ジングウのウイルスの報告書っす。片付けてるとこっすよ」
「ああ、あれか……」

シノが言っているウイルスというのは、以前ジングウが使用して騒動を起こした、「進化誘発ウイルス」のことである。これに感染した人間は、組織が遺伝子レベルで変異し、怪物化してしまう。これに深く関わり、解決の一翼を担ったのが、同じくアースセイバーである都シスイなのである。
そして、その解決に寄与したのは、シスイだけではない。

「と……そーいえばゲンブ」
「ん?」
「赤いお姫様の調子はどうっすか?」
「……………………???」

一瞬、シノが何を言ったのかさっぱりわからなかった。誰の事を言っているのか、全く掴めない。
すると、向こうの方からその答えが来た。

「スザクっすよ、火波 スザク。ゲンブ預かりっすよね?」
「……おぉ! そうか、あまりにあいつと『お姫様』というのが似合わんので思いつかなかった」

そりゃちょっと酷いっすよ、と苦笑するシノ。しかしゲンブの知る限り、スザクという少女は、どう贔屓目に見ても『お姫様』という形容が似合うような少女では断じてない。強い意志と力を秘めたあの姿は、言うなれば「騎士」、あるいは「戦士」。

(少なくとも、守られてばかりの存在ではないな)

そしてそれは、スザクを知る者の共通認識でもある。
それに「お姫様」というなら、どちらかというとアオイの方がしっくり来るだろう。
つらつら考えながら、ゲンブは問いへの答えを返す。

「好調だな。少なくとも、問題らしい問題はない」
「そりゃ重畳。問題も起こしてないみたいっすし、ひとまず安心っすね」
「………ああ」

スザクの恋愛事情がそのまま「問題」であることは、この際黙っておく。その方がいい、誰のためにも。

(それにしても、あれは失敗だったな……)

思い返すのは、それに絡んだ先日の大失敗。





―――時間を遡る。
スザクとトキコの恋愛。ゲンブはアースセイバーの一員として、ここに目をつけた。
そして、ストラウル跡地にいつものごとくスザクを呼び出し、その「提案」を告げた。

「……………」

聞いた彼女は、しばしの間沈黙した。やって来た時からどうも上機嫌だった彼女だが(後になってわかったことだが、トキコから後日出掛ける誘いを受けていたらしい)、提案を聞いた瞬間一瞬で表情が消えた。
そして、

「……ゲンブ。つまり、こういうことか」


「今の僕らの関係を利用して、トキコからグループの情報を引き出して伝えろ、と?」


「そうだ。ホウオウグループが何を企んでいるのか、実際のところはわからん。だが、例え末端でも、何らかの情報を引き出せればそれは益となる」
「………」

答えない彼女が何を思っていたのか、この時のゲンブは知る由もない。それでもここまでなら、返事を受けて済んだだろう。

ただ一つの失敗は、口が滑って言ってはならないことを言ってしまったこと。

「そもそも、俺はトキコが信用ならん。お前やマナの干渉で多少は変わったようだが、所詮はホウオウグループだ。出来ることならば、今の内に排除しておきたいが……その前に少しでも情ほ」

言いかけた言葉を、切った。否、切らされた。
咄嗟に飛びのいた、その首のあった場所を、正確に、赤い幻龍剣が薙いでいた。

「ッ、何をする!」
「黙れッ!!」

赫怒の叫びと共に、再び幻龍剣が一閃する。明確な殺意と、敵愾心を以って。

「僕に……僕に、トキコを裏切れって言うのか!! あいつに嘘をつけって言うのかッ!?」
「く、今更何を……奴が敵である事は、お前も承知の上だろうが!! その上で、お前は今の関係を選んだのだろうが!?」

次の一撃を警棒で受け止めて弾き、怒鳴る。が、スザクの怒りはなおもヒートアップする。

「違う! 敵だってことはその通りさ……けどな、僕は何があろうとトキコを裏切らない、嘘をつかない! そう決めたんだ!!」

一方のスザクにしてみれば、ゲンブの提案はまさに論外、到底受け入れられないものだった。
確かにトキコは敵だ。いずれは互いの全てをかけて、戦う時が来る。
―――だが、それは彼女に嘘をついて、裏切っていい理由には絶対にならない。ましてや、彼女がスザクを見る眼には、確かに信頼があった。よしんばそれが錯覚であったとしても、スザクはもう心を決めていた。
誰が何と言おうと、トキコのその眼を裏切るような真似は、絶対にすまいと。





「あいつが何を思って、どう変わったのか……何も見ていないお前が、偉そうな口を聞くなァァァッ!!!」
「ぐ、はッ!?」

剣戟の隙をついて繰り出した左の正拳をまともに喰らい、ゲンブがたたらを踏んで後退する。

「僕の監視役だからって調子に乗るなよ……アースセイバーへの戦闘協力、打ち切ってもいいんだぞ!?」
「俺の台詞だ、スザク……いいか、今までトキコが何をして来たか、知らんわけはあるまい!? その手で何人殺めたか、何人傷つけたか、お前が知らんはずはないだろうが!!」
「知ってるよ!! それは許さないし、許すつもりもない。だけど、それを理由に裏切れっていうのは傲慢だろ!!」
「いい加減にしろ!! 俺達が何のために在るのか、忘れたようだな……ならば、強引にでも従ってもらうぞ!!」

異様なまでに湧きあがる苛立ちをそのまま言葉に乗せ、地を蹴ろうとしたゲンブの、



「―――――何を、してらっしゃいますの?」


その背に、氷のような声がかかった。
思わず動きを止めた二人、ゲンブの背後から、スザクの見る先から、一人の少女が歩いて来る。
白い髪、蒼い瞳、スザクそっくりな顔立ちといかせのごれ高校の女子制服。
火波 アオイが、そこにいた。

「アオイ……どうしてここに?」
「誰かが囁きましたの。ここで姉様とゲンブさんがトラブルを起こしている、と」

なぜかはわからないが、スザクにはその「誰か」が誰なのか、予想が付いた。

「さておき……ゲンブさん?」

言われた当人は、それこそ凍りついたように動けない。

「姉様の信頼……一度ならず、二度までも裏切りますの?」

顔は見えないが、対面に立つスザクには見えた。能面のような無表情の裏に、冷厳と揺らめく青白い炎を隠した、アオイの姿が。

「トキコさんと姉様の関係……確かあなたは、もう御承知のはずでしたわね? それなのに、何故今、そんな馬鹿なことを仰いますの?」

ゲンブは、答えられない。氷の檻に閉じ込められたような戦慄が、彼を襲っていた。

「マナさんも、ランカさんも、無論わたくしも、承知の上ですわ。姉様がその想いに、何を誓ったのかも。……それなのに、あなただけは、そんな道理の通らないことを仰いますのね」

スザクとアオイの怒り方は、違う。感情がそのまま表に出るスザクと違い、アオイは言うなれば、相手を凍らせるような静かな怒りを、宿す。そう、今のように。
その手にゆっくりと、蒼い幻龍剣が伸びる。

「でしたら、仕方がありません。姉様の幸せを邪魔する愚か者には、ここで退場して頂きますわ」

今度こそ、紛れもない恐怖に魂を鷲掴みにされる。だが、身体は硬直したまま動かない。

「後のことはご心配なく。お仲間の皆さまには、ヴァイスという男に殺されたと、恙無く伝えておきますわ」

薄い笑みを浮かべ、アオイは迫る。最愛の姉の幸せを脅かす者に、混じりけのない、純粋な殺意と共に。

「それでは、さようなら」

そして、立ちつくすスザクの前で、全く動けなかったゲンブの背後から、その刃を無造作に一閃させる


直前。


「アオイ。それは、ダメ」

その腕を、掴む者があった。





黒い長髪に、小柄な体。小脇にハードカバーの絵本を持った、その少女の名は、

「マナ!?」
「マナ、さん?」

夜波 マナ、と言った。一回り背の高いアオイに合わせ、能力を使ったのか宙に浮いて、その手を掴んでいる。

「あなたがスザクのことをどれだけ愛しているかは、みんな知ってる。だけど、これは明らかにやり過ぎ」
「で、ですけど……」
「ですけど、じゃない。どんな理由があっても、人を殺めていい理由にはならない」
「う……」

頭から水をかけられて冷静さを取り戻したのか、所在なげにアオイが縮こまる。それを見つつ、マナは地面に降りるとゲンブに厳しい目線を向ける。

「それとゲンブ。今更何を言ってるの」
「今更も何も、俺達はホウオウグループを倒すために」
「違う。アースセイバー本来の存在意義は、秩序を守ること。ホウオウグループと戦うのは、比重はどうあれ、あくまでもその一手段にすぎない。組織の存在意義を見失っているのは、あなたの方」

容赦も遠慮もなく、マナは使命を忘れた男を糾弾する。

「まあ、いい。あなたが無茶苦茶を言い出した理由には心当たりがある」
『え?』
「後は私がやっておく。スザク、アオイ、あなた達は先に帰って。そしてゲンブ」

恐る恐る振り向いたゲンブは、そこに、


「あなたは、私と一緒に来てもらう。――――ランカ、完全に『怒髪が天衝く』状態だったから」


とてもいい笑顔を浮かべる、マナの姿を見た。




(我ながら馬鹿を言ったものだ……なぜあんな発想に至った)

今から考えてもわけがわからない。スザクとトキコに関しては既に黙認、というか半ば諦めていたはずだ。しかし事実として、スザクにトキコを利用するよう提言して、結果として恐ろしい目にあった。
あの後マナに連行されて白波家に出向いたゲンブを待っていたのは、


『大さんのぉぉぉ……ッ、大バカぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッッ!!!』


そんな怒声に始まる、総計4時間にも及ぶランカの説教だった。しかもマナまで一緒になり、怒りをままぶつけて来るランカの横で、時折理路整然と、冷徹に補足をして来た。

(あれは拷問だった……)

実を言うと、ゲンブ達の中で一番ヒエラルキーが高いのはランカだったりする。彼女を怒らせると、聞いた者がトラウマになるほどに「効く」説教が待っているのである。もっとも、ここまで怒鳴るのはめったにないが。ゲンブ達以外だと、過去に一度聖とクロイがその洗礼を浴びている。

聖に関してはいわずものがなだが、クロイの場合は割と前の話だ。とある一件において、ルナー絡みで判断力を失って無謀な行動に出かけた彼を、当時まだウスワイヤにいたランカが見咎めたのだ。それから後は……言うまでもない。

『あれは効きました………けど、おかげで目の前が開けましたよ』

とは、事件後の本人の言だ。

(とはいえ、何故)
「あのー、ゲンブ? どうかしたんすか?」

シノに呼びかけられて、ゲンブはハッ、と現実に帰って来た。目の前で怪訝な顔をしているシノに向け、取りつくろうように言う。

「いや、何でもない。少し、考え事をしていた」
「そっすか……まあ、無理はしないほうがいいっすよ」

それだけいうと、シノは書類を持って別の部屋へ消えた。残ったゲンブは、息を一つついて踵を返す。

(しばらくは、また名誉挽回のために働かねば、な……)

心中でため息をつくゲンブは、自身を無謀な行動に走らせた原因を知らない。



玄武、短絡的に

(彼は知らない)
(自分の行動が、言葉が)
(誰かの筋書きの上にあったと)




「…………」

別の場所。ハードカバーの本を抱きしめ、マナは虚空をにらむ。

「……逃がさない」

視線の先に捉えるは、雑踏に紛れる道化師。

「……絶対に、逃がさない」

呟きは誰にも届かず、不意に吹き抜けた風にかき消された。
そして、風が止んだ時、そこにマナの姿はもはやなかった。

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最終更新:2011年06月05日 00:17