やはり名前があると便利なので一応キャラ設定をば
カエラ:デコローグ♀。第一人称の主。名前はマイギルドのローグより引用。
姉御:黒髪サムライ♀。デコログの師匠?
アルフレッド:メガネヒーラー♂。デコログの『彼』。名前はマイギルドのヒーラーより引用。
空気。出てこない。
行住坐臥。
『行』は歩くこと。
『住』は立ち止まること。
『座』は座ること。
『臥』は寝ること。
つまり『行住坐臥』とは人間が取りうる全ての体勢、状態を表した言葉である。
ふむ。
で、この読み方さえ間違えそうな四字熟語がローグの強化スキル、
サムライ同行時に攻撃力を極端に上昇させる最高クラスのパッシブの名前となっている、と。
そのこころは?
――いついかなる時でも主の傍らに控え、その力を揮う忍の心構え。
と、いうことだろうか。
…
……
………無理!
あたしはカエラ。十七歳で、見習いだけど一応ローグをさせてもらっている。
現在はとあるギルドにお世話になって絶賛修行中。
稽古をつけてくれているのがそのギルドの古参サムライ、『姉御』だ。
古参といってもギルド自体が新しいもんでまだ二十四歳だけど、まあおっかない人だ。修行中は特に。
で、これを言っちゃうのは恥ずかしいので一度しか言わないけどあたしは姉御をそれなりに尊敬している。
というか一生ついていこうと思っている。
付き合い方をを覚えてきて軽口を叩けるようになった今では絶対本人の前では言わないけど。
ここで話は行住坐臥に戻るが、
そんなあたしでも四六時中姉御にべったりくっついているなんて無理だ。
お互い息苦しくってしょうがないだろうし、あたしには世界で一番目か二番目に大好きな彼もいる。
何よりそんなことしたらひかれるのがオチだろう。
おおよそ少しでもATフィールドを持った人間には不可能な訳で、行住坐臥の解釈には別の案を持ってこなけりゃダメだ。
……とはいえ、別の解釈なんて思いつかないし、大筋の解釈はこれで合ってると思うんだよなあ。
現在ローグの修行は四週間目、現在のステップは『行住坐臥編』。
いくら攻撃力の底上げが魅力的でも、別のスキルを優先するべきだったかなあ……
「それはそうと寒いです、姉御」
「我慢しろ、この程度で寒いなどと言ってたら、っくしゅん」
「……」
「………寒いな」
「寒いです」
アイゼンの近くに、ヒヨロン神水洞と呼ばれる水のおいしい聖地がある。
普段人のいないそこの地下一階、水音の響く洞窟をあたし達は歩いていた。
「泉は……もうちょっと先だな」
「ねえ姉御、やっぱり四人で来たほうが良かったんじゃないかなぁ?
経験値にはレベル補正がかかるし、少人数のレベル上げはあんまり合理的じゃないんじゃ……」
「むう……それはそうだが実際他に暇なのがいないんだから仕方ないだろう」
「そりゃそうですけどね……」
ちなみにギルマスはカザンで政府から仕事をもらおうと交渉を重ね、他のギルメン四人は
現在ゴウガ竹林でフロワロ掃いに勤しんでいる。
残って暇になったあたし達はフロワロが無くなってかつ比較的雑魚敵の強いここにレベル上げに来たというわけだ。
「それにだな、私もお前も少しレベルを底上げして皆の足を引っ張らないようにいいだろう」
「ふぇ?姉御もですか?姉御は現段階で十分戦力じゃないですか」
「………そう思うか?」
姉御の横顔が若干苦しげに歪む。
苦々しげな困り顔と乾いた笑いを足して割ったような表情になった姉御はぐぬぬ、と唸りながら言葉を続けた。
「お前……私が戦っているとき、ファイターとメイジがどう思っているように見える?」
「えっと……頼りにしてるんじゃないですかね、姉御は安心して戦い方を任せておけるって言ってたし」
「それは本音じゃない……本音じゃないんだ」
「そうなんですか?」
あたしは何だか意外な感じがして姉御の顔を見た。
幼馴染トリオである姉御、リーダー、ギルマスはお互いを親友と認めていて、わだかまりなんて無いように見えたのに。
やっぱり本人達にしか分からない確執や葛藤があるもんなんだろうか。
「あいつらはな、本当は………本当は……………私に斬馬を取って欲しいと思っているんだ!」
「はえ?」
「確かにな、斬馬は強い!使いやすくて強い!無手のようにカウンターで待ちぼうけを喰らうこともないし、
居合のように腕が未熟なせいでイマイチな戦果になるなることも無い!なによりシンプルに火力が高くて
戦略上も用兵しやすいだろうさ!だがな!だが……だがな………」
竜頭蛇尾そして青菜に塩。
勢い込んで話しはじめた姉御はそこまで行くとしゅんとしょげ返って俯いてしまう。
「あ、いやでも仕方ないんじゃないかなー?ほら戦い方はその人にとっての重要なアイデンティティだし……」
「ファイターは本当は斧を使いたいけどパーティのために剣を取ってる」
「う」
「メイジは炎一直線で取りたいのに仕方なく無属性を取ってる」
「いやあれは適当なところで止めないと本当に役に立ちませんから」
「それなのに私だけ好きなようにスキルを取ってて、あいつらはそれに文句も言わず……」
あ、そういうことですか。
うーん……これは本人の気持ちの問題だからなあ……
「あーじゃこーゆーのはどうですか。今は無手と居合をやらせてもらって、極めたと満足できるまでになったら
振りなおしで斬馬を取るってのは」
「うん……そうだな……それがいいかな……」
ひとまず話が落ち着き、姉御の気分も浮上してきたようだ。
話題は前向きなサムライ談義へと自然に移り変わっていった。
「だがまあ実際私は未熟もいいとこだ、例えば……燕返しという技を知っているか?」
「名前だけは聞いたような。連続で斬る技でしたっけ?」
「間違ってはいないが語弊があるな。正確には上段の構えから斬り下ろすと同時に刃を反転させて斬り上げる
高等スキルだ。刃の軌跡がツバメという鳥の急降下から瞬時に急上昇にスイッチする飛び方に似ている
ことからこの名がついたと聞いたな」
「はあ」
「最高の一撃にかけるサムライの戦い方において一撃が二撃、二撃が一撃という極めて強力な技なんだが……
かなりの熟達者になると斬り上げた後更に斬り下ろす、一動作で三撃という境地に達することが出来る」
「一動作で三撃って……サムライの技はただでさえ一動作が速いのに」
「しかも三撃が三撃とも必殺の一撃だ。……しかしまあ、ここまでは私でも修行すれば出来るだろうと思っていた」
「ここまで……てーとまさか」
「双つ燕…………瞬間で四回だと……?先が見えんぞ……」
「はえー……」
取りとめも無くしゃべりながらあたし達は目的地の泉へと近付いていく。
……正直このときのあたしはモンスターのうろつくダンジョンというものを舐めきっていて、ハントマンと呼ばれる者は
何の脈絡も無く突然命懸けの戦いに、ましてやもっと緊迫した戦いに放り込まれることがあるなんてことは想像してもいなかった。
「ちょっと、待て」
「はい?」
薄暗い洞窟の途中、かすかに日の光が差した場所で姉御が不意に立ち止まった。
警戒態勢に入り、辺りを探るように見回す姉御にあたしも周囲の状況に注意を払う。
「なんですか、なんか来ました?」
「分からん。分からんがそろそろ魔物が襲ってきてもいいはずなのに何も来ない、
それなのにどこからか悪意というか……狙われているような気がする」
この人が言うなら大体確かだ、全神経を集中して暗がりの先の気配を探る。
わずかな水音。空気の流れ。動くものの気配は感じられない。
「ねえ姉………」
「―――っ!」
振り向いた先には、こちらを見て思い切り息を呑む姉御の姿があった。
「!?」
慌ててもう一度背後を見やる。
……何もいない。
あたしは困惑しながら姉御の顔をうかがう。
「あの……」
「……カエラ、こっちへ来い」
「え?」
「早く、こっちへ、来い」
そう言いながら姉御はじりじりと後ずさっていく。
「はい……あ、そこ水溜りですよ?」
「分かった、分かったから、早く、できるだけ静かに、その場所を離れて、こっちへ、来い……!」
げっ―――!!
あたしは言われたとおり、そっと姉御のほうへ歩き出した。
抜き足、差し足、後ろを振り返る勇気なんて無い。
あたしが歩みを進めるごとに、姉御の表情が切羽詰っていく。と、次の瞬間、姉御が舌打ちしながら無手の構えで突っ込んできた!
「チッ―――!」
「うひゃあ!?」
右手であたしを引き倒すと同時に左手で触手を払う―――そうだ、敵はローパーだった。
武器を引き抜きながら何とか体勢を立て直し、もう一度自分がいたところに視線を投げる。
そこには岩に擬態した殻から触手を伸ばし、めくらめっぽう振り回して姉御を捕らえようとするローパー達がいた。
あたしは構えを取りながら奴らの数を確認する。
それにしても見事な擬態だった。加えて敵は暗い方からやってくるという思い込みから、あたし達は敵の先制を許してしまったのだ。
「姉御!」
敵の数が戦えるレベルであることを確認したあたしは苦戦する姉御の加勢に入る。
「……っのやろ……!」
だけど、冷静に考えれば軟体生物に接近戦というのは若干不利な判断だったかもしれない。
文字通り切れ目の無い攻撃に押され、あたし達は次第に防戦一方になっていく。
「くっ!いったん下がるぞ!合図したら同時に離れろ!」
「了解!」
「いち、にの、さんっ!」
一瞬出遅れたけど、半歩で追いつき姉御に並ぶ。
次の一歩で触手の追撃からスレスレ逃れ、
更に次の一歩で部屋の出口に至り、
最後の一歩でジャンプすると同時に姉御が視界から消える!
……
「はわたッ!?」
「ちょっ!水溜りあるって言ったじゃないですかああぁっ!!」
慌てて急ブレーキをかけるあたしのもとへ、カンカラと姉御のカタナがすっ飛んでくる。
あたしが水溜りと呼んだそれは、足がはまるほど大きな窪みに水が溜まったものだった。
「う」
派手にすっ転んだ姉御がものすごく嫌そうな顔をする。
その足首に巻きついた毒々しい色彩の触手が、次の瞬間姉御を力任せに引きずり戻した。
「―――ッ!ちいぃっ!!」
「姉御っ!!」
「来るな!――カエラ、後ろっ!」
引きずられる勢いにのせてローパーに蹴りを入れながら姉御が叫ぶ。
反射的に後ろから来たスカイフィッシュのかみつきをかわし、カウンター気味に短剣を突き立てる。
小型の魔物とはいえそれなりの重量があるスカイフィッシュが地面に落ちて息絶えるのを確認してから、
姉御のほうの状況をうかがう。
「この……いい加減にしろ………っ!!」
右腕を吊り上げられ、半ば身体の自由を奪われながらも姉御は必死にもがいていた。
どうする?
下手に動いて二の舞を踏むのは避けたい。
だけど放っておいて姉御の身に何かあったら元も子も無いし……
そんなことを考えている間に姉御に巻きつく職種は増え、ついにそのうちの一本が首にかかった。
「!?ちょっ、待っ……」
姉御の口から切羽詰った言葉が漏れる。
ええい、もう迷ってる暇は無い!一か八か、最大速度で切り込む!
すう……
覚悟完了。さあ、行くよ!!
…
……
………そして。
「きゃんっ」
時が止まった。
「……え?」
思わず耳を簡単に掃除し、ついでに何度か手のひらを押し付けて離す。
えーと。耳に異常は無いようだ。
「あの……姉御?」
「あ、いや今のは……ひゃうっ!こら、変なところを触るな!!この馬鹿……」
なんて展開だろうか。
姉御は不自由な体勢のまま、先程とは違う意味で悶え、触手に抵抗し始めた。
「わ、だから、変なところに……ひんっ!ちょ、こら、くすぐった………」
その光景を見ていたあたしの脳裏に、ふと一つの単語が浮かび上がってきた。
「これって……触手プ」
「それ以上言ったら殺してやる!」
「いやだって、触」
「言ったら今すぐ殺してやる!!」
「いやでも、し」
「言ったら今すぐこの場所で、物理法則を捻じ曲げてでも殺してやるう!!!ってか絶交だ!今この時点でお前とは絶交だー!!」
「落ち着いてくださいって……。……なんか危険もなさそうだし、このままほっといてもいいかなー、なんて」
「冗談でもやめろ!ってか馬鹿なことを言ってる暇があったら助けろ!」
やれやれ。いっぺんに緊張が解けた。
さて、どうしようか。ヘタに近付くと二の舞なのは変わらないし……
ま、何とかなるか。命の危険さえなければどうだってなるもんね。
よし、まずは――
ギャオオオオオオオオオオォォォォォォォォォン………
――なんで?
あたしの脳裏に最初に浮かんだ言葉はそれだった。
なんであの声がするの?
ここにはもうフロワロが無いのに、どうして――
空気が変わる。
洞窟の奥から圧倒的な存在感が近付いてくる。
ダンジョンを舐めきったツケが今この場にまとめて帰ってくる。
ぞわり、と氷のような感覚があたしの骨の髄をわしづかみにした。
もしかしてあたしは、取り返しのつかないミスを――
「あ……あ……」
そして、同時に。
もう一つの凶悪な脅威がその本性をあらわにする。
「――あ、きゃ………!?」
「っ!?」
姉御の声音が真剣に焦ったものに変わる。
「な……待て、こら!こいつ……本気で……!?まさか、こいつら………!」
「姉「来るな!」
切羽詰った本気の一喝に思わず助けに行こうとした足が止まる。
「来るな!前を向け!向こうから来る敵に集中しろ!!」
「でも」
「いいから!
……私は大丈夫だ、まだ殺されることは無い。
自分のミスで招いた事態だ、自分で何とかする!
だから……だから!『何が聞こえても』こっちを見るんじゃない!!」
「……!!!」
指示を飛ばす間にも姉御はひとつひとつその抵抗を絡め取られていく。
あたしはガクガクと震えながら姉御に背を向け、洞窟の奥へと目を向けた。
あいつら特有の気配が近付いてくる中、あたしは何とか平静を取り戻そうと努力する。
OK、後ろには姉御、姉御は今動けない。あたしがここで食い止めるっきゃないんだ。
後ろの状況は考えないようにする。聞こえてくるものは全てシャットアウト、
でないと一瞬で緊張の糸が切れてしまいそうだ。
「ふー……っ!」
極限の緊張の中、ついに奴らがそこまで来る。洞窟の先の曲がり角から、一列に並んだ影が現れる!
――来た!
――――――ド ラ ゴ ン だ !!
奴らの姿が見えた瞬間、あたしは全力で飛び出し奴らに走る!
先頭の一際デカイ魚竜をいきなり踏み潰し、その先にいた熱帯魚を大型魚サイズにしたような小型の魚竜に斬り付ける。
さらにあたしの脇を抜けていこうとした奴を蹴り飛ばし、最後の一匹のかみつきをかわしながらバック宙で距離を取る!
着地してすぐさま構えを取り直すあたしにドラゴン共が殺意のこもった視線を投げてくる。
来るなら来い。
あたしは絶対に逃げない、死ぬまで相手になってやる!
次の瞬間、統率の取れた動きで一斉に襲い掛かってくるドラゴン共の中に、あたしはまたしても全力で突っ込んだ。
かわす、かわす、後ろから来た奴を受け流して斬る。
踏み込んで左右の敵をいっぺんに斬りながら更にジャンプしてデカイのの体当たりをかわしながら踏みつける。
そして着地と同時に反転、回転斬りで小さいのを払いつつデカイのに追撃を、くそ、もう一匹に喰われた!!
食い千切った勢いで離れて行くそいつに短剣を突き立てて生気を強奪する。
ちっ!出血は止まらないけど無視できる量だ、気にすることは無い!
あたしは自分でも驚くほどの集中力と立ち回りでドラゴン共と渡り合っていた。
そもそも広い空間が無いと泳ぎ回れないこいつらに接近戦は考えられないだろう、
あたしはその優位をフル活用して奴らを攻め立てる。
……と!
瞬時にバックステップして後ろに行こうとした奴を蹴り戻し、再び距離をつめて押し戻す。
まずいな……
あたし自身の立ち回りと反して、状況はあまりよくなかった。
さっきからこいつらが後ろに行こうとするたびに蹴り戻して距離をつめることを繰り返してるけど、
そのたびにあたしの立ち位置は後ろに下がってきてる。
後ろに行こうとするのが小さい方ならまだマシで、こいつでも目方は軽く十キロを超える。
ヘタすると重さが百キロを超えかねないデカイ方が本気で後ろに行こうとしたら……止めきれるか分からない。
そして、もうひとつ。
どんなにシャットアウトしようとしても耳に入ってきてしまう、もうひとつの『よくない状況』。
後ろから聞こえてくる、粘着質な音。抵抗して悶える声。かすかな悲鳴。
焦燥感が湧き上がる。
あのときの姉御の声音。そして殺害を目的としない一連のローパーの動き。
それらをあわせて考えてみれば、信じられないことだけどあいつらは一つの明確な目的を持って姉御を捕獲していた。
「ちくしょっ……!」
悪態をつくあたしの右隣を、またもや熱帯魚が抜けていこうとする。
だから、お前は、行くなっ!!
今度は一歩も引かずに回し蹴りで踵を叩き込んで戻す。
……ドラゴン共から姉御を守る。それが、結果的に姉御を襲うあいつらを守ることにもなる。
あたしの苛立ちは加速した。
「……っのやろおおおぉぉ!!」
思い切り打ち上げて体勢を崩した熱帯魚に、苛立ちに任せて短剣を突き立てる。
その切っ先に半分身体を切断されかかり、熱帯魚が激しく血を噴き出した。
今だ!反撃を受ける前にここで止めを……
「っくあっ!?」
そこへ横からデカイのの突進を喰らったもんだからたまったもんじゃない。
あたしは派手に吹っ飛ばされ、数メートル離れた岩盤に転がった。
「このっ!」
即座に体勢を立て直し、大口を開けて喰らいついてくる魚竜をかわす。
そしてすでに血まみれになっている頭部にすれ違いざまの一撃を叩き込んだ。熱帯魚は体勢を立て直している、畜生!
「ひあっ!?な、あ、この馬鹿!!駄目、やめろ!やめろ!やめろ!やめ、やっ、ぁあーーーーーーーー!!!」
――あたしは黙って殲滅速度を上げた。
もう防御なんて必要無い、ひたすら斬れ。喰われたら生気を奪えばいいだけだ。
人間として大切な何かをそぎ落とし、あたしはノーガードで思考の余地さえない血みどろの消耗戦に移行する。
――さっきの姉御の声。
何も考えるな
――洒落にならない悲鳴。
何も考えるな。
――あれは、あの声は
何 も 考 え る ん じ ゃ な い !!
あたしは全ての思考を停止して戦い続けた。
情け容赦の無い、必殺のコースでの連撃。
瀕死の熱帯魚二匹を続けざまに屠り、喰らいついてくる魚竜に短剣を突き立てる。
また頭骨に弾かれた、と思う間もなく右腕が強力な顎に挟まれた。
筋繊維が切れる音と骨の軋む音が響く。このままじゃあと五秒で腕ごと持っていかれる。
……やってみろ!
渾身の力で体ごと腕をひねり、デカイ図体を洞窟の壁に押し付けて生白い腹に短剣を突き立て、そのままべりべりと腹をかっさばく。
そこまでしてようやく魚竜は内臓を溢れさせて息絶え、ゆっくりと床に落ちた。
最後はお前だ。
ほとんど死にかけで襲い掛かってくる熱帯魚に、カウンターで短剣を滑らせる。
躊躇無く振りぬいた短剣は今度こそ熱帯魚の身体を切断し、下半身が血を吹きながら床へ飛んでいく。
それなのに熱帯魚は上半身だけで襲い掛かり、あたしの左腕に喰らいついて離れなくなった。
「離れろ!こいつ……!!」
頭だけといっても過言ではない熱帯魚は、最後の力を振り絞って顎を噛み締める。
「……邪魔を、するな……さっさと、死ね!!」
神経の擦り切れる戦いで人間性の欠落したセリフを吐きながら、熱帯魚の頭を貫く。
動かなくなった熱帯魚を投げ捨てると、あたしは一瞬だけ他に敵がいないか確認してから姉御のカタナを取りに走った。
血が足りなくてくらくらする。まだだ、まだ休むわけには行かない。
カタナを拾い上げながらあたしは嫌な予感を押さえつけ、覚悟を決める。
早く、姉御を助けに行かなくちゃ……。あたしは全ての雑念を捨てて振り返った。
「………手遅れ、かな?」
……詳しいことは、あまり覚えていない。
ただ、そこには完全に打ち崩された姉御がいた。
両腕を吊り上げられ、爪先立ちにさせられた状態で姉御は毒々しい触手に抱きしめられている。
その触手の中に、全ての気力を使い果たしたかのように一切の抵抗を見せず、陵辱に身を任せる姿が見えた。
何も映していない瞳はぼろぼろと涙をこぼし、その顔を涙と涎でぐしゃぐしゃにしている。
姉御は泣き声でうわごとのように誰かの名前を呼びながら、ただただ触手の動きに合わせて揺すられ続けていた。
みしり、と音がした。
不思議に思ってその音の出所を探す。
意外と近くにあった。あたしの手に握られた、姉御のカタナだ。
カタナはあたしの指を強く巻きつけながら、時折みしり、みしりと音を立てている。
……
あ、違うや。
あたしが指が白くなるほど強く、カタナを握り締めてるんだ。なんだ。
――自分でもよくわからない怒りが、あたしの理性を焦がす。
なんだ、何でだろう。
どうしてこんなに腹が立つんだろう。
あたしは誰に怒ってるんだろう。
いや、分かる。誰にかは分からないけど、自分が何に怒ってるのかは。
あたしはあんな姉御を見たくなかったんだ。
姉御はあたしの師匠だ。
あたしは姉御を尊敬している。憧れてる。
だから姉御は、いつだって強くて、きれいで、優しく賢くて、自信に満ち溢れてなきゃ駄目なんだ。
思い込みだとか勝手に抱いた幻想だとか、そんなことは知ったこっちゃ無い。
あたしは姉御のようになりたいと思った。目標でいてくれなきゃ、困るのだ。
湧き上がる衝動に突き動かされ、握り締めたカタナを振りかぶる。
姉御。もう、自分がなにを言いたいのかすらも分からない。
ただ言葉に出来るのは一つ。
「しっかり………!」
思考を灼き尽くす炎に突き動かされるまま、思いっきり腕を引き絞る。
「しろーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ぶん投げる。
全力で放ったカタナはあたしのやり場の無いごちゃまぜの感情をのせて飛んでいった。
そして、
止まるカタナ。
姉御のカタナは空中で静止していた。
……持ち主の手に握られて。
「――遅い」
カタナが抜けないように結ばれている紐がするりとほどける。
そして、鞘から刃が抜き放たれると同時に――
気付いた瞬間にはローパー達の触手はどれもこれもことごとく斬り飛ばされていた。
完全に無力化したローパーの残骸の中を、一人の鬼女が裸足で歩いてくる。
かける言葉など無く、ただ正面から見つめるだけのあたしの耳に、再び洞窟にこだまする咆哮が聞こえてきた。
ここはドラゴンの通り道らしい。
何も言わず、姉御が洞窟の奥に向かって構えを取った。
あたしもそれに習い、何も言わずに戦闘体制に入る。もうドラゴンが来ようが何が来ようが構わない気分だった。
「……情けないところを見せた」
え?
隣に立つ姉御から、小さく、そんな言葉が飛んでくる。
「お前が呼ばなければ、戻れなかった」
変わらない、静かな声。だけどあたしは、その声を聞いて隣に立つ姉御の顔を見上げた。
「すまなかった」
姉御は泣いていた。
声を出さず、洞窟の奥をまっすぐ睨み付けたまま静かに涙を流し続ける。
あたしはそれを見て、やはりこの人に憧れていることはもう出来ないと思った。
だけどそれはさっき感じたような失望に近いものじゃない。
「……ねえ、姉御」
返事は返ってこない。
「脇は、あたしが守るから。
邪魔する奴は、どいつもこいつもあたしが全部切り払うから。
……だから姉御は、目の前にいる敵をひたすらぶった斬って」
そういいながら姉御の左へ、サポート位置で速攻の構えを取る。
しばらくして、一言だけ言葉が返ってきた。
「……頼む」
この感覚は、うまくいえない。
だけど、これがあたしの行住坐臥なんだろうか。
分からない。
分からないけれど、今やるべきことは一つ。
姉御に仇なす敵を打ち払う。
それだけだ。
―――――――――――――――――――――――――
無事に帰ってくるなり、姉御は速攻で寝込んでしまった。
それが肉体的な疲労から来るものなのか、精神的な疲労から来るものなのかは分からない。
ただ、姉御は今も心底疲れきった様子でベッドに横になっている。
あたしはそっとそばに近寄り、ベッドの端に腰掛けた。
「……ねえ、姉御」
「ん……カエラか……?」
「あ……起こしちゃった?」
「いや……」
「……今回は、散々だったね」
「そうだな……私の未熟さが招いたことだ」
「そうでもないよ。あたしのせい……でもある。でも姉御は仕方ないって言うんでしょ?そうだよ、仕方ないよ」
「そうか。仕方ない、か」
「うん。……ねえ姉御……
……
……辛かった?」
しばらくの間、あたしたちの間に沈黙が流れる。
「………夢を見たんだ。
幸せな………夢だった……」
……あたしはあの時姉御が誰かの名前を呼んでいたことを思い出し、ふと思いついたことを訊ねる。
「……ねえ、姉御。姉御はこっちに来たとき名前を変えたって言ってたよね……。
もしかしてそれってさ、あ、答えなくてもいいんだけど、失恋が原因?」
姉御はゆっくりとこっちを見た。
「……
………馬鹿。何言ってる」
姉御はそれだけ言って、向こうへ顔を向けてしまった。
あたしがその言葉を反芻しているうち、やがて再び静かな寝息が聞こえてきた。
その寝息を聞きながら、あたしは一つの決意を固めていた。
修行は終わりだ。明日から、あたしは自分の意思で、自分の戦い方で戦っていく。
この人は人間なんだ。人間だから、弱いところがある。
それならあたしは、この人の隣で弱いところを守ればいい。
……そのために。
あたしはこの人の後ろをついて行っちゃいけない。
対等の立場に立つために、自分で戦わなくちゃいけないんだ。
……追いつくのにどれだけかかるかわかんないけどね。
あたしは姉御の寝顔を見ながら、そう、胸に誓う。
自分の進む道を見定めたあたしは、やがてその決意を胸に秘めたまま眠気に誘われ、眠りの底に沈んでいった。
最終更新:2013年05月04日 23:03