魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第六話「闇の剣士の休日(後編)」
六課の制服に刀袋に入った閻魔刀を持ったバージルはベルカ自治領、聖王教会本部の一角、噴水近くのベンチに腰掛け、本(古代ベルカ魔法に見る近接戦術の有効性)を読んでいた。
教会の代表者で形式上の後見人と会うまで時間が空いたのでシグナムと別れ教会施設を一人で見た後、余分な待ち時間をこうして潰していたのだ。
バージルが教会の敷地内に入った時から、彼には複数の視線が張り付いていた、今その視線の主“白いスーツの男”が彼を物陰から見つめていた。
バージルはページを進めながら呟く。
「いつまで見ている?」
静かに本を閉じ、立ち上がると刀袋に手をかける。
「お前の“狗”は臭うな…」
次の瞬間、鍔鳴りの音が響き、視認できぬ程の居合で不可視の猟犬の首が落ちた。
「その駄犬、次からは鎖にでも繋いでおけ」
バージルはそう言うと、何事も無かったようにその場を去る。
男の名はヴェロッサ・アコース、時空管理局本局の査察官にして希少技能“無限の猟犬”の保有者である。
義姉が後見人となり、親友のはやてが己の部隊に囲い、守護騎士シグナムが強敵(とも)と認めた男を自慢の“猟犬”により内密で少し探ろうとしたのだが。
「もしかして最初から気づいてたのかな?…はやてが行ってた“悪魔”って話もバカにできないな」
ヴェロッサは額にかいた冷や汗をぬぐって一人呟いた。
教会の応接室にて、優雅にカップを傾けるのは金髪の美女、聖王教会騎士にして管理局次官カリム・グラシアと黒髪に黒い制服を着た若き提督クロノ・ハラオウン。
「“悪魔”ねえ、君はどう思うカリム?」
「シグナムと仲が良いって聞くから悪い人じゃないと思うわ」
「君は人が良すぎる、ロストロギアの所持と引き換えにはやての直属の部下になるなんて怪しすぎる…」
「あなたは何でも疑いすぎよ、執務官だった癖かしら?」
二人が件の、六課の居候“自称、悪魔”の謎の男について話していると、部屋にノックが響いた。
「失礼します、騎士カリム」
聞きなれたシグナムの声と共にドアが開き、銀髪の悪魔が現れた。
「初めまして、ギルバさん私があなたの後見人をやらせてもらっている、聖王教会騎士のカリム・グラシアです」
「管理局提督、クロノ・ハラオウンだ」
「…ギルバは偽名だ、どうせ知っているのだろう?わざわざそちらで呼ばずとも名前で呼べ」
「おいっ! バージルっ騎士カリムに向かってなんて事を」
「気にしないで、シグナム」
そう言ってカリムはバージルの目を見つめる。
「分かりました、バージルさん、はやてからあなたの話は聞いていますよ」
「…フェイトからもな、単刀直入に聞くが君は何者だ?未確認のロストロギアの所持と引き換えに六課に入隊した本当の理由は何だ?」
「ちょっと、クロノ…」
バージルは初対面でも遠慮なしに問い詰めるクロノを品定めするように見る。
「答える必要は無い、八神から必要なことは聞いているのだろうが…それに俺の後見人はグラシアであってお前ではない」
提督に対し、なんら気兼ねなく痛烈な返しを入れる嘱託魔道師などクロノは見たことがかった。
教会の人間がどんな奴かと思ったら八神と同じ、いや…もっと上の“お人好し”だった、少なくともこの女は俺を利用しようなんて考えてもいないだろう、だがあの“狗”の事もある、油断は出来ん。
ハラオウンという提督はテスタロッサの兄らしい、どうやら俺に随分と不信感があるらしい。
ヌエラという尼に模擬戦でも申し込もうとしたのだが、突然の八神からの通信に水を差された。
話によると、ヒヨッ子どもが街でレリックと身元不明の子供を保護したらしい(あいつらも子供だろうが…)ハラオウンと八神が状況に対応して会話を進める、ガジェットの出現が予測される為に六課の出動任務となるだろう。
「…奥の手も出さなあかんかもしれん、もしもの時は頼むでバージルさん」
八神はハラオウンから俺に話しを移すが、実戦で新たなる得物の試し切りが鉄屑(ガジェット)では拍子抜けだ。
「シグナム、バージルさん、あなた達も向こうに戻った方が良いわ、シャッハに送ってもらえればすぐですから」
そしてグラシアは俺に視線を移す。
「すいません、今日は無駄足を踏ませてしまいましたね」
「気にするな、面白い“狗”も見れたしな」
俺の挑発にハラオウンは話が見えず不思議そうにしていたがグラシアは何か思い当たる節があるのか、含みをこめた苦笑いをした。
「許してあげて下さいね、決して悪気があった訳ではないでしょうから」
その目に嘘はない、グラシアの様子では、あの“狗”どもは部下の独断か…、はぐらかさずに認めるとは本当に人が良いな。
回収されたレリックと保護された子供はシャマルが付き添い、ヘリで搬送、地下区画には未発見のレリックがあるとされ回収に向かうフォワードメンバーと陸士部隊のスバルの姉ギンガ。
海上と地下区画に出現するガジェットに対し、海上敵殲滅になのは・フェイト・ヴィータ・リィン、が出動する。
しかし海上敵の幻術を応用した編成に敵の目的は地下とヘリどちらかと予測。
ヴィータは地下区画のレリックへ、海上のなのはとフェイトは子供とレリックを乗せたヘリに向かおうとするもリミッター条件下では間に合わないとして、はやて自らリミッター限定解除で海上敵殲滅に出動するのだった。
俺と烈火は共にヌエラの転送魔法で一度、管理局地上本部へと向かい現場へと向かっていた。
俺の予想では敵の狙いは十中八九、例の子供だ、レポートで読んだレリック絡み事件との唯一の差異、あの鉄屑どもは今まで自立可動ではレリック関係しか狙っていない。
幻術を応用した編成は確実に背後に指揮をする者の意思を感じる。
今回に限って指揮官がいる理由、自然とその子供は敵、レリック事件容疑者の最有力候補スカリエッティという犯罪者が狙っている存在なのだろう。
ナカジマの姉のギンガという娘がその子供を人造魔道師素体と言っていた、スカリエッティは自ら人造魔道師を作り出してもこんな形で積極的に回収した事はない筈。
ならばその子供はイレギュラー、スカリエッティの求める特別な”何か“なのだろう。
だが俺はあえて八神に進言はしない。
このまま俺の予想どうりならヘリには何か“面白い”ものが来ると確信めいた予感がする…今はヘリの動きをサーチし空間転移の準備をして待つことにした…
「このっ!」
「くっ!」
スターズ・ライトニングの隊長、なのはとフェイトはヘリの護衛の為に市街地へと向かう。
しかし突如として出現した、10体以上の未確認の敵、大鎌を持った黒い“死神”のようなアンノウンが現れる。
「このこのままじゃヘリに間に合わない…」
今対したモノが“悪魔”であることを知らずに二人は焦燥に心焼かれる。
二人が未確認の敵勢力“悪魔”に足止めを喰らっている間、10番の名を持つ戦闘機人がヘリを射程距離に入れた狙撃砲“イノーメスカノン”に高エネルギーを収束する。
カウントダウンと共にヘリを光の渦に飲み込んだ。
砲の発射の後フォワードメンバーたちは先ほど捕らえた召喚師らを取り逃がし、ヴィータは不安を隠せずに混乱する後方指揮へと声を上げる。
「ロングアーチ!あいつら落ちてねえよな!」
その頃、狙撃を終えた機人10番ディエチとサポートに回った4番クアットロは勝利を確信し状況を見守っていた。
「うふふっのふ~ どう?この完璧な計画」
「黙って、今命中確認中、でもちょっと空気が歪みすぎだな、まるで空間魔法でも使ったみたいな…」
次の瞬間二人の両目のモノアイには青い服の悪魔が映っていた。
俺は現場へと向かう烈火とヌエラを残し、連続の高速空間転移を発動し一人ヘリの下に躍り出た、これからの“試し切り”には六課の人間は邪魔だ。
「やはり来たか、しかし新しい俺の空間斬は極大の砲撃も抉り潰せるか…」
空間斬にて砲撃を消し去り閻魔刀を鞘に戻して、俺はロングアーチへ、今まで使った事のなかった自分のコードネームで通信を入れる。
『こちらデイモス(悪魔)01、勝手にやらせてもらったぞ』
『バージルさん!どうしてそこに、どうやって移動したんですか?』
フィニーノが驚きの声を上げ、六課の者どもはヘリの無事に歓声を上げていた…が、俺の心はそれとは別の喜びに震えていた。
「さあ俺の新たなる戦手筋の踏み台になってもらおうか?」
この世界で身に着けた俺の刃が今初めて、実戦に舞い踊ろうとしていた。
「あっら~」
「こっちもフルパワーじゃないとは言えマジで?」
驚愕するクアットロとディエチ、その言葉から1秒も立たぬうちに背後から、常人では反応出来ぬほどの速さの転移魔法が発動する。
「やはり精度も距離も上がっている…デバイスの術式処理能力も捨てたものではないな」
二人はあまりの驚愕に声を失う、どんなに人間が修練したとしても、こんな距離を一瞬で転移はできない、通常の呪文詠唱すらなかった。
「管理局機動六課だ、どうした早く抵抗しろ…」
市街地を駆ける影が三つ、普通に考えれば法的機関の捕り物だがその本質は初めての獲物を嬲り殺す若虎の狩だった。
ディエチは小威力の高速連射砲を連発しクアットロは幻術を展開しダミーホログラフを発生させる、バージルはフォースエッジ・フェイクを構えもせず、防御障壁と幻影剣を同時に使用する。
「攻防の同時展開も問題なしか、そろそろ出力を上げていくか」
バージルは二人を捕らえる気がないのか一度も投降を呼びかけない。
「ぐああ!」
「きゃあっ!」
射出量の増えた幻影剣がディエチの右太ももとクアットロの左肩を貫く、鮮血がアスファルトに流れ、それが殺傷設定である事を告げている。
「殺傷設定では魔力変換に計算より誤差がでるな、展開する数も抑えた方が命中率は上がるか…」
静かな独り言だったが、その言葉に機人二人は自分の眼前に“死”が近づくのを生まれて初めて感じる。
「あ…あああ…」
普段は無表情なディエチは涙を流し、恐怖に火砲を手から落とす。
「殺傷設定…嘘でしょっ、あなたっ管理局員でしょ?」
クアットロは自分の命が初めて弄ばれることに、歯を鳴らしながら言葉を吐く。
「どうした、死にたくないならもっと抵抗しろ、それとも貴様らその程度なのか?」
バージルはさも、つまらないモノを見るように呟き先ほどより数を減らし精度を上げた幻影剣の射出体勢に入る。
しかし次の瞬間、二人とは全くの別方向にバージルは韋駄天の如き速度で剣を虚空に振るった、甲高い金属音と共にアスファルトの上に先ほどまで存在しなかった者が倒れ伏す。
「惜しかったな、人間ならあと一歩で動脈を裂かれていた」
「くそっ!手が…」
倒れたのは、加速と近接戦の武器、手足に付いた羽のようなブレード固有装備“インパルスブレード”ごと右手首を切断された機人3番トーレであった。
「トーレ姉!」
「トーレ姉さま!」
戦うために生まれた改造人間…戦闘機人ナンバーズ、その中でも最古の部類に入り実戦経験、実力でも最高クラスのトーレが不意をついた死角からの攻撃で返り討ちにあったのだ。
「ここは私が食い止める…お前らは早く逃げろ!」
妹である機人二人に叫ぶトーレ、しかし妹二人は既にその目を絶望に彩られていた。
「俺が逃がすとでも思っているのか?力の試しはもうすんだ、そろそろ終わりの時間だ」
空中に射出直前で待機していた幻影剣がトーレの右胸部・左下腹部・左上腕・左右大腿部へと突き刺さり大地を血で潤す。
さらに正中線を貫くように縦に走るフォースエッジ・フェイクの白刃、しかしその刃はトーレの額を裂くことは無く、バージルの見たことのある悪魔に止められる。
「何!」
大鎌を持った黒い死神その名は“ヘル・ヴァンガード”塵を媒介に現れる悪魔の中では最高位に属するそれが、その手の鎌で剣を防ぐ。
「邪魔だ!」
言葉より早く閻魔刀を左手にて逆手に抜き打ち死神を両断する、だがその場からは先ほどの“獲物”は消えていた。
「逃がしたか、まあいい、しかしあの悪魔が何故ここに?…」
その場で死神は塵に還り、後には落とされた機人の手首だけが残された。
続く。
最終更新:2007年11月21日 18:40