魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第七話「Devils Never Cry」

日の光の一切届かぬ地下研究施設、生体ポットやガジェットが並び、壁には岩がむき出しの部分すらあり、余計にその場を殺風景な様にしている。
「まだ落ち込んでいるのか?」
銀髪に眼帯という似つかわしくない組み合わせに、さらに小柄な体格を引き立てるような大きなコートの少女、機人5番チンクが施設の隅で座り込む赤毛の少女に話しかける。
「…セッテ泣いてた…」
うずくまって顔を伏せる機人9番ノーヴェが今にも泣きそうな声で答える。
「まあ師であり敬愛するトーレがああなってはな…」
トーレは先のバージルとの戦いで重症を負い、7時間以上の手術の末、今は生体ポットで意識を闇に落としていた。
彼女を師として戦闘技術を磨いた機人7番セッテは常の冷静さを忘れさせる狼狽を見せ、手術中は泣き続け、泣き疲れた今はトーレのポットに寄り添うように眠っていた。
「…あたしが悪いんだ…あたしが無理にでも出てたら…」
姉妹が傷ついた事実に出動できなかった自分を責め、目に大粒の涙を溜めるノーヴェ。
「何故そうなる、まだお前の武装は未完成だなのだぞ?」
「…チンク姉…」
「何だ?」
「チンク姉は死なないよな…」
トーレの姿に姉妹の“死”を感じたノーヴェは自分が最も恐れることを聞かずにはおけなかった。
「当たり前だ、妹たちを残して逝けるものか、それにな…」
チンクはノーヴェの頭を優しく撫でる。
「もしもの時はお前が守ってくれ。」
ノーヴェはそのチンクの優しさに更に顔を伏せ涙を噛み締める。
「…ぐすっ…うん」
「これこれ、泣くな」

そんな二人を施設内に設置されたカメラで見るものが二人。
「君の作った作品は随分と”人間“らしいな、感動のあまり涙が出そうだよ。」
毛髪の全く無い頭に左右で色の違う目オッドアイに司祭の服を着た男が呟く。
「思ってもない事を言うものじゃないよ、アーカム」
司祭服の男アーカムに答えるのは白衣の狂科学者、ジェイル・スカリエッティ、レリック事件の首謀者にして戦闘機人の生みの親である。
「しかしレリックによる悪魔の従順化は順調のようだな」
「アーカム、君の魔道知識のお陰さ、これからはもっと上位の悪魔の呼び出しを試してみよう、それと…」
「何だね?」
「君の言っていた“半魔”の彼にも興味があるな、戦闘機人や悪魔すら凌駕する力、正に魔剣士という名にふさわしい」
「彼は危険だ、接触には細心の注意を払いたまえ」
地下の闇の中、悪魔を求める男と混沌を求める男は静かに破滅の調べを奏でつつあった。

嬉しかった、バージルさんがシャマルたちを助けてくれたことが…でも現場に急行した私を待ってたんは目に痛いくらいの血の赤に、切り落とされた人の手やった。
「何や…これ?」
「敵を取り逃がした、残念だったな」
私は我慢できずにバージルさんの胸倉を掴んどった。
「そんな事やない!殺傷設定で魔法使ったんか?何でや!?バージルさんなら非殺傷かて出来たやろ!」
「別にお前に力を貸すのにそんな約束はしていない、それともヘリを見捨てた方がよかったか?」
バージルさんはまるで何事でもなかったように血痕を眺めながら答えた。
「安心しろ“未確認の敵個体にやむを得ず”と言えば上には説明が付くだろう、それに敵の一部が手に入ったのだから捜査も進むだろう」
冷静な答えやったし筋は通っとる、私は何も言い返せへんかった。

試運転は上々、術式の構築とデバイスの補助を利用した、高速転移と高貫通力で展開数を増やした幻影剣は、使っても予想をはるかに下回る魔力使用量だった、俺の全魔力の5%に満たない…これならば高町あたりにでも通用するだろう。
この世界の魔道は俺の力を更に高めた…後は最高の力を持つ者との実戦で研ぎ澄ますだけだ、八神には感謝しよう。

だが自分の身内を殺そうとした者まで同情するとは、よほど自分以外の命が失われるのが嫌なようだ、甘すぎる…一戦力の長ならもっと冷徹になるべきだぞ八神。
その他の隊長陣は複雑そうな顔をしていたが、俺の行動にある程度は理解できる様子だった、現場での実戦経験の差だな、結局は八神も他の隊長陣の言葉に落ち着いたようだ。
六課の連中の反応は嬉しさ半分、驚愕半分といった所だ、特にヒヨッ子どもは躊躇のない実戦での殺傷設定魔法の使用に驚いていた(脆い人間ならば躊躇は命取りだぞ…)。
悪魔に対する説明はしなかった、下手に知識を与えて対策を練られては有事の際の“獲物”が減るからな、管理局には無限書庫という大型データベースがある以上は杞憂ではない筈。
例の子供は病院へ搬送された、検査の結果、異常は認められなかったらしいが敵が狙っているとしたら必ずその存在には裏があるだろう…後日、俺も目を通すとするか。

病院にて検査及び治療を終えた保護児童に会いにシグナムに伴われなのはが向かう事となった、そして何故かバージルも同行を申し込んできた。
「すいません、シグナムさん車だしてもらっちゃって」
「なに、車はテスタロッサからの借り物だし向こうにはシスターシャッハもいらっしゃる、私が仲介した方が良いだろう、それより何故バージルまで…」
「気にするなヌエラという尼に少し興味があるだけだ」
なのはとシグナムの話に応えながらバージルは一人、心中で呟く。
(話の流れでは子供は教会か六課の預かりになるらしいな、六課に来てもらわなければ敵が集まらない…更なる“試し切り”の為にも)
そんな三人にシャッハから通信が入り、子供の行方を見失ったと告げられた。

シャッハから説明を受け、なのは・シグナム・バージルは子供の捜索を手伝う事となる。
「小さな生命反応を感じるな、こちらか…」
バージルは魔力と悪魔の持つ超感覚で子供の位置を探していた、学んだサーチ魔法を試す良い機会でもあった。
「しかし…せっかくのサーチ魔法の試しが迷子探しか…」
バージルは探った反応に近づきつつ、一人で毒ずく、例の子供はもう目の前だった。
「探したぞ娘」
バージルに声をかけられた子供は身体を震わせ手にしたヌイグルミを抱きしめた、突然声をかけた制服姿の男の眼光に今にも泣きそうになる。
(…やれやれ、烈火、確保した中庭だ)
バージルは怯える子供に呆れながらシグナムたちに念話を送る。
「ううっ ぐすっ」
「どうした娘…」
怖がる子供にバージルが面倒そうに聞く。
「ママ…いないの」
「……」
母がいない…どうと言うこともないよくある話。
しかし母という言葉は彼には特別で、そして六課の子供たちやシグナムと触れ合った彼の心には彼自身も気づかぬうちに心の芯に熱を与えられていた。
「…そうか」
思い出されるのは母を喪失したあの日の悪夢、バージルは小さく呟くと手を静かに差し出す。
「来い娘、共に探してやる」
「…ヴィヴィオ」
「何?」
「あたしのおなまえ、おにいさんは?」
「…バージルだ」
ヴィヴィオの手を取ったバージルは少女に歩幅を合わせて歩き始める、ふと幼い頃に母と手を繋いで弟と三人並んで歩いた時の事を思い出していた。

「あれはっ!」
中庭を歩く例の保護児童とバージルを見たシャッハは自分のデバイス、トンファー型の双剣“ヴィンデルシャフト”を機動。
壁を抜けバリアジャケットを装着、臨戦態勢をとり少女の前に降り立つ…がその喉下には音速に達する程の速さで抜かれた閻魔刀が突きつけられた。
「…バージルさん、何を…その子供はどんな危険があるか…」
「お前が勝負を挑んできたのかと思ってな…それに俺は“確保した”と言った筈だぞヌエラ」
一瞬、場には張り詰めた空気が流れる、ヴィヴィオは迫力に尻餅をついて倒れる。
「あうっ」
倒れたヴィヴィオになのはが近づき話しかけていた。
(二人とも落ちついてください、この子は私が見ますから武装は解いてください)
なのはの念話が響く、なのははヴィヴィオに穏やかに話しかけ、すっかり安心させていた。
(それとバージルさん…見つけてくれてありがとうございます)
バージルは何も言わずにシャッハがデバイスを待機状態に戻したのを確認して閻魔刀を刀袋に戻しその場を離れる、ヴィヴィオはそのバージルに寂しそうな視線を送っていた。
「モテモテだなバージル」
「癒し手のような事を言うな…さっさと連れて戻るぞ」
風の癒し手シャマルのようなシグナムの冗談にバージルはバツが悪そうに応えた。

機動六課隊舎で、はやてはフェイトに地上本部からの査察要請を告げ、そして六課設立の“本当の理由”を聞かせようと聖王教会に行くと話していたとき通信にて泣き喚くヴィヴィオに困るなのはから助けを求められていた。
「エース・オブ・エースにも勝てへん相手がいるもんやねえ」
ヴィヴィオに泣きつかれるなのはを見て、はやてとフェイトは苦笑する。
(フェイトちゃんはやてちゃん、あの…たすけて)
念話にて助けを求めるなのはにはやてとフェイトは微笑んだ、しかし次に発せられたヴィヴィオのセリフに場は凍りつく。
「びえ~ん なのはさんとバージルおにいちゃんがいないとやだ~」
「お…お兄ちゃん?」
「何や…なんなんや?バージルさんこんな幼女にナニを吹きこんどるんや!」
「落ち着いてはやて、別に変な事教えたって訳じゃ」
隊長陣は大いに慌て、フォワード陣も目を丸くしていた。
「ずるい~私もバージルさんの事“お兄ちゃん”って呼びたいよ~ ねえ?ティアもそう思うでしょ?」
「何言ってんの!このバカスバル!」
相変わらず天然オーラ全開のスバルにティアナが突っ込みを入れ、エリオとキャロの年少二人組みは場の勢いについていけなかった…
「どうした?お前たち」
そんな混乱する場所に話題の中心であるバージル本人がやって来た。
「おにいちゃ~ん なのはさんとおにいちゃんがいないとやだ~」
一瞬、不思議そうな顔をしたバージルだが次の瞬間には絶対零度のセリフを放っていた。
「高町が困っている、早く離れろ」
先ほどの混乱の熱は一気に冷め、一同はヴィヴィオに視線をやる、やはり大決壊寸前の泣き顔で目に涙を溜めていた。
(ちょっバージルさん!)
(ひどいです!いくらなんでも!)
(そうやそうや!男なら責任とらんかい!)
姦しい三人の念話にさしものバージルもたじろぐ、正に悪魔も泣き出さん気迫を三人は放っていた。
「やれやれ…わかった高町がおらん間は俺が共にいよう」

バージルが座って本(デバイス工学 高速無詠唱の課題)を読むなか、その隣では年少組みと遊び疲れたヴィヴィオが寝息を立てていた。
「本当に懐かれちゃいましたね」
「いい迷惑だ」
エリオの言葉にバージルは冷たく返すが、彼に身体を傾けて眠るヴィヴィオには何も言わなかった。
「こらああああ!!バージルーー!!」
突如として騎士甲冑姿にレヴァンティンを持ったシグナムがドアを蹴破り乱入してきた(自動ドアなのだが…)
「今日は模擬戦の約束だろうが!!まさか忘れたとは言わせんぞ!!!」
「忘れてはいない、だが断る」
「しかも、即答か!!」
二人がそんな漫才じみたやりとりを年少組みに見せるなか、ヴィヴィオが起きそうになる。
「…うう~ん」
「烈火よ静かにしろ、起きてしまう」
「ええ~い、模擬戦とその子供のどちらが大事だ!!」
「高町らと約束したのでな、今日は諦めろ」
二人のそんなやりとりは、なのは達が帰って来るまで続いた。

聖王教会ではカリム・クロノ・はやてから六課設立の真の目的“管理局崩壊の阻止”がなのはとフェイトに語られた、その中でなのはとフェイトの倒したアンノウンの話が浮かぶ。
「それにあの“死神”とか“悪魔”とか分析班の言っとった黒いアンノウンもおるしな…」
「悪魔ねえ、あの男の関係者ってことか?」
はやての言葉にクロノが返す。
「そんな事、言わんといて!バージルさんはフォワードの子らにも良くしてくれてる、シャマルだって助けてくれた…」
「でも得体が知れないのは確かだ、殺傷設定の魔法を使ったって話しも聞いた、今だから聞くが君たちは彼をどう思っている?特にはやては」
三人は揃って複雑そうな顔をする。
「きっと…悪い人じゃないと思うよ、ヴィヴィオも懐いてくれたみたいだし」
「私もなのはと同じ意見、エリオ達もお世話になってるし」
「私は…」
なのはとフェイトは即答するがはやては口ごもる。
「はやて、君は一部隊の責任者なんだぞ!下手な同情で爆弾を抱えて部下を危険に晒したいのか!」
俯くはやてにクロノは叱責を飛ばす。
「確かに同情もあった!けど…私は嫌なんや人の一番大事なもん奪うんは!」
はやては目に涙を浮かべるが決して曲げない意志を込めた強い瞳でクロノを見据える。
「もし私らがバージルさんを厳正な法の目で見るなら、アミュレットを奪わなあかん、そしたら絶対に血が流れる、人の大事なもん奪って傷付け合って…そんなん絶対に嫌や!」
クロノははやての眼力に圧せられ何も言う事ができない。
「私はもう…誰かが目の前で大事なもの奪われるんは見たくない…」
思い出されるのは10年前、それは”闇の書事件“で目の前で消されたヴィータに悲しみと絶望の涙を流した時、そして雪の降る中を散っていった管制人格、初代リィン・フォースを失った記憶。
「それに市街地での殺傷設定魔法の事やったら部隊長の私の責任や…」
「はやて…なにもそこまで」
「クロノがそんな事を言うからよ、はやて…クロノも心配で言ったんだから泣かないで、私も彼は悪い人じゃないと思うわ」
狼狽するクロノにカリムが助け舟を出す、結局バージルの件はクロノが出身世界を調べ、表向きは時空遭難者として人間でない事は六課隊長陣とクロノにカリムのみで口外無用となった。

高町らが帰ってきて結局は烈火とやりあう事になった(本当に戦闘狂だな)、俺はまた戦いで“熱”を持った心身を冷まそうと宿舎屋上で夜空を見ていた。
ふと幼い頃に母が口ずさんでいた歌が静かに口から漏れる。
「どうした?」
屋上出入り口に今日覚えたばかりの気配を感じて声をかける、ドアから出てきたのは予想どうりヴィヴィオだった。
「うう…」
「寝れんのか?」
「…うん」
寝付けず、不安で部屋を無断で出てきたんだろう、やれやれとため息をつく、このまま駄々を捏ねられても困る、早く寝かせるとしよう。
「こちらへ来い、冷えるぞ」
そう言うとヴィヴィオは迷うことなく俺の隣へ腰掛ける。
「さっきのおうたは?」
「昔、俺の母が歌っていた子守唄だ」
「おにいちゃんのママ?いいなママがいて…」
「とっくの昔に死んでいるがな」
「えっ…」

八神や六課の連中にもしていない母の話が何故かこの時は自然と口に出た、烈火のつける熱はやけに俺の理性を溶かす…
「それじゃあ…ヴィヴィオのママも?」
「何故そうなる?俺の母とは無関係だろうが…お前の母はそのうち見つかるだろう」
「ほんと?よかった」
また泣きそうになるヴィヴィオを慰める…気休めだな、この娘は人造魔道師素体だとか言うものらしい、詳しくは知らんが“本当の母”などいない。
「おにいちゃん、おうたきかせて」
「…いいだろう」
俺は隣に座ったヴィヴィオに聞こえる程度の声で、また懐かしい歌を聞かせた、ヴィヴィオは10分もしない内に寝息を立てていた。
「本当にどうかしているな…俺は」
俺は高町にヴィヴィオの旨を念話で送り、また小さな声で口ずさむ“悪魔は泣かない”と言う名のあの歌を…

続く。

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最終更新:2007年11月23日 09:45