魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第八話 「その日、機動六課(前編)」
ヴィヴィオが六課にその身を預けるようになってしばらくが経ち、ヴィヴィオはなのはとフェイトを母と慕い、六課の隊員一同にも慣れ、バージルを兄としてすっかり懐いていた。
「はあああああ!!」
「おおおおおお!!」
空中を駆ける青き翼の道ウイングロード、その上を駆けるはスバルとギンガのナカジマ姉妹、ぶつかり合うは鋼の拳リボルバーナックル。
スバルの姉ギンガとマリーこと本局の技術官マリエル・アテンザが六課に出向き、なのはの提案によりギンガはスバルと模擬戦を行うこととなったのだった。
「こりゃそろそろ決まるな、ギンガの勝ちだな」
二人を見守る一同の中、ヴィータは教え子の勝負を予見する。
「まだだ」
その時、居合わせた者の中で最もこの勝負に興味の無いと思われた男が口を開く。
「なんだよバージル、こりゃ勝負は見えてんだろ?スバルの奴そろそろギンガに動きが追いつかなくなるぞ」
事実、姉妹の攻防はギンガの方がウイングロードを駆ける速度を上げ、肘鉄や蹴りを含めたコンビネーションの数を増やし、スバルは防御障壁の展開すらままならなくなっていた。
「確かに防御も甘く、受ける打撃も増えている、しかしナカジマは防げないのではない、防がないのだ」
「なんだよそれ、それじゃあいつワザとあんなにボコラレてんのかよ」
「“読んで”いるのだろうおそらく奴は…」
ウイングロード中央でぶつかり合った姉妹は火花の散るほどの打撃の応酬を繰り広げる。
(よし…少し分かってきた、次は)
スバルが一人、自分の感覚を研ぎ澄ます中、ギンガの左のリボルバーナックルが魔力を込めた右のフックに次いで裏拳を飛ばしてくる。
フックを障壁つきの左肘で防いだスバルの視界にはギンガの裏拳は見えていない、ギンガは勝利を確信し裏拳を寸止めしようとするが、その鉄拳は空を切る。
「なっ!」
次の瞬間ギンガの身体は、沈みこんだ反動から繰り出されるスバルのアッパーを喰らい後方の空へと吹き飛ぶ。
「まさか!私の動きを読んだの? やるじゃないスバル」
「へへ~昔の私とはちょ~っと違うんだよギン姉、なんせストライカーだって泣き出す先生がいるんだから」
二人は真剣勝負とは思えないほど楽しそうな顔で、先ほどとは打って変わった白熱の攻防で青空を彩る。
「スバルはだいぶ使えるようになったな」
「当たり前だ、俺からあれだけ学んで使えなければ犬にも劣る」
シグナムの言葉にバージルが相も変らぬ辛口を吐くがその顔は無表情の中にも喜びを感じられた、彼もスバルの目覚しい成長を少しは評価しているようだった。
「そ~だな~、なんせ“お兄ちゃん”だもんな~教えちまうよな~色々と」
「……うるさいぞ鉄槌」
ヴィータは命知らずにも、またバージルを挑発する、実はスバルはここ最近ヴィヴィオにあやかってバージルをお兄ちゃんと呼ぼうとしているのだ。
ちなみに、この時バージルの中で“将来ヴィータと1対1で模擬戦した時に串刺す幻影剣”の数は累計300本を越えていた(無論、非殺傷だが)。
下の一同がそんなやりとりをしていると、上空ではナカジマ姉妹の戦いがもう終わろうとしていた。
交錯する二つの青い道、ぶつかる二つの影、ギンガの左拳はスバルの眼前に寸止めされるが、振りの大きすぎたスバルの右拳は大きく空ぶっていた。
「本当に強くなったわねスバル」
ギンガは成長した妹に微笑む。
「う~…今日こそは勝てると思ったのに…」
姉妹の勝負は今日も姉の勝利で終わった。
二人の模擬戦が終わり、なのはから隊長陣とフォワードメンバーの集団戦が告げられる中、なにやらマリーと話していたバージルに話が飛ぶ。
「バージルさんもどうですか?ギンガも入れて5対5の模擬戦なんて」
「ほう、面白いな、いいだろう…今、調整の済んだ“もう一つ”のデバイスをアテンザから受け取った所だ」
「そういえば、デバイスもう一つ貰ってましたね、どんなのですか?」
「ナカジマのデバイスと同じような物だが強度が満足いかなくてな、アテンザに改良を頼んでいた」
なのはとバージルがデバイスの話をする中、フォワードの4人はガクガクと震えていた。
「ど…どうしたの?」
そんな4人に心配そうに尋ねるギンガ。
「隊長たちだけでも大変なのに…バージルさんまで…あ…今日私の命日なのかな?…おかあさんがみえるよ…」
「幻影剣それ以上刺さないでください…刺さないでください…ささないでささないでさささ…」
スバルとティアナは虚空を見つめ何かうわ言を言っていた。
エリオとキャロは身を寄せ合ってハウハウッと小動物のように震えていた。
(何か、隊長たちより恐れられてる…でもあの隊長陣より怖いなんてありえないわよね…)
最近、成長したフォワードにバージルが模擬戦で容赦の無い事実を知らぬギンガはこれから自分の身に起こる悲劇を想像もできなかった。
「安心しろお前たち」
バージルがトラウマに浸っているフォワードに声をかける。
「今日はフォースエッジ・フェイクも幻影剣も使わん」
「ほ…ほんとうですか?」
怯えながらティアナが口を開く。
「ああ、今日はこちらを使う」
そう言うとバージルが右の中指と薬指に付けた二つの指輪を見せる、中指の物はフォースエッジ・フェイク、そして薬指の物は今までフォワード陣が機動を確認していない物だった。
「ではアテンザ、見せて貰おうか改良されたこいつの性能を」
その声と共にバージルの手足に白銀の手甲が現れる、その名はベオウルフ・フェイク、彼が前の世界で倒し、その力を調伏した魔獣の武具を模したデバイス。
今までシグナムとの模擬戦で何度か使っていたのだが、バージルの込めた魔力に耐え切れずに崩壊を繰り返していたのだ、今回はマリーの調整を受けた改良版であった。
結局、隊長陣にバージルを加えた模擬戦はフォワードメンバーとギンガの敗北で幕を閉じた、そして未来のストライカー達は泣きを見た、わりと本気で。
俺はふと読んでいた本(近代呪文詠唱講座)から顔を上げる、俺と六課の連中は訓練を終え食堂でのまどろむような時間を過ごしていた。
「う~にがいのきら~い」
「ちゃんと食べなきゃダメだよヴィヴィオ…バージルさんも何か言って下さい」
好き嫌いで駄々を捏ねるヴィヴィオに手を焼いた高町が俺に話を振る(まったく母を名乗るならちゃんと自分で叱れ…)。
「何を残している?」
「え~と人参をたくさんです」
「ならば、その分菓子と甘いものは禁止だ」
「うう~おにいちゃんがいじわるいってる~~」
ヴィヴィオがこちらを涙目で見るが、俺は気にせず自分のカップにコーヒーを注いだ(仮そめとは言え、親の言う事くらい聞かんかまったく…)。
「ふふ」
「どうした烈火」
「いやなに、お前も随分と変わったと思ってな」
烈火は俺を見てなにやら楽しそうに笑っている、まったく何がおかしいのやら…
しかし烈火は静かに笑っていればいつもの猪武者ぶりも嘘のようだな、まあこんな事を言えばひどく機嫌を損ねるだろうが。
「ふんっ、くだらん」
俺はまた読んでいた魔道書物へと目を落とし、食後のコーヒーを口に運んだ。
他愛のないひと時、知識と力を満たしていく日々に今まで無かった充足を感じつつ、時間はゆっくりと過ぎていく。
管理局地上本部における公開意見陳述会がまじかに迫り、俺に二つの選択が浮かんだ。
八神曰く“地上本部が襲撃を受ける可能性があるので本部と六課待機組に戦力を二つに分ける”という話だ。
八神の言葉どおりなら敵はその日に地上本部を狙う可能性が高いらしい、つまり俺の“猟場”になる、しかし敵がヴィヴィオを狙うのなら混乱の生じるその時だろう。
この憶測は地上本部襲撃犯がヴィヴィオを狙う者と同一である仮定の上だが、今までの事件の推移を考えて可能性は低くないだろうな。
地上本部とヴィヴィオが同時に狙われる、俺が敵ならば大部隊の抵抗の予想される地上本部に主力を向ける、六課の守りは自然手薄になるから敵の数も質もたかが知れる。
六課に配置する人員に強力な者はさけないそうだ、癒し手と守護獣が残るらしいがこの二人では攻防のバランスが悪すぎるな…
同時に発生するだろう二つの“猟場”俺は迷うことなく地上本部へ出向く事にした、狩るならば獲物の数は多いに越したことはない。
だがこの選択はヴィヴィオの命を捨てるという事だ、敵の手に落ちれば命の保障などないのだからな…
公開意見陳述会に際し六課からスターズ分隊とバージルが先立って地上本部へと出向くことになりへリポートにて今まさに飛び立とうとしていた。
「ママ~おにいちゃ~ん」
そんなバージルたちに彼らを慕う幼い声が響く、ヴィヴィオが二人の下へ駆けてくる、泊まりの任務に出かけるなのはとバージルに寂しさを感じ、二人を見送りに来たのだった。
なのはにキャラメルミルクを作ってもらう約束をして貰ったヴィヴィオはやっと落ち着き、二人を見送る。
全員がヘリに乗ろうとした時バージルの制服の袖をヴィヴィオが掴む。
「何だ」
バージルは横目でヴィヴィオを見下ろしながら、冷たく言う。
「えと…あの…おにいちゃん、かえったらまたおうたきかせて?」
「……ああ…いいだろう」
バージル達を乗せたヘリが飛び立ち、地上本部へと向かう中なのはは窓から自分達を見送っているヴィヴィオに目をやる。
「それにしてもヴィヴィオ、なのはさんとバージルさんに懐いてますよねえ、羨ましいな~ バージルさん!是非私のお兄ちゃんに!」
「こら!バカスバル!あんたって子はまたそんな事を…」
「そうだ!良いこと思いついた、バージルさん!ギン姉のお婿さんになって下さい!そうすれば自然と私のお兄ちゃんに!」
「いい加減にしなさい!こんのバカスバルーー!」
今日もティアナの突っ込みは正確にスバルの後頭部を捉えた、いつもなら二人のそんなやりとりを呆れて見ているバージルだが、今日は静かに窓から外を眺めていた。
あんな約束をするつもりなど無かった、もし予想どうりに事件が起きればヴィヴィオの生きた姿を目にするのは今日が最後かもしれないという感傷か?…この俺が?バカバカしいな、そんな事などありえない。
ヴィヴィオは獲物をおびき寄せる為の生きた餌に過ぎない、俺が更に実戦で力を研ぎ澄ますのに必要な道具だ…しかしあの娘は俺がそんな風に見ているなど考えもしないのだろうな…
現場では会場内に入れる八神らはデバイスの持ち込みが禁止らしい(それなら魔道師を会場内警備に就かせる意味が無いだろうが…愚かな)俺と鉄槌以下ヒヨッ子どもは本部周辺の警備だそうだ。
本部周辺には有象無象のムシケラとは言えそれなりの数の局員が控えている、もし今日敵が来るなら、大軍と精鋭を揃えたとて簡単に陥落はすまい…
「もしや杞憂に終わるか?」
俺は鉄槌らに聞こえん程度に呟く、もしそうなら八神の言っていた襲撃の予測は外れるだろう、ならば六課への攻撃もあるまい……ということは俺はまたヴィヴィオに歌を聞かせるのか?
俺が一人、悪夢のような未来を考えていると融合機リィンフォースⅡを連れた鉄槌が話しかけてきた。
「なあバージル…」
「…ん、何だ鉄槌」
「正直、これだけ警備の厳しい所に攻撃を仕掛ける奴がいると思うか?リスクが高すぎてとても考えられねえよ」
「さあな、何らかの切り札がある可能性もあるだろう、鉄屑の大群とAMFの混成ならば雑魚どもでは話になるまい」
「切り札ねえ、AMF使ったって陥落なんて出来ねえと思うんだけどな、少なくとも正気の人間なら…」
「敵が必ずしも正気である保障などないだろうが、むしろ狂人の方が多いと考えろ…それに歯向かう敵を倒す事に変わりは無い」
「…違いねえな、悪いな変なこと聞いて…って言うか他の局員は雑魚扱いかよ!?」
「ひどいです~皆さんを能無しで給料泥棒の背景なんてあんまりです~」
「「いやそこまで言ってない」」
俺と鉄槌は同時に融合機に突っ込みを入れた、油断ならん、やはり八神の融合機だけはあるな…
襲撃の予想に否定的な二人の考えは、地上本部内部への戦闘機人の攻撃とメインコンピューターへのクラッキングそして本部周辺へのガジェットと悪魔の遠隔召喚により打ち破られる事となる、本部周辺は瞬く間に地獄の釜の底へとその様を変えた。
「屑が…」
バージルはまた一匹、塵を媒介に現れた“傲慢”の名を持つ低級悪魔をフォースエッジ・フェイクで切り伏せながら、円周状に高速展開していた6本の魔力刃、幻影剣の内の2本を射撃攻撃でこちらを狙っていたがジェットへ射出してこれを破壊した。
「まったく、これでは高町らにデバイスを届けに行った方が良かったか?」
スバル以下フォワードメンバーは隊長陣にデバイスを届けに行き、ヴィータと別れたバージルは本部周辺の敵掃討に打って出ていた。
突如、空中から降り注ぐ雷撃、バージルは防御障壁で防ぎながら天を仰ぎ見る。
「こんなモノまで来ているのか、この世界は本当に魔界と関係ないのか?」
雷撃の主は巨大なムカデ状のワーム型悪魔“ギガピード”電流を操り30メートルを超える長大な身体を有した天を駆ける悪魔である。
「まあこんな屑どもよりは斬り甲斐があるな…」
そう言うや否や、次の瞬間には高速空間転移で上空に移動し大きく上段にフォースエッジ・フェイクを構えていた。
「はあああ!!」
重力による落下と飛行魔法行使により速度を上げた上段斬り“兜割り”でギガピートの頭を叩き割り、さらにまだ息のある巨体に20以上の幻影剣を様々な位置へと空間転移させ射出。
ものの数分で息の根を止め、また地上へと降り立った彼は、悪魔には死をガジェットには破壊を与えていく。
既に彼の斬り伏せ、穿った悪魔とガジェットは300体をゆうに超えていた、彼の鬼神の
ような戦いぶりに、防戦一方だった局員たちも少しは持ちこたえていた。
「…何だこの魔力は随分と高いな…」
突然、接近してきた高魔力にバージルは悪魔を斬り伏せながらロングアーチへ通信を入れる。
(こちらデイモス01、高魔力反応を確認した、飛来する敵航空戦力か?)
(はい、そちらへ急接近中です、今ヴィータ副長とリィン曹長が向かっています、推定オーバーSランク!)
シャーリーの返信にバージルは自身の鼓動が一瞬跳ねたのを感じ、心中にて呟く。
(オーバーSだと…ランクだけなら烈火より上ではないか…どうやら最高の獲物が来たな…)
バージルは迷うことなく飛行魔法を行使、敵航空戦力へと向かう、Sランクを超える相手に自身がこの世界で習得した戦術が完成に近づきつつある事を感じながら、高揚する精神を自戒していた。
(しかし…地上本部襲撃が起こったという事は…六課も攻撃を受けているのだろうな…)
ふと自分を兄と慕う、小さく無力な少女が彼の脳裏を駆けた。
続く。
最終更新:2008年06月09日 19:05