【5】天空に舞う希望 BARSITY

ヴァレー基地。 パイロット居住区のとある一角の雰囲気は どよよーん と、淀んでいた。
「・・・・・はぁ・・・・」
「「・・・・はぁぁ・・・・」」
珍しくなのはが盛大に溜め息をつくとそれにはやてと、シャマルが釣られた。
先のフトゥーロ運河の作戦の土壇場で魔力反応のある3機にまんまと逃げられたことで無気力感に囚われていた。
いつもの魔法戦とは違い、戦闘機を介したこの世界の空中戦は肉体的にも精神的にも消耗が激しい。

そんな中に駐在所長が現れた。
「オマエラ、何してんだ?」
「今回の任務の困難さをしみじみと思い知らされてんねん」
両腕を投げ出し、顎を机に乗せているはやてが呆けたようにつぶやく。
サボっているようだが純粋な休養日なので、朝に1時間ほどの軽い運動を行った他はとくにやることもない。
この場にフェイトとシグナムが居ないのは、引き続き傭兵達とフルコンタクトの格闘技訓練をやっているからだ。
「ふん。ヴァレーの酸素を無駄遣いしているようだな」
皮肉の一つもでるが、それが厭味にならないのが駐在所長の個性というか持ち味だろう。
「そんなオマエラが喜ぶニュース。最後っ屁をかましていった2機の作戦空域が判ったぞ」
けだるそうな3人の目が一瞬光る。
「本当ですか?何処?」
駐在所長はすぐに答えず、勿体をつける。
「そんなオマエラが嫌がるニュース。あの2機は最新鋭Su-37、しかもTOPエースの一角、ゲルプ隊だ」
「うへぇ・・・それは勘弁やなぁ」
はやてが条件反射のように頭を抱える仕草をする
「・・・・って何が凄いんやったっけ?」
咄嗟のリアクションだけはしておいて、肝心の話の中身についてはシャマルに振る。
この天然ボケぶりは何時でも発揮される。もう一つのレアスキルだ。
「ポストストール機動という運動性が抜群に優れた機体で、現在の戦闘機の最高峰よ。つけこめるような欠点がある機ではないわね」
シャマルが主の為に丁寧にフォローを入れる。

「う~ん・・・・、せめて互角に戦えるようにしないと、また逃してしまうよ」
「でもなぁ、予算がなぁ・・・みんな楽に仕事させてあげたいからもうちょっといい機体を用意したかったんやけど。
なのはちゃん 旧いファントムでごめんな」
ウスティオ空軍からの査定でボーナスを奮発してもらったこともあり、機種変更できるだけの余裕もでてきたが、
空軍当局から提示された機体に納得できる性能のものは無く、
もう少し高性能機を提案してもらえるようになるまで我慢しようかと思っていた。
「いいよ。はやてちゃん。道具は使う人次第だからね。それに常に性能を引き出せるかどうか、判らないじゃない」
ドッグファイトで癖のあるF-4Eファントムを使うなのはにとって、機種変更は判断に迷うものだった。
今の機の癖を完全に掴んで技量向上を図るか、新型機で戦いに望むかの判断は微妙かつ重要な問題だ。

「お待たせ。今終わりました」
訓練を終えたシグナムとフェイトが戻ってきた。
身体を動かすのが性に合っているらしく、2人の顔は清々しそうだった。
「お疲れ様」
「お疲れさんや。・・・で、何なん?そのポケットの膨らみは」
はやてが目ざとく注目する。
「ああこれですか。格闘戦の訓練中に何故か、賭け試合みたいな流れになりまして・・・・」
「皆に手合わせしてくれって懇願されたのよ。手加減なしで・・・って」
二人のトレーニングウェアのポケットからウスティオ紙幣やらオーシア銀貨やらが
ジャラジャラと転がり落ちてきた。かなりの額である。

実家が繁盛している喫茶店の娘だけあって、なのはの暗算はかなり速い。
頭の中のソロバンが作動する。
総額は攻撃機A6Eや軽戦闘機F5Eが買えるぐらいの額だ。
まったくもって文字通りのボロ儲け。
「この額、かなりあるよ。これって、ひょっとして?フェイトちゃん、シグナムさん?」
「まさか二人とも手加減無し・・・?」
この二人は訓練で加減はしても手を抜くことはあり得ない。
「ボッコボコにしてやったんか?」
「「・・・うっ・・・」」
はやての問いに
顔を見合わせて沈黙を護るフェイトとシグナムの表情は言葉以上に明白に物語っており、
なのは、はやて、シャマルの三人の呆れ顔が納まらなかった。

その場に居合わせた駐在所長はソッチ系の「アーッ」な性癖嗜好はなかったので、傭兵共の思考回路を完璧に読んだ。
まぁ、2人ともタイプは違うけど相当に美人だし、男としての素直な欲望はよく判る。
だが、今回は相手が悪かった。叩きのめされたに違いない。

ま、ここは男として、彼等の名誉の為にも黙っておいてやろう・・・。


「山間の街 ソーリス・オルトゥスは、ウスティオの首都 ディレクタス近郊に位置する。
連合軍は オーシア第101空挺師団を主とする空挺部隊をソーリス・オルトゥス上空から降下させ、
ベルカに対し上空と地上から一気に奇襲をかける」
「今作戦は、ウスティオ開放の足掛かりとなる、重要な作戦だ。
街に降下する 空挺部隊を援護し 敵の対空迎撃網、並びに迎撃機を殲滅、空挺部隊の安全な降下を支援しろ」
「ソーリス・オルトゥスには 未だ一般市民が多く住む。諸君らの行動次第で 彼らの運命も変わるであろう」

基地の作戦参謀がブリーフィング終了直前に、値踏みするような視線で傭兵達を眺め回した。
「さて本作戦に関して貴様らが喜ぶニュースと嫌がるニュースがある」
「悪いほうから頼む」
「この空域の敵航空戦力は消極的だ」
「そりゃ、いい話じゃないんスか?」
なのは達とさほど年齢の違わない、だが能天気そうな傭兵の声に
強面のいかにもという顔つきのベテラン傭兵が呆れたように反応する。
「あのなPJ、そんな単純な話な訳ねーだろ!」
「うむ。たった2機のSu-37の担当空域らしい。どうだPJ いい話だろ?」
「かーっ ターミネーターなんてアリかよ?」
思わず点を仰ぐ傭兵達を眺めて、なのははシャマルに耳打ちした。
「シャマルさん」
「何?なのはちゃん」
「ひょっとして駐在所長が話していたSu-37っていうのは?」
「まず同じ部隊とみていいわね。Su-37の通称名がターミネーターだし」
「ふうん」
経験豊富な傭兵達のモチベーションがみるみる下がっていく。
それを敏感に感じ取ったなのはも影響を受けていた。
「で、俺達が喜ぶニュースってのは?」
リスクと報酬のさじ加減を図るのが傭兵として成功する才能であることを作戦参謀も良く知っている。
今回は目がくらむような特大ニンジンを目の前にぶら下げる。
「ターミネーターを落とした奴には高額ボーナスを出すぞ。あれには随分と痛い目に合わされてきたからな。
          • 噂で聞いたところによると、お前達、賭け事でかなりの奴がカモられたそうじゃないか?ん?」

その金額はかなりのものだった。
ちなみにシグナムとフェイトが儲けた金額と同額にボーナスが設定されているというのは、偶然の一致だろうか?
と、なのはは不思議がった。


《護衛機へ こちら第122航空隊 これより目標空域に入る。中をカラにするまで帰投できない よろしく頼む》
《イーグルアイよりガルム隊、 まずは空挺部隊の降下予定地点に位置する防空網を攻撃しろ》

《お前達は何だ!飛ばなければ価値のない連中だ!勇気の無い奴は置いていく!》
《悔しければ食らいつけ!しがみつけ!わかったな! よし行け!》
《行くぞ行くぞ行くぞ!》
《俺達はナンバーワン!》
《続け!どんどん行け!迷うな!止まるな!》
《立てクインシー!飛ぶんだ!》
次々を白い傘が開く。空戦魔導師として空を自在に飛べる者からしてみれば、
パラシュート降下ほどまどろっこしくリスクの高いものは無い。
地球出身のなのははまだしも、飛行魔法の浸透によりパラシュート降下という概念すら無かった世界から来た他の3人にとっては
なんとも気を揉む時間が始まった。

《降下前に落とされては申しわけが立たない 護衛機の諸君 頼むよ》
《122航空隊 任せて。空挺作戦は成功させるよ》
なのはが輸送機の針路の前方に出るとすぐにSAMランチャーを探しはじめた。
機首を下げて山岳部の地形を利用し地表を舐めるような超低空で接近する。
対地攻撃の中でも特に危険度の高い防空網制圧(ワイルドウィーズル)任務は空戦とは違う。
今までとは別の種類の緊張感がなのは達を襲う。
積極的に反撃してくる地上ターゲットを専門に狙うというのは、
先のフトゥーロ運河でなのはが経験した防空網の罠に自分から飛び込んでいくということだ。
右後方にはシャマル、左後方にシグナム、後ろにフェイトが控えるというダイヤモンド編隊を組む。

今回の出撃はなのは、フェイト、シグナム、そしてシャマルという臨時編成だった。
MiG31フォックスハウンドのはやてやF-15Cイーグルのピクシーは
制空機に乗る傭兵で編成された臨時戦隊として、輸送機の進入の陽動作戦として別方面に出ている。
その陽動作戦が成功したのか、敵戦闘機の活動は見られなかった。

《地上に着く前に蜂の巣だ!》
《彼らの勇気を無駄にはできん!》
地上2箇所から明るいオレンジの輪が光、その光が猛烈な勢いで飛翔してきた。
誰もがフェイトのプラズマランサーかと思うほどその光はよく似ていたが、SAMのものだった。
《SAMサイト発見!タリズマンチーム、サイファーチームで攻撃》
《ウィルコ》
《了解、援護する》
フェイトが囮となり、なのはがそのまま超低空で突っ込みつつ、AGM-88 HARM対レーダーミサイルを放つ。
《サイファー マグナム!》
なのははHARMを使ったのは初めてだったが、特に違いを感じることもなかったし、レイジングハートも反応を示していなかった。
ミサイルの噴射方向を魔法で偏向してやればよい。
アクセルシューターの誘導とはちょっとタイミングが異なっていたが、持ち前の空間認識能力の高さでなのはは苦も無く操っていた。

命中。
レーダーサイトが轟音と共に吹き飛ばされ、SAMが無害化された。

一方、シャマルとシグナムのチームも動きを見せていた。
こちらはシグナムが囮となり、シャマルが攻撃という組み合わせだった。
シグナムが囮役とは意外な感じもするが、機体特性の面から自然と役割がきまった。
質量兵器による戦いならではの分担ともいえた。何しろ超低空侵攻はトーネードの十八番である。
なのはが行った進入よりもさらに低いギリギリの高度でシャマルが防空基地に迫った。
《投下!》
トーネードが腹に抱えた巨大なJP233ディスペンサーから大量の小型爆弾がばら撒かれる。
なのはの攻撃は外科手術を思わせる精密なピンポイント攻撃だったが、シャマルのは文字通りの完全破壊だった。
レーダーもミサイルも支援部隊もまとめて一気に吹き飛ばす。
元々滑走路の破壊を目的としたディスペンサーなのでその攻撃範囲は広い。

地面そのものが爆発したかのように爆発が周囲を覆う。

防空網の制圧は完璧で、空挺部隊の降下も順調に進んでいた。
《ここはどこだ 敵の真中じゃないのか?》
《大丈夫だ 地図は俺が持っている 合流地点を目指そう》
《こんなに配備されてるなんて聞いてないぞ!》
《降下の際に銃を飛ばされちまった》
《弾薬の確保に成功した これより作戦に移行する》
《降下部隊近くの建物に取り付いた後 安全を確保せよ!》

空挺作戦にこうした混乱はつきもので、隊員も混乱の回復を図るよりも奇襲降下を最大限の戦果とするため
主導権を確保する重要性を良く理解していた。
《E-4地区の敵は排除! 続いて次の地区へ進軍する》
《C-8地区確保! ただ弾薬の残りが少ない コンテナの降下を》
《行け 今が絶好のチャンスだ! 行け!行け!行け!》

ベルカ軍の抵抗も組織的なものではなく、なのは達が拍子抜けするほど作戦は順調に進んでいた。
《今回は順調だな》
《今のところはね。まだ気を抜いちゃ駄目だよ》
編隊長のなのはがシグナムに釘を刺した。
だが、指揮官とは慎重な見方ばかりすれば良いというものでもない。
上手くいっているときはその流れで押し切ってしまう強引さも時に必要だ。
なのはも我が主もそのあたりの見極めができていない。
「将としては、まだまだ未熟だな」
フルクラムのコクピットでシグナムが呟く。とはいえ指揮官として成長していく様はシグナムとしても喜びだった。

戦況はシグナムの見解が正しく、戦闘態勢に入るのが遅れたベルカ地上部隊は、意外なほどあっけなく制圧されていった。
いつも激戦・苦戦ばかりが戦いではない。

《B-9地区 敵地上部隊と交戦中!クッソー 戦車が混じっていやがる!》
《独力で対処できるか?》
《戦車に阻まれて前進不能!あれをなんとかしてくれ!》

機首をすでにB-9地区方向へ向けながら、なのはが要請に応える
《ガルム隊、B-9の敵地上部隊を叩くよ!》
目障りな防空網は最初の一撃で吹き飛ばしたので、地上から打ち上げてくる砲火は少ない。
今度は、フェイトとシグナムも地上攻撃に加わる。
ベルカ地上部隊の中では数少ない組織的な防衛を展開している部隊だったが、空からの攻撃には脆かった。

《ありがとよ空軍さん。 空から敵が来たら追い払ってくれよ》
《頭の上のことは心配しなくていいよ》
地上部隊からの無線にフェイトが一同を代表して返答する。
とんでもない話だ。前回はまんまと逃げられている。4対2でも対等に勝負できるかどうか・・・

やはり、その鳥達がやってきた。
やはり、ソーリス・オリティスは彼等、「川鵜」の猟場のようだった。
《ベルカ戦闘機部隊の機影を確認! ガルム隊 戦闘機を撃破しろ》

<この反応!?>
<前の運河の時と波形が一緒よ>


フトゥーロ運河から撤退したベルカ軍は、拡張しきった戦線の見直しに入っていた。
171号線を失ったのも、運河を失ったのも戦力の分散配置といういつの戦争でもある失敗で、
ヴァレー基地攻略作戦までがベルカ軍の行動限界らしい。

ベルカ空軍が接収したウスティオの基地では2機のSu-37を駆るパイロットが休んでいた。
「インディゴ隊の再編はどうなると思う? ライナー」
「JAS39を運用する部隊は幾つかありますが、『藍鷺』が信用して同じ空を飛べることができる腕を持ったパイロットが何人いるか・・・・」
「そこが問題だな。他の作戦機と設計、整備体制、用兵思想が全く異なる。我が空軍内にあの機を運用する基盤が十分に整っていない」
「機体そのものは悪くないから惜しいですね」
ライナー・アルトマンがホットミルクをすすりながら答える。

「かといってこのままハインリッヒ1人の部隊というのも不味いな。士気に響く」
この場にはいないが、インディゴ隊唯一の残存戦力であるハインリッヒ中佐もこの基地で羽を休めていた。
とはいえ部隊再編を決めるのは空軍上層部であり、関係のない他の現場指揮官がとやかく口をはさめることでは無かった。
だが、ハインリッヒの親友であるオルベルト・イェーガーは部下を失った友の今後を案じない訳にはいかなかった。

「ソーリス=オルティスが空挺奇襲を受けている!」
基地司令部に飛び込んできた至急報を聞いて、オルベルト=イェーガー少佐は雑誌をめくる手を止めて、愛機に飛び乗った。

《どう思います?》
《一杯くわされたな。敵制空部隊との戦闘の報告があっただろう?、あれは陽動だよ》
《一気に街を落とす気ですね。奇襲とはいえ、あの街を落とすには旅団規模は必要でしょう》
あっという間に2匹の川鵜が空に舞い上がっていた。

《中型輸送機で20機相当だな。これに護衛機と攻撃隊がつくぞ》
《あの街の郊外にSAM基地が幾つか展開しているそうです》
イェーガー少佐は部下にして僚友ライナー=アルトマン中尉と、上空で迎撃作戦を組み立てている。
地上で打ち合わせをせずとも完璧に意思疎通ができる名コンビとはいえ、
空に上がって改めて意見を交わすことで懸念事項を吐き出してしまい、再確認するという作業を彼等は欠かさない。
《無駄だ。空挺奇襲を受けている時点で既にSAM基地は制圧されたか、破壊されたと考えろ》
《では、攻撃機にはワイルドウィーゼルチームを含む可能性と・・・何処の奴らでしょう》
《そりゃ陽動作戦に出なかった連中さ・・・他に気になる事は?》
イェーガーは時にはぐらかしたようで、真実を外さない喋り方をする。
アルトマンは編隊長の問いに的確に答えた。
《ウスティオ軍、ヴァレーの連中でしょうか 隊長?》
《だろうな。ところでこの間のフトゥーロ運河の撤退支援。覚えているか》
《いやな雰囲気がありましたね》
《最後に俺達を包囲しようとしていた6機編隊はヴァレー基地所属だった。あれは強敵だな》
《迎撃止めて逃げますか?》
《そりゃ名案だ。検討に値する》
イエ-ガーの際どい冗談は緊張感を全く感じさせない。2人はSu-37ターミネーターを更に加速させた。
針路そのまま、ソーリス=オルテティスの戦闘空域まで後3分。

ベルカ公国空軍 第5航空師団 第23戦闘飛行隊 ゲルプ隊 見参。

なのはがピクシー以外の僚機と戦闘に入るのは初めてだったが、
自身も本来なら遥かに格上のピクシーへの指示はどうにもやり難いと思っていた。
《4対2、数で押し切るよ!》
狭い正面から突っ込んでくるゲルプ隊に対して、ガルム隊の4機は斜め一列エシュロンフォーメーションで向かい合う。
一気に距離が詰まっていくが、先に動いたのはなのは達ガルム隊だった。
密度の濃いAAM一斉射の攻撃で逃さないというのが目論見だった。
《FOX2!》
一斉にフォックスコールが起こり、白煙を残してミサイルの群れが2機のSu-37に向かっていく。
《来たな!用意はいいか?》
《いつでも》
多数のミサイルを撃たれるというのはさすがに歴戦のエースパイロットでも緊張する。
こればかりはイエーガーもアルトマンも慣れることはできなかった。
空中衝突するほどに狭い間隔で飛んでいたゲルプ隊は赤外線イメージでは1機の大型機のように見えた。
なのは達の放ったミサイルはその熱源反応の大きさから爆撃機、輸送機と判断した。
4発のミサイルで木っ端微塵に爆発するだろう。
急激に2機が分散する。
アルトマンは左上空へ、イェーガーは右の低空へそれぞれ向かう。
ミサイルは逃げる敵機が放つフレアの欺瞞に騙されないよう、目標から分離した小さな熱源を無視するプログラムを持っていたが、
分離した熱源が同じ強さを持っていることでどちらが欺瞞でどちらが機体かの判断に迷った。
ゲルプ隊にはその程度の遅れで十分。
傑出した機体性能とパイロットの腕が揃ったからこそできる芸当だった。

《うそっ!》
思わずシャマルが声を上げる。
その時には既にゲルプ隊とガルム隊は互いの後ろを取り合うよう。距離をおいて上下左右に位置を奪い合うようになっていた。
だが、機動力でまさるゲルプ隊が徐々に相対的な位置取りを変化させ、もうじきガルム隊の4機の後ろを窺おうかという状況になっていた。
数で勝るとはいえ、このままではジリ貧で負けると判断したなのはが通信を送る。
《敵の連携を崩すよ。シグナムさんは敵の1機と単機戦闘。長引かせ、牽制して下さい》
《ああ、心得た》
《フェイトちゃんが囮役、距離を開けさせ、敵を連携させないように》
《いいわ》
《シャマルさんは低空に降りてきたら攻撃を。高空は私が担当するね》
《わかりました》
《じゃあ行くよ? Ready・・Go!》

まず薄紫色のフルクラムが編隊から離脱し、一旦雲の中へその姿を隠した。
続いて黒っぽい機体のタイガーシャークが一見無謀にも思える単純な直線飛行を始め、
薄い緑のトーネードがソーリス=オルティス郊外の山肌を舐める超低空にまで駆け下りる。
そして、最後に白いファントムが高度を稼ぐ。

《向こうが動きましたね》
《このまま背後をとられるリスクを嫌ったのだ。何か仕掛けてくるぞ》
なのはの作戦はイェーガーはかなり正確に見破った。
《方位0-4-0に1機》
フェイトの単調な飛行はすぐにゲルプ隊に発見された。
《小賢しい。あのわざとらしい飛び方は囮だな》
《無視しますか?》
《そうだな・・・いや・・・》
並のパイロットなら囮に喰いつく。
エースなら囮を見破って無視する。
《囮も伏兵もまとめていただこう》
TOPエースなら囮も伏兵もすべての獲物を飲み込んでしまう。
そして「番の川鵜」は押しも推されぬTOPエース部隊。

《おそらく、別の敵が1対1を挑んできますね。我々を連携できないよう引き離すために》
《やはりそう思うか? それについては任せる》
フェイトに対処の余裕を与えないが、逃げる咄嗟の動きにも柔軟に対応できるだけの微妙な間合いで後ろを取りに行く。

「この雰囲気。ヤな感じ」
フェイトは後方に意識を研ぎ澄ましていた。囮とはいえ、敵を後ろに2機も従えるのは気分の良いものではない。
だが、なのはが囮役を任せてくれたのは私を信じてくれているからだ。
ゲルプ隊は鋭く、容赦ない機動でフェイトを追い詰めていた。
常に未来位置を予測し、先手先手を打ち、互いの死角をフォローしあう。
お手本にしたいぐらいあっけなくタイガーシャークの後ろを取った。

《今だ!》
シグナムの合図に合わせてフェイトがスロットルを全開に叩き込み、アフターバーナーも目一杯炊く。
ゲルプ隊の2機も周囲に注意を払っていたが、関心は目の前の黒いF-20に集まっていた。
《させるかっ!》
そのタイミングを可能な限り存在を殺していた薄紫のフルクラムがその一瞬の間合いを計ってミサイルを放つ。
《相手になるから かかって来い!ウスティオ空軍のブレイズだ》
シグナムの攻撃にしては珍しい長射程でのミサイル攻撃だ。この世界でもシグナムが中長距離攻撃を苦手としているのは変わらない。
《ほら来た!》
アルトマンが予想したとおり、別の薄紫のウスティオ機が雲の中から飛び出してきた。
《1対1を望むか? アルトマン》
《まさか、俺達は『番の川鵜』ですからね、あなたについて行きますよ 隊長》
無線をオープン回線にしていたアルトマンがシグナムにむけて言い放つ。
《という訳で俺は今、アンタに関わる気はないよ。ブレイズ》
シグナムは無視された事に驚いた。
名乗りを挙げて挑んだ真剣勝負を無視されたことはシグナムの戦歴の中でもそう多くはない。
《何、私を無視するかっ!?》
一瞬全身の血が沸騰する。



この時、ソーリス・オルティスでの戦闘の主導権はベルカ軍の手に移った。

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最終更新:2007年11月25日 11:04