「じゃ~ん!」
もったいぶった動作でアリサが披露したのは、ゼネラルモーターズ社製の車、シボレーカマロの最新型モデル。
ブライトイエローに黒のレーシングストライプの真新しい塗装が、夏の陽射しを反射してきらきらと輝いている。
「アリサちゃん、車買ったの!?」
なのはは驚きの声をあげ、ヴィヴィオも興味津々で車を見つめる。
「ふふ~ん、驚いた?」
なのはの反応に、アリサは満足そうに笑みを浮かべて腕を組む。
「うん、前に会った時免許を取ったのは知ってたけど、その時はお父さんの車だったんだよね」
アリサは、なのはの言葉に頷きながら、しみじみと語る。
「誕生日の時に、一学期の学科でオールAの成績を取れれば、車を買ってやるって父さんが言ったの。それを
聞いてもう必死で勉強したのよ」
続けて、すずかが当時のアリサの猛勉強ぶりを、
「その時のアリサちゃん、本当に凄かった。分からない所があったら、どんな些細な部分でも先生に色々と
聞いたり、ノートを書き切れなかったら私や他の友達から借りて、内容が一致しているかどうかも徹底的に確認
取ったりして。だから、私も一緒に色々手伝ったの」
アリサはすずかの方を振り向いて、彼女に笑いかけながらその後を続ける。
「すずかには色々と助けられたわね。テスト前の勉強を夜遅くまで付き合ってくれたり、レポート作成の時には
色々とアドバイスをくれたり…」
「でも、前日の深夜にいきなり電話してきて“もうダメ!”って叫んだ時は、流石に参ったけどね」
次の瞬間、アリサの顔がこれ以上ない程赤く染まり、すずかの肩をポカポカと両手で叩く。
「しょ…しょうがないじゃない! 出題範囲内の問題で分からないのが多過ぎて、どうなるか分からなかったんだから!!」
「ごめん、ごめん! だってその時のアリサちゃん、とっても面白かったんだもん!!」
「もう、すずかっ!!」
すずかは、笑いながらアリサの攻撃から逃げ、アリサは頬を赤く染めながら追いかける。
そんな二人の様子に、なのはに抱かれたヴィヴィオが笑い出す。
「面白いね、ヴィヴィオ」
なのはが微笑みながら言うと、ヴィヴィオも笑いながら頷く。
「うん、ママ」
なのはとヴィヴィオが、笑いながら様子を見ているのに気付いて我に返ったアリサは、相変わらず赤い顔のまま、
両手を拍手するように叩きつつカマロのところへ戻って来る。
「はいはい、悪ふざけはここまで! そろそろ街へ行くわよ!!」
澄ました表情と冷静な口調を装っているが、真っ赤な顔は取り繕いようがない。
アリサのその様子に、なのは・ヴィヴィオとすずかの三人は、互いに顔を見合わせて笑う。
「もう! 置いてくわよ!!」
アリサがドアを開けながら不貞腐れたように怒鳴ると、三人は笑顔のまま「はぁーい」と答えた。
海鳴市の目抜き通りを、カマロは軽快に走り抜けていた。
ヴィヴィオは、眼前を流れる街並みや人、追い抜いたり抜かれたりする車やバイクを夢中になって見つめている。
「速いね、ヴィヴィオ」
なのはが言うと、ヴィヴィオは窓に手を当てて外を見つめながら答えた。
「うん、ママ。すごく速いね」
「ふふ…ヴィヴィオちゃん、すっかり夢中になってるね」
なのはとヴィヴィオのやり取りを、すずかは微笑みながら見つめている。
赤信号で停車したとき、アリサが言う。
「ラジオでも入れる?」
なのはとすずかが頷くと、アリサはカーラジオのスイッチを入れる。と、いきなりDisturbebの「This moment」が超重低音で車内に響き渡った。
「ちょ、ちょっと! 何これ!?」
アリサは慌ててチューニングダイヤルを回し、NHKのクラシック音楽に切り替える。
「い、今のは一体…?」
アリサはチューニングダイヤルから手を離して呟き、驚きの余りすずかは目を白黒させている。
「ふえ…」
突然の大音響にびっくりしたヴィヴィオが、涙目でなのはを見つめる。
「びっくりしちゃった?」
なのはは慌ててヴィヴィオを抱きしめると、あやしながらアリサに尋ねた。
「アリサちゃん、最近音楽の趣味変わった?」
なのはの問いかけに、左手をハンドルから離し、首と一緒に横に振りながら否定した。
「そんな訳ないじゃない。あんなハードロック、聞くだけで頭が痛くなるわ」
信号が青に変わり、前方で停まっていた車が次々と発進する。
アリサも、アクセルペダルを踏んで車を発車させると、ハンドルを握って前を見ながら話を続ける。
「多分、ラジオを切る時にチャンネル回っちゃったんだと思う」
「そうだね」
落ち着きを取り戻し、再び外に顔を向けたヴィヴィオの頭を撫でながら、なのはは答えた。
黄昏時、夏の陽が水平線に沈み、空が美しい茜色に染まる頃、カマロは海鳴市商店街の有料駐車場に入った。
なのは達四人は車から降りると、買い物客で賑わう商店街を少し歩いて「翠屋」という看板の掲げられた、
喫茶店兼洋菓子店へと向かう。
チャイムつきのドアを開けて中に入ると、店内は観光客や買い物帰りの主婦・カップル等で大変な賑わいを見せていた。
「うわぁ、すご~い」
「はぁ…相変わらず大盛況ねぇ」
店内の様子にヴィヴィオは目を丸くし、アリサは溜息と共に呟く。
「以前より、人が増えてる気がするんだけど…」
なのはが店内を見回しながら言うと、その疑問に対してすずかが答えた。
「最近“ぴあ”で紹介されたんで、県外からのお客さんが増えたんだって」
「へぇ、凄いね」
なのは達が話し合ってると、MLBの半袖Tシャツとストレートジーンズを着てスポーツシューズを履き、翠屋のエプロンを付けた男性店員が、少々ぎこちない営業スマイルでやって来た。
「いらっしゃ…おお、なのはか」
なのはの兄、高町恭也が心からの笑顔で話しかけると、なのはも笑顔を返す。
「あ、お兄ちゃん久しぶり。ドイツから帰ってたんだ」
「ああ、1週間程休みをもらってな」
「今日はお店のお手伝い?」
なのはの問いに、恭也は店内を見回しながら答える。
「そうだ。雑誌に紹介されてからお客さんが大変増えたから、帰国した時は、出来るだけ手伝うようにしてるんだ」
「うん、すずかちゃんから聞いた。お父さんたちも大変だね」
「でも、来てくれたお客さんの多くが、リピーターとなってくれてるから有難いよ」
恭也はそう言って微笑むと、カウンターの方に振り向いて大きな声で言った。
「悪い、ちょっと席を外すよ」
カウンターからは、「速く戻って来いよ」と、男の声が返ってきた。
「ここじゃ何だし、ちょっと外へ出よう」
そう言って恭也となのは達は、店外に出る。
「恭也お兄ちゃん、今晩は」
ヴィヴィオが挨拶すると、恭也は笑ってヴィヴィオの前に座る。
「今晩は。ヴィヴィオはいい子にしてるかい?」
「うん」
ヴィヴィオが返事すると、恭也は優しく頭を撫でる。ヴィヴィオが笑顔で恭也に抱きつくと、恭也も笑って抱きしめた。
なのはも恭也の横に座って、その様子を見つめる。
「お兄ちゃん、ずいぶん表情が柔らかくなったね」
「そうか?」
「うん、私が子供の頃は結構怖い感じだったけど、いい笑顔をするようになったと思うよ」
なのはへ飛びつくヴィヴィオの背中を軽く押してあげながら、恭也は答えた。
「そうか、自分じゃあまり解らないけど、なのはが言うから間違いないな」
「恭也さん、凄く素敵になったと思います」
「そうだよね~、忍さんと結婚したからかな?」
すずかとアリサが、笑いながらからかう様に言うと、恭也の顔が赤くなった。
「お・おい」
狼狽した恭也がアリサたちの方を振り向いたとき、二人組の女性が、こちらへと歩きながらなのはへと声をかけてきた。
「なのはさーん」
やって来たのは、マジョリカブルーのスラッシュネックTシャツに青のバギージーンズという服装が、紫色のショートカットな髪型と相俟ってボーイッシュな雰囲気を漂わせる女性。
「スバルと…ティアナ?」
「えへへ…お久しぶりです」
紫髪の女性は、にこやかに頭を下げる。
「ご無沙汰しております」
オレンジ髪の女性は、緊張気味に敬礼を返した。
「ティアナ、別に部隊に居る訳じゃないんだから、そんなに畏まる必要はないよ」
「あ、はい。どうも」
なのはに指摘されたティアナという名の女性は、顔を赤くしながら頭を下げる。
「なのは、その人たちは?」
恭也が尋ねると、なのはは笑顔で。
「紹介するね。二人とも機動六課時代、私の教え子だったの」
「スバル・ナカジマです」
紫髪の女性がそう言って、笑顔で頭を下げる。
「ティアナ・ランスターと申します」
オレンジ髪の女性は、凛とした表情で軍人調に頭を下げる。
「で、こちらは私のお兄ちゃん」
「高町恭也と言います」
恭也は、店の手伝いで培った丁重な仕草で頭を下げた。
最終更新:2007年12月13日 19:27