「なのはさんのお兄様だけあって、やっぱり格好いいですね~」
あいさつが済むと同時に、スバルは目をキラキラと輝かせ、ブリッコのポーズを取りながら言った。
「ちょ、ちょっとスバル! いきなり馴れ馴れしくするんじゃないわよ!!」
ティアナに怒鳴られるが、スバルはしゅんとした表情で人差し指同士を合わせながら反論する。
「でも、本当にそう思うんだもん」
「ははは、どうもありがとう」
恭也は笑顔で二人に言うのと同時に、店の入り口から恭也と同じ翠屋のエプロンをつけた、半袖の
Yシャツに作業用ズボンと運動靴というシンプルな服装の、四十代前半の男性が出てきた。
「おい、いつまで―――おお、なのはか」
男性はなのはたちの姿を見ると、顔をほころばせる。
「あ、父さん」
「お父さん、忙しいところをごめん」
なのはの父で、翠屋の店長である高町士郎に、アリサとすずかは「今晩は」と挨拶する。
「ええと君たちは、確かなのはの教え子で…ティアナさんとスバルさんだったね」
士郎そう言って挨拶すると、スバルは「はい、そうです」と、ティアナは「覚えていただいて、恐縮
です」と言って挨拶を返す、士郎はしばらく考え込んだ後、なのはに言った。
「なのは、皆さんを家に連れてってくれ。夕食は、みんなで揃ったときにしよう」
「うん、分かった」
「あ、あの…お寛ぎのところを邪魔しては――」
ティアナがそう言いかけた時、士郎はそれをにこやかに遮った。
「いえいえ、娘の部下の方々でしたら、私の家族も同然ですよ。どうぞご遠慮なさらずに」
「あ、ありがとうございます」
ティアナは、多少緊張気味に士郎へ礼を言った。
数時間後、高町家居間の食卓には和洋様々な種類の豪華な料理が並び、部屋全体にいい香りが漂っていた。
「うわぁ~、おいしそう~」
「すごい…」
スバルとティアナは、ミッドチルダでも当たり前に食べられているものから生まれて初めて目にする料理
まで、技巧を凝らした様々なご馳走の数々に目を輝かせ、息を呑んだ。
「さぁ、召し上がれ」
士郎の左隣に座っている、幾何学模様のワンピースという服装と綺麗な顔のため、士郎と同年代とは思え
ないほど若々しいなのはの母、高町桃子がにこやかにスバルたちへ言った。
「では、お言葉に甘えて…」
「いただきま~す」
ティアナは桃子に丁寧に礼を言い、スバルは、手を合わせながら快活に言って箸を取り上げた。
スバルたちがおいしそうに食べ始めたのを契機に、高町家の面々となのはの友人達も食事を始める。
しばらくの間、居間の全員は食事に集中して、会話が途切れる。
全員程よく胃が満たされ、落ち着いて来た時、桃子がスバルたちに尋ねた。
「スバルさんとティアナさんは、なのはの教え子なんですってね」
その質問に、ティアナが答える。
「はい、機動六課に所属していたとき、教導官として色々と教えていただきました」
「その時のなのはって、あなたたちから見てどう?」
「そうですね…」
ティアナは、フォークを置いて天井に頭を向けながら考えてから、答えた。
「厳しいですけど、基礎から順序立って教えてくれる、分かりやすい教導をしてくれる方…って感じです」
「あはは。ティアらしくていい答えだね」
スバルはそう言って笑いかけると、ティアナは顔を赤くして顔を伏せる。
「スバルさん、あなたはどう思った?」
桃子が尋ねると、スバルは真剣な表情で桃子を見つめながら答えた。
「私は…、初めて会った時からずっと憧れの方です」
スバルは、ここで昔を思い返すような、遠い目をしながら話を続ける。
「小さい時、私はなのはさんに助けて頂いて、その時に自分の力の無さを実感して、なのはさんみたいな
強い人になりたいって心の底から思って、それからずっと…今もなお追いかけてますけど、まだ遥か先の…
雲の上の人、そんな感じですね」
「スバル、それ持ち上げすぎ」
なのはは、顔を赤くして恥ずかしそうに言うと、桃子は微笑みながら娘を見つめた。
「あら、いいじゃないの。娘が人の尊敬を得られるほど立派になるなんて、母親としてこれほど嬉しい事
はないわ」
士郎も笑いながら頷く。
「そうだな。ちょっと前までは小さな子だと思ってたけど、それがあっという間に教官として人に尊敬される
までになってるなんて、そうそうある事じゃないぞ」
「多分、我が家で一番の出世頭じゃないかしらね?」
ベージュのブリッジシャツにローライズスキニーデニムパンツという服装の、金縁の眼鏡が知的な雰囲気を
醸し出しているなのはの姉、高町美由希が箸できんぴらごぼうをつまみ取りながら言った。
「ああ、俺も美由希もそんな立場までは行ってないし、稼ぎも我が家で一番じゃないか?」
恭也が自分の境遇を憂えるように、腕を組んで難しい表情をしながら言うと、桃子は恭也の頭に手を伸ばし、
優しく撫でながら答えた。
「いえいえ、恭也も美由希も立派にがんばってますよ」
頭を撫でられている恭也は、恥ずかしそうに顔をしかめて、母親の手から逃れる。
「ちょちょっと母さん、もう子供じゃないんだから」
突然、それまで黙ってサラダを食べていたヴィヴォオが、士郎と桃子に振り向いた。
「士郎おじさんに桃子おばさんも偉いと思うよ、だって二人が居たから、ヴィヴィオはなのはママと出会えた
んだもん」
「ありがとうね、ヴィヴィオ」
桃子はヴィヴィオの頭を撫で、士郎は張り切って腕まくりしながら宣言する。
「ようし、ヴィヴィオの為に今まで一番おいしいキャラメルミルクを作ってあげよう」
士郎の言葉に、ヴィヴィオも満面の笑みで返した。
「ありがとう、士郎おじさん」
「いやぁ~、実に幸せなそうな事で…」
「私たち、お邪魔だったかも…」
アリサとすずかが、気まずそうに縮こまっているのを見たなのはは、慌てて二人を宥めに入った。
「アリサちゃん・すずかちゃん、そんな事無いから」
食事が終わると、スバルは庭で恭也とシューティングアーツの手合わせを始め、ティアナは、アリサたちと
ミッドチルダと地球の文化について色々話を始める。
士郎と桃子は、ヴィヴィオのキャラメルミルク作りのために台所へ行き、ヴィヴィオも二人について行く。
そしてなのはは、コーヒーの入ったカップを手に、縁側でスバルと恭也の手合わせを眺めながら、美由希と
雑談に興じていた。
「…なのはが、初めてヴィヴィオを連れてきた時は、上へ下への大騒ぎだったわね」
美由希がからかう様に言うと、なのはは苦笑しながら答え。、
「うん。管理局に入ってからの事を、総て話した時もかなりの騒ぎだったけど、あの時はそれ以上だった」
「でも、今じゃ一緒に飲み物作ったりするぐらい仲がいいんだから、良かったんじゃない?」
「うん。多分ヴィヴィオがいい子だったから、お父さんもお母さんも打ち解けられたと思う」
そう言って二人は台所の方に目を向ける。
台所からは、キャラメルミルクのいい香りと、楽しそうに話すヴィヴォオたちの声が聞こえてきた。
「で、クラナガンの方はどうなの? リンディさんから、分離主義勢力についてちょっとは話を聞いてるけど」
なのはは、顎に手を当てて考え込みながら話し始めた。
「最近、情勢が不穏になってきてる。魔術を使える人たちと、そうでない人たちの対立が段々悪化してきてて、
街中でデモが暴動になるなんて事が結構多くなってて…」
「そうなんだ」
「私も、時々暴動の鎮圧に呼ばれる事があるんだけど、正直言って気が乗らない」
そう言った時のなのはの表情に陰りが見えたのを、美由希は見逃さなかった。
「どうして?」
「それだけ今の状況を不満に思う人が沢山居るって事でもあるから」
なのははそこで一旦言葉を切って、空に目を向ける。
「ミッドチルダって、魔法以外の技術に対して本当に冷淡なの。魔術の技能を持たない人たちって選挙権がないし、
就職に関しても色々と制約があるから、彼らが怒るのも当然だって思う」
コーヒーを飲んで一息つけてから、再び話し始めた。
「暴力行為は悪い事だけど、ほとんどの人たちは自分の生活をより良いものにしたくて、間違っていると感じている
事を変えたいから、そうやって抗議している…そんな人たちの思いまで、一時の過ちとして片付けているような気が
するの」
美由希は、なのはの肩に手を置いて言った。
「なのはは優しいね。昔、ユーノを拾ってきた時もそんな風に一生懸命だった」
振り向いたなのはを真正面から見つめながら、美由希は話を続ける。
「なのはがそう思うなら、同じように感じている人は他にも居ると思う。魔法の力を持たないけど、懸命に世の中の
ために頑張っている人たちに正しく報われるようにしたいって思っている人が」
美由希はそこで言葉を切り、手合わせを終え、庭石に相対して座りながら話をしている、スバルと恭也の方に目を
向けながら話を再開した。
「その人たちと一緒になって、より良い方向に解決できるよう頑張るといいと思うよ。今のなのはならそれが出来る、
それはお姉ちゃんが保証する」
「そうだね。ありがとう、お姉ちゃん」
なのはは小さく微笑んで、空になったコーヒーカップを見つめる。
「ちょっと、新しいコーヒー入れてくるね」
そう言って立ち上がったなのはに、美由希は笑って手を振った。
台所で両親達と話をしながら新しいコーヒーを淹れ、居間に戻ろうと廊下に出た時、首に下げてあるレイジングハートが
点滅を始めた。
「どうしたの、レイジングハート?」
「マスター、八神はやて様から個人向け秘匿通信が入っております」
「はやてちゃんから!?」
なのはは急いで自分の部屋に行き、空間ウィンドウを開く。
「はやてちゃん、どうしたの?」
モニターに映るはやては、緊迫した表情で話を始めた。
「なのはちゃん、お休み中のところ申し訳ないんやけど、こっちでえらい事が起きてな」
「何?」
はやての話を聞いたなのはの表情が凍りつき、コーヒーカップを床に取り落としてしまう。
カップからコーヒーが溢れ、カーペットに黒い染みを作る。
「フェイトちゃんが…」
なのはは、呆然とした表情で呟いた。
最終更新:2007年12月07日 21:53