魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第九話「その日、機動六課(後編)」

俺は最高速度で鉄槌の下へ向かった、奴の強さは戦わずとも知れている、せっかくの獲物を先に倒されては意味が無い、しかしそんな考えは杞憂に終わる。
「バージル…リィンが、リィンが!…」
デバイスは砕かれ融合機は倒れ、鉄槌が敗れていた、少なくとも命に別状は無いようだ、俺は医療班に念話を入れて敵の反応のする方向を見定める。
「お前はここで医療班を待て、俺は敵を追う」
高速で撤退する高い魔力反応をサーチし即座に連続転移の準備に入る、この距離と敵の速度ならば仔細ない。

「すまねえ旦那…あたしがもっとしっかりしてれば…」
「気にするなアギト、お前はよくやった」
手に乗るほど小さな少女、融合型デバイスであるアギト、そして彼女を抱えて飛行する男、ゼスト・グランガイツ、スカリエッティの技術で蘇り故あって地上本部に乗り込もうとした元管理局の魔道騎士であった。
「む…あれは」
そんな二人の前に青いコートを着た銀髪の男が待っていた。
「待ちくたびれたぞ」
「何も感じなかった…魔力を隠蔽する技、大したものだな、管理局員か?」
「そんな事はどうでもいい」
「何?」
青いコートのバリアジャケットを着た男、バージルは手にした白銀の剣を突きつける。
「さあ、全力で戦え」
バージルは言い終わらぬうちに刃を振るっていた。

「くう!」
「旦那ああ!」
空中でバージルの振るうフォースエッジ・フェイクを槍型デバイスで受け苦悶の顔を見せるゼストに火炎弾の支援をしながらアギトが叫ぶ。
しかしアギトの火炎弾は周囲に高速展開した幻影剣に相殺され爆ぜ飛ぶ。
「はあああ!!」
ゼストは槍の後部、石突き部分からカートリッジを排出し魔力付加を強めた刃でバージルの剣を空中へ弾き飛ばす。
「貰ったあああ!」
勝利を確信したゼストは最高速度でバージルの心臓めがけ刺突を入れる、非殺傷設定でもこの一撃ならば確実に意識を断てる、例え障壁を張ろうと打ち破る自信があった。
「さすがだな…鉄槌を倒しただけある…」
窮地の筈のバージルは不敵に笑みを見せその頬を歪めた、有利な筈のゼストは背筋に寒気を感じる。
次の瞬間、耳障りな高い金属音と共にゼストの槍は、魔を喰らう妖刀“閻魔刀”の刃にその侵攻を阻まれていた。
「まさか閻魔刀を抜かされるとはな」
「俺に全力で戦えと言ったのだ、貴様も全力で来い!」
「ふっ」
「何がおかしい?青き騎士よ」
「いやなに、同じ土俵に立ったつもりの貴様がおかしくてな…」
カートリッジを使ったゼストの槍と鍔競りながらバージルは未だ不敵な笑みを崩さずに言った。
「旦那ああ!!後ろだ!」
離れた場所で支援の為に火炎弾を形成をしていたアギトが叫ぶ、その時ゼストの背後から上空へ飛ばされた筈のバージルの剣が回転しながら迫ってきた、敵に投げた剣の軌道を操る技“ラウンド・トリップ”である。
「くううう!!」
ゼストは即座に防御障壁を後方に展開しその刃を防ぐが前方の閻魔刀の圧力は増し、刃の挟み撃ちがゼストの命を刈らんと迫る。
「アギトオオオ!俺ごと撃て!」
「な…でも旦那!」
「構うな!」
「…わかった!」
アギトは形成した巨大な火炎弾を5つ、鍔競り合う二人へと放つ…爆炎と煙が上がり視界を満たす。
「くっ…」
「大丈夫か旦那!」
煙の中から姿を現すゼストにアギトは安堵の笑顔を見せる。
「やったんだな、へっへ~ん、見たかこの烈火の剣精アギト様の力!あんなキレた奴なんか楽勝だぜ」
「いや、まだ終わっていないぞアギト…」
「えっ!旦那~何言って…」
アギトは言いかけた言葉を飲み込んだ、目の前には姿を消していた青いコートの剣士が離れた場所から、両手に刃を携えてこちらを見ていた。
「う…嘘だろ…何で?」
アギトは自分の目を疑った、あの状況からあんな距離に移動するなんて“人間”ではありえないからだ。
「高速転移か…あの状況でやるとはな」
「何、あまりに遅い支援攻撃だったのでな」
ゼストの言葉に答えながら、バージルは右手に閻魔刀、左手に剣型デバイス、フォースエッジ・フェイクを構え、さらに自身の周囲に幻影剣を10本形成する。
「さあ、どうした…もっと見せてみろ貴様らの力を」

「紫電一閃!」
透る声と共に横薙ぎに振るわれる炎の魔剣により、刃のように反り返る鋭い前腕を持つ蜘蛛型悪魔“アルケニー”が両断され塵となって滅んでいく。
魔剣を振るうは烈火の二つ名を持つライトニング副隊長シグナム、彼女の頭上ではスターズ隊長、高町なのはが砲撃と誘導弾で遠距離の悪魔とガジェットを倒していく。
「大丈夫かなのは!?」
「はい!」
デバイスを受けとった六課隊長陣はシグナムとなのはが地上敵戦力の、フェイトが敵航空戦力の迎撃に出撃し、はやては後方指揮の建て直しに奔走していた。
「通信が通りにくいな…ロングアーチ!こちらライトニング02だヴィータとバージルは無事なのか!?」
鎌を持った傲慢の名の低級悪魔“ヘル・プライド”を返す刃で次々と斬り伏せながら六課通信主任シャーリーに通信を入れる。
「こちらロングアーチ!…ヴィータ副長は…未確認の敵戦力に撃破されました…敵はバージルさんが今追ってます!」
「ヴィータが敗れただと…」
シグナムと永き時を共に戦ってきた鉄槌の騎士ヴィータ…彼女の強さは並でない、しかもリィンと一緒に居たという事はユニゾンして敗れたという事だった。
「くっ…このままでは、バージルの救援に行けんではないか!」
シグナムとなのはが撃破した敵戦力は既に200体以上に上っていたが未だに掃討には遠く、二人の足元には排夾されたカートリッジが一面に散らばっていた。
「無事でいろよバージル…」
さらにシグナムとなのはの眼前には更に大鎌を構えた悪魔ヘル・ヴァンガードが数体出現して二人の足を釘付けるのだった。

バージルとゼストの戦いはその舞台を眼下の森へと移しながら激しさを増していた。
シグナムすら見た事のない閻魔刀とフォースエッジ・フェイクの二つの刃が織り成す白刃の二重奏に幻影剣の掃射を加えた攻撃は、歴戦の魔道騎士であるゼストの防御と命を容赦無く削っていく。
しかしバージルのバリアジャケットも所々が切り裂かれ鮮血がその青を際立たせていた、バージルの嵐のような猛攻を斬り返しながらゼストは確実に反撃の斬撃を刻み込んでいた。

森の中、バージルとゼストは苛烈な斬り結びの果てに一度距離をおき互いの血潮で濡れた刃を構えて睨み合っていた。
「旦那、こうなったら融合するしかねえよ!」
「これ以上、お前に負担をかけられん、…俺がまたフルドライブで落とす」
「そんな…旦那!これ以上の無理して危ないのは旦那の方じゃねえか」
息の荒くなったゼストにアギトが融合の提案をするが、にべも無く断られる。
バージルとゼスト、両者共に身体に刻み付けあった傷は互角、しかし人造魔道師として強化された代償に短命を背負うゼストに対し、悪魔の力を持つバージルが徐々に有利になりつつあった。
そんな中バージルは突然、閻魔刀を鞘に戻しフォースエッジ・フェイクを背中に掛けて構えを解いたのだ。
「…なんのつもりだ青き騎士よ?」
「3分やる、傷の回復と融合の相談でもしろ、今のままではつまらんのでな」
「な…こんの野郎舐めやがって!」
あろうことか死闘の休憩、彼にとってはもう融合せぬゼストは“唯の楽しい死合相手”でしかない…そして今彼の力を試すのに必要なのはそれ以上の強敵だった。
「大丈夫か?旦那」
「ああ」
アギトが懸命に治癒魔法を行使してゼストの身体に刻まれた傷を癒していく、ゼストは座って身体を休め自身も治癒魔法の補助を行う、バージルはそんな二人を腕を組んで見ている。
「ところで、青き騎士よ…お前は一体何故こんな戦いを望むのだ?」
「言っても意味の無いことだ、それに俺は貴様らの言う騎士ではない」
「…そうか」
場には沈黙が流れる、そんな三人の下に予期せぬ乱入者が現れた、上空から一つの影がバージル目掛けて落下する。
「オラアアア!!」
唸りを上げて回る脚部の回転刃を持つローラーブーツ“ジェット・エッジ”による踵落としを放つ戦闘機人、ナンバーズ9番ノーヴェであった。
バージルは組んだ腕をそのままに最低限の動作でノーヴェの蹴りを避け、地面に足をめり込ませたノーヴェの腹部に膝を入れて吹き飛ばす。
「かはあっ!」
ノーヴェはゼストらの目の前に転がり腹部を押さえて咳き込む、そんな彼女の周りに次々と他の戦闘機人が現れる。
「ああもう…まだ仕掛けるなって言ったじゃないすっか~」
「…命令無視」
「…姉さま大丈夫ですか」
宙に浮く盾“ライディングボード”に乗った11番ウェンディ、同じ顔を持つ双子8番オットーに12番ディードであった。
「うるせえ!黙らした方が楽だろうが…くっ痛え」
「まったく…我々の任務は彼を倒すことではないのだぞノーヴェ…それに先ほどの戦闘の負傷だってあるだろうが」
そんな4人にもう一人、銀髪に眼帯の小柄な少女、ナンバーズ5番チンクが近づきノーヴェに声をかける。
そして地下に潜り状況を見守る6番セインと距離をおき狙撃のチャージと後方指揮の為に離れた場所から状況を見つめる4番クアットロと10番ディエチ。
今フェイトを地上本部上空にて釘付けている3番トーレと7番セッテを除く地上本部と六課を強襲したナンバーズが全員その場に集まった。

「失礼しましたバージル殿、我々はナンバーズ、ドクター・スカリエッティの作り出した戦闘機人です」
「戦闘機人…この前、串刺した木偶人形どもの仲間か」
「…我々はあなたと戦いに来たのではありません」
チンクがそう言うと宙に映像が浮かび白衣の狂科学者ジェイル・スカリエッティがその顔をバージルの目の前に映し出した。
「いやあ、初めましてバージル君、君の話は娘達からよく聞いているよ“悪魔”のように強く冷酷だと…いや君にこの言い方は失礼かな?半魔の剣士殿」
「随分と俺の事を知っているようだな…やはり襲撃には内部からの情報流出があったか」
「おや…もう気づいているのかね?」
「当たり前だ、貴様らの襲撃は手際が良すぎだ、いかに雑魚ばかりの局員にAMFと悪魔を用いようともな」
「さすがだよ、しかし君についての情報は内部からのリークからではなく“別の”情報源があるのだよ…さて本題に入ろうか、この後に管理局の方々に大切な演説があるんでね…」
「俺に力を貸せとでも言うか?」
スカリエッティの話を切りバージルがその先を繋げる。
「ご明察!その通りだよ、私の技術なら君に更なる力を与えられる、損はさせないはずだがね」
「断る」
即答だった、静かだが一切の譲歩の感じられぬ強い意思を持った言葉でバージルは返した。
「ほう、君のような者が管理局に肩入れかね?どちら側でも変わらないと思うがねえ」
「違うな…」
「では何故だね?」
「決まっている、貴様が無能だからだ」
「……無能?…この私が?」
狂気の科学者ジェイル・スカリエッティ、狂っていると言われたとて敵味方共に天才と認められてきた彼にバージルは無能の烙印を押したのだ。
「その通りだ、随分と長い間研究とやらをしているようだが、あの程度の木偶人形しか作れぬならば無能極まる」
その言葉にスカリエッティは僅かに頬の肉を歪ませる。
「…そうかね交渉決裂か…それでは皆、後は頼んだよ」
スカリエッティがそう言うと映像は途切れ、同時にナンバーズが戦闘態勢に入り空気が張り詰めたものに変わる。

「ドクターからは無理やりでも連れて来いって言われてるんっすよ~」
「別に肉片だって構わねえってな」
ウェンディとノーヴェがそう言うや否や、チンクの固有技能(IS)ランブルデトネイターにより爆破効果を付加されたダガーナイフがバージルに降り注ぎ爆炎でその周囲を彩る。
「今だ!オットー・ウェンディ!一気に決めるぞ」
チンクの指揮が飛びウェンディは誘導弾をオットーは広域攻撃のエネルギーをチャージし晴れ上がった煙の中で防御障壁を展開していたバージルに射ち出した。
しかしその攻撃がバージルに命中することは無い、射出された次の瞬間に閻魔刀の鍔鳴りの音と共に発生した大量の空間斬により攻撃は空間ごと刻み落とされた、その数実に20以上。
「これだけの攻撃でこの魔力使用量か…デバイスの魔力処理能力もだいぶ馴染んできたな」
バージルは自分に向けて放たれた攻撃を一瞬で消し去りながら、まるで目の前のナンバーズを欠片も意識していないような言葉を静かに呟く。
「よそ見してんじゃねええ!」
雄叫びと共にノーヴェが空を駆ける道エアライナーにより空中を疾走しながら渾身の捻りを加えた回し蹴りを放つ、その威力は初見のものを超えるそれを内包しながらバージルの側頭部めがけ軌道を描く。
「早いな、しかし動きに無駄が多すぎる」
なんでもない風に感想を口にし、バージルは瞬時に装着したベオウルフ・フェイクの蹴りをノーヴェの蹴り足に合わせて打ち出す。
空中で火花を上げて軋む二人の脚部、ノーヴェの武装ジェットエッジは回転刃の速度とブースター加速を上げるが、逆にノーヴェの足が悲鳴を上げ始める。
「くうっ!固ええっ」
「その上、この程度の破壊力か…屑が」
そう言い放つと同時にバージルの脚部に絶望的なまでの魔力が込められ、火花を散らしノーヴェのジェットエッジに無数の亀裂が入り始める。
「ノーヴェ!くっ…ウェンディ私の攻撃に合わせろ!オットーは次弾までレイストームのエネルギーをチャージ!」
チンクが叫びダガーナイフとウェンディの誘導弾を再びバージルへとその照準を合わせ、正確に彼めがけ発射する。
しかしノーヴェの攻撃を涼しい顔で返しながらバージルは周囲に幻影剣を多数展開、この支援攻撃を打ち落とし、さらに攻撃準備に入っていたオットーに射出した。
「うわあっ!」
瞬時に張った防御障壁を打ち破られオットーが被弾、チンクとウェンディがオットーに目を奪われた刹那、期を伺っていたディードが高速移動でバージルの背後に回り双剣ツインブレイズを振りかざし、彼の背中に斬撃を打ち下ろそうとしていた。
「やっと来たか、やはり背後に回るとは芸のない…」
背中に感じた殺気と視線に奇襲の匂いを感じていたバージルは脚部に更に力を込めてノーヴェの足のジェットエッジを粉砕。
足ごとへしゃげたそれをノーヴェの身体ごと側方に蹴り飛ばすと瞬時に手甲を解除、背後へと向き直り即座に片手で抜いたフォースエッジ・フェイクにより頭上の双剣を防ぐ。
確信を持って行った奇襲が破れ、その上に芯まで凍るようなバージルの目を息のかかるような距離で見つめたディードは今まで感じたことのない感情“恐怖”にその身を震わせた。
「どうした?機械仕掛けの木偶でも恐怖を感じるのか?」
静かに嬲るように言葉を吐かれると同時にディードは腹部に冷たい異物を押し込められるような感覚を覚える。
「えっ…」
軋みを上げるディードの赤い双剣とバージルの白銀の刃の下で彼のもう一つの手が、閻魔刀の刃でディードの腹部を刺し貫いていた。
バージルは双剣を受ける手はそのままに腹部の閻魔刀を捻り上げディードの腹部の肉をおおいに抉った。
「あああああああっ!!!」
熱を持った激烈な痛みに普段はその表情を変えぬディードが涙と悲鳴を上げる。

「ノーヴェ!ディード!」
チンクはダガーナイフを構えながら動けなかった、先ほどの幻影剣での迎撃によりこの男が近接戦の最中でも遠距離攻撃を正確に射出すると知って攻撃の手が鈍っていた。
ウェンディも誘導弾とライディングボードの砲撃をチャージするが攻めに出れず顔を苦悶に歪める、遠方で狙撃の機会を伺っていたディエチも同じく近すぎる標的と姉妹に引き金を引ききれなかった。
「お前ら!どけっ!!」
アギトの治療を受けながら、今までナンバーズの奮戦を見ていたゼストが自身の槍型デバイスを構えバージルに向かって飛び掛らんと魔力を高めていた。
「しかし騎士ゼスト、今のあなたは傷ついている…ここは我らが…」
「今はそんな事を言っている場合ではないぞ、このままでは全員死ぬ、それに傷の事を言うならお前とて負傷しているのだろうが」
「…」
流れる己が血潮を省みずに戦おうとするゼストをチンクは止めるが、ゼストの気迫に押され口を閉ざす、現状で回せる戦力を惜しめばそれは死に繋がる事を彼女はよく理解していたからだ。
(全員聞け!これから騎士ゼストが敵の動きを止める、できたら全員の攻撃で一気に押し切るぞ!)
チンクの念話が終わらぬうちにゼストは単騎で駆け出していた、その後ろからはチンク・オットー・ウェンディ・アギトが支援攻撃の準備に入り遠方のディエチもクアットロの照準補佐によりスコープの狙いを定める。
「フルドライブで行くぞ!!!」
ゼストの声にデバイスが応えカートリッジが空を舞う、彼の最強の魔力付加を加えた槍の穂先がバージルへと向けられた。

バージルは頭上の双剣を薙ぎ払い、ディードの腹部に埋まった閻魔刀の刃を横に引き裂きながら抜き去ると、瞬時に鞘に戻し両手足にベオウルフ・フェイクを再装着した。
振り返りながらディードを足元へと殴り倒し、視線をゼストへと向ける、彼の放たんとする攻撃が最高のものであるという予感が四肢の防具に過大なまでの魔力を込めさせる。
(しかし、この男…既に死期を目前にしているな…この戦いを終えればこの先まともに戦えまい)
至高の敵の短命を漠然と感じ、バージルの胸中に寂しさに似た念がよぎる、バージルはゼストの一撃に応えようと跳躍し、最高の威力を持つ蹴り技“流星脚”を放つ。
轟音を響かせ空中でぶつかり合う二人の暴虐たる一撃、両者は得物はおろか骨肉すら軋ませながら互いを滅ぼさんと魔力を高める。
そして最初に崩壊の音色を奏でたのはバージルのデバイス、ベオウルフ・フェイクであった。
ベオウルフ・フェイクは亀裂と圧壊の歪みをその身に刻みながら砕け散り、バージルはゼストの刃により後方へと吹き飛ばされる。
木々が砕けながら倒れ、大地が大きく抉られ、バージルの吹き飛ばされた跡に道を形作る。
「やはり強度的な問題は今後の課題か…実戦での使用は考えようだな」
バージルはデバイスの不具合を述べながら立ち上がる、同時に幻影剣と防御障壁を展開し追撃に備えた。
「今だっ!!!」
バージルが立ち上がり、その影を晒した瞬間チンク・ウェンディ・オットー・アギトの攻撃に加えて機を伺っていたディエチの砲撃がバージルへと降り注ぐ。
バージルは空間転移で回避に移ろうとしたが、脚部に妙な感触が走り転移しようとずれた空間の移送が止まる。
そこには足を掴み彼の動きを封じる地中から伸びた腕、物質潜行能力“ディープダイバー”により地に潜っていた機人6番セインの手があった。
閃光がバージルの身体を包みこみ、視界を覆う大きな土煙が上がる、ナンバーズは勝機を確信した。

「セイン大丈夫か?」
チンクが声を荒げて通信を入れる、離脱の余裕はあったと考えているが、一斉攻撃の寸前にバージルの動きを止めるという危険な役回りをこなした姉妹の安否が、勝利の余韻を冷ます。
「それはこいつの事か?」
土煙の中から静かで冷たい声が響く、そこにはボディスーツのあちこちを焦がしたセインの首を掴み上げるバージルが、その姿があった。
バージルもバリアジャケットの大部分を焦がし煙を上げて破損していたが、眼光に宿る覇気はいささかの衰えも無い。
攻撃の瞬間に展開していた幻影剣でチンクのダガーとウェンディの誘導弾を相殺しながら最大出力の防御障壁と地中より引きずり出したセインを盾にその身を守ったのだ。
それでもバージルの身体に刻まれた無数の傷が攻撃の苛烈さを表していたが、ナンバーズは身動き一つしないセインに目を奪われていた。
「返すぞ」
バージルはそう言うと手に掲げていたセインをボロキレのように超人的な膂力でチンクらの方へと投げ捨てる。
「あっ」
思わず声が漏れる、その怯みが命取りだと感じた時には遅すぎた、次の瞬間には空間転移により周囲を覆う幻影剣の刃、バージルの手は鞘にその身を隠した閻魔刀の柄にかかり、抜刀の体制を取っていた。
ナンバーズに向けて幻影剣がその刃を鮮血で潤さんと飛来する、そしてバージルは高速での移動による刃の一閃“疾走居合い”を放つ。
ナンバーズは防御障壁を展開するが防ぎきれず数多の裂傷をその身に刻む、特に遠距離支援砲撃が厄介なディエチには念入りにその武装へと幻影剣の刃が踊る。
バージルの居合いが放つ絶命必至の閻魔刀の刃を、遂にアギトと融合をしたゼストが己の槍にて受け止める、甲高い金属音を立てて噛み合う刃が火花を散らし二人の男を照らす。
「やっと融合を見せるか」
「これ以上、出し惜しみはできんからな」
血の海の上で再び織り成される剣舞、二人の男は笑みさえ浮かべて斬り結ぶ、しかし幾重にも火花を散らし舞い踊る血刃の軌跡も終局を迎える。
倒れ伏したのはゼスト、胴を十字に切り裂かれ口腔よりどす黒い血潮を吐き出し、地に身体を落とした。
いくら融合を果たしたオーバーSランクの魔道騎士とて無理な調整を受けた身体での長時間の戦闘は容赦なく彼の生命を削り、なによりナンバーズを気遣いフルドライブを使った事が大きく負担となっていた。
「惜しいな…貴様とは万全で斬り合いたかったぞ」
バージルは倒れたゼストにあえて止めを刺さずに見下ろす。
「ごふっ…今が俺のベストだ…」
「旦那っ旦那ああ!!」
斬撃の直前で融合を解除され負傷を免れたアギトが、何とか一命を取り留めたゼストに駆け寄って傷の治療を始めていた。
「…手加減したのか?」
「融合を解除するのが見えて気が萎えただけだ…」
「そうか…俺の名はゼスト、お前の名を教えてくれんか?」
「バージル」
ほんの短い時間ゼストと言葉を交わしたバージルは彼とアギトを捨て置き、幻影剣の掃射に傷つき倒れたナンバーズへと足を進めた。
「さてと、まだ抵抗する力は残っているんだろうな…」

ディエチの狙撃砲は全壊、ノーヴェはジェットエッジごと足を潰され、ディードは切り裂かれた腹部から腸をぶち撒けて気絶、セインは死んでいないものの能力の行使は不可能、ゼストも倒れ戦線復帰は絶望的。
ナンバーズに残った残存戦力はチンク・オットー・ウェンディにディエチの傍で遠距離からこちらを伺うクアットロのみ、接近戦に持ち込まれれば刹那で終わる状況。
(チンクちゃ~ん、とってもいい情報がきたわよ~)
チンクにクアットロが念話にて軽口を叩く、恐らくは下手を打っても敵に一番近いチンクらを囮にすれば自身は撤退可能という計算の為だろうが、その非情は他の姉妹に知る由も無い。
チンクがクアットロと念話をするのをバージルは黙って見ていた、ナンバーズは連携の取れた戦術を得意とする集団と判断し、あえて反撃をさせ軽く腕試しの相手にしようかと考えたのだ。
そのバージルの周囲に転移魔法陣が現れ、大量の低級悪魔ヘル・プライドが召喚される。
「さ~ルーテシアお嬢様~早く転送してください~」
「…分かった」
クアットロの指示を受け、たった今救援に駆けつけた幼い召喚師の少女、ルーテシアが自分のデバイス“アスクレピオス”により悪魔の召喚とナンバーズ・ゼストらの転送を平行して行う。
「“逃げ”だと…つまらんマネを!」
尻尾を巻いて逃げる敵をみすみす逃がすバージルではない、目の前の低級悪魔をフォースエッジ・フェイクで切り裂きながら目の前のチンクらに迫る。
ウェンディはノーヴェとセインを、オットーはディードを抱えルーテシアの転移魔法陣の上で離脱の準備をするがバージルは悪魔を倒しながら迫ってくる、このままでは転移の前にチンクらが倒れるのは必定であった。
「ウェンディ…ノーヴェを頼む、姉は少し行ってくる」
そう言うとダガーナイフを構えたチンクは一人転移魔法陣から進み出て、彼女らに迫るバージルを見据えた。
「えっ!ちょっチンク姉なにするんすか?」
「チンク姉え!」
ウェンディと彼女に支えられたノーヴェが叫ぶが、次の瞬間にはチンクはバージルにダガーを投げつけ爆砕するその刃で交戦を始めていた。

「これ以上、妹たちには近づかせない…悪魔の剣士殿」
「“悪魔”か、それを知っていて貴様一人か?木偶人形」
「勝てずとも…姉ならば妹の道を作ってあげたいのですよ…」
持てる全てのダガーと爆破付加能力を行使して、命がけの玉砕へと銀髪隻眼の小さな影が走る。
しかし悪魔は無慈悲にもチンクの投げつける刃を爆破の効果範囲外にて全て幻影剣で爆ぜ落とし、手にした銀色の凶刃を彼女の小さな身体に突き刺した…
「チンク姉えええええ!!」
ノーヴェの絶叫が木霊する中、転移魔法陣は術式構築を完了しバージルとチンクを残して他の全員を一瞬で追尾不能な地点まで転移させた。
「がはあっ!」
右胸にフォースエッジ・フェイクの刃を突き刺されたチンクが鮮血の華を吐き散らす、心臓を狙った筈の一撃が逸らされ、驚愕を覚えるバージルの剣を持つ手をチンクが掴む。
「ごほっ…この距離なら外さない…」
鮮やかな紅で口を汚したチンクが、その手に最後のダガーを持ち最大の爆破能力を行おうとISの発動兆候を見せる。
しかしその瞬間に走った腹部の衝撃と脳に走る電流に小さく痙攣し彼女は意識を闇に落とし、光を映す隻眼を閉じた。
「自爆か…少々危なかったな」
バージルはダガーが目の前で爆発する前にチンクの腹部から腰椎へと閻魔刀を刺し入れ、魔力を流して脊椎越しに直接脳を揺さぶり意識を奪ったのだった。
「しかし、これで俺の新たな戦術はおよそ完成か…殺す必要もないな」
彼はそう呟くとチンクの肺腑に埋まったフォースエッジ・フェイクと腹部の閻魔刀を引き抜き、傷だらけの小さな身体に治療を行いながら、未だ混乱の収まらぬ本局へと通信を入れた。
「地上本部管制、こちら機動六課所属嘱託魔道師バージル・ギルバ、本部襲撃の未確認敵戦力の一人を確保した至急医療班を送れ…」

続く。

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最終更新:2007年12月01日 10:34