魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十話「闇の剣士の離脱」

「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょううう!!!!」
ここはスカリエッティの地下研究所、足元を涙と血で染め上げ泣きながら壁を殴り続ける赤い髪の少女、ナンバーズ9番ノーヴェは声を張り上げ獣のように叫ぶ。
「もうやめるっすよ、ノーヴェ…身体の修理だって終わったばっかりなのに…」
見るに見かねて彼女を気遣い言葉をかけるのはナンバーズ11番ウェンディ、先のバージルとの戦いでナンバーズはチンクを管理局に奪われセイン・ノーヴェ・ディードは重度の損傷を受けた、そしてノーヴェは先ほどその修復作業を終えたばかりだった。
「約束したんだ…」
「えっ…約束?」
「チンク姉を守るって約束した…約束したのに!なのにあたしは何も出来なかった!あいつに手も足も出なかった!」
「そんな事…しょうがないっすよ、ゼストさんだって勝てなかったのに…」
スカリエッティに調整された人造魔道師ゼストもまたバージルに敗れ、今はルーテシアとアギトに見守られながら傷の治療を受けていた。
「そんなん関係ねえ!」
ノーヴェは涙を流し続ける瞳でウェインディを睨む、あまりの気迫にウェンディは言葉を失う、そんな二人の下へ静かに手を叩く拍手の音が足音と共に近づく。
「素晴らしい実に素晴らしい、美しい家族愛だ」
毛髪の無い頭にオッドアイの男アーカム、スカリエッティに“悪魔”という未知の魔法生物の知識と存在を教え、バージルの関係者であった事意外はナンバーズも詳しくは素性を知らない謎の男だった。
「なんだ!つまんねえ事言ってんなら、ぶっ殺すぞ!」
凄まじい気迫の涙交じりの瞳と声で突如現れたアーカムに吼えるノーヴェ、アーカムは意に介さず懐から何か小さな物を取り出す。
「そう気を立てないで頂きたいな、姉を思う君に“力”を進呈しようと思っただけだよ」
「…ちから?」
「そう“力”だ、君に家族を救い出せる力を差し上げよう」
ノーヴェにそう言うとアーカムは、願いを叶える魔の宝石、Ⅶの数字を刻まれたジュエルシードという名のロストロギアをノーヴェに差し出す。
二人のやりとりをウェンディは一歩退いて見つめていた、ウェンディの目にはアーカムの姿が、甘言で人を惑わす悪魔に見えた。

ガジェットに戦闘機人、数々の未知の敵戦力の襲撃、管理局地上本部は成す術もなく、大した抵抗すら見せることが出来ずにその名に泥を塗る。
しかし機動六課の魔道師が襲撃犯の一人を確保した事により最低限の体面をなんとか保っていた。
六課は襲撃によりギンガとヴィヴィオを奪われ、隊舎を破壊され隊員の多くが負傷した、部隊長のはやては半壊した隊舎の代わりとして新拠点の確保に奔走していた。
新たなる六課の拠点として、幼い頃の縁深い次元航空艦アースラを得ようとヴェロッサの助力により上へかけあったが、予想に反して二つ返事で了承を取り付けられた。
皮肉にも以前はやてが否定した殺傷設定での交戦により得た、犯人の身柄確保が評価された結果であった。

「随分と沈んでるね、はやて」
場所は時空管理局本局、改修作業を受けるアースラを見つめるはやてにヴェロッサが声をかける、はやては一瞬顔を彼に向け、またアースラに目を移す。
「なあロッサ、私ってやっぱり甘いんかな?」
「甘い?」
「バージルさんが殺傷設定で戦うのを頭では理解できる、ヴィータとリィンを倒した融合騎に加えて戦闘機人を相手に手加減なんて出来へん…それでも殺す気で戦うのを肯定したくないって思ってる」
「…はやて」
「部隊長失格やね、そのお陰で新しい部隊の拠点かて手に入っとるのに」
「…その気持ちがはやての本心なら僕は否定しないよ」
自分以外の命が奪われる事に臆病なはやてをヴェロッサはあえて励ました、そう言わなければきっと今の彼女は立っていられないと考えたから。
敵と味方の命を天秤にかけるような選択、はやての心を容赦なく磨り減らすが、きっと彼女は目に映る全てを救おうとする敵も味方も…自分の命に代えてでも。
(相変わらず生き急いでるなはやて…心配するこっちの身にもなって欲しいよ)
二人はアースラを前に今後の捜査方針や部隊運営について言葉を交え始めた、老いてなお飛ぼうとする古い翼に再び若き精鋭達が乗ろうとしていた。

バージルは酷く消毒の匂いの漂う場所をフェイトと一緒に歩いていた、そこは管理局の有する犯罪者専用の医療施設、向かうのは確保された戦闘機人ナンバーズ5番チンク。
スバルのIS振動破砕とバージルの凶刃に倒れたチンクの傷は生きているのが不思議なほどであったが、迅速な処置によりなんとか一命を取り留めた。
そして数日ぶりに意識を取り戻したチンクから執務官のフェイトが事情聴取を行う事になったのだが、チンク本人からバージルが同席してくれれば自分の知る全てを話すという取引条件を出したのだった。
こうして二人は施設の医師に案内され、施設内の特に重症の者が収監されている一角に足を進めていた。
「それで被疑者の容態はどうなんですか?」
フェイトが歩きながら、自分たちを案内する医師に質問をかける。
「容態ですか…生きてはいますが、まあ一生まともに歩くことはできないでしょうね、脊椎に直接魔力を流されていましたし」
「…そうですか」
医師の飾らない残酷な言葉に顔を悲しみに歪めるフェイト、例え犯罪者だろうと憐憫の情を抱かずにはおけない、優しい彼女らしい姿だった。
しばらく歩き続けた二人が最後のセキュリティを通り病室についた、そこには様々な医療器具からチューブを繋がれた小さな隻眼の少女が横たわっていた、フェイトはその痛々しい姿に、かつて空から落ちた親友の事を思い出す。
「見苦しい…姿で…申し訳ありませんね…」
最初に口を開いたのはチンクであった、フェイトは慌てて挨拶を入れる。
「初めまして、時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウンです」
「戦闘機人…ナンバーズ…5番チンクです…」
「挨拶はいい、それで俺をわざわざ指名した理由はなんだ?」
フェイトとチンクの会話にバージルが割って入る、本来なら執務官でない自分が呼ばれる必要が無いからだ。
「ご足労…感謝します…あなたに頼みがあったものですから」
「頼み?」
「はい…あなたがもし…この先、私の姉妹と戦うことになったら…」
チンクは必死に顔を起こしチューブで繋がれた身体をバージルへと向ける。
「…命だけは…奪わないで頂きたい」
「何?」
「もし…聞いて頂けるなら…私の知る全てを話します…どんなことでも従います…」
「姉妹か、お前ら作られた者に血の繋がりなどあるまい、血の繋がらぬ者の助命に命をかけるつもりか?」
「バージルさん!」
バージルのあまりの言い様に思わずフェイトが口を出す、彼女にとって人造生命というモノは過敏に反応せざるをえない話だった。
必死の懇願を冷めた目で見下ろしながら返したバージルの質問にチンクは口を開く。
「いえ…例え血の繋がりなど無くても…あの子達は私の家族ですから」
「わかった、考えておこう」
「ありがとう…ございます」
バージルの言葉に肯定の意を読んだチンクは微笑んで礼を述べる。
「聴取に俺は必要ないだろう、先に外で待つぞテスタロッサ」
バージルはフェイトに一言残して部屋を後にする、その後チンクからスカリエッティの研究所の場所と予測される座標及びナンバーズや召喚可能な悪魔の能力がフェイトに話された。

聴取を終えた二人は、はやてたちの下へと戻る、そこでスバルの父ゲンヤにクロノ、カリムを交えて戦闘機人事件やスバルの出生が語られた、全員が話を聞き終えて席を立つ中でバージルにクロノが個別回線を開いて通信を入れてきた。
「バージル・ギルバ、君に少し話がある」
「偽名で呼ぶなと言ったろうがハラオウン、で何だ?」
「ああ、実は君の出身世界の件で調査が……」

はやては隊長陣を集めアースラが新たなる基地となる事、そして今後の六課の方針について説明をしていた、はやての話があらかた終わった時バージルが部屋へと足を踏み入れる。
「あ、バージルさん」
はやてが声をかけ、その場の全員の視線が彼へ集まる。
「八神、話がある」
「なんですか~もしかして求婚とか?」
はやてが軽い冗談を飛ばすがバージルは表情を変えずに答える。
「まあこれだけ揃っていれば手間が省けるだろう、実はここを出ようと思ってな」
「……えっ?それって…どういう」
バージルの言葉を一瞬理解できずはやては唖然として聞き返す。
「機動六課を抜けるという事だ」
「…な、なんでそんな…」
「ハラオウンが俺の出身世界を見つけたらしいからな、必要な魔法知識はおおよそ覚えた以上もうこの世界に用は無い」
バージルは狼狽するはやてに相も変わらぬ冷たい答えで返す、なのはとフェイトは驚愕に顔を染めヴィータは激しい怒りを示す、一人シグナムだけは冷静な表情でバージルを見つめていた。
「そんな…バージルさん、ヴィヴィオはどうするんですか!?きっと私達の助けを待ってるんですよ!」
なのはが思わず声を荒げる、そんな彼女にバージルは一番残酷で心を抉るような言葉で返す。
「高町、お前はあの娘がまだ生きていると思っているのか?」
「えっ…」
「敵が何の目的で奪ったかも知れないのだ、どんな実験や利用をされているかも分からんのだぞ」
「…そ、それは」
「もはや、生きていると考えるのはただの希望的観測でしかないと考えんのか?」
「そ…そんな…事…」
「下手な希望など持たない方がよほど楽だぞ、失うものが大きい程にな」
バージルの言葉になのはは堪えきれずに涙を流し始める、フェイトは何も言えずそんななのはを見つめる、バージルの言葉はあまりにも残酷だが事実でもあったから何も励ます言葉など出なかった。
そんななのはを見てもバージルは何事もなかったように部屋を出ようと踵を返した。
「そうかよ、用が済んだら“サヨウナラ”かよ!仲間なんてどうでもいいのかよ!!」
なのはの様子に怒りを抑えきれなくなったヴィータがありったけの感情を込めて吼えた、しかしそんなヴィータにも彼は顔だけ向けて冷たく返す。
「別に俺はお前たちの仲間などになった覚えは無いぞ、鉄槌」
「な、なんだよ…それ」
「お前たちに力を貸したのは唯の契約だ、八神とのな、しかしそれも十分果たしただろう…それでは世話になったな」
あまりに冷たい言葉にヴィータは唖然とし、その顔に怒りだけでなく深い悲しみも落として身体を震わせた。
バージルはそう言うと、驚きと悲しみに震えるはやて達を残して部屋を後にする、しかしそんな彼にシグナムは他の者に悟られぬように個別に念話を送っていた…

バージルは半壊した六課宿舎で少ない自分の荷物の中から最低限の物を整理していた。
「バージルさん!」
よく通る声が響き、バージルの前に痛々しい傷を引きずってスバルが現れる、バージルが六課を去ると聞いて病院を抜け出して来たのだった。
「何だナカジマ」
「その…六課を出てくって…本当ですか?」
「ああ」
「そう…ですか」
バージルは小さな鞄に荷物を詰め終えるとスバルの横を通り過ぎ、部屋を後にしようと足を進める。
「あの…バージルさん…その」
立ち去るバージルの背中にスバルは必死で言葉を紡ごうとするが上手く口から出ない、しかし先に口を開いたのはバージルだった。
「ナカジマ、一つ聞いていいか」
「えっ?は、はい」
「お前は先の敵と同じ、戦闘機人だそうだな」
「えっと…その…はい」
「お前は憎くはないのか?」
「憎い…ですか?」
「自分と同じ存在に母を殺されて、他の戦闘機人が憎いと思ったことはないのか?殺してやりたいとは考えなかったのか?」
スバルの出生の秘密と彼女の母クイントの死の原因である戦闘機人事件の話を聞いたバージルは、スバルとの最後になるだろう会話にて胸中に湧いた疑問を口にした。
「それは…たぶん昔は感じたかもしれないです…」
悲しそうな顔をして母の喪失の過去を思い、スバルは顔を伏せて言葉をかみ締める。
「でも…きっとお母さんはそんな事を望んでないから…それに…」
言葉を紡ぎながら顔を上げたスバルは今までバージルに見せた中で最高の笑顔で彼に答えた。
「私は魔法を…泣いてる誰かを助ける為に使っていきたいから」
「……そうか」
小さく呟くとバージルはそんなスバルから目を背け、その場を去ろうと歩き始める。
「バージルさん…あの…今までありがとうございました!!」
「…ああ、達者でな」
スバルは立ち去るバージルの背中に頭を下げた、バージルは静かにその場を去り姿を消した、しかし彼が向かったのは宿舎出口でなく半壊した宿舎の屋上であった。

「時間を取らせて悪いな」
「気にするな、まだ本局での転送ポートの使用には数日は間がある」
屋上でバージルを迎えたのはシグナム、隊長陣との話の際に念話を送りバージルを宿舎屋上へと呼んだのだった。
「それで俺に何の用だ、お前も高町らのように俺を止めるか?」
「そんな事は言わん、ただ聞いておきたい事があってな…バージル、お前が我々に力を貸したのは魔法知識を得るための契約だと言ったな…」
「ああ、それ以外には無い」
シグナムはバージルの瞳に物憂げな視線を投げかけて尋ねる。
「バージル…お前は何故そこまで力を求める?何がお前をそこまで駆り立てた?」
「下らんことを、ただ俺の魂がこう言っているのだ、もっと力を…とな」
バージルの空虚でどこまでも冷たい目を見たシグナムは怒りの混ざった眼差しで見据え、彼に一歩近づいて吼えた。
「違うっ…私が聞きたいのは“お前をそこまで駆り立てた”根源の事だ」
「…何?」
「バージルお前は、一体…」
そしてシグナムは、まるで心の奥底まで見透かすような澄んだ瞳で彼を見据えて、言葉を投げかけた。
「…かつて何を失った?」
その問いはバージルと何度も剣を交え、六課の誰より彼を理解していたシグナムだから言える問いかけだった。
その言葉にバージルは鼓動と心を震わせる、頭を過ぎるのは母を失った過去の記憶、そしてその時感じた力への渇望。
「知った風な口を聞くな…」
「お前は何を守りたかった?」
「………黙れ」
「何を取り戻したかった?」
「………黙れ」
「バージル…守れるのは、取り戻せるのは“今”だけだ」
「黙れっ!」
シグナムの投げかけた心の奥を見透かすような言葉にバージルは初めて激昂の感情を見せる、そして彼女の首筋に閻魔刀を突きつけた、しかしシグナムはその閻魔刀の刃を素手で掴み力の限り握り締めた。
「なっ…」
「弱いなバージル…今のお前が振るう閻魔刀では、虫一匹殺せはせん」
閻魔刀はかつてスパーダが振るった意思さえ持つ魔を喰らう妖刀である、本来ならシグナムの手は前腕ごと二つに裂かれてもおかしくない筈だった。
しかし、その閻魔刀の刃は動揺の波紋を広げるバージルの心に斬れ味を落とし、シグナムは掌を裂かれて血を流すだけに止まる。
「そうやって魔と闇に溺れ力を求め続けるのか!?自分を仲間と、家族と慕った者から目を背けるのか!?」
「ああそうだっ!力が得られるなら身も心も全てを魔と闇に浸してやる!!それにお前らなど仲間でも家族でもない!!!」
二人は額がぶつかるほどに顔を突き合わせて吼え合う、流れる血を気にも留めずシグナムは瞳に烈火の怒りを宿し閻魔刀を握る手にさらに力を込める。
「自分の心まで偽るのか…私に飾るなと言ったのはお前だぞバージル!!人の心まで捨てるか!!」
「勝手な事をほざくなっ!俺は悪魔だ!人などではない!!」
シグナムはバージルのその一言に先ほどの燃え盛る炎のような怒りから、深い悲しみに沈み、涙さえ流しそうな瞳で彼を見つめる。
「何故そこまで私達を拒む…何故そんな悲しい事を言う……おまえ自身がなんと言おうと、お前は私達の仲間だ、そしてお前は人間だバージル…不器用で弱くて強い…優しい人間だ」
「黙れええええ!!!!」
その言葉と共に周囲に幻影剣が展開されシグナムを貫いた、その数40本以上、非殺傷設定にされてはいたが過剰な高出力の魔力設定で射出され、体力の無い者ならショック死しかねない威力であった。
しかし、シグナムはバリアジャケットも防御障壁も展開せずにその魔力の刃を全身に受ける。
衝撃で六課の制服は所々が裂け、本来なら白く美しい彼女の肌が見える筈だが、見えたのは高度の魔力ダメージで赤く腫れ上がった痛々しい肌だった。
「くっ…この…」
常人なら意識を保っていられない痛みと魔力消費、シグナムは閻魔刀の刃を手放しながらも、震える膝を制してバージルの瞳を見据える。
「…馬鹿者…」
シグナムはその言葉と共に弱弱しい拳でバージルの頬を殴りつけ、遂に気を失って彼の胸に倒れこんだ。
その拳は今までバージルが彼女から受けたどんな攻撃より熱く痛かった。

そして闇の剣士はこの世界で得た、仮そめの仲間と家族と温もりを捨てた。

続く。

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最終更新:2007年12月07日 21:29