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クラナガンは、時空世界を統括するミッドチルダの首都である。
旧暦時代の戦火で廃墟と化した都市を取り壊し、区画整理しながら拡大・発展してきた。
時空世界の中心地として、管理内外の様々な世界の種族が集まるこの超巨大都市には、三つの政府機関がある。
一つ目は、行政機関として総ての時空世界に君臨し、政府の意思決定機関でもある元老院。
二つ目は、立法を司り、唯一の法律制定機関である最高法院。
そして三つ目は、司法・軍事・治安を一手に引き受けている時空管理局。
その中枢である時空管理局本局ビル(旧地上本部)。
1000階建てのセントラルタワーと、その周囲を守護騎士の如く囲む500階建てのサブタワーが周囲を圧倒する
この超高層建築物には、JS事件後の組織改革で管理局の全機能が集約される事となった。
しかし、同事件で500階より下のフロアの多くが破壊又は損傷を受け、その修理工事も完了してない現状では、
999階に長官室、998階は統合幕僚会議の議場、それ以外のフロアは、陸上部局と次元部局の臨時オフィスと
NMCC(国家軍事指揮センター)の一部が稼動を開始しただけである。

アール・デコ様式の幕僚会議議場控え室は、招集をかけられた管理局幹部及び、上級職員でごった返している。
彼らは、議場が開くまで雑談したり、ホールのあちこちにある空間モニターで、最新のニュースをチェックしたり
していた。
モニターには、現在クラナガンで起きている、デモ隊と管理局治安部隊の衝突についてのニュースが流れている。
綺麗にメーキャップされた、青いスーツ姿のアナウンサーが営業スマイルを顔に貼り付けて、原稿を淡々と読み
上げていた。

「本日朝8時より、クラナガン第28区のフューリーダ通りで行われている、分離主義派一般民によるデモは、デモ隊
内部に紛れ込んでいた過激分子によって暴動に発展し、現在、管理局機動一課第6師団の陸士部隊が鎮圧に当たって
おります」
画面は緊張した表情で体を屈め、絶えず背後を気にしながら実況をしている、青色の肌に二本の触角状の角を頭に
持つ、水色のYシャツを着たレポーターに切り替わり、画面下部には、地球人類のとは異なる文字のテロップが
表示される。
テロップを日本語訳すれば、KBC(クラナガン放送局)のロゴと生中継の表示、バーズ・ダドゥアという
レポーターの名前になる。

「フューリーダ通りのデモ現場です。えー、現在わたくしの背後では…デモ隊と陸士部隊の
激しい衝突が繰り広げられております」
それと同時に、カメラは衝突現場の方へズームする。
画面には、魔方陣を展開して暴徒鎮圧用に設定された魔力弾を発射する陸戦魔導士数名と、
その攻撃から逃げようと必死に走るデモ隊が映し出される。
路上には弾が命中して、うずくまったりのた打ち回ったりするデモ参加者と、投石に使われた
石や逃げる際に捨てられたプラカードが見える。
プラカードの幾つかには「我等に当然の権利を!」「私達は奴隷ではない!」と書かれている
のが読み取れた。

「えー、最初はデモ隊が陸士部隊の前でプラカードを掲げ、シュプレヒコールを叫びながら歩いて
回っておりましたが、いつしか自然発生的に石を投げつける者――」
すぐ近くで物が割れる音がして、レポーターの話が途切れる。
「えー、それからプラカードで殴りかかる者や、停まっている車をひっくり返す者が出始めた為、
その鎮圧のために陸士部隊が発砲を―――」
今度はヒュッと何かが目に見えない速さで走る音がして、画面端に映る車のフロントグラスが粉々に
砕け、破片がレポーターや画面に降りかかる。
「伏せろ! 伏せるんだ!!」
レポーターはそう言って地面に倒れこみ、画面も上下左右に揺れる。
再び画が安定した時、視点は地面スレスレにまで下がっていた。
画面には、石や、どこから持ってきたのか8インチのテレビモニターを投げつけるデモの群衆、
そこへデバイスを向ける陸士たちが通りの向こうに映っている。
彼らの発砲で、五~六人が倒れるのが見えた。
それと前後して、複数の人間の怒号が聞こえたかと思うと、画面真正面に路面へ叩きつけられる
人の顔が映る。
苦痛にゆがんだその顔を陸士のブーツが踏みつけるのと同時に、画面はスタジオのキャスターに
切り替わった。
「中継が途切れましたので、スタジオより引き続き…」

「ふん、何が“我らに当然の権利を”だよ」
ブラウンカラーの管理局職員用スーツにミニスカートの、どう控えめに見ても十五歳以上
には見えない少女が、キャスターの解説を聞き流しながら苦々しげに呟いた。
「あたしら管理局が次元世界と主要地上世界の安全を守る為に、どれだけの犠牲を払って
きてるか分かって言ってんのか?」
「ヴィータ」
ヴィータという名の少女の横に立つ、ピンク色の長髪をリボンでポニーテールに束ねた、
同じ制服にミディスカートの、二十代前半の女性がヴィータを窘めるように言う。
「でも、そうだろシグナム? 魔術の力も無く、身を守る術のない只の一般民が――」
ヴィータがシグナムと呼んだ女性は、ヴィータの肩に手を置いて厳しい表情で言う。
「ヴィータ、お前は主はやてに同じ事を言えるのか?」
シグナムの言葉に、ヴィータははっとした表情でシグナムを見つめる。
「主はやても、かつては彼らと同じ…いや、それ以上に無力だったのだぞ。それを忘れるな」
「う…うん」
ヴィータが力無く俯いて答えた時、白の教官用制服を着たなのはが二人の所へやって来た。
「お待たせ。ヴィータちゃん、シグナムさん」
「ああ、なのはか」
「なのは…」
弱々しく呟いて顔を伏せているヴィータに、なのはは訝しげな表情で問いかけた。
「ん? どうしたの、ヴィータちゃん?」
「いや、あの…」
言いよどんだヴィータに、なのはは微笑みながら言う。
「何か悩み事があるなら、私でよければ聞いてあげるよ」
俯いていたヴィータは、意を決したように顔を上げてなのはに言った。
「なのは…。あたし、いつの間にか思い上がってみたいだ」
「え!?」
ヴィータが先のことを話そうとした時、二等陸曹の階級章を付けている、蠅の顔をした管理局員
がやって来た。

「高町なのは一等空佐と…シグナム三等空佐にヴィータ一等空尉でございますね?」
三人が頷くと、陸曹は空間モニターを開いて説明を始める。
「皆様がこれから受け取る情報は、機密扱いです。よって議場内でお聞きいただく内容は、親類縁者は
もちろん、無関係の局員に対しても全て他言無用です。この会議も機密となり、皆様がここに来た事も
公式の記録には残りません」
三人とも気後れする事無く普通に頷いた。仕事柄、この種の制約に受ける事がザラだからだ。
「では、こちらの機密保持誓約条項に捺印を願います」
三人は陸曹が開いたモニターに、一人ずつ人差し指を押し当てる。
「大変お待たせいたしました、議場へお入りくださいませ」
陸曹はそう言って丁寧に頭を下げると、他の雑談をしている将校グループの方へと歩み去る。
「じゃあ行こうか」
なのはが言うと、シグナムとヴィータの二人は頷き、議場入口へと向かう。
「で、ヴィータちゃん。さっきの話って何だったの?」
なのはに促されて、ヴィータは先程の事を再び話し始めた。

管理局統合幕僚会議々場は、最大一千名を収容できる大規模なホールで、演壇のあるステージを基点に、
扇形に聴衆用の座席が置かれている。
議場全体は音響設計とデザインの両立を目指した幾何学的オブジェで彩られ、暗幕が下げられたステージ
の後ろには、管理局のエンブレムが吊り下げられている。

議場中央部の辺りの聴衆席、7~8メートルはあろうかという身長の長い鼻の巨人の隣に、なのはたち三人は、
話をしながら座る。
「そうだったんだ…」
ヴィータの話を聞いたなのはは、難しい表情で言った。
「シグナムに思い上がりを指摘されるまで、すっかり忘れてたんだ。
かつて、はやてと出会うまであたし達がどんなに道具として扱われてきたか、それがどれだけ嫌な事だったかを…」
そう言って落ち込んだヴィータに、なのはは慎重に言葉を選んで答える。
「ヴィータちゃん、人が…危険を承知で一生懸命主張している事に対して、無力だからって見下げるのは確かに
良くない事だよ」
なのはの言葉に、ヴィータは顔を伏せ、両手を強く握ってかすかに頷く。
「でもね、そうやって自分で過ちを認められたんだから、その間違ったと思うところを改めて行けばいいと
思うよ」
なのはは、そう言ってヴィータの頭を優しく撫でる。
「そうか…って、撫でんなぁ!」
なのはに頭を撫でられて微笑んでいたヴィータは、自分が子ども扱いされている事に気付き、頬を赤く染め
ながら、頭を振って腕を振り払う。
「あはは。ごめん、ヴィータちゃん」
「ふんっ!」
なのはが頭を掻きながら謝ると、ヴィータは顔を赤くしたまま、腕を組んでなのはから顔をそらした。

「しっ、長官が参られたぞ」
人差し指を口に当てながら言ったシグナムの言葉に、二人は話を中断してステージに視線を向ける。
緑の顔に金色の鶏冠のある蜥蜴人間を先頭に、日系や白人と思われる地球人類系や『エイリアン』を
思わせる、後ろに頭の突き出た亜人種といった男性数人と、二十代後半の冷たい雰囲気を漂わせる
眼鏡をかけた女性一人の、幕僚たち数人が演壇へと歩いていた。
全員、青の上級幹部用スーツと男性陣は白のスラックスを、女性はシグナムと同じミディスカートに
ストッキングを履いている。

「オーリス秘書官、私の見たところ、その…ずいぶんと若い者が多いように感じるのだが」
演壇に立った蜥蜴人間が、周囲を見回しながらオーリス・ゲイズという名の女性秘書官に言うと、
オーリス秘書官は淡々と答える。
「ゲラー長官、全員各部門のエキスパートです。
最近、管理局では目ぼしい人材を学卒の段階で確保するようになってきておりますので、必然的に
若者が多くなります」
ここで少し間をおいてから、オーリスは念を押すように言う。
「重要なのは能力であって、年齢ではありません」
初代時空管理局長官ディグ・ムデ・ラ・ゲラーは、それでも不安げに首を振りながら言った。
「それはそうだ。しかし、今回は事の重大さを考えると、多少なりとも成熟した人材の方が望ましい
のだが…そう思わんかね? ナカジマ空佐」
話を振られた初老の日系男性、ゲンヤ・ナカジマ一等空佐は苦笑いしながら長官に答えた。
「理想を言えばその通りでしょうが、現実はこの通りですし、若くても成熟した人間は幾らでも居ますから」
ゲラーは、首をすくめて頷くと、もう一度聴衆を見回し後でマイクを口元に寄せた。

「ディグ・ムデ・ラ・ゲラーだ。来たばかりの者は、空いてる席に適当に座ってくれ」
具体的な自己紹介の必要はないという事が分かっているので、ゲラー長官は、早速話を始めた。
「分かっている者も居るとは思うが、まだ、状況を飲み込めていない者も居るだろうから、改めて
説明しよう。
昨日、現地時間十七時三十八分、第1158管理外世界のセギノールという地にある、管理局中央基地が
攻撃を受けた。
当基地には、陸士部隊五百十九人と空戦部隊百四十六人が常駐し、攻撃当時は次元航行艦一隻に
ロストロギアの探索任務中だった執務官一名が居たが、不意の攻撃になす術が無かったらしい。
現在のところ、生存者は確認されていない」
ゲラーはここで一旦言葉を切り、聴衆に意味が浸透する時間を置く。
初めて事情を知った者たちからの、不安げなざわめきが議場に満ちる。
ゲラーが話を再び始めると、全員彼の話を一言一句聞き漏らすまいと、息を潜めて聞き入った。

「一般には一時間後に公表するが、諸君らには先に伝えておく。
今のところ、何処の勢力による攻撃かは不明だ。また、分離主義派を含む、反管理局勢力からの
声明もない。
手がかりとなるのは、この信号音だけだ」
ゲラーが振り向いて頷くと、オーリスは空間モニターを開いて何事か言う。
すると、議場全体に設置されたスピーカーから、耳をつんざくような甲高い騒音が響き渡った。
「これは、襲撃者が管理局のネットワークシステムをクラッキングしたときの信号だ。
後の調査で、攻撃の目的は我々のネットワークの最深部に侵入する事だったと推測されている。
幸い、基地職員の賢明かつ勇敢な判断で、クラッキングは途中で阻止する事が出来た。
しかし、どんな楽観的な見通しに立っても、同種の攻撃が再度行われるのは確実であるため、
現在タイコンデロガは信号の解析とクラッキングの対策に取り掛かっている」
ゲラーは身を乗り出して、議場の聴衆一人ひとりを見つめながら、念を押すように言う。
「元老院は、第1158管理外世界に次元航行部隊と地上部隊の大規模派遣を決定した。これに伴い、
管理局もDEFCON3体制へ移行する。
ここに居る者は、戦闘と諜報のエキスパートだけだ、君たちのこれからの働きに期待する」
ゲラーは演壇から去ろうとした時、言い忘れていた事が一つある事を思い出して、マイクに向き
直った。

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最終更新:2007年12月17日 20:59