魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十二話「双銃の使い手と似姿たる魔影 鉄拳の少女と白滅の魔獣」

「あなた達を保護します!」
言葉と共に、双銃を繰る少女ティアナ・ランスターは最後の敵、Ⅸの数字を持つ赤毛の戦闘機人に愛機クロスミラージュを突きつけた。
ティアナは敵の策にはまり、たった一人結界により隔離されたビルで三人の戦闘機人との交戦を強いられる、しかし見事に敵の攻撃パターンを見抜き二人の機人を撃破した今、最後の一人を確保しようと銃を向ける。
「保護だ? ふざけた事言ってんじゃねえぞお!!」
姉妹を倒され、数的な優勢を崩されたナンバーズ9番ノーヴェは猛る怒りに“アーカムに与えられた力を”解放した、次の瞬間ノーヴェから絶大な瘴気と共に魔力が溢れ周囲のコンクリートを砕きながらティアナに強烈な蹴りを出す。
ティアナは大振りな蹴りを軽く避けて距離をとり、クロスミラージュに魔力を込めてノーヴェに魔力弾を数発放つ、しかしノーヴェはその魔力弾をいとも簡単に手で叩き落す。
「凄い力だな…あのハゲ良いモン出すじゃねえか。こうなりゃもうてめえの相手なんかしてらんねえな」
そう言うとノーヴェは空を駆ける足場エアライナーを形成し天井のコンクリートを破壊し高速でその場を去る。
「くっ…逃げられた!」
自信をもって放った魔力弾を軽く弾かれた事で動揺し敵を逃がしてしまったティアナは臍を噛む思いで、既に姿を消した敵に視線を送る。
「待っててくれよチンク姉…あたしが今助けに行くから…」
結界の消失していたビルから飛び出し、最高速度でローラーブーツを加速させるノーヴェは囚われの姉を想い一人呟いた。

「地上本部管制。こちら機動六課所属スターズ04ティアナ・ランスター。敵戦闘機人を確保しました回収に人員の派遣をお願いします」
ティアナは逃げた敵は防衛に当たった他の局員にまかせるとして、無力化した二人の戦闘機人を回収させるべく地上本部に通信を入れていた、その彼女の背後から強い魔力と瘴気を宿した主無き影が静かに迫る。
「えっ?」
振り向いた時には既に彼女は襲いかかる影に別異層の結界に囚われた。
「ここは…また結界なの? でも別空間の異層って事はさっきの術者とは違うって事よね」
ティアナは円形の出口の無い結界の中でどこかに潜む敵の気配を探りながらデバイスを構える、その彼女の前に床に溶けていた魔力と瘴気が人型を成して姿を現す。
「これって…私?」
それは全身黒一色の影であったがティアナと同じ容姿をしていた、影と成り相手の姿を奪う黒き悪魔“ドッペルゲンガー”それを見れば死ぬという言い伝えどうり姿を写した人間を確実に死に至らしめる悪夢の具現者であった。


ティアナが影の悪魔と対峙していたその時、敵の手に落ちその手駒となった姉ギンガに勝利し正気を取り戻させたスバルは相棒であるティアナと合流すべく宙を駆ける道ウイングロードを展開し空を駆けていた。
そのスバルの前に見覚えのある赤い髪の少女が現れた、以前地上本部で交戦したⅨの数字を持つ戦闘機人ノーヴェである。
「てめえか…」
ノーヴェはその金色の目に空気が歪むと錯覚させる程の殺気を込めてスバルを睨んだ、全身から殺気と瘴気を発するノーヴェにスバルは以前とは違うその様に思わず身構える。
(これは魔力? 戦闘機人がなんで? もしかして新しい武装なの?)
思考を疑問に溢れさせるスバルにノーヴェは脚部の武装ジェットエッジの回転刃を唸らせながら吼えた。
「てめえとあの悪魔野郎のせいでチンク姉が…チンク姉を助けるまでこの力は温存するつもりだったけどやめだ。ハチマキてめえは今ここでぶっ殺すっ!!!!!」
言葉を吐くと同時に凄まじい魔力波動を発しながらノーヴェは跳躍し踵落としを仕掛ける、スバルはその攻撃を苦も無く避けるがその効果に愕然とする。
スバルに避けられたその蹴りは、近くの道路にめり込みアスファルトは衝撃に半径20メートル以上のクレーターを作る。
「この破壊力…凄い」
「へっ! どうだこの威力。この前のあたしとは違うんだよハチマキ!!!」
ノーヴェは跳躍と共に手甲のガンナックルにより光弾を雨のように射出した、スバルはこれを防御障壁で防ぐが前回の交戦時を遥に上回る威力に障壁を砕かれさらに飛び蹴りを受けて吹き飛ぶ。
「くっ!」
しかし後方に飛ばされたスバルはすぐさまウイングロードを形成し体勢を立て直すと拳を構えてノーヴェを見据える。
(直接接触して分かった。この力は固有技能じゃない。なにか別の強力な魔力ソースが体内にあるんだ…バージルさんの教えてくれた剄と拳の技が敵の動きを教えてくれる)
「ありがとうございますバージルさん…」
今は別の世界を歩んでいるだろう師に感謝を想い、スバルは冷静に眼前の敵を見る。
(凄い魔力…ロストロギア級の強力な魔力ソースなら過度の衝撃は自殺行為。どうやって倒せば…)
攻略法を考えるスバルにノーヴェはエアライナーを作り出して再び迫る、超高速で繰り出された絶大な威力の蹴りを捌きながらスバルは“読む”敵の動きを技をそして体内から感じる強大な魔力波動を。
(触れれば伝わってくる、次の動きが繰り出す技が。後はこの魔力の源の正確な位置が分かれば…)
「おらあああ!!!」
しかし、無数に放たれるノーヴェの渾身の蹴りが遂にスバルに命中し彼女の身体に衝撃と激痛を与える。
「くううっ!! でも掴んだっ!!」
強烈な打撃に顔を苦痛に歪ませながらもスバルは確信する、敵の持つ力の源を、願いを叶える魔の宝石の位置を。
「訳わかんねえ事ほざいてんじゃねええっ!!!」
ノーヴェは今までで最大の魔力を込めた後ろ回し蹴りをスバルに放つ、ジェットエッジの加速能力を加えたその破壊力はリミッター下ならば高町なのはの防御すら砕く程の威力を秘めていた。
スバルはその攻撃に防御障壁すら展開しない、このまま当たればスバルの頭はスイカのように砕け散るだろう…しかし命中したのはノーヴェの蹴りでなくスバルの拳だった。
いかに早く重い攻撃だろうともバージルの格闘の技からすればあまりに稚拙、スバルはカウンターの拳をノーヴェの腹部に当てて魔法陣の展開と共に技の名を叫ぶ。
「ディバインバスター!!」
封印効果を付加されたスバルの大技がノーヴェの身体に仕込まれた魔石に放たれた。
「ぐああああっ!!!」
体内のジュエルシードの力を封じられたノーヴェはスバルの放った青い閃光に吹き飛ばされてひび割れたアスファルトの上を転がった。
「やった。聴剄やっぱり凄い技です…バージルさん!」
スバルは勝利の喜びと師の技に感嘆の言葉を漏らす、そんな彼女の前に先ほど倒れた筈のノーヴェがふらつく足を必死で制して近づいた。
「まだ…終わってねえぞ…ハチマキ…」
「そんな!?」
スバルの最高の技を喰らってなおノーヴェはその目に闘志を燃やし、ボロボロの身体を引きずりスバルに迫る。
「もう戦うのは止めて! これ以上無理したら本当に危ないんだよ!!」
傷ついた身体でまだ戦おうとするノーヴェをスバルは必死で止める、そのスバルの言葉にノーヴェは静かに答える。
「死ぬのなんか恐くねえ…てめえを倒して…早くチンク姉を!」
その言葉を吐くと同時にノーヴェは傷ついた身体を酷使して拳を放つ、しかしその拳は呆気なくスバルを空振り反動でノーヴェの身体をまたアスファルトに転がす。
「大丈夫!?」
スバルは思わず心配して声をかける、帰ってきたのは先ほどの覇気が嘘のような弱弱しい言葉だった。
「返せよ…」
「えっ?」
「チンク姉…ぐすっ…返せよお…」
ノーヴェは泣いていた、その金色の瞳に涙を溢れさせて自分の無力と奪われた家族の悲しみに号泣する。
「えぐっ…チンク姉を返せよお…ぐすっ…ひどいことすんなよお」
まるで母親とはぐれた幼い子供のように泣きじゃくるノーヴェを見てスバルは思う。
(この子同じだ。あの時のギン姉を奪われた時の私と…怒りが憎しみが悲しみが…押さえ切れなくて暴れるしかなくて…他人も自分も傷つけて)
「約束するから…」
「…えっ?」
スバルは泣き続けるノーヴェの手を取り優しく、しかし強い意志を込めた言葉で語りかけた。
「あなたのお姉さんには酷いことなんて絶対させない。だから戦うのを止めて…そうすればあなたをお姉さんに会わせられる」
「そんな事っ! 信じられる訳が…」
ノーヴェは否定の言葉を繋ごうとしたがスバルの強く優しい眼光と言葉に遮られる。
「もしその時は私を殺して良いから。だから信じて」
一片の曇りなき瞳に射抜かれノーヴェは言葉を失う、スバルの眼光はその意思の強さをノーヴェに感じさせた。
「ぐすっ…約束だぞ…ハチマキ…破ったら殺すかんな…」
「スバルだよ」
涙を拭うノーヴェにスバルは満面の笑みで答える。
「…スバル?」
「スバル・ナカジマ私の名前。お前とかハチマキじゃなくて名前で呼んで。そうすればきっと分かり合えるから。だからあなたの名前も教えて?」
「…ナンバーズ9番…ノーヴェ…」
「ノーヴェか…いい名前だね。約束は絶対守るよだからもう泣かないで」
「えぐっ…泣いてなんかねえよ」
まだ涙を流すノーヴェに肩を貸しスバルは地上本部魔道師の控える防衛ラインに向かって歩きだした。
(ティア…待ってて。この子を預けたら直ぐに行くから)
スバルはきっとまだ何処かで戦っている相棒に心中で言葉をかけた。


「きゃああっ!!」
闇と影に支配された空間にまた少女の悲鳴と鮮血が流れる、ティアナの身体をドッペルゲンガーが模倣した彼女と同じ射撃魔法が貫いた。
戦いが始まってからというものドッペルゲンガーはまるで殺さないように注意して戦っているようだった、それは圧倒的な力量差から来る遊び…まるで小動物にでもするように悪魔は少女を嬲り甚振り弄び楽しんでいた。
(防御障壁もバリアジャケットも簡単に貫通される! 私と同じ射撃魔法なのにこんな威力があるなんて…それにしてもこいつの攻撃さっきから外れてばっかりだけど…)
敵の圧倒的な魔力と弾幕に戦略を練るティアナの思考がある考えを浮かべた。
「まさか…わざと外してる? 遊んでるの?…」
今までの攻撃に致命打が無いのは精度的な問題でないという憶測がティアナの背中に冷や汗を流させた、そしてドッペルゲンガーは恐怖を感じ始めたティアナにその影を歪める。
「こいつ…笑ってる…」
悪魔は暗黒のように黒い顔に歪な笑みを浮かべる、その輪郭こそティアナと同一の姿形だったがそのどす黒い狂笑はまさに人外のものだった。
「うわあああっ!!!!」
そのあまりの恐怖にティアナは常の冷静さを失い、過剰に魔力を収束した射撃魔法“クロスファイアシュート”を発射する…しかしその攻撃を受けたドッペルゲンガーはまるで“攻撃など受けていない”ように無傷な姿を晒す。
「嘘でしょ…障壁もなしで…」
傷の一つくらいは付けられるという自信を持って出した技に敵は無傷、ティアナの心を絶望が侵食し始めた。


ティアナが影の悪魔に絶望を覚えていた時、ノーヴェと共に歩くスバルの眼前に巨大な白い影が飛来した。
それは舞い降りた衝撃でスバルの目の前のアスファルトに巨大なクレーターを作り、立ち込める土煙を4枚の白い翼で払いながら鋭い牙を晒して口を開いた。
「スパーダの血の者の匂いを感じて来てみれば、人間ではないか…おい人間よスパーダの血を継ぐ者は何処だ、答えろ」
地の底から震えるような低い声を発して4枚の白い翼を広げる巨大な魔獣はスバルに声をかける、隻眼の面体に白光を閃かせ絶壊の豪腕を持つ超上位の悪魔、その名を“ベオウルフ”太古の英雄の名を持つ白滅の魔獣である。
「悪魔かよ…あのハゲ野郎こんなもんまで」
「スパーダの血?」
圧倒的な魔力と気迫にスバルとノーヴェは共に身体を震わせながら呟いた。
「悪魔の力を持つ剣士のことだ。剣と銃を繰る赤い服の者、そしてもう一人はおそらく刀を使い次元すら裂く剣士だ。素直に教えるなら殺さずにおいてやろう…どうする人間」
(刀を使う次元を裂く剣士ってバージルさんの事? 聞いたことも無い高位の魔獣…もし本局の事を言ったら転移魔法を使うかも…)
魔獣に聞こえない程度にスバルは隣のノーヴェに静かに声をかける。
「ノーヴェ…一人で歩けるよね? この先を真っ直ぐ行けば管理局の防衛ラインがあるから…一人で行って」
「一人でって…お前はどうするんだよ?」
「私はこいつを止める」
「止めるって…そんなん無理だ! こいつすげえ強いぞ!」
「大丈夫。直ぐに私も逃げるから」
決して曲げない意志を込めた目で言い放つスバルにノーヴェは仕方なく答える。
「………わかったよ。でも死ぬなよ…約束破んじゃねえぞスバル」
「うん。だから行って…ノーヴェ」
ノーヴェはスバルから離れ一人去る、スバルは拳を構えてベオウルフを見据える。
「なんのつもりだ…人間」
「バージルさんの居場所なんてあなたには教えない。あなたはここで私が倒す!!」
怒りにその顔を歪め皺を刻み、鋭く尖った牙を見せる魔獣にスバルは戦いを挑んだ。


「バージルさん……やっぱり私って弱いですか?」
バージルとの模擬戦が終わり消耗から大地に倒れて横になっていたティアナが口を開いた、それは自身の無力を感じて思わず言ってしまった言葉。
「俺からすれば大抵の人間は弱いぞランスター」
「えっと…そうじゃなくて。スバルとかエリオから比べたらって事です」
「なるほど確かにお前は魔力量も低く身体能力も高くない。おまけに何か特殊な技能や技術が有る訳でもないし空も飛べん。使えるのは射撃魔法と幻術だけだからな」
「うう…思いっきりハッキリ言いますね」
あまりに飾らない厳しい評価にティアナは顔を俯けて落ち込んだ、そんなティアナにバージルはまだ言葉を続けた。
「だがもし。お前ら4人の中で最も強い者を挙げるならば、それはお前だランスター」
「えっ!? そんな事ありませんよ。スバルやエリオから見たら私なんて…」
「ランスター。恐竜と鼠はどちらが強い?」
「いきなり何を…それは恐竜ですよ、だって大きさが違いすぎます」
「だが多くの世界で恐竜のような巨大な獣は滅んでいるぞ」
「えっと…それは」
「生き残るのに必要なものは何も単純な膂力とは限らんという話だ。場合によっては適応力の方が命を助ける、ただの馬鹿力や強大な魔力量が戦力の決定的な差にはならん」
「そうなんですか?」
「確かにナカジマやモンディアルはお前より魔力量も身体能力も高い。しかし敵として対するならお前のように冷静で状況を客観視できる者のほうが厄介だ」
「…褒めすぎですよ…そんな事言われたら私調子に乗りますよ」
「事実を言っただけだ。もっと胸を張れ、お前ほど後ろ向きな考え方ならば少しくらい慢心した方が良いかも知れんな…そろそろ隊舎に戻るぞ、ほら手を貸してやる」
バージルに手を貸されて立ち上がり、その手の感触と自分を評価する言葉を初めて聞きティアナは幾分か恥じらいを感じた(それとバージルに手を貸されているのをスバルが凄い視線で見てくるのに寒気を感じてもいた)。
それは姿を消した魔剣士の記憶、胸を張れと言ってくれた師の言葉。

「はあっ はあっ」
ティアナはドッペルゲンガーの攻撃に防戦一方となり疲労はピークに達し息を切らせる、さらに先の戦闘機人との戦いで負った足の傷の為に上手く攻撃を避けることも出来ずバリアジャケットを血の赤に染めていた。
(もう駄目かな…この化け物に殺されて終わりか。我ながらツマンナイ人生だったわね…)
その目を閉じて諦念と絶望に身を任せようとしたティアナの脳裏にバージルの言葉が過ぎる。
“…4人の中で最も強い者を挙げるならばそれはお前だ…”
“…恐竜と鼠はどちらが強い?“
“…敵として対するならお前のように冷静で状況を客観視できる者のほうが厄介だ”
その言葉を思い出した瞬間にティアナは目を見開き眼前に迫ったドッペルゲンガーの魔力弾を防御障壁とダガーモードの魔力刃で防いだ。
ティアナの纏う雰囲気が突然変わった事にドッペルゲンガーは見かけこそ黒い影のままだが明らかに動揺した、今まで嬲り殺す対称だったものが戦士の空気を放っていたからだ。
「私…何諦めてんのよ…あの人にフォワード最強って言われてこんな死に方したらあの世で幻影剣喰らうわよ」
ティアナは先ほどの絶望に染まった目とは別人のように鋭く覇気に満ちた目で悪魔を睨む。
(でもどうする? こっちの攻撃が最初っからまるで効いてないし…こいつは何か特殊な特性を持ってるの?)
思案するティアナにドッペルゲンガーはダガーモードの魔力刃でもって襲い掛かる、これにティアナは即座に形成した誘導弾を打ち出すが急造の誘導弾は狙いが甘く円形の結界の壁に当たる。
それを失敗と考え一瞬歯噛みするティアナだがその失敗は思わぬ僥倖を見出すした、誘導弾の当たったのは壁の丸いライトのような物だったがそれが衝撃を受けて強い光を発した、光を浴びたドッペルゲンガーは身体の瘴気を飛ばされて苦しそうに呻く。
(もしかしてこれって…)
それは結界と外界を繋ぐ封印の割れ目だった、ティアナは論理を分からずとも影の悪魔は強い光の下で力を落とす事を漠然と理解した。
外界との割れ目はまた閉じて結界内を闇で満たす、魔力と瘴気を再び纏ったドッペルゲンガーはティアナのそれを遥に超える威力と数の誘導弾と共に魔力刃を引っさげて彼女に襲い掛かった。
ドッペルゲンガーのその攻撃は全てティアナに命中した、しかしその彼女の像は揺らめいて消えた、影の悪魔は幻術に騙された事に驚愕を覚える。
「自分の弱点が知られた途端に焦って過剰殺傷なんて…あんたみたいな化け物でも恐怖とか焦りってあるのね」
離れた場所からティアナの声が響く、彼女は先ほどドッペルゲンガーが呻いている間に幻術“フェイク・シルエット”と“オプティックハイド”により間合いを取っていた。
そしてティアナは幾つかの誘導弾を作り悪魔を見据えると、その誘導弾を四方に放つ。
「教えてあげるわ。鼠でも勝てるって事をね!!」
ティアナが放った無数の誘導弾は結界周囲に点在したライトのような結界の割れ目に当たり結界内部を光で満たした。
「オオオオオオッ!!!!」
強烈な閃光に瘴気を剥がされた悪魔が苦悶の咆哮を上げる、ティアナは消耗しきった身体に残された魔力と気力の全てを双銃のデバイスに収束した、そして彼女の持つ最強の技が今放たれる。
「これで終わりよ!! ファントムブレイザアアアア!!!!!」
ティアナの放った狙撃砲の魔力の渦が影の悪魔を飲む込む、そして闇で作られ彼女を模倣した悪魔の身体は塵と消えた。
「これに懲りたら猿真似なんてやらない事ね」
魔力量の差、敵の持つ特殊特性、消耗した魔力と体力、数多の不利を捻じ伏せて少女は悪魔に勝利した。
ティアナは背後に妙な魔力波動を感じ背後に銃を構えて振り返った、その彼女の目に自分と全く同じ姿と魔力波動の少女の像が現れる。
「何…これ? 私?」
この時、器を失った影の悪魔の力が双銃を繰る少女に宿った。


それは兄と師と慕った人の記憶、自分達と別れて己が道を行った魔剣士の思い出。
「“発剄”ですか?」
それはスバルがバージルに頼み込み始めた個人練習、彼の知る様々な拳の知識と技を習得する中での一幕。
「ああ、打撃の際に使う技法のひとつだ。まあ流派により色々とあるが…とりあえず実際に見てみろ」
バージルはそう言うと目の前で防御障壁を展開する訓練用ガジェットに軽く魔力を込めた拳を振った、次の瞬間ガジェットはその金属製のボディを破壊されバラバラに吹き飛ぶ。
「うわああっ! 凄い!! たったあれだけの魔力で…」
「要するにインパクトの瞬間の剄の練りだ。よく練られた剄は相手の内部まで破壊力を伝えるこれを浸透剄と呼ぶ。気や魔力を振動とインパクトでもって合わせて使えばこれくらいは容易い」
「とても私にはできそうもありませんけど…」
「一応はお前に教えてきた技術を組み合わせれば使える。だが一朝一夕にこなせるものでもない、ゆっくり覚えろ」
「分かりました。“お兄ちゃん”」
「その呼び方は止めろ」
「うう…1秒で否定された。そう言わずに言わせてくださいよ~」
「全力で断る」
「あうう…」
それは今は遠く感じる過去の思い出、師と仰ぎ兄と慕った闇の剣士の記憶、彼の教えた最強の打法の術理。

「がはあっ! げほっげほっ」
スバルはアスファルトに大量の吐血をして一面を血で赤く赤く染め上げる、ベオウルフとの戦いは圧倒的などという表現では生ぬるい程の凄惨の様を呈していた。
絶望的なまでの破壊力を持つ豪腕と鋭い爪は掠っただけでスバルの防御障壁とバリアジャケットを紙のように削り彼女の身体を木の葉のように弾き飛ばす。
その両腕の届かぬ場所とて安全ではない、離れれば背なの翼から羽根を誘導弾のように飛ばしスバルの身体を深く切り裂きその白い服を血に染める。
白を基調とした筈のバリアジャケットはもはや白い場所など一辺もない、その全てがスバルの流した血の紅に染まっているからだ。
(痛い…血たくさん吐いちゃった、胃とか破れちゃったかな。肋骨もたくさん折れてる胸郭がグラグラだ…肺が破れたりしたら終わりかな…でもまだ負けれない)
それでもスバルは立ち続け、その鉄の拳をベオウルフへと構える。
「まだ戦うか、さっさとスパーダの血族の居場所を吐けば良いものを…そろそろ死ねい!」
そう言うとベオウルフはその巨大な腕を振り上げスバルの脳天めがけて振り落とす、しかしその一撃が穿ったのは道路のアスファルト、スバルは最低限の動作で身を翻しその悪魔の豪腕の内側から飛び上がった。
「日輪!…」
“日輪脚”空中に飛び上がりながら放つ連続の蹴り技がベオウルフの顎先を捉えた、そして反撃はそれだけに終わらない。
「月輪脚うう!!!」
“月輪脚”回転しながら振り下ろす蹴り技が今度は魔獣の脳天に決まる。
的確に急所を突く強烈な蹴りの連撃にさしもの魔獣もたじろぐ、スバルはさらに宙に飛びウイングロードで反動を付けて最高の蹴り技に繋ぐ。
「流・星・脚うううううっ!!!!!」
重力落下とウイングロードの反動を乗せた重い蹴りがベオウルフの腹部に深く決まり魔獣がその衝撃に呻く。
「ぐるああっ!!」
それはバージルの使った技の数々、スバルは彼の技を自分が使いこなせる事に苦痛と恐怖を忘れて泣きたいほどの喜びを感じていた。
(やりましたよバージルさん…ちゃんと使えました、敵の動きを読めました、当たりましたよ!!)
「人間風情があああっ!!!」
しかし喜びもつかの間、ベオウルフは両腕に渾身の力と魔力を込めて大地を叩いた、その衝撃は地震かと思えるほどの振動で一帯のアスファルトをまるで嵐の海のように波打たせる。
「うわっ!」
距離を取って体勢を整えようとしていたスバルはその衝撃に動きを止められた、そして白き破壊の魔獣がその巨体を躍らせる。
「死ねえええ人間!!!!!」
ベオウルフは突進からの体当たりを行なう、単なる体当たりでもこの魔獣が繰り出せばその破壊力は重戦車の正面衝突すら軽く凌駕するものだった。
高速での巨体の衝撃にスバル大きく後方へと飛ばされる、傷だらけの彼女にこの攻撃は過剰殺傷もいいところだった、流石に格下相手に力を出しすぎたと感じたベオウルフは苦い思いを感じる……しかし鉄拳を持つ少女は再び魔獣の前に現れた。

スバルは攻撃の瞬間に大きく後方に自分で飛び敵の攻撃の威力を半減させた、しかし半減されてもその圧倒的破壊力は彼女に絶大な苦痛と傷を与える。
「くっ… ごほっ…今度こそ死んじゃうかも……でもノーヴェと約束したから、みんなを助けなくちゃいけないから。まだ終われない…死ねないよ…」
激痛に耐え死の恐怖を制しスバルは震える足で立ち上がり手にした“もう一つのデバイス”を取り出す。
「お母さんギン姉。ちょっとだけ…力を貸して…」
光と共にスバルの左手にもう一つの鋼鉄の拳が装着される、それは姉から託された母の形見、左手のリボルバーナックル。
両手に鋼を纏い鮮血に染まった紅い服を着た少女が立ち込める土煙を割って白き破壊の魔獣の前に歩む。

「まだ生きているか人間」
「人間じゃない。私の名前はスバル。時空管理局機動六課スターズ分隊所属、スバル・ナカジマ! それが私の名前だ!!」
スバルは一片も臆さずに白き破壊の魔獣に名乗る、込めるは誇りそして大切なものを守りたいという気高き想い。
「面白い! 悪魔を相手に名乗りを挙げるか…ならば応えよう。我が名はベオウルフ! 太古の英雄の名を持つ白滅の魔獣也! その意気に免じて最高の破壊力で葬ってくれるわっ!!」
その言葉と共にベオウルフは全魔力をその両腕に注ぎ絶壊の白に染めていく、対するスバルは静かに闘志と決意を高めていく。
(私が勝つには生半可な威力の技じゃダメだディバインバスターでもまだ足りない…“アレ”しかない…使ったら私もただじゃすまない、下手したら一生腕が使えなくなるかも…)
スバルはその瞳を金色に染めて自身の戦闘機人としての能力を解放して口を開いた。
「…でもやるしかない!」
同時に飛び出す二つの影、ベオウルフはその二つの豪腕に溢れん魔力を込めて打ち下ろす、スバルは腰に溜めるように両の鉄拳を構えてマッハキャリバーの最高加速で躊躇することなくその巨腕をかい潜らんと死の一撃に向かって駆ける。
そしてスバルは見事その死の鉄槌を潜りベオウルフの懐に潜り込み魔法陣を展開した二つの鉄拳を魔獣の腹部に振るった。
「一撃必倒おおおおお! ディバインバスタアアア!!…」
ディバインバスターの魔力波動が展開するその刹那、スバルが練った剄と共に彼女の固有技能(IS)振動破砕の超振動が全く同じ瞬間に発動した。
「…バーストオオオ! オシレーション(爆震)!!!!!」
発剄と共にディバインバスターの魔力波動に振動破砕の超振動を乗せるスバルの秘技“ディバインバスター・バーストオシレーション(爆振)”その威力は高町なのはの本家ディバインバスターはおろかエクセリオバスターに匹敵する威力を内包していた。
その絶技がいま白滅の魔獣の胴を貫く。

「ぐるるうううあああああっ!!!!!」
青き閃光にその身を貫かれ、地を揺らす咆哮と共に純白の羽根を散らしながらベオウルフは倒れた、噴出する夥しい魔獣の血潮にスバルはまた紅く染まるが、今の彼女にそんな事を気にする余裕は無かった。
「くううっ…痛っ…痛いよ~ぐすっ」
自身で使用を禁じていた程の威力の大技にスバルの腕は著しく破壊された、両肘関節は後方に脱臼し、肩はあちこちで神経ケーブルや靭帯組織が断裂、拳骨に至っては全て粉砕骨折を起こして動かすのもままならい有様だった。
常人なら気絶必至の激痛だが普段の並々ならぬ訓練(主にバージルとの模擬戦)により彼女は泣きじゃくるに止まる。
「むう~我を倒した勇ましさは微塵も感じられんな…これではそこらの人間の童と変わらんではないか」
スバルの壮絶な技に倒れたベオウルフが彼女の泣く姿に呆気にとられる、この程度の傷で泣き出すとは魔界の悪魔には理解できないのも道理であったが、何より先ほど自分を倒した勇敢な姿と技のキレからかけ離れたスバルの泣き様に純粋に驚いていた。
「ぐすっストライカー(自称)だって泣く時は泣くよ~ホントに痛いんだも~ん…えぐっ」
スバルはボロボロと涙を流して今まで死闘を演じた魔獣と語らう、死力を尽くした二人の間には妙に穏やかな空気が流れていた。
「があ~はっはっはっは」
「ぐすっ…何がおかしいの?」
「これが笑わずにいられるか!? 魔界最強の一角に数えられたこの我を倒したのがこんな泣きじゃくる人間の童なのだぞ? まったく己の事とはいえ可笑しくてたまらんわい!!」
「だからって…笑わなくったて…」
ベオウルフは穿たれた身体の傷をまるで意に介さず立ち上がりスバルの顔に赤い隻眼を寄せた。
「久しぶりに本当に愉快だったぞ人間…いやスバル・ナカジマ。戯れに貴様に我が力を貸してくれるわ!!」
獣臭と共に言葉をスバルの顔にかけると、その五体を白い羽根と消して強大な魔力と魂をスバルの拳足に与えた。
「これって…一体!?」
次の瞬間にはスバルの傷は治りバリアジャケットも眩しい純白へと戻る、全身には今まで感じたことの無い強大な魔力が溢れていた。
そして手足のデバイスが魔獣との融合に劇的な変化を遂げる、両腕のリボルバーナックルと両足のマッハキャリバーは各所が鋭角的で鋭さを増した攻撃的なデザインになったのだ。
「うわ~ん。お母さんのリボルバーナックルがイメチェンしちゃったよ~! ごめんなさいお母さ~ん」
(驚く所はそこか!?)
「あれ? この声は?」
(我は貴様の武具に憑いてやっただけだ変形は貴様の意思で解除できるわい。このうつけ者が。それくらい融合の瞬間に理解しろ!)
「うう~ベッキーったらひどいよ…何もそこまで言わなくても」
(ベッキーとな?)
「えへへ~可愛い呼び方でしょ? 今考えたんだ~」
(スバル貴様…我を愚弄する気か?)
「え~可愛いと思うんだけどな~」
(むう~、とにかく我が力。見事使いこなしてみせよ!!)
こうして少女スバル・ナカジマは強大な白き破壊の魔獣の絶大な力を鋼の拳足に得た。


「まさかティアも新能力ゲットしてるなんて思わなかったよ」
「私だって驚いてるわよ。まさかあんたもこの化け物の力を取ったなんてね…」
機動六課のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニックの操縦するヘリコプター内部にてスバルとティアナは互いの得た新たなる力について言葉を交わす。
悪魔との戦いを終え合流した二人は今、空を蹂躙する戦舟“聖王のゆりかご”にて戦うなのは達の救援に向かっていた。
「取ったんじゃなくてベッキーは力を貸してくれてるんだよ。それに化け物じゃなくて“悪魔”だって言ってるよ」
「ベッキー? まあいいわどうでも…」
「ティアってば冷たいよ~」
「今はそれよりも、この先のゆりかごの戦いに集中しなさい。なのはさん達がどんなピンチか分かんないんだから」
「そうだね…あと少しでいいから力を貸してねお母さん、ギン姉、ベオウルフ」
魔獣の宿った手甲を頬に寄せスバルは師の窮地に思いをはせる、ゆりかごまでの距離はもう目と鼻の先まで迫っていた。

続く。

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最終更新:2007年12月09日 20:18