魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十三話「闇の剣士の帰還」
時空管理局それは数多の時空間の世界を法で総べる最大規模の法的機関である、そして時空管理局本局は管理局の大本営として次元の海に居を構えていた。
機動六課を離れたバージルは大型転送ポートにて元の世界に帰るために管理局本局にその身を置いていた。
転送ポートの使用時間まであと僅か、バージルは待ち時間を本局内のカフェテラスにて一人コーヒーを飲みながら読書をして時間を潰していた、そんな彼の前に一人の女性が現れる。
「この席よろしいかしら?」
バージルの向かいの席に緑の長髪を後ろで結んだ女性が立つ、服装から提督位の局員であると易く想像がつく、これが普通の局員であったら敬礼と敬語で返すのが道理であったが彼はなんでもない風に彼女に答えた。
「別に他にも席はあるだろうが。まあここが良ければ好きにしろ」
「それじゃあ失礼しますね」
そう言って女性は対面の席に座り緑茶を注文すると運ばれたその緑茶に……女性は砂糖とミルクを注ぎだしたのだ、さしものバージルもこの行為には顔を引きつらせた、今までの彼の常識と緑茶に対して抱いていた意識が根底から覆された。
(この世界の人間はこんな風に緑茶を飲むのか…)
一人驚愕を覚えるバージルにその女性が口を開いた。
「この店で時間を潰しているみたいですけど、転送ポートの時間待ちですか?」
「そんな所だ」
「こんな時期にどちらへ? よければ教えて頂けませんか?」
「俺の事なら八神から聞いてよく知っているだろうが、リンディ・ハラオウン総括官」
その女性は時空管理局総務総括官リンディ・ハラオウン、六課後見人でもありクロノとフェイトの母でもある六課隊長陣とは長年の付き合いを持つ管理局の高官であった。
「あら…やっぱりばれてましたか。はじめまして管理局総括官のリンディ・ハラオウンです」
リンディは驚かそうとしたのが失敗して、まるで少女のようにバツの悪そうな顔をした。
「それで管理局の高官が一介の嘱託魔道師になんの用だ?」
「一応あなたの出身世界を探したのは私とクロノですから、最後にあなたの案内を私が買って出たんですよ」
「そうか」
「バージルさん…一つ聞いて良いですか?」
「なんだハラオウン総括官、六課に戻れという話なら受け付けんぞ」
「そんな事は言いませんよあなたの選択はあなたが決める事ですから、ただ少し気になって……あなたは何の為に今、元の世界に戻るんですか?」
「お前に教える道理はない」
「そうですか…」
俺が元の世界に戻る理由など一つだけだ今度こそダンテからフォースエッジとアミュレットを奪いテメンニグルを起動し魔界への道を開く、今の俺の力ならば半日とかからずに終わるだろう。
それが俺の全てだ、父の力を得る為に完全な悪魔へと成る為に、それを成す為ならばこの世界で得たものなど一片の価値も無い、俺を師と呼び教えを仰いだ者も仲間と呼んだ者も……そして兄と慕った者も。
求め続けた絶対最強の頂が目の前にある、だが俺の心には微塵の昂ぶりも無かった、あるのは空虚な虚脱感と共に手にかかる重み……それは“あの時”俺の手を握り締めた少女の手の感触。
握り返せば潰れてしまいそうな弱弱しいそして柔らかく温かい手の感触だった、その温もりが何故か今この手に蘇ってきた。
『ギルバ嘱託魔道師、転送ポートの準備がもうすぐ整います受付までお越し下さい』
転送用トランスポーターの受付からリンディ・ハラオウンと共に準備を待っていた俺に放送が入った、俺は少ない荷物を詰めた小さな鞄と閻魔刀の入った刀袋を持ち転送ポートまでの短い廊下を歩く。
「あなたの出身世界は管理外世界ですから、転送の為にある程度は人目につかない場所に特定してからの転送になります、それと…」
リンディ・ハラオウンが俺に管理外世界への転送について説明をしてきたが既に知っている事だけに大して興味もなく聞き流した、そして転送の説明を終えて俺と分かれる際にリンディ・ハラオウンは言葉を残していった。
「バージルさん、最後に一つだけ良いですか?」
「何だ? 手短にしろ」
「あなたがどんな選択を選ぶにしろ絶対に自分は偽らないで…後悔だけはしないで下さい、きっと六課の皆もそう望んでいますから」
「ふんっ、下らん事を……それでは世話になったな」
「ええ、さようなら」
そう言い切った俺はリンディ・ハラオウンと別れ歩き始めた、転送の予定時間は間近だった。
「あれが例の彼?」
転送ポート受け付けに向かったバージルの後姿を見送るリンディに声をかけたのは彼女の古い親友レティ・ロウラン提督だった。
「ええ」
「それにしても世話になった六課の皆が大変だってのに薄情な人ね…」
「あの人にもきっと事情があるのよ、でも…」
六課の人間を冷たく見捨てたバージルに毒を吐くレティを諌めながらリンディはバージルの目を思い出して思わず呟いた。
「あんな悲しそうな…辛そうな目で何処へ行くのかしらね…」
その時ミッドチルダに現れた聖王のゆりかごと共にスカリエッティが管理局の全ネットワークに通信映像を送ってきた。
無能の狂った科学者が聖王のゆりかごとか言う兵器の映像と共に相変わらず訳の分からん理屈を局の通信に送ってきた、こんな自己満足の通信を入れるなど愚かの極みだな…俺は改めて無能な愚者だと感じた。
その映像と演説を冷めた目で眺めながら転送ポート受付に足を進める俺に見覚えのある少女の姿が見えた、それはゆりかご内部の玉座に括り付けられたヴィヴィオの姿だった。
「生きて…いたのか」
思わず俺は口を開いた。
スカリエッティが管理局に送ってきた通信映像でゆりかご内のヴィヴィオが映し出される、ヴィヴィオは玉座の妙な装置に括られ苦痛と恐怖に幼い顔を歪めていた、そして悲痛な叫びを漏らす。
『うわあーん いたいよおー! こわいよー!!』
バージルは思わず目を逸らした、感じる筈の無い鋭い痛みが彼の胸を貫き全身を駆け巡り鼓動が高鳴る。
(何故俺は目を逸らす!? この胸に走る感覚は何だ!? 俺が動揺しているとでも言うのか…そんな事はありえん!!)
自身の動揺を必死に抑えながらバージルは顔色だけは変えずに転送ポート受付に向かって歩き続ける、その彼の耳に幼い少女の悲痛な叫びは響き続ける。
『ママー ママー!!』
(例えあの娘が生きていようとも俺には関係ない…俺は今度こそ手に入れる…最強の力を親父の力を。それに比べればあの娘の命など…)
強い自制の心と凍りついた理性で転送ポート受付の直前まで来たバージルの足が次の瞬間に響いた声に止まった。
『たすけてええ おにいちゃああん!』
バージルに助けを求めるヴィヴィオの声が通信を介して響き渡り、彼の全てを止めた…それは足だけでない今まで冷静に働き続けた精神はおろか心臓や周りの空気さえ止まったかのような錯覚だった、その助けを求める声はどんな拘束魔法よりも彼の心と身体を縛った。
「兄と呼ぶか…この俺を…」
バージルは自分でも気づかぬ内に手を強く握り締め歯噛みしながら呻くように呟く。
「助けを呼ぶか…この俺に」
思い出されるのは瀕死の重傷を負っても血の繋がらない家族の助命を請うた隻眼の少女。
“例え血の繋がりなど無くとも…あの子達は私の家族ですから”
思い出されるのは母を無残に殺されながらも憎悪に穢れず、その手の力で希望を語った少女。
“私は魔法を…泣いてる誰かを助ける為に使っていきたいから”
そして何より思い出されるのは彼を仲間と友と呼んだ燃え盛る炎のように熱い烈火の将の言葉と曇りなき瞳。
“バージル…守れるのは、取り戻せるのは今だけだ”
“自分の心まで偽るのか…私に飾るなと言ったのはお前だぞバージル!! 人の心まで捨てるか!!”
“…お前は人間だバージル…不器用で弱くて強い…優しい人間だ”
彼女達の言葉と共にバージルの脳裏を駆けたのは家族を失った古い過去の記憶そして彼を兄と慕った幼い少女の姿。
求め続けたその力は何の為だったのか誰の為だったのか今ではもう彼自身にも分からない、ただ分かるのは今の自分の手には何かを誰かを守る力を持っているという事だった。
バージルは烈火の将に殴られた頬に手を当てる、ある筈のない痛みと熱が心の一番奥に染み込んでていくのを感じた…。
そして半魔の剣士は魔と闇に彩られた冥府魔道に背を向けて歩き出す、彼の助けを待つ者達の下へと。
夜天の王とその仲間達が紡いだ絆が、烈火の将の与えた熱き心が、無垢なる少女の悲痛なる慟哭が、凍りついた闇の剣士の心に二度と消えない炎を灯す。
「全隊後退っ!! 第三次防衛ラインまで下がって増援部隊の到着まで防衛ラインの死守や!!」
ゆりかごから射出されるガジェットと空を埋め尽くす悪魔の圧倒的な物量に、接近する事さえ出来ずに航空魔道師の部隊を指揮するのは機動六課部隊長である八神はやてであった。
はやては長距離砲撃“フレースヴェルグ”“ラグナロク”広域空間攻撃“デアボリックエミッション”等の強力な魔法の数々により敵の数を半減させる。
しかし数万を超える敵を掃討する事はできず、航空魔道師部隊の支援砲火も虚しく遂には敵の接近により敵味方入り乱れた乱戦へとなった、そして状況は混沌を極める。
「あかん! 敵の数が多すぎや…中に入ったなのはちゃんとヴィータの救援にも行かれへん!! せめて内部に突入できれば…一体どないしたら…」
悪化し続ける状況に歯噛みしながらはやては飛び交うガジェットと悪魔を射撃魔法で落としていく、例えリミッターの解除されたSSランクの魔道騎士のはやてとて数万を超える敵を限界ギリギリの出力で攻撃し続ける戦いに疲労はピークに達しかけていた。
過酷な戦況に息を切らせたはやての背後に黒い影が迫る、大鎌を振りかぶった悪魔ヘル・ヴァンガードが彼女のその首筋へと死の一閃を走らせた。
「えっ…」
振り向いた時には既にその死の刃は彼女の眼前に迫っていた、もはや防御も回避も不可能な攻撃にはやては自分の無力を思う。
(もう間に会わへん…命に代えても皆を助けようと思っとったけど何もできずに終わるんやな…ゴメンな皆、私先に逝ってまうわ…)
しかしその死神の刃がはやての柔い首を裂く事はなかった、彼女を救ったのは魔を喰らう妖刀その名を閻魔刀、振るうのは半魔の血肉を持つ魔剣士バージル。
「バージル…さん」
「どうした八神。この程度で諦めては夜天の王の名が泣くぞ」
バージルはそう言うや否や閻魔刀を斬り返し鎌を持つ悪魔を両断、さらに背に掛けた魔剣のデバイス、フォースエッジ・フェイクを周囲の敵に投げつけるそれは高回転で対象を追尾する魔剣の技ラウンド・トリップ。
次いで鞘に戻した閻魔刀に莫大な魔力が収束し鍔鳴りと共に周囲数百メートル以内の敵が大量の空間斬で刻み落とされる、広範囲に連続で空間斬を起こす閻魔刀を用いた技の最高峰“広域次元斬”である。
嵐のように掃射される幻影剣の刃も加わり乱舞する魔技の圧倒的な殲滅力に瞬く間に周囲の悪魔とガジェットは消え失せる。
「ど、どうしてここに? 元の世界に帰ったんじゃないんですか?」
周囲の敵の一掃された空で、はやては目の前に現れたこの世界から去った筈の男に目を丸くしながら口を開いた。
「予定変更だ。俺はまだ未熟だからな今の魔法知識では足らん、だから八神…」
「えっと…はい」
「再契約だ」
はやての目を見つめるバージルの瞳にはもう以前の殺気や力への渇望に憑かれた悲しみは欠片もなかった。
「…それじゃあ、私から再契約の条件が一つあります」
「何だ?」
「人は絶対に殺さへんって約束して下さい」
「断ると言ったらどうする?」
「全力でぶっ倒して言う事聞かせます」
「出来るとでも思っているのか?」
「この超美少女を舐めとったら大火傷やね」
互いに吐いた皮肉めいた冗談に二人は苦笑する、そこには以前の剣呑さは無くあるのは信頼しあった仲間同士の目に見えぬ強き絆だった。
「いいだろう。代わりと言ってはなんだが俺からもお前に再契約の条件がある」
「何ですか? 今なら大サービスでスリーサイズだって教えます! プロポーズだって受けたげますよ~♪」
「生きろ」
「えっ? “生きろ”って…」
「この先どんな強敵、逆境が来ようとも決して死ぬな生きて帰れ。お前は生も死も急ぎすぎだ」
その言葉に込められた思いにはやては胸に熱いもの感じた、飾らない優しさが彼女の全身を満たしていった。
「…了解や。これで契約完了やね」
「ああ。それともうすぐこちらにリンディ・ハラオウンから“荷物”が届く…」
「リンディさん!? “荷物”って一体なんですか?」
「今は説明する時間が無い。とにかく届いたら最前線に送り込め」
「分かりました…」
「俺はあの泥舟を沈めに行って来る。六課の者は誰か突入したか?」
「なのはちゃんとヴィータがもう進入してます。ゆりかごに行くんでしたらデバイスに突入した経路と今までの情報も送っときますね」
「分かった。ついでだがこれは置き土産だ取っておけ」
その言葉と共にはやての周囲に10本の幻影剣が攻勢防御として展開され彼女の身体を守るため配置される、10本全ての幻影剣には凄まじい魔力が込められていた。
「バージルさん! こんな所で私に高い魔力使ったら…」
「気にするな。では行ってくる」
そう言い残し魔剣士は救うべき少女の下へと連続空間転移を行い姿を消した、魔剣士の消えた空で夜天の王は彼との間に交わした誓いを胸に、再び心に熱い炎を宿す。
「あかんなあ~。あないな約束したらもう簡単に死ねへんわ」
はやての周囲に再び敵が集い始める、しかしもはや彼女が負ける要素など微塵も在りはしない。
周囲の悪魔達に不敵な笑みを向けながらはやての魔力が空気中に溢れる程に高まっていく、その圧倒的な力に魔界の悪魔達ですら恐怖を感じ震え始める。
「もう負ける気なんかせえへん! 夜天の王に歯向かった事を地獄で後悔しいや!!」
魔剣士の残した青き魔力の刃で守られ夜天の王が魔界の亡者を滅ぼさんと背の黒き翼を翻す。
ゆりかご内部に突入しメインの動力路を目指すヴィータは一人で群がる敵を叩き潰していた、しかしガジェットに傀儡兵さらには無数の悪魔を相手に最強クラスのベルカの騎士も傷つきその紅い騎士甲冑に血の朱を混ぜ始める。
「くそっ…全然減らねえ。数が多すぎる…」
ヴィータの前に幾度目になるのか、塵を媒介に低級悪魔ヘル・プライドを従えた大鎌の死神ヘル・ヴァンガードと天使のような白き翼を持つ悪魔“フォールン”が現れた、ヴィータは重ねた消耗の為にカートリッジを使用してデバイスに魔力を満たす。
「カートリッジは惜しいけど、ここで死んだら意味がねえ。行くぞアイゼン! ラケーテンハンマーッ!!」
魔力を込めた破壊の大槌の一撃が独楽のように回る紅い騎士の手により放たれる、轟音を響かせ悪魔共を塵に還すヴィータだが攻撃を終えた一瞬の隙に敵の接近をゆるしていた。
「なっ!?」
ヴィータに放たれたのは強い粘性を持つ強靭な蜘蛛糸、数体の蜘蛛型悪魔アルケニーがその糸で彼女を絡め取り身動きを封じた。
「くそっ! こんなもんすぐに千切って…」
ヴィータが言葉を言い切る前に既に蜘蛛型悪魔はその鎌のような足で彼女を殺そうと迫っていた、そんな時懐かしい声が彼女の耳に届いた。
「いつもの威勢はどうした鉄槌?」
そして高速移動と共に放たれた閻魔刀の疾走居合いで悪魔を斬り裂きながら闇の剣士が救援に駆けつけた。
「お前…バージル…」
驚くヴィータをよそにバージルは眼前の敵を刻みながら幻影剣で彼女の身体を縛る蜘蛛糸を切断した。
ヴィータの驚愕が冷めた時には群がる有象無象の敵は塵と鉄屑へとその姿を変えていた。
「おい…バージル…お前なんで戻って来てんだよ?」
「なんだ鉄槌、助けはいらなかったか?」
バージルの意地の悪い質問にヴィータは不満そうな顔をして答える。
「…お前って性格悪いよな意外と…」
二人がそんな会話をする中、正面にまた敵が無数に現れる、ガジェットの中には大型のⅢ型が悪魔の中には比較的位の高いヘル・ヴァンガーやフォールンが多く混じっていた。
「少しどいていろ鉄槌」
「“どいていろ”ってお前何するつもりだよ。ここは二人で…」
「お前はこの先に用があるのだろう? ならば力は温存しておけ」
バージルはそう言うと抜刀の構えから閻魔刀を抜いた、妖刀の刃が空間を抉り“広域次元斬”により壁や床ごと前方の敵が斬り伏せられる。
空間ごと斬り裂く数百の死の閃きを免れた敵の残党にフォースエッジ・フェイクと閻魔刀の二刀を構えたバージルが間をおかずに踊りかかる、さらに幻影剣の射出を加えた追撃はさながら嵐のような激しさで敵を掃討する。
「終わったぞ鉄槌。早く行け」
ヴィータが自身のデバイス、グラーファイゼンに予備カートリッジを再装填するのが終わる間もなくバージルは敵を掃討し閻魔刀を鞘に戻していた。
「あたしは動力炉をぶっ壊すけど、お前はどうすんだよ?」
「俺は中枢で指揮をとる者を探してから玉座の間に向かう。頭を叩けば少なくともこの泥舟も玉座の装置も止められよう。ところで高町はどうした?」
「ヴィヴィオを助けに行ってる」
「そうか」
最低限の言葉を交わして二人は道を分かれようと背を向け合う、その時ヴィータが背中越しに振り向き声をかけた。
「あのさ…バージル」
「なんだ?」
「助けてくれて…ありがとな…それと……おかえり」
「ああ」
恥ずかしげに言葉を吐いた鉄槌の騎士は少し頬を赤く染めるそして彼女は再び果たすべき目的に向かって飛び立ち、闇の剣士はこの狂った宴を催す主を断罪し運命に翻弄される少女を救うべくその足を戦船の奥深くへと進めた。
高町なのはが玉座の間で古代ベルカ王族の固有スキル“聖王の鎧”を発動したヴィヴィオと交戦をする最中、彼女の放ったサーチャーが最深部制御室でゆりかごを操るナンバーズ4番クアットロを発見した。
「…だけどここは最深部…ここまで来れる人間なんて…」
自身の身の安全が脅かされ恐怖に身体を震わせるクアットロ、本能で恐怖を感じても彼女の理性は冷静に状況を熟慮する。
(そうよ、あの女は玉座の間にたどり着くまでにアレだけの悪魔とガジェットを倒したんだからここまで壁を抜いて攻撃する余力なんて…)
現状を確認するクアットロの背後から聞き覚えのある冷たく殺意に満ちた声が響いた。
「確かに人間なら来れんだろう…人間ならな」
その言葉に冷徹に働き続ける筈のクアットロの頭脳が凍りつく、その声は以前自分を殺そうとした悪魔の声だった。
「ああ…あ、あなたが。なんでここに?」
振り返ったクアットロの目に映ったのは殺気はおろか瘴気すら立ち上らせて彼女を睨む闇の剣士バージルだった。
「俺の転移魔法ならこの程度は造作も無い、高町のサーチャーもあったしな。それよりも随分とあの二人につまらん事をしてくれたみたいだな…」
制御室のモニターに映るなのはとヴィヴィオを見ながらバージルは静かにクアットロに話しかける、彼は現在の状況をデバイスに送られた情報で知っていた、クアットロの行った悪行と悪意に満ちた言葉の数々も…
「ま…ま、待ってください。あなたが私たちに敵対する理由なんてもうないでしょう? だったら私たちと…」
その言葉を言い切る前にクアットロのつま先に魔力で作られた刃、幻影剣が刺さった。
「がああっ!!」
流血する足を押さえながら悶えるクアットロをバージルはまるでゴミにたかる蝿でも見るような目で見下ろしていた。
「どうした? もう終わりか? もっと聞かせてみせろ貴様の得意な下らん演説を…」
「ああ…ま、待ってください…私は…」
次は手の甲と肩が抉られた、クアットロは悲鳴を上げてのた打ち回り血を床に塗り始める、バージルはそんな彼女に一歩ずつ近づきながら幻影剣の射出を行った。
幻影剣はクアットロの膝を肩を肘を耳を様々な場所を少しずつ丁寧に貫き抉り裂いていく。
「まってください、た、助けてください、お願いだから…お願いだから殺さないでええ!」
クアットロは涙と鼻水と血で顔を汚しながら死なない程度に全身に付けられた裂傷を手で塞ぎ、地を這いながら命乞いをした。
「“助けて”…か」
バージルは歩みを止めてクアットロの言葉を反芻する、そして彼の顔色を伺っていたクアットロに目を合わせた、それは笑顔だったしかし目は一切笑ってなどいなかったし優しさも欠片も込められてはいなかった。
「お前は…」
言葉を紡ぎながらバージルは腰の鞘に納められた閻魔刀に手を伸ばす。
「…そう言ったあの娘に…」
そしてクアットロの目に圧倒的な絶望が色付き始める、バージルの手は緩慢ですらある速度で閻魔刀の柄にかかる、動作が遅いほどクアットロには深い恐怖が刻まれていく。
「…何をした?」
次の瞬間閻魔刀の鍔が甲高い金属音を奏でた、常人の目には追うことさえできない居合いの刃が閃いた。
「えっ…」
驚きの声を上げると共にクアットロが最初に感じたのは“熱”首筋が妙に熱いと感じて手で触れるとヌルリとした感触と共にそこに付いていたのは赤、自分の身体から流れた生命の色だったそして彼女の意識は深い闇の中に落ちて行った。
「少しやりすぎたな…」
バージルは目の前の惨状に自戒の言葉を口にする、彼はクアットロを殺してはいなかったのだ、最後に放った閻魔刀の居合いは風圧のみで軽く首の皮を裂いただけだったのだが恐怖のあまり気絶させてしまった。
「さてと、この木偶をさっさと叩き起こしてあの状態を止めねばな…」
モニターに映る聖王の鎧の力で暴れるヴィヴィオに目をやりながらバージルは静かに呟いた。
「くっ…」
ヴィヴィオを救うため玉座の間に来たなのはだが聖王の鎧を纏ったヴィヴィオの攻撃に苦戦を強いられていた、ゆりかご内でのガジェットや悪魔との戦闘に加えてブラスターモードの開放で体力魔力共に消耗し…なによりヴィヴィオと戦うという事が彼女の戦意を削いでいた。
(サーチャーに感じたのは“あの人”の魔力? だったら迂闊に壁抜きはできない…こうなったらあの技でヴィヴィオを…)
胸中で助けに来たであろう魔剣士を想いなのはは最後の手段である最強の技を使う算段をする、その時玉座の間に転移魔法の発する空間の歪みが生じ青いコートを纏った闇の剣士がその手に敵の一人を下げて現れた。
「バージルさん!」
「バージル…お兄ちゃん」
なのはとヴィヴィオは突如現れたバージルに共に驚愕を覚えて口を開いた、そしてバージルはバインドで簀巻きになっているクアットロを邪魔にならぬように横に放って二人に近づいた。
「来ないで!!」
ヴィヴィオの口から出たのは拒絶の言葉、そしてヴィヴィオは目にいっぱいの涙を溜めてバージルを見つめる。
「分かったの私…もうずっと昔の人のコピーで…なのはさんもフェイトさんも本当のママじゃないって…バージルさんは本当のお兄ちゃんじゃないって…」
そのヴィヴィオの言葉にバージルは瞳を悲しみに染めて一歩ずつ彼女に近づいて行く。
「来ないで! もう私の事は放っておいて!!」
近づくバージルにヴィヴィオは高出力の魔力を込めた拳を叩き込んだ、なのはの防御すら破壊するそれをバージルは何の防御手段も用いずに脇腹に受けた。
「がはあっ!」
バージルの身体から肉を裂き骨を折る異音が響く、折れた肋骨が肺を引き裂き彼の口元を赤く染める、魔力ダメージも加えれば常人なら重症必至の傷であった。
「あ…あああ」
口から血を吐くバージルと彼の脇腹に突き刺さった自身の拳を見てヴィヴィオは制御できない自分の力にまた悲しみの涙を流す、しかしバージルは突き刺さったその拳にそっと手を置きヴィヴィオに優しく話しかけた。
「こんな事を言った者がいた“血が繋がらずとも家族はいる”とな…」
涙に濡れるヴィヴィオの瞳を見つめるバージルの目には憎悪も怒りも悲しみもなかった、あるのは深い優しさと慈しみの想い。
「お前が望むなら…高町はお前の本当の母になろう…そしてもしお前が望むなら……」
バージルは一度言葉を心中で噛み締めると真っ直ぐにヴィヴィオの瞳を見据えて言葉を紡いだ。
「…俺はお前の兄になろう」
その言葉にヴィヴィオは濁流のように涙を零しながらまた魔力を暴走させ始める。
「うわあああああ!!」
制御できない魔力を周囲に撒き散らし暴走するヴィヴィオをバージルは優しく抱きしめて制する。
「高町。早く俺ごと撃て」
「でも! そんな事したらバージルさんまで…」
「構わん、俺ならお前の砲撃程度は耐えられる。敵からの情報では魔力ダメージで体内のレリックコアを破壊するのが最善だそうだ。なによりも……親ならば子を助けてやれ」
「…分かりました」
なのははそう言うとブラスタービットを展開しブラスターモードを完全に開放、最強の砲撃魔法“スターライトブレイカー”の準備に入る。
「これが私の全力全開! スターライトブレイカー!!!」
閃光がバージルとヴィヴィオを貫き周囲を光でを満たした、砲撃で大きく抉られた玉座の間のクレーターの中に元の幼い姿になったヴィヴィオとバリアジャケットを焼け焦がしたバージルの姿が煙を割って現れる。
「ヴィヴィオ!」
「こないで…」
なのはがそのヴィヴィオに慌てて駆け寄ろうとするがヴィヴィオはそれを制する。
「ひとりで…たてるよ…」
ヴィヴィオは一人ふらつく足で立とうとするが、その小さな身体は大きな手で優しく支えられた。
「子供が無理をするな、お前は一人ではないのだから」
「おにいちゃん…」
膝を突いたバージルが優しくヴィヴィオの身体を支える、ヴィヴィオはバージルに支えられ駆け寄ったなのはに抱き上げられる。
「ヴィヴィオ…」
「ぐすっママ~おにいちゃ~ん」
「まったくそんなに泣く奴があるか…」
バージルは泣きながらなのはに抱き上げられるヴィヴィオから近づいた気配に顔を向ける。
「遅いぞ。もう全て終わっている」
バージルが声をかけたのは救援に駆けつけたはやてとリィンであった、はやて達は動力炉を破壊して消耗したヴィータを助け、なのはとバージルを救うべく二人の下に全速力で飛んで来たのだった。
「あちゃ~。活躍する見せ場はもう無いみたいやな~」
「ザンネンです~」
「そんなに活躍したいならそこの木偶を運べ」
残念そうにするはやて達にバージルは先ほど横に放ったクアットロを指差した、はやてはそんなクアットロに近づいてデバイスでツンツンとつついて生存を確認してから苦笑してバージルに向き直る。
「ピクピクしてますよ~生きてるみたいです~」
「とりあえず約束は守っとるみたいやね~。でも女の子にあんまヒドイ事したらあかんよ~」
「手加減はした。息があるだけでも感謝しろ」
そんなはやて達にバージルは相変わらずの答えを返す、その時玉座の間の扉が突然閉まり警報がゆりかご内部に鳴り響く。
「これは一体!?」
「なんや? もしかして“お約束”の自爆フラグかいな! ベタ過ぎて突っ込めんわ…」
「自爆に巻き込まれて終わるなんてB級映画の脇役みたいな最後は嫌です~」
なのは達が驚く中、バージルは床に転がっていたクアットロの口に猿ぐつわとして噛ませていたバインドを緩めて質問を投げた。
「おい木偶これは何だ? 早く答えんともう2・3回抉るぞ」
「は、はいいい! こ、こ、これは船の制御と動力関係の異常に聖王の器の喪失でゆりかごが自衛モードに入ったんです、こ、このままだと自動的に衛星軌道上に出て地上を攻撃します」
「なんとかしろ。殺すぞ?」
「む、む、む、む無理です、聖王の器がいないと細かい制御は不可能に設定されてるんです」
「使えんゴミが…おい八神。とりあえず早くここから離脱するぞ」
バージルは彼の容赦の無い尋問っぷりに顔を引きつらせるなのは達に向き直り脱出を促す。
「でもバージルさん。AMF濃度がかなり高くなってます! このままじゃ魔力結合が出来ませんよ~」
リィンが現状を確認し焦りの声を上げるがバージルは静かに閻魔刀に手をかけていた。
「お前らのデバイスと悪魔や閻魔刀の力を一緒にするな…少しさがっていろ」
そう言うと極大の魔力がバージルの手に収束すると共に鞘に刀身を埋めていた閻魔刀が閃き空間を大きく斬り裂き抉った、そして玉座の間の天井が妖刀に割られて青い空を晒す。
「俺に掴まれ。飛ぶぞ」
「分かりました」
「うん。おにいちゃんがんばって」
「はいです~」
「了解や! でもバージルさん、美少女が掴まるからってセクハラはダメやからね~。でも私やったらちょっとくらい乳揉んでもええよ~♪」
なのは達からそれぞれの返事が返りバージルは魔力の結合のできないなのは達(+木偶人形1体)を抱えて割れた天井からゆりかご上部に飛び出した(ちなみにクアットロは網にかかった魚よろしくバインドによる簀巻き状態で吊るされて運ばれた)。
「まだAMFが重いみたいやね。とりあえずヘリの回収でも待った方がええみたいや」
はやてがそんな声を上げた時、全員をゆりかご上部まで運んだバージルが膝をつき倒れかける。
「「「バージルさん!」」」
「おにいちゃん!」
なのは達が膝をつくバージルに慌てて駆け寄る、いくら半魔の血を持つ魔剣士といえここまで1000体以上の敵を斬り伏せ高町なのはの最強砲撃魔法を受けた身体は過度の消耗に力を幾分か失っていた。
「大事ない。気にするな…」
バージルは心配する4人に答えながら立ち上がる、その時そんな彼らに射撃魔法の雨が降り注ぐ。
「くっ…新手か!!」
「リィン大丈夫か!?」
「はいです!」
「ヴィヴィオ、しっかり掴まって…きゃああっ!!」
なんとか防御魔法を展開する彼らに高速移動で何者かが接近しヴィヴィオを抱えるなのはを攻撃、ヴィヴィオをすかさず奪い去り距離を取った。
「貴様…生きていたのか……アーカム」
バージルは攻撃が止み煙の立ちこめる中で呻くように口を開き少女を奪い距離を取った破戒と狂気の司祭を睨みつけた。
「お久しぶりだねバージル。また会えて嬉しいよ」
男の名はアーカム、バージルと同じようにこの魔道の栄える世界に訪れた悪魔に魅入られし背徳の司祭である、かつて手を組みそして殺しあった二人の男が再び出会う。
続く。
最終更新:2007年12月11日 21:14