魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十四話「Devil Strikers(前編)」
「ママー! おにいちゃーん!」
「ヴィヴィオ!」
青い空の下で母子が再び引き裂かれる、闇の剣士はその理不尽に心に宿った炎をさらに熱く滾らせた。
古代ベルカ文明の残した最強の戦船”聖王のゆりかご“その上に立つのは神に背き悪魔に魅入られた暗黒の司祭アーカム、ヴィヴィオを奪った彼をバージル達は魔力を高めて戦闘態勢をとる。
「アクセル…」
「刃似て、血に染めよ。穿て…」
ヴィヴィオを奪ったアーカムになのはとはやてが射撃魔法の呪文を紡ぎながらバージルは無言で射撃魔法の照準を合わせる。
「シューター!」
「ブラッディダガー!」
言葉と共にアクセルシューター・ブラッディダガー・幻影剣がアーカムの脳天めがけて飛び交う、非殺傷設定において一撃で昏倒させれば後はヴィヴィオを拾い上げるだけだったがその猛攻は強固な防御障壁で防がれた。
「警告無しで攻撃とは穏やかじゃないな」
アーカムは涼しい顔でなのは達の攻撃を防ぎ、手にしたヴィヴィオをバインドで宙に固定した。
「子供さらうハゲに容赦するほど甘くないだけや!」
余裕の表情のアーカムにはやてが吼える、ヴィヴィオを奪われ怒の炎を燃やすが今までの消耗になのはとはやては顔を歪める、そしておもむろにアーカムがその口を開いた。
「バージル、また私と手を組まないかね? このまま順調に行けばミッドチルダはじき私の手に落ちる。別にその人間達に肩入れする義理はないだろう?」
「断る、俺は貴様が気に入らんのでな」
「そうかね…しかし随分と変わってしまったのだなバージル」
「何?」
「かつての君は鋭く冷たい抜き身の刀身のような目だったが…今の君の目はまるで優しい人間のようだ」
「勝手な事を…」
バージルはアーカムの言葉に幻影剣を展開しフォースエッジ・フェイクを構えて答える、なのはとはやてもデバイスを手に身構えてアーカムを見据える、その時はやてが念話を展開した。
(バージルさん。この腹立つハゲって知り合いなん? なんか情報あったら教えて!)
(以前の世界で少々手を組んだ男だ、名はアーカム。以前はこれほどの力は無かったが、この世界で何か力を手に入れているようだな…現在の実力は未知数だ)
(それでも3人で戦えばなんとか…)
(却下だ高町)
(えっ!?)
(お前は今までの消耗が激しすぎる。そこの木偶を持って離脱しろ)
(でも! でもそんな…)
(こんな所でお前が死んだらあの娘はどうなる? 俺が必ず助ける、お前は引け)
(分かりました…)
(八神! 俺が隙を作る、融合しろ。この男の性格から考えればまだ何か小細工を打ってくる可能性が高い)
(了解や! 全力でいてこましたる! 行くよリィン!!)
(はいです! 幼女をさらうようなロリペド野郎には全力全壊です!!)
次の瞬間バージルは空間転移でアーカムの周囲に幻影剣を展開しその頭部に向けて射出、その隙になのははバインドで簀巻きになったクアットロを連れて離脱、はやてはリィンと融合し戦闘準備を整える。
「行くぞ八神」
「準備完了や。行くでオッサン! 今日のはやてちゃんは優しくないから覚悟しいや!!」
アーカムはこの幻影剣の攻撃を軽く防ぎ、戦闘準備を整えた二人に余裕の顔を崩さぬまま周囲に大型の魔法陣を展開した。
「君達ほどの強さなら普通の悪魔では物足りないだろう? 特別に上位の悪魔でお相手しよう」
その言葉と共に強大な魔力を纏った3体の悪魔が現れた、その圧倒的なプレッシャーにはやては背筋に寒いもの感じる。
溶岩の如き灼熱の体液が身体に流れサソリのような尾針を持つ巨大な蜘蛛型悪魔“ファントム”、幾つもの顔が集まった頭部に赤い雷光を全身から放つ大鷲の悪魔“グリフォン”、骸骨のような顔と身体に黒き炎の魔力を燃やす剣持つ隻眼の悪魔“ボルヴェルク”。
魔界の中でも最高位に属する3体がさらに中・低級の悪魔やガジェットを引き連れてバージルとはやての前に姿を見せる。
「彼らは呼び出しが出来ても従える事が不可能な程の上位悪魔でね…しかしスパーダの血族が相手なら喜んで殺してくれるだろう」
「こんな美少女と美男子にゴツイ敵出して…趣味悪すぎや、あんた地獄行き決定やな」
はやての言葉が終わるや否や一斉に襲い掛かる敵の軍勢、ガジェットの射撃攻撃に加えてファントムが口から巨大な火炎弾を吐き宙を舞うグリフォンが雨のように雷撃を落とす、二人は防御障壁の構築と同時に側方に回避、射撃魔法でこれに応戦する。
ガジェットと低級悪魔ヘル・プライドの群れを遠距離攻撃で散らす二人に死神の姿の悪魔ヘル・ヴァンガードと両手に鎌を持つ“デス・サイズ”らが接近、死を与えんと手の鎌を次々に振りかぶる。
「シュヴァルツェ・ヴィルクング!!」
声と共に高魔力を込められたはやての両の拳が鎌もろとも数体のヘル・ヴァンガードの身体を四散させた、バージルも幻影剣を円周展開しながら閻魔刀とフォースエッジ・フェイクの刃でデス・サイズ以下数体を斬り裂き滅ぼす。
「邪魔だああ! 人間!!」
その時、人外の低さを持つ声と共に上空からグリフォンが雷撃を纏ってその巨体を躍らせ鋭い鉤爪をはやて目掛けて急降下を仕掛けてきた、回避の間に合わないはやてをバージルが高速転移魔法で接近し彼女を抱えてその攻撃を避ける。
「大丈夫か八神」
「私は大丈夫です。それよりバージルさんの方が…」
バージルははやてを助ける際にその身で彼女を守り背中をグリフォンの爪で大きく切り裂かれていた、傷からは止めどなく血が溢れ彼の青い服をどす黒く染める。
しかしはやてがバージルの傷を心配する暇も無く、燃え盛る体液を滾らせながら蜘蛛型の最上位悪魔ファントムが接近、二人を穿とうと巨大な前脚とサソリのようなその鋭い尾針で刺突の一撃を見舞う。
はやてが防御障壁でそれを防ぎ軋む障壁に顔を歪める、バージルはファントムの頭上に転移し兜割りを見舞おうと両手の白刃を振りかぶる、しかしその彼の身体をグリフォンの吐き出した赤い雷撃が襲う。
「バージルさん!! こうなったら…バリアバーストッ!!!」
はやては防御障壁を意図的に指向性炸裂させ眼前のファントムから距離をとり雷撃に吹き飛ばされたバージルに駆け寄る。
「大丈夫ですか!? こうなったらデアボリックエミッションかラグナロクで一掃して…」
「却下だ八神、お前の高威力の攻撃では魔力消費も隙も大きすぎる、不発に終われば一瞬で殺されるぞ。それにこの距離の大威力魔法ではその余波であの娘が危ない」
「そんなら一体ずつ各個撃破かいな…きつすぎやな」
バージルとはやては傷ついた身体で背を合わせて敵を一瞥する、二人を前後から挟み込むようにファントムとグリフォンがにじり寄り他の悪魔やガジェットも二人の周囲を囲み込む。
「さ~そろそろ死んじゃう時間だよ~ん♪ ヴィヴィオちゃんの前で派手におっ死んでね~」
いつの間にかその姿を黒い道化ジェスターに変えたアーカムが二人の危機を喜び耳障りな笑い声を上げる。
(融合してなんとか保っているが八神も消耗している。こうなったら“魔人化”で一気に叩くか? しかし俺と八神達の攻撃を軽く防いだアーカムの防御力を考えれば温存しておきたいのだが…)
迫る敵の脅威にバージルが自身の最高の切り札を出す算段を考えた時、遠方にてゆりかごに近づく影が呪文の言の葉を紡いだ。
三つ首の竜の上に立った一人の少女が静かに、だが強い意志を込めて呪文を唱える。
「我が求めるは極寒の凍気、氷結の獄犬よ、その凍て付く息吹きを我が竜に宿せ! フリージング・ブレス!!!」
その言葉と共に空を駆ける三つ首の氷竜フリードリッヒが高出力の魔力と凍気で形成された氷塊を撃ち出し灼熱の大蜘蛛ファントムの巨大な身体を凍りつかせた。
目の前で悪魔の中でも最上位に属するファントムが動きを封じられた事にグリフォンは声こそ上げなかったが大きな驚愕を覚える、その刹那上空を通り過ぎたヘリから白き閃光が舞い降りた。
「流ううううう星えええええ脚ううううう!!!!!!!」
それはバージルから学んだ最高の蹴り技、白き破壊の魔獣の力を宿した脚部のデバイスで少女はグリフォンの身体を貫いた。
「ぐおおおおお!!!」
絶叫を上げて悪魔が羽根を散らしながら吹き飛ぶ、さらに氷竜の上で己が得物を構えた若き槍騎士が身体に宿った時の悪魔の力を解放する。
「時よ加速しろ! クイックシルバー発動!!」
次の瞬間その槍騎士の身体は影も捉えられぬ速さで加速し、ゆりかご上部に集った低級悪魔やガジェットを一切の抵抗を許さず斬り裂き全て瞬殺した。
驚愕に目を丸くするジェスター(アーカム)の眼前に銃型デバイスが唐突に現れた。
「随分と大きな鼻ね、なんなら2つ3つ穴を増やして風通しを良くしてあげるわよ?」
突如現れた双銃を構える少女がジェスターの顔をその銃口で捕らえた、道化は魔力を込めた拳で少女に攻撃を仕掛けるがその攻撃は少女の身体を通り抜けたまるで水面の“影”のように、しかし少女の放った魔力弾は道化の顔を捉えたのだった。
「何!?」
元の姿の司祭服に戻ったアーカムは目を見開いた、先ほど目の前にいた少女は煙の如く姿を消してはるか遠方に移動していたのだ、高速転移の形跡は無いまるで“影”のように現れそして消えたのだ。
「至近距離の顔面直撃でも倒せない…なんてタフなのよ」
少女は双銃を構え仲間達と共にバージルとはやての下に集まる、それは悪魔の力を得た若き戦士達、機動六課フォワードメンバーである。
「お前達…」
「みんな…」
「バージルさん! 八神部隊長! 助けに来ました!!!」
突然の救援に唖然とするバージルとはやてに己が鉄拳に魔獣の力を纏った少女スバルは満面の笑みで答えた。
「スバル! 挨拶は後回し、こいつらまだ潰れてないわよ!!」
銃型デバイスを構えた少女ティアナが叫ぶ、フリードの凍気で凍りついたファントムがその灼熱の魔力を高めて全身を覆う氷を溶かし始めスバルの蹴りを受けて吹き飛んだグリフォンが再び宙に舞いバージル達に狙いをつけて赤き雷撃をその身に纏う。
「どうしますかバージルさん、部隊長!?」
「お前らはこの悪魔どもを叩け、俺はあの男を斬る」
バージルはティアナにそう言い残し即座にフォースエッジ・フェイクを構えてアーカムに向かって駆けた、しかし隻眼の悪魔ボルヴェルクがそのバージルに踊る。
ボルヴェルクはこの戦いの開始早々から自身の足元に剣を付きたて戦いの行方を見据えていた、バージルが後ろのアーカムに用があると感じたボルヴェルクはバージルが単身こちらに向かって来るまで待っていたのだ。
そしてその予想は的中しかつて自分を倒した最強の悪魔スパーダの息子であるバージルと剣を交えボルヴェルクは剣を荒々しく振るう、言葉で無く剣を持ってのみ語る魔界の武侠が歓喜に剣を躍らせる。
ボルヴェルクの轟剣を斬り返し早くヴィヴィオを助けんと閻魔刀を引き抜くしかし隻眼の悪魔はその剣速を上げてバージルと互角に斬り結ぶ、その時そんな二人の間に超高速の槍の刺突が割って入る。
それは魔界馬の力で時を加速させたエリオだった、エリオはストラーダの刃でボルヴェルクの剣を受け止めて叫ぶ。
「スバルさん! 今です!!」
「ベッキー行くよ! ゾディアック!!」
スバルがベオウルフの力により強力な白い魔力弾を撃ち出しボルヴェルクの剣を受け止めるエリオに支援攻撃を出す、その光弾はボルヴェルクの顔面に直撃しその身体を吹き飛ばした。
「バージルさん行ってください! ヴィヴィオを助けに!!」
「ここは僕達が何とかします!!」
スバルとエリオが勇ましく吼える、もはやバージルがヒヨッ子と呼んだ面影は微塵も無いあるのは正義を胸に抱く誇り高き戦士の気概のみ、バージルはその二人に背を向けてアーカムに向かって駆け出し、そして静かに呟いた。
「もうヒヨッ子呼ばわりは出来んな…」
勇ましく成長した弟子の姿に魔剣士は聞こえない程度の感嘆を残し守るべき少女を救わんと刃を構え邪悪なる司祭の下に向かった。
瞬時に発動した空間転移で距離は詰まりフォースエッジ・フェイクで繰り出されたバージルの斬撃がアーカムの意識を刈らんとその首筋に真一文字に走った、しかしその一閃はアーカムが出した黄金の剣に遮られる。
「君のデバイスはこの程度かね? バージル」
「何!?」
次の瞬間バージルの身体はアーカムの黄金の剣の発した高熱の光の波動に吹き飛ばされた。
「くっ!」
「どうだね? このエクスカリバー(聖剣)の威力は、これでも絞ったものなんだがね」
「下らん名前だな…貴様にはお似合いだ」
「これでもどこぞの管理外世界のロストロギアをデバイスに改造したものなんだよ、名前はともかく威力は素晴らしいだろう?」
アーカムはそう言いながら剣を天にかざして身体に魔力を高めていく、人間ではありえない凄まじい瘴気がその五体から立ち昇る。
「君とダンテに倒された私はこの世界に飛ばされてね、君達から受けた傷が深くて元の身体は使い物にならなくなってしまったよ…だから私は変わったのだよ今度こそ人間を超えた存在に…」
その言葉と共にアーカムの身体は黒い司祭服を突き破るほどに隆起して鋭角的で攻撃的な人外のものへと変える。
「悪魔の体組織を人造魔道師の技術で培養した身体に戦闘機人と同じ身体強化とAMF併用の対魔道師戦闘能力、さらにレリックコアを埋め込んで得られた無尽蔵の魔力を持つ。人造魔道師と戦闘機人の技術を基に生まれた人造悪魔…」
そして現れたのは翼と角を持つ悪魔の身体、在りし日の“伝説の魔剣士スパーダ”を模した身体へとその身を変えたアーカムの異形の姿、それはもはや人などではなかった。
「スカリエッティの作った最強最高の改造体、開発コード“人造悪魔ディアボロス”それが今の私だよ」
自分の父の姿を模倣されバージルはその顔に怒りの感情を刻む、そしてアーカムはその手をバインドで縛ったヴィヴィオに伸ばす。
「無敵の身体に最強の聖剣そして…」
アーカムは腹部から飛び出した無数の触手でヴィヴィオの身体を自分の胴体に括り付けた。
「やだ~! おにいちゃ~ん!!」
「これが君に対する最高の盾だよバージル。君にこの子供ごと私を斬れるかね? それとも消耗した君で今の私をこの子供だけ避けて斬れるかね?」
人間としての身も心も捨て悪魔と成った闇の司祭は幼き命を盾に魔剣士にその手の聖なる剣を向けた。
「日輪脚うううう!!!!」
決闘を邪魔された怒りにより激しさを増すボルヴェルクの剣だが、鉄拳の少女スバルはベオウルフとの融合で爆発的に威力を増大させた蹴りでこれを弾き返しさらにカウンターの連撃を叩き込みその強力な蹴撃でボルヴェルクを吹き飛ばした。
「エリオはティア達の所に行って!」
「えっ!? でもスバルさん一人じゃ…」
「私は大丈夫。ティアの新しい能力は魔力消費が大きいみたいだからサポートしてあげて」
「分かりました…でも無理しないで下さいね」
エリオはそう残してファントムとグリフォンの猛攻に晒さているはやてとフォワードの下に駆けた、スバルはそのエリオに目もくれずに拳をボルヴェルクに構える、一瞬でも隙を作れば殺されるという認識がスバルの意識を敵に釘付けたのだ。
(スバルこやつを一人で相手にするのは少々厳しいぞ…)
スバルの頭に自身の得物と融合した悪魔ベオウルフの声が響く。
「強いのは戦って分かったけど…何か知ってるのベッキー?」
(こやつは魔界の戦士ボルヴェルク、我と同じくスパーダに敗れた悪魔の一人。魔界の中でも最高位に属する猛者よ)
「そっか…」
(今からでも遅くは無い。一人では苦戦は必至、他の者の助力を請えスバルよ)
「それは違うよ…私は一人じゃない」
(何?)
「私のこの拳には、お母さんとギン姉のなのはさんとバージルさんの技と心があるから…だから一人じゃない。それにマッハキャリバーとベッキーが一緒なら絶対に負けないよ!」
スバルは満面の笑顔でベオウルフに答える、その瞳には一片の恐怖も怯みも無く相棒のデバイスと自分に力を貸した悪魔に対する信頼に溢れていた。
(言ってくれるわ…あのスパーダの息子を助けるのは癪だが、そこまで言われて引いては白滅の魔獣の名が泣く! 我が力存分に振るえスバル!!)
「うん!!」
そう言うと同時にスバルは最高の加速でマッハキャリバーを駆ける、魔獣を宿した鉄の拳が魔界の戦士を倒すべく閃いた。
身体を覆っていた氷の封印を灼熱の魔力で破壊したファントムはアーカムの下に向かったバージルに激しい怒りを露にして溶岩のような体液を滾らせる。
「裏切り者の血族が! 逃がさんぞおお!!」
その巨大な悪魔に両手に銃型デバイスを持った少女は射撃魔法を見舞って注意を引き付けた。
「あんたの相手は私よデカブツ!!」
双銃の少女ティアナの射撃魔法はその大蜘蛛型悪魔の強固な外殻には傷一つ付けられなかったがそれは悪魔を逆上させるには十分な効果だった。
「ちっぽけな人間風情が!!!」
「“ちっぽけ”ねえ、あんたは随分と無駄にでかい図体してるけどちゃんと筋肉以外に中身は詰まってるのかしら?」
自分を越える圧倒的な力を持つ悪魔にティアナは小ばかにしたような挑発を仕掛けた、ファントムは怒りにその目を赤く光らせその巨大な前脚の一撃をティアナに振り落とした、しかしその攻撃はティアナの身体を煙の如く通り抜ける。
「残念、ハズレよ」
その言葉と共にファントムの眼前にいたティアナの身体は陽炎のように消え去り、ファントムの頭の上に“本物”のティアナが下り立ち悪魔の無防備な頭部に魔力弾を次々と叩き込む。
実体を持つ影“アフターイメージ”を操り敵を攻撃する力この能力こそ影の悪魔ドッペルゲンガーより得たティアナの新たなる能力である、先ほどファントムに攻撃と挑発を行ったのはこの影であり本物の彼女は幻術で姿を隠し隙を伺っていたのだ。
「ぐおおおおお!! 調子に乗るなあああ!!」
ファントムは頭上のティアナを突き刺そうとそのサソリのような尾針で刺突を繰り出す、しかしその一撃は時間加速の超高速移動で駆けつけた若き槍騎士エリオ・モンディアルの刃で弾かれる。
ゲリュオンの時間加速能力“クイックシルバー”を得たエリオからすればファントムの尾針の攻撃など止まっているも同然だった。
ファントムは自分の身体の上に乗ったティアナとエリオを振り払おうと脚部に凄まじい力を集中し跳躍、十数メートルの距離を一瞬で飛び上がった、その衝撃にティアナとエリオは身体を振り落とされる、二人は落とされると同時にデバイスを構え臨戦態勢をとった。
「エリオ、あいつの外殻かなり固いわよ。並の攻撃じゃ歯が立たない、狙いは頭部周辺! 全力で行くわよ!!」
「了解!!!」
急降下の軌道を二人に定めて落下するファントムの巨体を避けながら二人は同時にその身に宿った悪魔の力を解放した。
ゆりかご上空を飛ぶ巨大なる鷲の悪魔グリフォンが魔力で作り出した赤い稲妻を放ち目の前を飛び交うはやてを落とそうと執拗に攻撃を仕掛けてくる。
「どうした人間、もう限界かああ!?」
高速で繰り広げられる空中戦にはやては大技を使う隙を見出せず苦悶の表情で回避を続ける、はやては今までの魔力、体力の消耗にリィンとの融合も限界に近づき徐々に動きを鈍らせていく。
「これで終わりだ人間。死ねええええ!!!」
グリフォンの叫びと共に雷光で作られた電撃で作られた鳥“電気分身”がはやて目掛けて放たれる、高度の追尾性能を持つ電撃の大鷲にはやては遂に致命的な被弾を受けた、その怯みを逃さずグリフォンがその鉤爪を立てて迫る。
「フリード、ブラストレイ! フリージング・ブレス!!」
若き竜召喚師キャロ・ル・ルシエの掛け声と共に氷結の獄犬の力により三つ首の氷竜となった使役竜フリードリッヒがその三つの顎から紅蓮と凍気の塊を次々にグリフォンに放ちはやてへの追撃を食い止めた。
「ぐおおおお!!」
叫びと共にグリフォンは軌道を逸らし明後日の方向に飛んでいく、悪魔の雷撃を受けふらつくはやての下にキャロが三つ首の氷竜を従えて現れた。
「部隊長! 大丈夫ですか!?」
「キャロ…私はまだ大丈夫やから、それよりまた来るみたいや」
グリフォンはフリードの攻撃に翼に穴を穿たれながらも少しも勢いの衰えぬ力強さでまた宙を舞い雷撃を纏ってはやてとキャロに迫る。
「がはあっ!!」
黄金の聖剣が繰り出す斬撃にバージルは夥しい血飛沫を上げてその身に裂傷を刻まれた、アーカムとバージルの戦いはバージルの劣勢により凄惨を極めていた。
バージルはアーカムの身体に括られたヴィヴィオの為に閻魔刀を抜けず切り札“魔人化”も使えない状態で性能面で圧倒的に劣るフォースエッジ・フェイクをもってエクスカリバー(聖剣)と切り結んでいた。
「どうしたバージル、閻魔刀を抜かないのか? 魔人化はしないのか? 出来ないだろうな~、使えばその威力ではこの子供がただではすまないからねえ」
アーカムは異形と化した悪魔の顔を醜く歪めて血に塗れたバージルに嘲りの笑みを向けた、バージルは亀裂や刃こぼれを起こして崩壊寸前のフォースエッジ・フェイクを構えてその異形の人外に未だ覇気の衰えぬ眼光を注ぐ。
「はぁっ はぁっ…下らんことばかり…ほざくな…」
「哀れだなバージル、たった一人の人間の為に力を解放する事も出来ずに消耗し続けるなど哀れすぎて笑える程だよ」
アーカムは言葉と共に高速展開でバインドを形成しバージルの脚部を拘束、転移魔法による回避を封じ、手の聖剣型デバイスに魔力を収束し高出力の魔力波動を込めて大上段に剣を振りかぶった。
その斬撃を受ければ今のバージルの防御障壁は斬り裂かれフォースエッジ・フェイクは脆く砕け散ると易く想像が付く、悪魔の身体を持つ彼なら死にはしないだろうがヴィヴィオの救出は困難を極めるだろう。
しかしその刃はバージルに届くことはなかった…炎の翼を持つ誇り高きベルカの騎士が闇の剣士の救援に舞い降りる。
「大丈夫かバージル?」
暴虐たる聖剣の侵攻を食い止めたのは炎の魔剣レヴァンティン、振るうは烈火の剣精アギトとの融合を果たした誇り高き剣の騎士、地上本部に迫る悪魔とガジェットの軍勢を殲滅し戦友(とも)の救援に馳せ参じた烈火の将シグナムである。
「スカリエッティは逮捕された、戦闘機人も全員確保済みだ。もう貴様に勝ち目は無い! 大人しく投降しろ」
聖剣と鍔競りながらシグナムは凛とした声で敵の最後の司令塔であるアーカムに投降を促した。
「その程度がなんだと言うのだね? 戦闘機人を一体でも手に入れれば、あの男のコピーは確保できる。ゆりかごが軌道上に上がればミッド地上は殲滅、管理局の艦隊も沈められよう。つまり私の勝利はまったく揺るいでなどいないのだよ」
「ならば貴様をここで倒すっ!!」
シグナムは掛け声と共に爆炎を纏わせたレヴァンティンを払い悪魔の持つ聖剣を薙いでバージルと共にアーカムから距離をとる。
「その姿は…あの融合機か?」
「ああ」
「ゼストはどうした」
「死んだ。私が斬った」
「そうか、やはり…」
バージルはかつて自分と死合った男の死に一抹の寂しさを覚えた、刃を交えた際にその死期が近いことを漠然と感じていたがもし次があるなら今度こそ邪魔無しで戦いたかったという未練が僅かに脳裏を駆けた。
「…お前の剣に敗れて死んだのならばあの男も悔いはあるまい」
バージルは一言だけ今は亡き好敵手の為の言葉を小さく吐いた。
その二人の前に聖なる剣を手に下げたアーカムが悠々と歩み寄る。
「随分とまあ人間と仲良くなったものだなバージル? 人にも悪魔にも成りきれぬ哀れな半魔の君らしい…」
「黙れえっ!!!」
アーカムはシグナムの救援に救われたバージルに再び嘲りの言葉を吐くがその言葉はシグナムの激昂に遮られる。
「その汚い口で我が戦友(とも)を愚弄する言葉を吐く事は許さん!!」
シグナムはその鋭い眼光に紅蓮の怒りを込めてレヴァンティンをアーカムに突きつけた、しかしその身に覇気こそ満ちていたがシグナムの身体は地上本部防衛の戦闘により魔力を消耗し余裕など欠片も残されていなかった。
「まだ戦えるなバージル?」
「もちろんだ、お前こそ足を引っ張るなよ」
聖なる剣を持った邪悪なる悪魔に傷ついた闇の剣士と烈火の将はその刃を向けた。
続く。
最終更新:2008年04月29日 01:38