魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十五話「Devil Strikers(後編)」

溶岩の如き灼熱の体液が身体に流れる大蜘蛛の悪魔ファントムを相手に双銃を構えた少女ティアナ・ランスターと若き槍騎士エリオ・モンディアルがゆりかご上部にて凄絶なる戦いを繰り広げる。

間断なく吐きかけられる特大の火炎弾を側転で回避しながらティアナは灼熱の大蜘蛛に魔力弾を撃ち込む。
影の分身アフターイメージで倍となった火力を持ってしても強固な外殻の間を縫って決定打を撃ち込むのは至難を極める。
ティアナの疲労は限界に近づき、エリオもまた時間加速の連続使用の無理がたたり魔力・体力共に限界に達しつつあった。

「先ほどの威勢はどうした人間!?」
ファントムはその堅牢な要塞の如き巨体でティアナとエリオを圧倒し炎の息吹を吐きかける。
もはや二人に能力を自由に使う余裕は無くなりつつあり、この悪魔の業火で消し炭に変わるのも時間の問題だった。
「クロスファイアシュート!!」
ティアナはアフターイメージを発現し倍となった総数26発の誘導弾をファントムの頭部に叩き込むが貫通力に欠く彼女の攻撃では強大な上位悪魔を打倒するには至らない。
「クイックシルバー発動!!」
時間加速で一気に距離を詰めたエリオがファントムの頭上に移動しストラーダの刃を振りかぶるが彼の小さな身体はファントムの身震い一つで軽く払い落とされる。
さらに放たれた追撃の尾針の一撃を胴に受けエリオは鮮血を散らす。

「エリオ!!」
鋭い刺突に身体とバリアジャケットを裂かれて転がったエリオにティアナが駆け寄る。
「くっ…大丈夫ですよティアさん。でも一体どうしたら…」
「確かに…あいつの身体は固すぎてこっちの攻撃なんか全然効いてないしね」
その時ティアナの脳裏に先ほどのファントムの動きが蘇り、そして思いつく一つの賭け。下手をすればエリオを死なせるかもしれない危険な打開策。
(エリオこの悪魔を倒せるかもしれない作戦を思いついたわ。でも下手したらエリオが死ぬかも…)
苦渋に曇った顔でティアナがエリオに念話を繋ぐ、しかしエリオは燃えるような戦意を込めた眼光でティアナの瞳を見つめて念話を返す。
(ティアさん…僕はこの戦いが始まってから死ぬ覚悟は出来てます! それにあなたの考えた作戦で失敗する訳が無いって信じてます。言って下さい“行け”って!)
(言うじゃない。それじゃあ説明するわよ……)

念話で策を伝えた二人は自身に残された最後の魔力を振り絞りデバイスを構える。
エリオは残る全てのカートリッジを使用し限界ギリギリまでのブーストでストラーダの推進器(スラスター)を暖める。
ティアナは幻術とアフターイメージを混ぜて8人まで増やした自分の身体でファントムに向かって駆け出す。
彼女の魔力では出せる影の分身はこれで最後、失敗すれば確実に死ぬだろうと易く予感させた。
「いい加減に死ねええ! 人間!!」
ファントムはその大きな顎から火炎弾を幾つも吐き出し近づくティアナに浴びせるしかし攻撃を受けたものは全て幻術で作られた幻であり爆炎の衝撃に霧散した。
そして横合いから転がり込んだティアナがファントムの眼前にクロスミラージュを突きつけ銃火を間近で浴びせかけた。

「小癪なマネをおおお!!」
ファントムは今度こそ殺せるという絶対の自信を持って尾針の攻撃を目の前のティアナに振り下ろす、しかしその時ファントムの頭上に再び彼女の声が響いた。
「また失敗ね蜘蛛さん」
ファントムの尾針の一撃は正面のティアナをすり抜ける。
ファントムの正面に飛び出たティアナはアフターイメージの影であり敵の攻撃を受けても意味は無い、そして本物のティアナはファントムの頭上を捉えた。
ファントムの眼前のアフターイメージと頭上の本物、その二つの身体でティアナは至近距離から射撃魔法の連射を叩き込む。
ファントムはティアナの身体を振り払うべくまた脚部に力を込めて大きな跳躍をみせる、これこそティアナの狙いだった。
出せる最後のアフターイメージの分身でもって尾針の攻撃を空振らせ、ファントムの頭上に乗ったのは倒すためではない、頭上の自分を振り落とすためのこの跳躍こそ彼女の狙い。

「クロスファイアシュート!!!」
ティアナは高く舞い上がったファントムに射撃魔法の集中砲火を浴びせた、これもまた敵を倒す為のものではない。
クロスファイアシュートの攻撃は落下するファントムの身体の向きを変えるためのものであり、その攻撃を受けて体勢の崩れたファントムは弱点である背を下に向けて落下する。
そしてエリオが今まで最大のブーストで高め続けたストラーダの推進力に時間加速の超高速移動を加え最強の威力を込めた刺突を解放した。
「クイックシルバー発動! スピアーアアングリフ!!!」
ティアナの攻撃で反転し無防備に晒されるファントムの背中、これにエリオの最強の攻撃が命中した。
落下するファントムの自重も加わり無慈悲にストラーダの刃は大蜘蛛の身体の中に食い込んでいく。
「ぐおおおおおお!!!」
「これで終わりだああああ!!!」
断末魔の雄叫びと共に灼熱の溶岩のようなファントムの体液が飛び散りエリオの身体に降り注ぐ。
焼ける頬やバリアジャケットを気にもとめずエリオは最後の力を振り絞り、遂にファントの身体を貫き通した。
身体に大穴を開けられたファントムの巨体が爆音と共に落下し貫かれた傷の亀裂にその巨体が砕け散り四散した。
ファントムの崩壊と同時に全身のバリアジャケットを焼け焦がしたエリオもゆりかご上部に舞い降りる。
「エリオ!」
「大丈夫です…ティアさん…それよりも早くバージルさん達を助けに…」
もはや二人の身体に戦う力など微塵もありはしない、しかし自分達の師の安否を確かめるまでまだ止まる事はできなかった。


ゆりかご上空を飛ぶ大鷲の悪魔グリフォンと空戦を交えるのは機動六課部隊長の八神はやてと氷竜フリードリッヒに乗る竜巫女キャロ・ル・ルシエ。その戦いは青き空に赤き稲妻を走らる。

空を飛び交う巨大な大鷲グリフォンが三つ首の氷竜フリードリッヒとその軌道を交錯させ熾烈な空中戦を繰り広げ、両者の放つ赤き雷撃と火球や氷塊弾がぶつかり相殺し合う。
フリードの攻撃にはやての支援砲火も加わるが上位悪魔の圧倒的なスタミナに既にはやて達は息を切らせている。
グリフォンは容赦なく二人に止めを刺そうと強力な赤い電撃の魔力弾を放出しはやてとキャロ達を攻撃した。
はやてが防御障壁で雷撃をなんとか凌ぎフリードが三つの顎から火球と凍気の魔力弾を吐き応戦、しかしその反撃を受けてもグリフォンの巨体に致命的な傷を与える事はできない。
「どないしたら…こないな速度で飛行戦を続けとったら溜めの大きな技が出せれへん…」
高速で飛行しながら雷撃と共に自分達を追いまわすグリフォンの猛攻にはやては臍を噛む思いで呟く。
「部隊長、来ます!!」
その時キャロの叫びと共にグリフォンの攻撃が再び襲い掛かり、赤い雷撃で作られた雷球が幾つも放出された。

「くっ!」
「きゃあっ!!」
電撃球を受けたはやてとキャロは容易く防御を破壊され被弾。
雷撃のダメージにバリアジャケットは焦げ付き身体の負担は限界に達しつつあった。
強烈な雷撃の損傷に顔を歪めながらはやてはキャロに念話を飛ばす。
(キャロ! 私とリィンの融合も限界や、私がなんとかあの鳥の動きを止めるから……トドメ頼んでええか?)
(部隊長……分かりました!!)
(ほな詳しい作戦話すよ…)
急場でこしらえた作戦を念話で伝え、はやては背中の黒き翼に魔力を高めて速度を上昇させグリフォンの前に躍り出た。

「どないしたんや! 悪魔いうても女の子一人殺せんのかい! この七面鳥モドキ!!」
はやての挑発にグリフォンの怒りは即座に沸点に達してその低い声を荒げて怒声を放つ。
「人間風情が我を愚弄するか!!!」
「うっさいわ! 熱々のローストチキンにしたるで!! はよう掛かってこんかいボケ!!」
さらに続いたはやての挑発で激情に火を注がれたグリフォンは全身に最大の雷撃を纏って空高く上昇し急降下の体当たりではやてを引き裂かんと爪を立てた。
(予想どうりや。やっぱり怒ったら最大の攻撃力で一直線に殺しに掛かる…単細胞も良いとこやで)
はやては心中で呟くと同時に魔法術式を二つ構築、まずその一つ目を放つ為に球状の魔力弾を生成した。

「アイゼンゲホイル!!」
はやてがその球体を拳で叩くと同時に敵の視覚と聴覚を奪うための魔法“アイゼンゲホイル”が発動し凄まじい閃光と爆音が周囲を満たした。
視界を奪われたグリフォンは視覚を奪われてなお正確にはやて目掛けて急降下体当たりを行う。
「私の大威力魔法、これで今日はカンバンや……鋼の軛!!」
はやての言葉と共に白い魔力光で形作られた光の柱が三角形のベルカ式魔法陣から突き出す。
はやては守護獣ザフィーラの持つ最強の拘束魔法を幾重にもグリフォンに突きたてその巨体を宙に釘付けたのだ。
視覚を失った大鷲に回避する事など出来はしない。
「ぐおおおおお!!」
身体に刺さった光柱の戒めを破壊しようとグリフォンは雷撃を最高出力で発生させる。
しかしはやては身体に残された全ての魔力を駆使して鋼の軛を維持してこれに対抗した。

「今や! キャロ!!」
はやてが挑発によりグリフォンの注意を引き、鋼の軛でその動きを封じている間にキャロは自分の行使できるブースト魔法と地獄の番犬より得た凍気の全てを三つ首の氷竜と化したフリードの三つの顎に集中していた。
「我が求めるは絶対の凍結、地獄の番犬よ、その凍て付く牙、究極の凍気を今こそ見せよ…」
キャロが地獄の番犬の力により未知の新たなる呪文を紡ぎながらフリードの三つの首に極大の魔力と凍気を収束していく。
「獄・犬・咬・虐!! インフェルノ・ケルベロス・バイティング・マサカー!!!!!!」
それはケルベロスと融合したフリードの最強の技、絶対零度の凍結魔力を持つ魔力波動が巨大な氷柱を形成しながら魔界の大鷲に放たれた。

「がああああ!! 馬鹿な…この我が…人間ごときに…」
鋼の軛で動きを封じられたグリフォンが最強の凍結魔法を受けてその巨体を凍らせる、そして遂には全身を凍て付かせてひび割れたグリフォンの身体は粉々に砕け散った。
「ローストチキンやのうて冷凍保存やったな…」
はやては言葉と共にリィンとの融合を解除、フリードもケルベロスの力を顕現し続けられなくなり元の飛竜へと戻る。
「部隊長…大丈夫ですか?」
過度のブースト魔法の行使にキャロも限界を超える疲労だった、しかし二人はまだ膝を付く訳にはいかない。
「大丈夫や…それよりも…バージルさんとシグナムを助けに行かな…」
二人は、まだゆりかご上部で戦い続けているだろう魔剣士の下に疲弊した身体で飛ぶ。


禍々しい模様の施された大剣が踊り、繰り出される無数の刺突を白い手甲が美しいまでの円動作で受け流す。
大剣を繰るのは隻眼の魔界戦士ボルヴェルク、その凶刃を魔獣を宿した白き手甲で防ぐのは機動六課スターズ03スバル・ナカジマ。
魔界の武侠を相手にスバルは一歩も引かぬ絶戦を繰り広げる。

スバルは右下方から斬り上げて首を落とさんと迫るボルヴェルクの斬撃を直前の予備動作で見切り最低限身体を沈ませて回避した。
「はあああ!!!」
スバルはボルヴェルクのその怯みを逃さずベオウルフの力で強化された右のリボルバーナックルで渾身のカウンターを叩き込んだ。
ボルヴェルクはこの攻撃に僅かによろめいたが即座に大剣で斬り返しの斬撃をスバルの脳天目掛けて振り下ろす、スバルはこれを反射的に右側方に跳ねて回避。
しかしそのスバルの回避動作を読んでいたのかボルヴェルクは黒い炎を纏わせた足で蹴りを見舞いスバルの身体を吹き飛ばす。

「きゃああ!!」
ボルヴェルクは転がるスバルに追い討ちとして黒炎の魔力を3発放ち、スバルは体勢を立て直す暇も無くその追撃に晒された。
黒炎の追撃に防御を崩されたスバルにさらに魔力刃により爆発的に射程の伸びたボルヴェルクの大剣が首を刎ねようと真一文字に振るわれた。
「くっ!!」
スバルはその横合いからの斬撃をリボルバーナックルで跳ね上げてなんとか凌ぎ体勢を立て直し拳を構えて戦闘態勢を整えた。
「このままじゃラチが明かない。こうなったらバーストオシレーション…ギアエクセリオンで行くよマッハキャリバー」
<OK、MASTER>
マッハキャリバーが電子音で答え、スバルは瞳を金色に変えながらIS振動破砕の発動を準備する。

その時、光と純白の羽根を散らしながらスバルの両手のリボルバーナックルの拳部分を獣の顔のような防具が覆い、白い翼が脚部・腕部・腰部から翻る。
「これは一体……ベッキーなの?」
そしてデバイスと融合した魔獣ベオウルフの声がスバルの脳裏に響く。
(貴様の絶技、負担も並ではない。微力だがこれで反動から身を守れよう)
「ベッキー………ありがとね」
その防具に頬を寄せ、スバルは静かに微笑んで自分を守るために力を貸してくれた魔獣に礼を述べた。
静かに呟いた言葉だったが、その言葉にスバルは万感の想いを込める。
(礼は奴を打ち倒してからぞスバル!!)
「うん!!」
純白の羽根が舞い散りマッハキャリバーが最高加速に備えてギアエクセリオンの翼を震わせ、スバルは強化された両手のリボルバーナックルに振動破砕の超振動を纏う。
そのスバルにもはや一片の死角も微塵の隙も無い。
両の拳に師の技と心を乗せ胸に必勝の思いを抱き、少女は白き魔獣の翼を広げ眼前の悪魔に対峙する。

スバルの纏う気迫と魔力が一瞬で別人のように跳ね上がるのをボルヴェルクは感じる。並みの悪魔ならばその圧倒的な迫力を感じれば逃げ出すだろう。
しかしこの魔界の戦士は言葉こそ発しないが胸の内に歓喜を覚える。
スパーダの息子と戦えない不満を払拭してくれる鉄拳の少女に全力で応えようと黒炎の魔力を最大出力に高める。
さながら西部開拓時代のガンマンの決闘のように両者は正面から対峙した。
二人は持てる力の全てを己が得物に振り絞る。
両者の放つ気迫と魔力に空気が歪み、ゆりかご上部の装甲が震えて軋み上げ決闘の終焉を彩る最後の曲を奏でる。

スバルとボルヴェルクの闘気はほぼ同時に頂点に達し、両者は共に正面から駆け出した。
黒い業火に包まれた悪魔の大剣が唸りを上げてスバルに最強の刺突を放つ、その剣閃にスバルは右の拳を正面から叩き付けて応える。
「ディバインバスター!!!…」
軋み悲鳴を上げる両者の得物、スバルはその負荷を気にもとめず腕に増設された翼とスラスターを最大出力で解放しディバインバスターの魔力波動に振動破砕の超振動を乗せて放つ。
「バーストオシレーション!!!!」
ベオウルフの加護を受けたそれは片手で放ったものでさえ以前の両腕のバーストオシレーションに匹敵する威力だった。
その右拳のディバインバスター・バーストオシレーションの魔力波動によりボルヴェルクの大剣は弾かれ、スバルもその衝撃と反動に体勢を大きく崩す。

だがスバルはその揺らぎをギアエクセリオンの純白の翼で無理矢理に急制動を掛けて立て直した。
スバルはその急制動の回転動作で得た遠心力を左の拳に込めて振りかぶり“本命”の一撃を先の交錯に体勢の崩れているボルヴェルクの身体の真芯に叩き込んだ。
「一撃いいいい必倒おおおおおお!!!!」
舞い散る羽根の中で左のリボルバーナックルの回転刃が唸りを上げ、融合したベオウルフの装甲が白く輝き脚部に備えられたスパイクが地面に突き刺さり身体のブレと後退を殺す。
「ディバインバスタアアアアア!!!!!!」
身体に残る魔力の全てを込めたディバインバスターの青き魔力波動が拳に収束し閃光を放つ。
「バーストオオオオオ オシレーションンンンン(爆震)!!!!!!!!」
そしてその魔力波動に振動破砕の超振動が完璧に同じタイミングで合わせて発動し、極大の青き魔力光がボルヴェルクの体を飲み込んだ。

その圧倒的な破壊力を受けてボルヴェルクの身体は微塵と散り大剣のみを残して青き空の下に消え去った。
「お母さんギン姉……また助けられちゃった…ありがとね」
スバルは左の拳を強く握り締め亡き母にそしてこの鉄拳を自分に託してくれた姉を思い一筋の涙の雫を流す。
その左の拳に宿った力はベオウルフのものだけではない、そこには母クイントの姉ギンガの想いが詰まっているのだから。

(まったく、また泣く奴があるか…)
「うん……泣き虫でごめんねベッキー」
(まあそれが貴様の性分ではしかたあるまい。しかしスバルお主力を使いすぎたのう、しばらく我の力を顕現することはできんぞ)
「大丈夫だよ。言ったでしょ? 私は一人じゃないって」
(では我のおらん間に死ぬでないぞスバル)
「分かった。約束だね」
ベオウルフの白き装甲が羽根を散らして消え去りリボルバーナックルとマッハキャリバーは元の姿に戻る。
「それじゃ早くバージルさん達を助けに行かないと!」
スバルは強大な敵と対峙し、幼い少女を救うため戦う師の下に駆け出した。


「紫電一閃!!」
烈火の剣精アギトとの融合により爆発的に威力を増した炎の刃が悪魔と成り果てた背徳の司祭を倒すため振るわれる。
悪魔の身体に括られた少女を傷つけぬ為狙うべきはその首、しかし悪魔は手にした黄金の聖剣でこの一撃を難なく受け止めた。
「素晴らしい威力だ。しかし少々物足りないな」
聖剣エクスカリバーに黄金の閃光が宿り高熱の魔力波動が放たれシグナムはその衝撃に吹き飛ばされる。
しかしアーカムが前方のシグナムを斬り返す隙を逃さずバージルが空間転移で背後に回りフォースエッジ・フェイクの刃を翻す。
バージルは魔力を込めたフォースエッジ・フェイクで最強の刺突技スティンガーを繰り出しアーカムの後頭部を狙う。
だがその刃は展開した防御障壁に防がれフォースエッジ・フェイクは刀身の先端を大きく刃こぼれを起こして弾かれる。
「無駄だ」

「がはあっ!」
アーカムが振り返り様に薙ぎ払ったエクスカリバーの一閃でバージルは防御障壁ごと身体に斬撃を刻まれ鮮血を宙に舞い散らせる。
「まったく、こうも一方的ではつまらないな」
邪悪なる悪魔より少女を救う為の戦いは闇の剣士と烈火の将の圧倒的な劣勢で展開していた。

悪魔の持つ聖剣の攻撃にバージルは血の朱を空に撒き、シグナムは背の炎翼をはためかせてよろめくバージルに駆け寄った。
「バージル! 大丈夫か!?」
「ごふっ…俺は問題ない…お前こそ力が鈍っているぞ」
「ああ…急場の融合もそろそろ限界のようだ」
満身創痍のバージルとシグナムは共に剣を構えながら息を整える。
対するアーカムはヴィヴィオを盾にした事で二人の大技を封じて傷一つさえ付いていない。
スカリエッティの最高傑作と自負したアーカムの言葉は嘘ではなかった。
身体能力・魔力共に今までの戦闘機人や悪魔とは比べられぬ程の高性能であり、高度のAMF下でその最悪の悪魔を前に二人は有効な打開策を見出せずただ疲労を蓄積する。

「さて相談は済んだかな? そろそろ終わらせてゆりかごを軌道上に上げたいのだがねえ」
アーカムはそう言うと再びエクスカリバーに魔力を込めて黄金の閃光をバージルとシグナムに向けて放った。
二人は同時に駆けてこれを回避、アーカムの側方に回りバージルは幻影剣を射出して敵の防御障壁を削り時間を稼ぐ。
(烈火、奴の動きを止められるか?)
バージルが幻影剣の掃射を続けながらシグナムに念話を入れた。
(奴の防御はかなり強固だ。しかし残るカートリッジと魔力を全て使えばあるいは……だがそれでは私の融合も維持できなくなる、それでも良いのか?)
(悩んでいる暇は無い……次で決めるぞ)

(分かった)
シグナムはバージルと視線を交錯させ互いの決意を汲み取ると彼に小さく頷き、残る全てのカートリッジを使用し己がデバイス炎の魔剣レヴァンティンに魔力を込め始める。
「邪魔だあ!!」
アーカムは数多に降り注ぐ幻影剣の刃をエクスカリバーの魔力波動で纏めて薙ぎ払った。
その瞬間バージルがフォースエッジ・フェイクを構え駆け出し、そのバージルの側方から彼を援護する為に連結刃シュランゲフォルムのレヴァンティンが炎を纏って舞う。
「何!」
前方からバージルが渾身の力を込めて斬り掛かりさらに全方位からレヴァンティンの連結刃がヴィヴィオを傷つけない為に細心の制動を掛けてその蛇の如き刃を躍らせる。
「ぬうっ!! 小癪な!!」
アーカムはバージルの斬撃をエクスカリバーで斬り返しながら周囲から襲い掛かるレヴァンティンの刃を防御障壁で防いだ。
だがその連結刃の攻撃は徐々にだが確実にアーカムの強固な防御を削っていく。

「アギト!! 全力で行くぞ、魔力を全て搾り出せえええ!!!」
(応! 烈火の剣精の底力を見せてやるぜ!!)
シグナムの戦意に融合機アギトが応え魔剣の力を最高最強の状態まで高める。
そして遂にはアーカムの防御障壁を斬り裂きその身体をヴィヴィオのみを精巧に避けて斬り裂く。
その連結刃の猛攻に身体の各所を刻まれ、さしものアーカムも怯みをみせる。
バージルはその怯みを逃さず崩壊寸前のフォースエッジ・フェイクの刃にその刀身が壊れる事を覚悟して最大の魔力を込めて振るう。
「ぐぎゃああああ!!!」
アーカムの身体は強固な外殻を誇った為に切断にこそ至らなかったが、バージルは敵の四肢と頭部装甲に斬撃を見舞いその戦闘能力を奪った。
そしてヴィヴィオを拘束していた触手をすべて斬り裂き最後に放った刺突でアーカムのみを吹き飛ばし、遂にバージルは悪魔に囚われた少女を救い出した。

「ぐすっ おにいちゃあん」
アーカムへの攻撃で遂に限界を向かえ刀身が崩壊し粉々になったフォースエッジ・フェイクを手放し、バージルは悪魔の魔手から解放されたヴィヴィオを両手で抱きかかえる。
「泣くな。すぐ高町の下に連れて行ってやる」

バージルはしがみ付いて泣きじゃくるヴィヴィオを慰める。
しかしそこに禍々しい程に低い悪魔の声が轟く。
「糞共がああっ! その餓鬼を寄こせええええ!!!!!!」
傷を即座に修復したアーカムが立ち上がり魔力を込めたエクスカリバーを振りかぶりながらバージル達に迫ってきた。

ヴィヴィオを抱えて両手の塞がったバージルに、精根尽き果てアギトとの融合が解除され絶望的に戦闘力を削がれたシグナム。
その二人にゆりかご起動の鍵であるヴィヴィオを奪われ半狂乱となったアーカムが襲い掛かる。
バージルはヴィヴィオを手放し閻魔刀を抜けば戦えるだろう。
そして“魔人化”により戦闘能力を強化すればアーカムの打倒も可能だったろう。
しかしこの場で自分が全力で戦えば不安定なゆりかご上部の足場で幼いヴィヴィオがどうなるか、傍で疲弊し尽したシグナムがどうなるか分からなかった。
故にバージルのとった行動は閻魔刀を用いた応戦でも切り札“魔人化”による身体強化でもなかった。

「バージル…お前だけでもヴィヴィオを連れて逃げろ。ここは私が…」
「シグナム…」
「えっ?」
バージルは傍に立つシグナムに突然ヴィヴィオを託し、同時に彼女の耳元に今まで聞いたことの無いような優しい口調の言葉を囁いた。
「…ヴィヴィオを連れて逃げろ」
バージルはそう小さく言い残しヴィヴィオをシグナムの胸に抱かせて彼女の身体を突き飛ばした。
バージルは敵を倒す為に力を振るうのではなく、迫る敵に背を向け自分の命を捨ててでも幼き少女と掛け替えの無い仲間の身を守る道を選んだのだった。


もう後ろに聖剣での攻撃を仕掛けてきたアーカムが迫って来ている…刹那の後に俺は殺されていよう。
閻魔刀での応戦も魔人化も間に合わないだろう、だが後悔はしていない。
閻魔刀を抜き魔人化を果たして全力で戦う選択を選んでいればシグナムとヴィヴィオがどうなっていたか分からなかったのだから…。
俺の身体で刃を受ければ少しは二人を逃がす時間稼ぎになる。
後は八神たちにでも任せるとしよう、奴らならこのような異形の悪魔にも勝てるだろう。
「バージルウウウ!!!」
ヴィヴィオを抱え俺に突き飛ばされたシグナムがこちらの意図を察したのか、瞳に涙を流して俺の名を叫ぶ。
アーカムの剣が振り下ろされる寸前、俺はひどく緩やかに感じる一瞬の時間の中でこの女の顔に悲しみは似合わないと思いながら数瞬の後に来る自分の死に最後の言葉を吐いた。
「こんな死に方も悪くはないか……」
だがその死の覚悟を決めた呟きは聞き覚えのある銃声によって遮られる。


シグナムとヴィヴィオを身を挺して守り、無防備になったバージルの背中にアーカムの振るう凶刃が迫る。
その刹那、上空を一機のヘリが通過しそのハッチから赤き影が躍り出る、それはリンディがバージルの世界から連れて来た荷物、一人の男だった。
バージルがアーカムに絶命の一撃を受ける寸前。その赤き影の男は眼下のアーカム目掛けて急降下しながら白銀と漆黒の二丁の拳銃をホルスターから抜き去り銃火の華を散らせる。
「イィィィィィッヤッホウウウウウウウ!!!」
赤き影の男は楽しそうな声を上げながら魔力を込めた銃弾の雨をアーカムに降り注ぎ弾痕をその悪魔の身体に穿つ。
「ぐはあっ! 何だとおおお!!」
銃弾をたっぷりとアーカムの身体に叩き込んだ赤き影は弾痕を刻んだアーカムの前に着地すると同時に背の“反逆”の名を持つ魔剣でさらに追撃の斬撃を見舞う。
その悪魔も泣き出すような猛攻に莫大なダメージを受け、アーカムは低い呻きを漏らしながら後方に引き下がった。
「まさか!! 何故! 何故“貴様”がここにいるのだあああ!?」

「死んだ筈の兄貴から素敵なパーティーのお誘いを受けたんでね。確かに面白そうなパーティーだぜ、悪魔はともかく女がいるってのは良いもんだ」
赤き影の男は自分の後ろを振り向き、バージルとその後方にいるヴィヴィオを抱えたシグナムを見て軽い言葉を吐く。
「遅いぞ“ダンテ”」
「おいおい~別世界なんて来るの初めてなんだぜ。あんまりイジワル言うもんじゃねえよバージル」
二丁銃と魔剣リベリオンを手に最強の悪魔狩人であり、そしてバージルの双子の兄弟でもあるダンテが今ミッドチルダに下り立った。

続く。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年12月22日 11:10