魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第十六話「悪魔は泣かない」
古代の戦船聖王のゆりかごの上で伝説の魔剣士の血を引く半魔の兄弟が再び巡り合い、以前共に戦った時をなぞるようにその肩を並べた。
「感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」
「らしいな」
「まったく驚いたぜ? なんせ緑髪の姉ちゃんに突然“死んだ兄貴からの悪魔退治の依頼がある”なんて言われて。そのうえ“魔法の世界”なんてメルヘンな場所ときた」
「生憎だが一度も死んだ覚えはない」
「そいつぁ失礼。じゃあ俺の勘違いか」
再開を果たした兄弟は眼前の敵などまるで意に返さない口調で軽く語り合う、アーカムはその二人に怒りを露にし魔力を高めて襲い掛かる。
「ごちゃごちゃと喋るなああああ!!!」
高度の魔力を込めたエクスカリバーの刃を振りかぶったアーカムが高速移動で近づき、その凶刃を二人に見舞う。
だがその刃はダンテが片手で持つ魔剣リベリオンで防がれる。
ダンテはさらにもう片方の左手で漆黒の拳銃“エボニー”をアーカムの腹部に押し付けた。
「よう、久しぶりだなハゲ司祭。不っ味いオヤツの時間だぜ」
ダンテは不敵な笑みと共に凄まじい速度で銃を乱射、その弾丸には全てに莫大な魔力を込められているため着弾の衝撃に空間さえ歪み始める。
「ぐがあああ!!!」
あまりの攻撃の威力にアーカムは堪らず防御障壁を展開し大きく後退を強いられる。
「なんだよ鉛の弾は嫌いか? 悪いけど飴玉は切らしてるんでな」
強大な敵を前に不敵な態度を崩さずダンテは挑発まで入れる、その様にバージルの後ろに飛ばされていたシグナムは唖然として目を丸くする。
「バージル、この男は…」
「詳しい説明は後だ、危険だからお前は下がっていろ」
ヴィヴィオを抱き抱えたシグナムにバージルは全身から瘴気と魔力を立ち上らせながら答える、もう何の枷も無い以上は彼が本気にならない理由はどこにも無い。
「おにいちゃん…」
シグナムに抱かれたヴィヴィオが不安そうな眼差しでバージルを見つめる、バージルはそのヴィヴィオの頭を軽く撫でると優しく口を開いた。
「案ずるな、すぐ戻る」
「そうだぜお姫様。こっから先は最高にハードなR指定だ、良い子はママと一緒にカートゥーン(アニメ)でも見てな」
そのヴィヴィオにダンテも軽口をあきながら不敵な笑顔を向ける、しかしそのダンテの言葉にシグナムは顔を真っ赤にした。
「だ、だ、誰がママだ!!」
「違うのか?」
顔を赤くしたシグナムをからかうとダンテは銃をホルスターにおさめてバージルと共にアーカムに向かって歩き出す。
二人の身体から莫大な魔力と瘴気が溢れ出し空気を歪めていく、それは人外の者のみが纏う力。
決して人間の立ちいれぬ領域の気迫を放ちながら半魔の兄弟は眼前の敵との距離をゆっくりと詰めていく。
「それでは仕事の時間だぞ便利屋」
「ああ、前金でたっぷり貰っちまってるしな。派手に行くぜ」
眼前に悠然と歩み寄った二人にアーカムは激しい怒りを覚えその悪魔に成り醜悪になったその顔をさらに歪めて汚く吼えた。
「簡単に勝てると思うなよ屑共がああ!! こうなったら本気で殺してやる!!!」
そう言い放つとスパーダを模したアーカムの身体が大きく隆起し全長5メートル以上の体躯へと変わる。
その異形は、背部及び腹部から新たな腕を生やし、長く尖った尾を持ち、顔に牙を多量に生やした禍々しいものに変わった。
もはや伝説の英雄を模した形跡はどこにもない醜い悪魔がそこにいた。
アーカムは魔力も段違いに高くなりSSSランクに迫るほどであった、しかしダンテは呆れた顔で口を開く。
「おいおい、がっつくなよ。悪役が巨大化したら負ける合図だって知らないのか?」
「関係無いだろう、どんな姿になろうとも殺す事に変わりは無いのだからな」
「そうだな。まあ俺としちゃ、あんまり親父のマネされてると俺の顔までブサイクに思われそうだからこの方が良いぜ」
「ではこちらも本当の悪魔の力を見せてやるとするか」
「そいつぁ良いねえ、それじゃあ“本気の遊び”と行こうぜ」
ダンテとバージルはそう会話を交わすと共に身体に最高の魔力を込める、そして体中から瘴気と共に赤と青の魔法陣が現れる。
それは通常の人間が使う術式を用いたものではない、それは悪魔が生まれながらに使う魔力の発現であった。
莫大な魔力を身体から発しながらバージルとダンテの身体は人外の異形へと変わる。
翼持ち牙を持つ赤と青の悪魔、それは二人の本当の姿であり魔性の力の全てを発揮する身体である。
それこそが“魔人化”悪魔にして悪魔に非ず人にして人に非ず、故に“魔人”。
二人は高めた魔力と共に本来の姿と成り眼前の敵を絶殺せんと全ての力を解放した。
「あれは…一体?」
「なんやあれ!?」
バージル達の救援のため再びゆりかご上部へと飛んで来たはやてとキャロだがその目に映ったのは凄まじい魔力を解放して戦う3匹の悪魔の姿であった。
二人は離れた場所でその戦いの行く末を見守るシグナムの下に下り立つ。その二人と同時に悪魔との戦いを終えたスバル・ティアナ・エリオも駆けつけた。
「部隊長…これは一体?」
「私にも分からんわ…シグナム、これどうなっとるん? あれは一体誰なん?」
ティアナの質問にはやても答えられずシグナムへとその視線を移すがシグナムもまたどう説明すれば良いのか一瞬答えあぐねる、そして最初に口を開いたのはスバルだった。
「この魔力と気配……シグナム副長、あそこで戦ってるのってバージルさんですよね?」
「…ああ、そうだ。もう一人はダンテと言っていた、恐らくバージルが以前話していた奴の兄弟だろう」
その時、通信回線が開き懐かしい声が響く。
『通信大丈夫かしら? はやてさん、聞こえる? もうそちらにダンテさんは着いたかしら?』
「リンディさん!? もしかしてバージルさんの言ってた荷物って…」
『ええ、ダンテさんと言います。バージルさんに頼まれて彼の出身世界からお連れしたんです』
「そうなんですか…それにしても凄い力やな~これは私らが手出しできるもんとちゃうで…」
はやて達の眼前では人間の踏み込めない領域の戦いが繰り広げられ、半魔の双生児が絶対的なる死の舞踏を舞い踊っていた。
「ぎゃぐあああああっ!!!」
耳をつんざく凄まじい雄叫びが響き、爆音と共に赤い影が躍り巨大な悪魔に白刃を突き立てる。
それは魔人化したダンテが極大の魔力を込めた最強の刺突技スティンガーをアーカムに叩き付ける様だった。
ダンテの振るう魔剣リベリオンはアーカムの展開した4重の防御障壁と強固な外殻を紙の様に裂きその身体に根本までその刃を深く突き刺す。
「どうした悪魔司祭? まだダンスは始まったばかりだぜ!!!」
ダンテの叫びと共にさらに魔剣は休むこと無く突き刺さった場所を抉り、刀身が四方に踊ってアーカムの身体を斬り裂く。
舞い踊る魔剣リベリオンの斬撃は超高出力の魔力を纏ってアーカムの身体を斬り裂き抉り、容赦なく破壊していく。
「調子に乗りおってえええ!!!!」
アーカムは背と腹部から生やした4本の副腕と両腕のエクスカリバーを振りかぶり、自分の身体に斬撃を刻むダンテに向かって鋭い爪を打ち下ろす。
だがその6本の腕がそれ以上動くことは無かった、何故ならその腕全てに魔力で作られた無数の幻影剣が突き刺さりその動きの全てを殺していたのだから。
「調子に乗っているのは貴様だろう…屑が」
魔人化を果たしたバージルは展開数も威力も普段の非でない程に強力な幻影剣の刃をアーカムに連射して吐き捨てるように呟いた。
「それじゃあ“お空”に吹っ飛びな!!!」
「ぐひゃあああ!!!」
幻影剣により腕を串刺しにされたアーカムに無数の斬撃を刻んだダンテは続けて渾身の力を込めた斬り上げの斬撃“ハイタイム”でアーカムの巨体を宙に飛ばす。
「さあ鉛弾のご馳走だ、俺のオゴリだからたっぷり喰えよ!!」
魔人化したダンテの魔力を込められ爆発的に威力を増した二丁銃の弾丸が嵐のような激しさで宙のアーカムに襲い掛かる。
魔弾の破壊力はアーカムの巨体を宙に浮かせる程の衝撃を与える。
「がはあああっ!!!」
アーカムは超高速で乱射される弾丸の嵐に宙に釘付けとなり容赦なく命と魔力を削られる。
さらにそのアーカムの目の前に空間転移で移動したバージルが現れ閻魔刀の刃を閃かせた。
「銃弾だけでは物足りないだろう? 妖刀の刃もくれてやる」
怒りと侮蔑を声に込めて強力な魔力を宿した閻魔刀の白刃が宙で無数に舞い踊り、音速にすら達する程の居合がアーカムの身体を数多に刻む。
銃弾と妖刀の奏でる二重奏の圧倒的な殲滅力に魔力と身体を削られるアーカムは堪らず全力で防御障壁を展開して後退した。
「糞っ! 糞っ! 糞共があああ! 貴様らごとき半魔の若造風情がっ! よくもこの私の身体を傷つけてくれたなああ!!」
アーカムは激情にその醜く変わった容貌をさらに歪めて怒りの雄叫びを上げ、身体の魔力を高めるそして手にしたエクスカリバーにその莫大な魔力を収束していく。
「あの攻撃は少々やっかいだぞダンテ」
「まかせとけって、軽く受け止めてやるよ」
敵の強力な攻撃に対するバージルの注意にダンテは軽く返しながら背にリベリオンをしまって、アーカムに向かって挑発を入れる。
「C'mon, wimp!(来な、ノロマ野郎)こっちは無防備だぜ」
「糞共がああっ!! まとめて死ねえええええ!!!!」
スターライトブレイカーにすら匹敵する程の破壊力を持ったエクスカリバーの魔力波動がダンテに放たれる。
ダンテはその黄金の魔力の渦を受け爆音を上げて煙の中に包まれた。
「げひゃひゃはっ! いくら貴様でもこの攻撃を受けて生きてはいられまい!」
アーカムは勝利の確信に下卑た声を荒げて笑うが晴れた煙の中から現れたのは先ほどと変わらずに立っているダンテの姿だった。
「なんだよ、もう終わりかい?」
ダンテは十字に交差させた腕から煙を上げながら唖然とするアーカムに口を開く、彼はただの両腕のクロスガードでエクスカリバーの攻撃を防いだのだ。
それは“ロイヤルガード”と呼ばれるダンテの魔技の一つであり、物理・魔力を問わず敵の攻撃のエネルギーを吸収しカウンターの反撃に回す最高の防御技術であった。
例えどんなに強大な破壊力を持った魔力波動だろうが単純に一直線で向かってくる攻撃にタイミングを合わせて防ぐなど、数多の悪魔を屠ってきたダンテにはあまりにも容易な事である。
ダンテは背の翼を翻し高速移動と空間転移“エアトリック”でアーカムに接近、アーカムは先の一撃を防がれた精神的な衝撃により反応を一瞬遅らせる。
「Time to rock!!(それじゃあ、ロックの時間だぜ!!)」
ダンテはそう言うと、スターライトブレイカーに匹敵する程のエクスカリバーの魔力エネルギーを吸収した腕にその吸収したエネルギーを全て込めた拳を叩き込んだ。
「げびゃあああ!!!」
大気が歪み空間が裂ける程の魔力エネルギーを持った拳の一撃を受けてアーカムがその巨体を大きく吹き飛ばされる。
そしてそのアーカムの吹き飛ばされた後方には大量の幻影剣を発射寸前の状態で待機させ、閻魔刀に最大最強の魔力を込めた居合いを放たんと構えるバージルの姿があった。
そのバージルの持つ絶対的な威圧感と殺気にアーカムは悪魔となったその身に死の恐怖を感じる。
「Die(死ね)」
バージルは静かに一言だけ言い放つと周囲に展開していた幻影剣を射出、同時に閻魔刀を抜刀し周囲を埋め尽くす程の広域次元斬の刃を躍らせる。
バージルはその嵐の如き激しい斬撃の渦でもってアーカムの身体を徹底的に斬り刻んだ。
バージルの放つ広域次元斬の空間を抉る斬撃の嵐を受けるアーカム。
そのアーカムの頭上に空間転移エアトリックで移動したダンテがリベリオンを天高く振り上げて現れる。
「オラアアア!!!」
そしてダンテは掛け声と共に魔力を込めた振り下ろしの斬撃兜割りをアーカムの脳天に叩きつけてその顔を二つに割った。
「ぎゃああああ!!!」
アーカムの叫びが響きダンテは着地すると同時にリベリオンを翻して凄まじい速度で無数の刺突を繰り出す。
「せっかくのパーティーなんだ、もっと踊ったらどうだい?」
ダンテは軽く言葉を吐きながらリベリオンの刃を血で潤していく。
そのダンテの猛攻にさらにバージルが閻魔刀で放つ抜刀術、疾走居合いの刃が加わりアーカムの身体を刻む。
「こいつには無様に踊ってもらおう…死の舞踏をな」
「なるほど、そりゃあ悪くなねえな。じゃあ激しいダンスと行こうぜ!」
ダンテの振るう慈悲無き魔剣の剣閃にバージルの放つ妖刀の軌跡が混じり、双魔の兄弟は最強の魔力を持つ魔の刃を舞い躍らせる。
「げはああっ…あぁぁあ…この私が…貴様ら風情に…」
魔人化した最大の攻撃力でもって繰り出されるバージルとダンテの猛攻にアーカムの身体は破壊し尽され、もはやその身は虫の息であった。
「そろそろ死ぬ時間だぞ屑」
「そろそろ地獄の片道キップをプレゼントしてやるぜ」
ダンテが二丁銃を抜き魔力を込めた弾丸を放とうとした瞬間、アーカムが最後の力で射撃魔法を発射。
その攻撃にダンテが右手に持っていた白銀の銃“アイボリー”を宙に飛ばされる、そしてその銃はダンテの横に並んでいたバージルの手に受け止められた。
二人は片手にその二丁銃を構え弾丸に高出力の魔力を込めていく。
「しっかし、またこいつに“コレ”を決めるとはね」
「まったく因果なものだな」
「Sweet dream(オネンネしてな) それじゃあまた“合言葉”で送ってやるぜ」
「地獄で悔いろアーカム」
二人は言葉と共に魔力を最高域に高めた弾丸を撃ち込み同時にその言葉を吐いた。
「「Jack pot!!(大当たりだ)」」
爆音と業火を巻き起こしながら弾丸に込められた莫大な魔力を受けてアーカムがその身体を消滅させていく。
「馬鹿なあああああ!!! この私が! この私がああああ!!!」
そして闇に溺れ悪魔にその身を堕とした背徳の司祭は今度こそ微塵も残さずこの世から消え去る、後にはその悪魔の振るった聖剣の名の得物のみが残された。
悪魔の司祭が塵一つ残さずに消滅したのを確認したバージルとダンテは同時に魔人化を解き元の人間の姿へと戻る。
「ちょっと出血大サービスし過ぎたな。こんだけ魔人化使ったら腹が減ってきたぜ」
自分の腹を軽く叩きながらそう呟くダンテに手の銃と共にバージルが言葉を投げる。
「報酬を払われているのだ、その分は働け」
ダンテはバージルが投げ返したアイボリーを受け取りながら軽口を叩き両手の二丁銃をクルクルと回す。
「バージルさん! 大丈夫ですか!?」
その二人の下に戦いを見守っていたはやて達が集まる。
「ああ大事無い」
バージルははやての言葉に静かに答える、その彼の下にヴィヴィオを抱えたシグナムが駆け寄る。
「バージル…」
「おにいちゃ~ん」
これまでの戦いや先の魔人化により魔力・体力を多大に消耗したバージルにシグナムとヴィヴィオは不安気な視線を送った。
「そう心配せんでも俺はこの程度では死なん」
バージルはそう言うとヴィヴィオの頭を軽く撫でて優しい眼差しをシグナムに向ける。
「おいおい、なんだよバージルやっぱお前の子供とカミさんか? なんで“お兄ちゃん”なんだよ?お前の教育方針か?」
「ば、ば、ば、馬鹿者おおっ! だ、だ、誰が“カミさん”だ!!」
シグナムは真っ赤になってダンテのジョークに反応する、はやてやフォワードがそのシグナムの反応に苦笑し場には穏やかな空気が流れる。
その時ダンテがふとバージルに声をかけた。
「ところでバージルこれからどうすんだよ?」
「何がだ」
「だからよ“あの時”の続きをやるのかって話だ」
ダンテはそう言うと手で回していた二丁銃をバージルに向けて構える、バージルもそれに応えるように即座に閻魔刀の柄に手をかけた。
「今からリターンマッチと行くかい?」
「…今ここでやる気か?」
「別に俺は構わねえぜ。それにお前なら早く殺り合いたくてしょうがねえんじゃねえか?やるなら早く済ませようぜ」
「…………」
場の空気がカミソリのような鋭さと鉛のような重さを持ち、兄弟は再びかつての邂逅のように一触即発の様を呈する。
バージルとダンテの間に流れる気迫の重圧にはやて達は圧倒され身動きができない、しかしその二人の間に幼い声が響いた。
「だめえええ!」
それはシグナムに抱えられたヴィヴィオの声だった、ヴィヴィオは涙ぐんだ瞳でダンテを睨み付ける。
「ぐすっ…バージルおにいちゃんイジメたらだめ!」
そのヴィヴィオの眼差しと言葉にバージルとダンテは一瞬で毒気を抜かれた。
「ははっ、こりゃまたおっかねえお姫様だ。おっかねえからケンカは無しと行こうか“お兄ちゃん”♪」
「……まったく敵わんな」
バージルとダンテは互いに得物から手を引き身体から発散していた殺気を鎮める、場の重圧が解けてはやて達は思わず息を吐く。
「ふ~、いきなりドンパチ風味はカンベンやで~」
「わりいな嬢ちゃん。久しぶりの兄弟感動の再会で興奮しちまったのさ」
その時ゆりかごが大きく揺れ動き、はやて達の足場を震えさせた。
「まだゆりかごが上昇しとるみたいやな…とりあえずここは危ないから転移魔法で離れるで~みんな動かんといてな。リィン、転移魔法陣の展開手伝って!」
「はいです」
「小っちゃな妖精さんもいんのかい? ホントにメルヘンな世界だぜ」
「リィンは小っちゃくないです~! ちょっと小柄なだけです!」
リィンとダンテが軽くじゃれあいながら、はやての形成した転移魔法陣が発動しその場の全員をゆりかご眼下の森へと転送した。
「もうあかん…しばらく魔法は使わんでいいわ…」
森へと下り立ったはやては度重なる疲労に膝をつく、それにならうようにフォワードメンバーもその場に座り込む。
「とにかく…ゆりかごの飛行速度も落ちとるみたいやから後は局の次元航空艦隊がなんとかしてくれるやろ~。ところで…」
はやては上空のゆりかごから視線をダンテに移し話しかけた。
「ダンテさんでしたっけ? バージルさんとは双子なんですか? そっくりやけど」
「まあな」
「しかし素肌にコートとは、なんちゅうエロ素晴らしい……いやっ! ハレンチな格好を」
「匂い立つ男の色気にリィンも思わず生唾ゴクリです~」
「何エロ発言してんだよバッテンチビ」
「うるさいです~そっちだってエロイ服と変な髪形のくせに~」
「誰の服がエロだ~!」
「こらリィン! そういうセリフは女同士の時だけやで~」
「いけないですっ! お口にチャックです~」
「ハハっ凄え話だなおい……しかしこのファッションが分かるとは良いセンスしてるな嬢ちゃん♪」
くだけた話をするダンテとはやてにリィンとアギト、全ての戦いが終わりを告げ疲弊していた他の者も緩やかな空気の流れに思わず苦笑を漏らす。
「ところでダンテ」
「なんだよバージル、リターンマッチの予約ならまた今度にしな。俺は今腹が減って死にそうでね、近頃は金がなくってピザを食うにも困ってんのさ」
「報酬の件だ」
「報酬? もう前金でたっぷりもらってるぜ。ついでに言うと借金返済でほとんど消えたけどな」
「後払いの報酬がある……受け取れ」
バージルはそう言うと首から下げていた“モノ”をダンテに投げ渡した、それは父と母の形見であり二人にとって亡き家族の最後の思い出だった。
「っておい!! こりゃアミュレットじゃねえか!? 良いのかよ! これは親父と母さんの……」
バージルはそのダンテの言葉にはやてやフォワードメンバー、それにシグナムとヴィヴィオをゆっくりと一瞥してから静かに口を開いた。
「構わん、俺はここで色々と抱えてしまってな……そいつは俺には少し重すぎる、これからは貴様が持て」
「そうかい…………分かったよ、“兄貴”」
ダンテはバツの悪そうな…だが嬉しそうな顔で苦笑してバージルの言葉に小さく返した。
「さて嬢ちゃん。俺は腹が減ってんだけどこの辺でピザが食える所は無えか?」
バージルからはやてに顔を移したダンテがさっそく大好物のピザの話に切り替える。
「そんなにお腹空いてるんやったら私がピザ作ったげますよ~♪ こうなったら大勝利記念に世界一大きなピザでも作りますか!」
「お~良いねえ。でもオリーブは抜いてくれよ?」
「世界一大きなピザ…なんだか魂の奥底からワクワクしてくる言葉です~」
はやての世界一大きなピザ発言にダンテとリィンが大喜びし、フォワードメンバーも騒ぎ出す。
「ピザか~そんな話聞いてたらなんだかお腹空いちゃったよティア~」
「まったくあんたは…でも確かにこれだけハードな戦闘の後じゃあしょうがないわよね~」
「キャロもお腹空いてる? 良かったら携帯食のスティックが一つあるけど」
「私はいいよ…エリオ君のなんだし…」
「それじゃあ半分づつ食べようよ?」
「そうだね…」
「部隊長! ここにいちゃついてる不届き者がいます~!」
「何言ってんのよバカスバル…」
「なんやって~!! この部隊長を抜け駆けして彼氏作るとはいい根性やー!」
「うわ部隊長もノリノリだし!」
「おいおい~魔法の世界じゃソッチの方も進んでんのかい?」
そんな穏やかな喧騒の場にシャマルや救護班を乗せたヘリが到着する、ヘリのハッチが開くと同時に駆け出して来たのはなのはだった。
「ヴィヴィオー!」
なのははヘリを降りるとヴィヴィオを抱き抱えたシグナムの下に駆け寄る
「ヴィヴィオ…ごめんね遅くなって…」
「ぐすっ…ママ~」
こうして非道なる悪魔に引き裂かれた親子は優しき魔剣士の手によりまた再開を果たした。
シグナムから受け取ったヴィヴィオをなのはは今度こそ離さぬようにしかと抱きしめた、ヴィヴィオもまたそんな母にしっかりと抱きすがる。
その様子をバージルは離れた場所で見守る、心なしか微笑を含んだ彼の顔は今まで彼の見せたどんな表情よりも優しかった。
ヘリで到着した医療班に治療を受けるはやてやフォワードメンバーになのはと再会したヴィヴィオ。
激闘を経て平穏を得た皆を一瞥しバージルは張り詰めていた緊張が解けたのか、それとも今までの疲労がたたったのか足がふらつき転びそうになる。
しかし彼が感じたのは土や草の感触ではなかった、それはもっと温かく柔らかいものだった。
「…すまんな」
「何、気にするな」
ふらついたバージルを受け止めたのはシグナムだった、シグナムは抱きしめるようにバージルの身体を優しく支える。
「バージル、お前も傷ついているのだから早くシャマルや医療班に治療を受けろ」
「俺は構わん、他の者の治療の方が先だろう…悪魔の身体はこの程度で…」
そのバージルの返事にシグナムは眉をひそめ、バージルが言葉を言い切る前に彼の額にデコピンを見舞った。
「…何をする」
「お前がまたそんな事を言うからだ。言っただろう…お前は人間だバージル。不器用で優しい人間だ」
シグナムは強い意志を込めたそして優しく温かい眼差しで真っ直ぐにバージルの瞳を見つめる。
「ふうっ……まったくお前には敵わんな、シグナム」
「………」
シグナムの言葉にバージルは観念したように息を漏らして返す。
しかしバージルのその返事を聞いたシグナムは何故か顔を赤く染めた。
「どうしたシグナム?」
「いやっ…その…先ほどのゆりかごの上でもなんだが…お前が私を“シグナム”と呼ぶのはなんだかむず痒くてな…」
シグナムのその言葉の通りバージルは今までシグナムの事を烈火と二つ名でしか呼んでこなかった。
だが先のゆりかご上部での戦闘中、シグナムとヴィヴィオを身を以って守ろうとした時からシグナムを名前で呼んでいたのだ。
バージル自身もこの変化をシグナムに言われて初めて知り、自身の変化にバージルは意外そうな顔をする。
「そうだったか?」
「気づいていなかったのか? まったく……とにかくこっちに来い怪我人!」
シグナムはそう言うとバージルを近くの木の木陰に引いて行く、そしてその木の根元に座り込むとバージルを引き倒す。
「一体…なんのつもりだ?」
「怪我人はおとなしく寝ていろ。これなら少しは休めるだろう?」
シグナムは座り込んだ自分の膝を枕にしてバージルを無理矢理に寝かせたのだ。
「まったく勝手な女だな…」
「私の膝枕では不満か?」
「そうだな…悪くは無い…」
木漏れ日の下で温かく柔らかい膝に身を委ね、バージルは静かに目を閉じてまどろみに意識を落とした。
そしてその二人の下にヴィヴィオが慌てて駆けて来た。
「おにいちゃ~ん」
「ヴィヴィオ、静かに」
「あれ? おにいちゃんねちゃったの?」
「ああ」
「そうなんだ…なのはママに“たすけてもらったおれいをいいなさい”っていわれたのにな~」
「起きてから言ってやれヴィヴィオ。今は静かに寝かせてやろう」
「うん」
そしてヴィヴィオはシグナムとバージルの横にちょこんと座り込むと、おもむろに口を開き静かに歌を口ずさみ始めた。
「…それは?」
「まえにおにいちゃんがおしえてくれたの♪ “あくまはなかない”っておうたなんだよ。おにいちゃんのママのおうたなんだって」
「そうか……では私にも教えてくれないか」
「うん♪」
そしてシグナムとヴィヴィオは静かに紡ぎだす、かつて彼の母がバージルとダンテの二人に歌ったその子守唄を。
夢を見た…それは母の夢。
いつも俺が見ている母の死んだ日の夢かと思ったが、それは違った。
遠くで母は親父と一緒に俺を見つめていて、そして何故か俺の周りには大勢の人間がいた。
それは見覚えのある連中ばかりだった、やけに気さくな部隊長に危なっかしい教え子達それに俺を仲間と呼ぶ大勢の人間がそこにはいた。
そして俺の隣には桜色の髪の女と俺の手を弱弱しく握る小さな少女がいた。
その大勢の仲間に囲まれる俺を見た母は親父と共に俺を見届けると霞のように消えていく。
母が何か口を開き語りかけて来たが夢の中で何を言ったのか聞き取れなかった。
母が目の前で消え去っても、俺はもうあの胸を裂かれるような激情も絶望と共に去来する無力感も感じない。
大切な者を守れた…それを二人に見せられた事が俺の胸を満たしていった。
暖かな木漏れ日の下で静かにヴィヴィオと歌を口ずさむ中、シグナムはふと膝の上で眠るバージルの小さな変化に気づき優しい微笑を浮かべた。
それは普段の彼女を知るものなら信じられない程に柔らかく慈愛に満ちたものだった。
「“悪魔は泣かない”か………その通りだなバージル」
シグナムはそう言うと自分の指で優しくバージルの顔を撫でる、その指先には透明な一筋の水の雫が付いていた。
静かに優しく歌は続く、Devils Never Cry(悪魔は泣かない)と。
続く。
最終更新:2008年06月10日 21:13