ロンドン郊外、HELLSING機関本部。
「同志インテグラ」
眼鏡をかけた初老の男性がインテグラへと声をかける。
辺りを見渡すと、会議室のような部屋。さらにそこに集まっているのは12人。インテグラを除き全員が中年かそれ以上といった年頃だ。
「我々円卓会議を招集したという事は、よほどの事が起こったのであろうな?ヘルシング卿?」
円卓会議。それは英国王室に忠誠を誓う12人の人物たちによる集団。
全員が政・財界や軍の重要人物、及び貴族。実質的には大英帝国圏を裏から支配しているに近い集団である。
その円卓会議の中でも古株である『アイランズ卿』がインテグラへと問う。そしてインテグラはそれを肯定した。
第四話『DEAD ZONE』(1)
「今までの数々の事件…いくら我々でももう限界だぞ。これ以上はもみ消せん」
「情報の操作にも限りがある。何か掴めんのか?」
円卓会議の面々の疑問に対し、葉巻をくわえながらインテグラが答える。
「はい。今まで我々が撃破した吸血鬼、及びグール共…それらを徹底的に調べました。
そして以上の事がわかりました…これです」
そう言って、シガーケースから何かを取り出す。見たところコンピューターチップのようなものだが…
「何だねそれは?」
「発信機…の様なモノです。吸血鬼の体内数ヶ所ずつに埋め込まれていました。
その吸血鬼の状態・行動・精神・そして戦闘。それらを調査し報告していたモノと思われます」
それを聞き、一斉に色めきだす円卓メンバー。追い討ちをかけるようにインテグラが結論を言う。
「この一連の事件は単なる自然発生的な吸血事件ではありません。
明らかに後ろで誰かが操っている…それともう一つ」
「な…何だ?まだ何かあるのか」
「グール共です。本来グールは吸血鬼に吸われた非童貞・非処女の者がなってしまうモノですが、しかし!今回は違う!
今までの事件で被害者のうち吸血鬼は一匹も増えなかった。明らかに処女・童貞であろう少年少女、子供までも残らずグールに!
さらにグールとは、宿主である吸血鬼が死ぬと全て死滅するモノでした…
しかし、今回のベイドリック事件、ヴァチカン神父アンデルセンが吸血鬼をすでに倒していたにもかかわらず、我々が突入した時、中はグールであふれていました」
やはり先日のベイドリックの一件は異常事態だったか。由美江の違和感は的を得ていたらしい。
…と、インテグラがポケットから何かを取り出し、自分の前へと置く。その音を聞き、円卓メンバーが一斉に振り返った。
置かれた何か…それは、青い宝石。知っている人物が見れば、ある恐るべきものが思い浮かぶはずだ。
…その知っている人物が円卓会議にいた。元時空管理局提督『ギル・グレアム』だ。
「インテグラ卿、それはまさか…!!」
「これは『ジュエルシード』と呼ばれる宝石で、古代遺失物…いえ、時空管理局の言い方に習えば『ロストロギア』というべきでしょうか
…もっとも、時空管理局の調査によると、これは精巧に作られた複製だったようですが…それでも相当の魔力があるようです」
青い宝石の形をしたロストロギア『ジュエルシード』。
10年前に事故で地球へとばら撒かれ、うち12個は管理局が回収。9個は虚数空間へと落下し、失われた品。
その複製があるという事は…魔法関連の何かが関わっているということだろうか?
「これは先日のルート17号の事件で発見された品です。倒された吸血鬼の体内にあったところから見ると…そいつの持ち物で間違いは無いでしょう。
…つまり、相手にはジュエルシードを複製できる何者かがついていると見て間違いは無いはずです」
一方その頃、30m下の地下階。
「…ウォルターさん、何ですか…これ…」
ティアナの目には、信じられないものが映っていた。
「何って、棺桶でございます」
そう、目の前にあるのは木製の棺桶。それがある代わりにティアナのベッドが消えている。
「…それは見ればわかります。私が聞きたいのは、何でここに棺桶があるか…なんですが…」
「はっ、インテグラ様からの御用命で、『やっぱ吸血鬼は棺桶で寝なきゃダメ』だそうでございます」
「…じゃあ、私の分のベッドは…?」
「処分いたしました。ハイ」
ティアナの怒号と悲鳴が入り混じった声が響いた。ウォルターも冷や汗をかいている。
「いや…そんな、コレは…それに、アーカード様からの御用命でもありますし」
「マスターの?」
「はい。あなた様は吸血鬼となられてから、血をまったくお召しになられてない。
ならばせめて、生まれた地の土の棺桶で寝なければ、力が弱まる一方だということです」
それを聞き、黙り込むティアナ。吸血鬼は血を飲まねばならない。それは百も承知だ。
だが、それをティアナの中にある何かが許さない。そんなことをすれば何かが終わる。そう言って吸血を止めるのだ。
…と、ここでティアナが何かに気付く。生まれた地の土の棺桶があるということは…
「…って、え?じゃあ、この棺桶…ミッドチルダからわざわざ材料を仕入れて作ったんですか?」
「いえ、向こうの職人に依頼し、それを届けていただいただけです」
「…それはともかく、なぜ血を飲まない」
棺桶の疑問が解決したところで、アーカードが入ってきた。
なぜ血を飲まないか、それを聞くアーカード。一度吸血鬼になったからには、血を吸わねばならない。それは知っているはずだと言わんばかりに。
「マスター…分かりません。でも…血を飲んでしまったら、何かが終わってしまう気がして…」
「半端者め。ならば私に血など吸われなければよかったではないか。あの時死んでいればお前は人間として死ねたのだ。
しかしお前は夜を選んだ。いくらお前があの日の光を渇望しようとも、もはやお前の体を蝕む光でしかない。
いいか、言っておくぞ魔導師A。一度朝日に背を向け夜を歩き始めた者に、日の光は二度と振り向きはしない!」
ここまで言われ、しょぼくれるティアナ。だが、その後すぐにアーカードが肯定的な意見を出した。
「…だが、それもいいのかもしれない。お前のようにおっかなびっくり夕方を歩く奴がいても」
「それはそうとアーカード様、例の物、仕上がっております」
「ほう、見せてくれ」
「今お届けしようと思っておりましたが…」
そう言うと、ウォルターがテーブルの下からトランクを取り出す。
そしてトランクを開くと…拳銃とは到底思えないような、黒い大型拳銃が姿を現した。
「はは…これは…」
「対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』。今までの454カスール改造弾使用ではなく、初の専用弾使用銃です。
全長39cm、重量16kg、装弾数6発。もはや人類では扱えない代物です」
「専用弾13mm炸裂徹甲弾…弾殻は?」「純銀製マケドニウム加工弾薬」
「装薬は?」「マーベルス科学薬筒NNA9」
「弾頭は?炸薬式か?水銀か?」「法儀式済み水銀弾頭でございます」
「パーフェクトだ。ウォルター」
「感謝の極み」
「これならばアンデルセンすらも倒しきれるだろう」
アンデルセンすら倒せる銃。
「へぇ…なんか聞くからに凄そうな銃ですね…」
「ティアナ嬢、先日預かったあなたの武器の強化も完了しています」
先日のベイドリックの一件の後、ティアナ・スバル両名のデバイスをシャーリーに預けるようインテグラからの命令があった。
今思えば、ウォルターが言っている『強化』のためのものだったようだが、その間使い慣れない地球の銃を使っての出動だったため、多少苦労していたようだ。
…テーブルの下から先ほどとは別のトランクを取り出し、開く。入っていたのは、待機モードのクロスミラージュと似た、しかし細部が微妙に異なるカードだった。
「対化け物用強化デバイス『ヤクトミラージュ』。通常・ダガー・カノン・アーマーの4形態を使い分けることが可能です。
通常・ダガーの出力も増し、カノンモードに至っては、主力戦車(MBT)を除く全ての地上・航空兵器を撃破できます。
…試しに今ここでセットアップしてみてはいかがでしょう?」
その数秒後、ティアナの悲鳴が再び地下階に響き渡ったのだが、それはまた別の話。
その頃裏門にて。
「さしもの奴もブッ切れてさー」
「やかましいぞ」
二人の男が、HELLSING本部裏門へと近づいてくる。
「なー兄ちゃんもそー思うだろー、なー」
「仕事前にいつもいつもお前はやかましい。仕事は静かにやるもんだろう」
「はいはいはい、またそれかよ。わかってる。わかってますって」
「こんな大仕事、久しぶりだ。失敗は許されん」
「失敗?ありえねーありえねー。朝飯前もいい所だぜ」
一人は金の長髪に、スーツを着た眼鏡の男。もう一人は目をあしらった模様のニット帽をかぶった顔中ピアスの男である。
この二人…『バレンタイン兄弟』は、何らかの仕事でHELLSING本部まで来たようだ。一般人がここに来る用など無いはずだが…
案の定、裏門の警備員に笛を鳴らされ、呼び止められる。
「何だ君らは!ここは立ち入り禁止だ!」
「ああ、これはこれは失礼。私たち旅行ツアーの者でしてね」
そう言うと、長髪の男『ルーク・バレンタイン』が右手で何かを指し示す。
警備員の男がそちらに目を移すと、確かに。旅行会社のものと思われるバスが停まっていた。
「イギリスの古い貴族の屋敷や城を見て回ろうというツアーでしてね。ここは公開とかしてないんですか?」
「ここは私有地だ。すぐに立ち退きたまえ!」
そう警備員が言い、立ち退かせようとするが…惨劇はここから始まった。
顔中ピアスの男『ヤン・バレンタイン』が指をパチンと鳴らし、それに呼応して警備員の脳天に穴が開く。
それを見て驚いたもう一方の警備員が、何かに気付いたようにバスを見た。
バスの窓からは、開いた窓から硝煙を噴出す銃口。そして全ての窓から同じように銃口。
「顔色が悪い。大丈夫かね?」
「Ciao!」
刹那、バスの窓から出ていた銃口が一斉に火を噴いた。
無数の銃弾が警備員を蜂の巣にし、ヤンの「撃ち方やめ」の命令が何回か出たところでようやく掃射が止まった。
「兄貴、やっぱヤツら全然バカじゃん。大丈夫なの?」
「フン…実験さ、実験。ただのくだらん普通のな。あの人にとっては奴らも俺らも単なる過程に過ぎんのだろ」
「フン…実験ねぇ?」
そう言うと、再びヤンが合図をする。
そして合図とともに軍服を着た何者かが、バス後部を吹き飛ばして大量に現れた。
「なんでもいいや。くだらねえくだらねえ。俺たちにとっちゃあ人殺しができて生き血がすすれれば、何でもかまわねーや」
そしてヤンも武装する。どこから出したのか、大型のグレネードランチャー二つで。
「HELLSINGだかなんだか知らねーが、アーカードだかアルカードだかアルクェイドだか知らねーが、ブッ殺してやらあ」
数分後、会議室の明かりが消える。
「どうした、何事だインテグラ」
アイランズがインテグラへと問い、その直後に警備室からの通信が入る。
『こちら警備室!こちら警備室!インテグラ様ッ!!』
「どうした、何が起きた」
『敵です!敵の攻撃です!!』
「何だと!?」
『外部との連絡が取れません!現在一階正面玄関にて戦闘中!!』
「撃退しろ。無理なら時間を稼げ」
『そッ、それがッ、それが…!敵は…敵は…』
「落ち着け!敵の数は?正確な状況を言え!」
『敵は…』
「敵は…グールです!」
正面玄関。先ほど裏門の警備員を瞬殺した武装グールが迫り来る。
警備兵が銃でグールを迎撃するが、さすがにグールが軍隊として現れるというのは予想していなかったのだろう。武器が普通の銃に普通の弾丸だ。
そんなものでグール軍を止められるとは思えない。逆に武装グールの銃撃を受け、片っ端から蜂の巣にされ、食われてゆく。
遅れてヤンが歩いてきた。盛大に高笑いをあげている。
「最高に勃起モンだぜ!こっちだけズルして無敵モードだもんな!」
「グール共の…軍隊だと!?」
グールの軍勢が迫ってくる。それを聞いて円卓メンバーが再び騒ぎ出す。
「なんとしても時間を稼げ!円卓メンバーの避難が最優先だ。屋上のヘリまでのルートは…」
言葉を続ける前に、屋上からの爆発音。最悪の予想が頭をよぎる。
「!! 今の音は…」
『おそらくヘリが破壊された音だと思います!もう限界です、敵がもうすぐそこま…ぐあッあ…』
ヘリの爆発、銃声、そして人が倒れ、死ぬ音。
「警備室!どうした!おいッ!敵かッ敵なのかッ!!」
その頃の警備室。ヤンがスイッチの切れた通信機に再びスイッチを入れ、円卓室へと通信を入れた。
「アーアー、アローアロー、聞こえますかー。円卓会議のミナサマコンニチワーッ、アロー。どうしようもないインバイでビッチのくそヘルシングちゃんも聞いてますかあ?
僕様チャンたちの名前はバレンタイン兄弟ー、弟のヤンでーす。初めましてー、よーろーしーくーねー。
こちらはただ今遅めのランチの真っ最中ゥ。HELLSINGの隊員の皆様をおいしく頂いてまーす」
辺りを見ると、なるほど確かに。グールがHELLSINGの隊員の死体を美味そうに貪っている。
ヤンはヤンで、先ほどまで通信していた警備兵の首を落とし、そこから血を吸っている。
「今からブッ殺しに行くぜ。小便はすませたか?神様にお祈りは?部屋のスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?
まあ自殺する時間はあるかもしれないから死ねば?これオススメ。じゃあねーッ、みんな愛してるよー」
一方的にそう言うと、ヤンが通信を切った。
そして再び会議室。
「どういう事だインテグラ!これは」
『ペンウッド卿』が血相を変え、インテグラを問い詰める。
それに対し、インテグラが冷静に…いや、怒りを押し殺した声で答えた。
「敵が来ます。情報が漏れていたようです」
「何をのんきな…敵が…敵が来るのだぞ!?」
インテグラはそれを聞き流し、手元の内線電話を取ってウォルターに連絡を取る。
「ウォルター、ウォルターどこだ」
『はっ、お嬢様。地下のティアナ嬢のお部屋です。状況は把握しております。
通信途絶に気付いてこちらに憲兵が来るまで約4~5時間。この間会議室を死守しなければなりませんな』
「どうすれば良いか?」
『会議室への通路は一つです。要するに出入り口を死守してください。
こちらにはアーカード様とティアナ嬢、それと途中でスバル嬢と合流しますので、戦力は4名。
二手に別れ、一組がそちらのディフェンスに、一組がオフェンスに出るというのはいかがでしょう?』
「どうやってここまで来る?途上はグールでいっぱいだぞ」
『10年前、あなた様はどうやって地下のアーカード様に?』
そう言われ、10年前の出来事を思い出す。
10年前…父の死から三日後。叔父が当主の座を狙い、インテグラの命を狙ってきた。
そして生き延びるため、そして叔父を止めるために、遺言に従い地下へ。そこにいたのは干からびた死骸。
…インテグラが思い出すのはここまでで十分。戦力を会議室に集めるのに有効な、その時に通った通路を思い出した。
「…通風孔か?」
『はい。しばしお待ちを…すぐ参ります』
「ウォルター、奴ら…私の部下たちを喰っていた…」
「絶対に許せない。この館から生かして帰すな」
『もちろんですとも、インテグラお嬢様』
「ほう、死神ウォルター、また見れるのか」
死神と言われ、真っ先に機動六課の某分隊長が思い浮かぶティアナだったが、それはどうでもいいので省こう。
ここにいる人のよさそうな老人が『死神』…イメージが沸かず、アーカードに問い返す。
「死神?どういう事なんですか?」
「今にわかる」
「老いぼれと新人コンビ、三人足して一人前でしょう?クックックックッ…」
「今度のは少しは楽しめそうだ」
アーカードもウォルターも嬉しそうに笑う。ウォルターの台詞から考えると、片一方の組はウォルター、ティアナ、スバルの3人、もう一方はアーカード一人になるようだ。
…はっきり言ってみんな異常。そう思ったティアナがふと呟いた。
「…普通の人はこの組織にいないの…?」
「普通の人はこの組織には要りませんから」
最終更新:2007年08月14日 11:12