魔道戦屍リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers第二話「黄昏の破壊者」
どこまでも暗き闇の続く地下施設、そこに男は座っていた。
彼は死人兵士専用の“血液交換台座”と呼ばれる無骨な剥き出しの金属で作られた椅子に腰掛けて全身の血液を交換されている。
男の名はビヨンド・ザ・グレイヴ。故あって狂気の科学者ジェイル・スカリエッティに手を貸す運命を背負った最強の死人兵士である。
彼は先の機動六課との交戦で鉄槌の騎士ヴィータから受けた攻撃で腹部を大きく抉られていたが、死人兵士の修復能力と血液交換により既に傷は跡形も無くなっていた。
血液交換の代償として深い眠りに落ちているグレイヴをモニターで見つめる白衣の狂人ジェイル・スカリエッティ。
スカリエッティはひどく愉快そうな顔でモニター上の眠るグレイヴと機動六課との交戦映像を眺めていた。
「やはり彼の“特性”は予想通りの結果だったね~、実に素晴らしい。ウーノ彼の修復状況はどうだい?」
スカリエッティは隣にいた彼のサポート用戦闘機人1番、ウーノに声をかける。彼女はグレイヴの血液交換と修復状況を計測するモニターを操作していた。
「血液交換は後30分程度で終わります。身体の損傷は血液交換無しでも帰還時には塞がっていましたから治療処置は必要無いでしょう………しかしドクター…」
「何だいウーノ? まあ想像はつくがね」
「…では言わせて頂きます。彼は…グレイヴは危険です」
「だろうねえ~」
ウーノの瞳はスカリエッティの頬に付いた傷、グレイヴがケルベロスの銃弾で付けた赤い跡に注がれていた。
「死人兵士は血液の交換を行わなければ体組織が崩壊します。今からでも血液の供給を止めれば彼を労無く殺せます!」
例えナンバーズの姉妹を助けようともスカリエッティに牙を剥くような狂犬をこの場所に置くことを許せない。
その考えはナンバーズの中でも最も長くスカリエッティに仕え、唯の主従や家族を超えた情を彼に抱くウーノらしい言葉だった。
そのウーノの必死の言葉と瞳をスカリエッティは含みのある笑顔で見つめながら彼女の頬に手を伸ばした。
「ああ、ウーノ。私の可愛いウーノ…」
「あ、あの…ドクター?」
スカリエッティはそう言うとウーノの頬を撫でながら、もう片方の手で彼女の長い髪を弄ぶ。
ウーノは自分の頬や髪に触れるスカリエッティの手の感触に顔を赤く染め始める。
「君はとても優秀だよ、君無しでは今の私の研究の成功は無いだろう。間違いなく君は私の作った最高傑作だ…」
「そ、その…ありがとうございます」
スカリエッティの突然の賞賛にウーノは顔を真っ赤にして恥らった。そのウーノにスカリエッティは続けて口を開く。
「だが君は少し真面目すぎる………こういう刺激的な自由意志を楽しもうじゃないか?」
「楽しむ…ですか?」
「そうさ。人生は楽しみが無ければ無駄な時間の消費でしかないのだからね」
そう言って、スカリエッティはウーノの髪を撫でながらモニターに映るグレイヴを眺め。
「そう…ひどく刺激的な楽しみさ…くくくっ」
ウーノに聞こえない程度の小さな呟きがスカリエッティの口から漏れ研究所の闇の中に消えていった。
グレイヴが専用の部屋で血液交換を行い眠る中。彼の私室の周りをうろつく赤い髪の少女の姿があった。
それはナンバーズ9番ノーヴェであった。彼女は落ち着きの無さそうな様子で先ほどからグレイヴの部屋の前を右往左往していたのだ。
そのノーヴェに二人の少女が近づく、しょっちゅうノーヴェをからかうナンバーズのムードメーカー、セインとウェンディである。
二人はやたらとニヤついた顔でノーヴェを見ながら会話を始めた。
「おや~? あれはノーヴェだね、ウェンディ」
「そうっすね~セイン」
「あんな所で何してるのかな~」
「たぶんあれっすよ~。自分らのせいでグレイヴが怪我したから心配で来たんっすよ~」
「さすがだね~ウェンディ。じゃあなんであそこでウロチョロしてるのかな~?」
「今グレイヴが血液交換でいないからその間に部屋の掃除でもしてあげようと思ってるんじゃないっすかね~」
「でも実際やるとなると恥ずかしくて、なかなか出来ないと…」
「分かりやすいツンデレっすね~♪」
「ね~♪」
二人は最高にわざとらしい会話でノーヴェを挑発した、もちろん分かりやすいツンデレノーヴェがこの二人に反応しない訳がない。
「う、う、う、うるせええええ!! べ、別にそんな事ねえよ!!」
真っ赤になって否定するノーヴェだがこれでは自白しているようなものだった。
セインとウェンディはニヤ~っと笑ってそのノーヴェの反応を楽しむ。
「いや~本当にノーヴェって可愛いっすね~」
「本当。っていうか私が男だったら絶対に喰うよ」
「それじゃあたしらも手伝うっす」
「そだね~」
二人はそう言いながらノーヴェの頭を“良い子良い子”と撫でてグレイヴの部屋のドアを開けた。
「お、おい! もう入んのかよ!?」
「っていうかノーヴェ悩み過ぎだから…」
3人はそうやってグレイヴの部屋に入る、その部屋は実に殺風景だった。
テーブルの上にはケルベロスやデス・ホーラーの調整用の機械部品やグリスが散乱し他にはパイプ椅子と安物のベッドがあるだけだった。
そして碌に掃除もしないのか、あちこちにホコリが積もっている。
「うわ~色気のない部屋っすね~」
「とにかく掃除だ! 気合入れてやれよ!」
やる気マンマンのノーヴェがさっそく割烹着を着て雑巾を持ち、お掃除モード全快で意気込む。
「うわ~。割烹着なんてこの施設にあったんっすね…」
「っていうか、元気な新妻みたいで萌えるんだけど…」
そんな事を小さく漏らしながらセインとウェンディの二人もノーヴェにならい掃除を始めた。
そんなこんなで掃除をする中、ウェンディがとある物を見つける。
それは小さな写真立てで、そこには黒髪の少女とグレイヴが並んで映っていた。
「これは…」
「アレっすね…」
「ア、 アレってなんだよ?…」
「そんなん彼女に決まってるっすよ~」
「か、か、彼女~!?」
「っていうかグレイヴって彼女いたんだ~。まあカッコイイし、いてもおかしくないよね~」
「………」
その3人の後ろに血液交換を終えたグレイヴが無言で立っていた。
「うわっ!」
「うわ~! もうお帰りっすか~」
驚く3人をよそにグレイヴはウェンディの手に持った写真を見つめる、それは今は亡き彼の最愛のファミリー(家族)浅葱ミカの写真であった。
「ね~グレイヴ~。この子ってグレイヴの彼女?」
「それとも妹っすか? 意表をついて子供っすか?」
「こ、こ、子供~!?」
グレイヴは騒ぐ3人の頭を順番に撫でていつものように優しく微笑みながら小さな声で答えた。
「…俺のファミリー(家族)だよ」
時空管理局機動六課の隊舎の一角、ブリーフィングルームでその会議は行われていた。
宙の展開されたモニターに一人の男の映像が出る。
その男は背に十字架の刻まれた黒いスーツを着用し、手には二丁の巨大な拳銃を持ち棺桶のような武器を背負っていた。
その顔にはメガネが掛けられているが、失明しているのか左側のレンズは黒く塗り潰され十字架のマークを刻まれている。
この男こそ、先の戦闘でスバルとティアナを数分と掛からずに倒しヴィータのラケーテンハンマーの一撃にも耐えた謎の戦闘機人であった。
「で、こいつが何者なのか分かったのかよ」
「ええ…まずはあの武器の説明を…」
不満そうな声をあげるスターズ分隊副隊長ヴィータに通信主任シャーリーが応える。その場には六課メンバーの全員が集まりシャーリーの説明に耳を傾けていた。
「この人の武器は魔力ダメージ弾頭を使用していましたが、現場の薬莢の特徴などから基本的には通常の物理的な弾頭を使用する質量兵器だという事が分かりました…」
モニターには黒服の男の武器の拡大画像が映し出される。それは各所に十字架の刻まれた奇妙なものだった。
さらに次々と説明が行われる中シャーリーはモニターの画像をありものに切り替える。そこには魔力波動を現すグラフと生物の各種生命兆候をしめすバイタルが表示された。
「これは通常の人間、魔力のほとんど無い魔法を使えない人の数値です。どんなに魔力資質の少ない人でも生きている以上はリンカーコアがありますから微量な魔力を持っています…でも」
そして画面が黒服の男の各種数値に切り替わる、その数値にその場の全員は息を飲んだ。
「何だよ…こりゃ…」
「嘘やろ…」
「信じ…られない…」
隊長陣が小さく呻くように漏らし驚愕に顔を染める。そこには魔力量ゼロそしてリンカーコアの存在が確認されない事を表すグラフと数値が表示された。
「この人…には魔力が全く無い…リンカーコアの痕跡が無いんです。
その他バイタルの数値も普通の人間のものではありません……つまりこの人は……」
シャーリーの言葉と共に画面に一つの言葉が表示された、DEAD(死人)と。
「生きていないんです……あえて言うなら…その…動く屍です……ヴィータ副長の攻撃にビクともしなかったのも魔力ダメージが通らずに物理保護の衝撃だけを受けたからだと思われます…」
その日、十字架を背負った死人兵士に管理局が付けた便宜上の呼び名が決まった。
“ウォーキング・デッド(歩く屍)”それが法の番人が彼を呼ぶ名前となった。
その日、グレイヴはいつものように騒ぐ3馬鹿姉妹を呆れるチンクと共に眺めていた。そんな彼の目の前に通信モニターが開き白衣の男が姿を現す。
「やあグレイヴ~。今は暇かな? すこし頼みたい事があるから来てくれないかい?」
グレイヴはスカリエッティの声に表情こそ変えないが身体から鋭い殺気を放ち怒りを露にした。
ナンバーズを大切なファミリー(家族)を戦場へと送るスカリエッティへの怒気が身体から溢れる。
だがそのグレイヴの手に小さな指が絡まり、弱弱しく握る。
「…グレイヴ」
「………」
彼の手を握るのはチンクであった、彼女は悲しそうな瞳でグレイヴを見つめる。
チンクにはグレイヴの怒る理由がよく分かる、彼女とて妹達に危険な目にはあってほしくはない。
だが父であり創造主であるスカリエッティを助けたいというのもまた事実であった。
自分の手を弱弱しく握るチンクの意図を汲んだグレイヴはその場に膝を付いて彼女の頭を撫でる。
「…ドクターを憎まないでくれ……私には…妹達もあの人も大切な家族なんだ」
「………」
グレイヴは静かにそう呟くチンクに殺気を解いて優しく微笑んだ。
「いや~。来てくれたかね」
研究室に足を踏み入れたグレイヴに今日もまたスカリエッティが耳障りな声と邪悪な笑みでもって出迎える。
だがグレイヴはスカリエッティの近くにナンバーズを確認したため、溢れる怒気を放つのをなんとか抑えた。
スカリエッティの脇に立っていたのはナンバーズ3番トーレ、4番クアットロだった。
「実はこれからトーレとクアットロにおつかいを頼もうと思ってね~。君にその護衛を頼みたいんだが。どうだい? やってはくれないか?」
グレイヴはスカリエッティの言葉を受け、トーレとクアットロに視線を移しながら疑問を感じる。
戦闘要員が必要な状況ならもっと多くのナンバーズを投入すればいいのだ、何故トーレ以外に戦闘力を持つナンバーズの影が無いのかという疑念を抱かずにはいられなかった。
「疑問に感じているねグレイヴ? まあ無理もない、戦闘要員がトーレ一人なんておかしいものねえ…」
グレイヴの疑念を感じ取ったスカリエッティがモニターを宙に出して解説を始めた。
「今回は戦闘が主体の仕事では無いんだよ。“ある人”から荷物を受け取ってもらうのが今回の目的でね~」
スカリエッティはモニターに映し出されたミッドチルダの首都クラナガンの街の一角を指差す。
「外の世界を知らない若いナンバーズにはちょっと荷が重いんでね~。突発的な戦闘に対処可能なトーレと指揮と情報操作能力の高いクアットロに行ってもらうのさ」
数多の次元世界の中心的世界ミッドチルダの首都クラナガン。
そこを3人の男女が歩く。一人は黒縁のメガネをかけオレンジ色のワンピースを着て髪を二つに結んだ少女、青いスーツに身を包んだショートカットの髪の長身の女性、そしてサングラスを掛け黒いジャンパーを着た大男。
それはスカリエッティの指示でクラナガンに来たグレイヴにトーレとクアットロだった。
「それにしても今日はこ~んなに暖かいのに二人とも暑くないんですか~?」
クアットロが顔に降り注ぐ陽射しを手で遮りながらグレイヴとトーレにそんな事を聞く。
その日は雲一つない晴天で、何枚も服を重ねれば汗をかくような陽気だった。
グレイヴは無言で頷き問題ないと伝え、トーレは首のネクタイを正しながら応えた。
「私の私服はスーツしかない」
外に出ても堅苦しい雰囲気を抜かないトーレにクアットロはやれやれといった感じでメガネを掛けなおす。
目的の人物と会う予定の公園に向かうなかグレイヴはやたらと辺りに視線を泳がせていた、特に高いビルや建物に目をやる。
その様子を見たクアットロは溜息を吐きながらグレイヴに話しかけた。
「グレイヴさ~ん。あなたの出身世界ってビルも無いド田舎なんですか~?」
「おいっ!」
明らかに嘲笑の含まれたその質問にトーレが険しい顔をするがグレイヴはいつもの微笑を浮かべる。
(何よ…少しは怒った顔が見れると思ったのに……ツマンナイ男ね~)
クアットロは心中で呟きながら目的の公園の中心部に足を進めた。
広大な敷地を持つ公園の中心部、小さな東屋のベンチに一人の女性は座っていた。
それは時空管理局の制服を着た長髪の女性であった、彼女は近づいて来る懐かしい二人の妹と黒服の男に手を振った。
「久しぶりね。クアットロ、トーレ」
「はい、ドゥーエお姉さま」
「ああ、久しぶりだな」
その女性は戦闘機人ナンバーズ2番、ドゥーエであった。
ドゥーエは管理局内部情報の調達や最高評議会への潜入などの諜報活動の為に何年もスカリエッティやナンバーズの下を離れていたのだ。
今回は一般の郵送や遠距離転送といった方法での情報の受け渡しでは不安要素の多い物のため、こうして盗聴や盗撮の目をかい潜れる場所を用意して直接接触したのだった。
周囲にはクアットロのIS(固有技能)シルバーカーテンの映像通信ジャミングと探査の目を張り巡らせていた。
クアットロはドゥーエとの久しぶりの再開にいつもの飾りの笑顔でない本当の笑顔を見せる。
ドゥーエはクアットロの教育係りを務めた経験がありナンバーズの中でも彼女と最も仲の良い姉妹だったのだから当たり前だろう。
だがドゥーエはその妹の笑顔よりも初対面の黒服の男に興味を抱いた。
「あなたがドクターの言っていたグレイヴね? はじめまして、ナンバーズ2番ドゥーエよ」
「………」
グレイヴは無言で微笑を投げてドゥーエの挨拶に応えた、そこに面白くなさそうなクアットロが口を挟む。
「挨拶なんて無駄ですよ~ドゥーエ姉さま~。グレイヴさんはぜ~んぜん喋らないんですから」
「あら、そうなの? まあ私は静かな男の方が好きだから良いけどね♪」
そう言うとドゥーエはグレイヴの前に歩み寄り彼の顔を見上げる。
「妹を助けてくれたんですってね? まだ会ったことのない妹達だけど礼を言うわ、ありがとう。」
ドゥーエは長年の諜報活動の為セイン以下の姉妹に面識がなかったが、まだ見ぬ姉妹を救ってくれたグレイヴに魔性とも言える最高の笑顔で礼を述べた。
グレイヴもこれに微笑んで返し、いつものようにドゥーエの頭を撫でた。
「またグレイヴの悪い癖だな」
「…さすがに…これは恥ずかしいわね…」
「ドゥ、ドゥーエ姉さまの…頭を撫でてる」
トーレが呆れ、ドゥーエは恥じらい、クアットロは驚いた。ドゥーエのような匂い立つ色気を持つ女にこんな子供にするような事をするのは十分に驚愕に値するだろう。
「おいグレイヴ。周辺の警戒をするぞ、来い」
トーレはそう言ってグレイヴを連れて周囲の警戒に出た、その場にはドゥーエとクアットロが残された。
「すいませんドゥーエ姉さま。あの男ったら田舎モノみたいで」
クアットロはドゥーエと二人きりになってそんな悪態をつくがドゥーエはそのクアットロに呆れるように溜息を漏らす。
「クアットロ……あなたって男を見る目が無いのね~」
「えっ?」
ドゥーエはそう呟くと東屋の中のテーブルの上に今回引き渡す様々な情報の詰まったディスクやチップを並べ始める。
「今回渡す物はこれと、後は……」
説明の言葉を続けるドゥーエにクアットロが俯いて不満そうに口を開いた。
「ドゥーエ姉さまは……ああいうのが好みなんですか?」
自分の慕う姉が田舎くさそうな男に好意を持っている、その事が気に入らずクアットロはそんな事を言った。
そのクアットロの言葉にドゥーエは思わず笑いを堪えきれず吹き出して笑う。
「ぷはっ ははは。クアットロあなた妬いてるの!?」
「そ、そんな事ないですよ…」
ドゥーエは顔を赤くするクアットロの頭を撫でて言葉を続けた。
「私は任務で色々と男をたくさん見てきたから分かるのよ。ああいう男の事がね…」
「…田舎モノで世間知らずの男がですか?」
「田舎モノ? 違うわね、彼は殺し屋よ。それも最高クラスのね」
「殺し屋? ただの死ににくいだけの死体ですよ……あの男は」
クアットロにとって死人兵士の認識などは頑丈さだけが取り柄の非効率的な動く死体だった。
故にグレイヴの戦闘能力を過小評価していたための言葉だったがドゥーエは即座にこれを否定した。
「気づかなかったのクアットロ? 私は見てすぐに分かったけど、彼は歩いてる最中ずっと自分達を狙撃可能な場所を警戒してたのよ? ただの死体にはあんな芸当できないわ」
「えっ?」
クアットロの脳裏に道中のグレイヴの挙動が思い出される、彼がやたらと高いビルや建物に目をやっていた理由にやっと合点がいったのだ。
「それも自分の身体をあなたやトーレの盾に出来る位置でね。あんな事出来るのは専門のボディガードかそれともその道の殺し屋くらいよ」
「そんな……あの男が…」
「それになんて言うか……匂いがね」
「匂い?」
「そう血の匂い。私も任務で暗殺をそれなりにこなして来たけど…あれはそんなものと比べ物にならないわね……私の見立てなら少なくとも数百人は殺してるわよ」
「ほ、本当ですか!?」
「下手をしたらもっと多いかもね……それであんな優しい目ができるなんて考えただけでもゾクゾクするわ。普通は男に抱かれるなんてただの仕事って割り切ってるけど、彼ならこっちから頼みたいわね~」
「だ、抱かれるって!?」
ドゥーエの色を孕んだ瞳にクアットロが顔を赤くして狼狽する、ドゥーエはそんなクアットロの頭を優しく撫でて笑う。
「ふふっ♪ 冗談よ~冗談。クアットロもソッチ方面はさすがに免疫ないわね~」
「もう! ドゥーエ姉さま!」
クアットロはドゥーエに必要な物と情報を渡され必要な仕事を終える、その二人の下にグレイヴとトーレが戻って来た。
そして何故かグレイヴは大きな包みを持っている。
「終わったか?」
「ええ。でもそれはどうしたのグレイヴ? それにトーレ…そのタイピンどうしたのよ?」
トーレの質問に答えながらドゥーエがグレイヴの持つ荷物に目をやる、グレイヴは笑顔でトーレは呆れたような顔でこの質問に返した。
「………」
「実はグレイヴが勝手に買い物をしてな。姉妹達にプレゼントだそうだ……」
トーレは恥ずかしそうにそう言う、彼女のしたネクタイには赤い花を形どった綺麗なタイピンが付いていた。
グレイヴは手の袋の中から一つの帽子を取り出してクアットロの頭に被せる、それはクアットロの着たオレンジ色のワンピースに良く似合う涼しげな白い帽子だった。
「ちょっ! 勝手に被せないでください…」
クアットロにはグレイヴが何故こんな帽子をプレゼントしたかのかすぐに察しがついた。
グレイヴは今日の陽射しの強さと陽気に暑そうにしていたクアットロを案じて涼しげな帽子を渡したのだ。
その理由が分かるからこそクアットロは顔を赤くして恥ずかしがる。
「男のプレゼントに文句を言うもんじゃないわよクアットロ。それに良く似合ってるじゃない♪」
「そ、それはそうかもしれませんけど…」
ドゥーエは恥ずかしがるクアットロをなだめる、そのドゥーエにグレイヴが小さな包みを手渡す。
「あら。私にもあるの?」
「………」
グレイヴは静かに頷く、ドゥーエはその包みの包装を丁寧に解くと中から出てきたのは管理局制服に良く似合う落ち着いたデザインの腕時計だった。
「まあ…良いじゃないこれ♪ でもプレゼントし慣れてるわね~グレイヴ。昔の女にもこうやって送ったの?」
「……」
そんなドゥーエの質問にグレイヴはバツが悪そうに苦笑した。
夕日が昇り、辺りを黄昏時の陽光が包む。
グレイヴ達が去りドゥーエは一人公園のベンチに腰掛けて缶コーヒーを飲んでいた。
(あんな男が付いていてくれるなら他の姉妹も安心ね…でも)
顔に射す夕日の光を手で防ぎながらドゥーエは思う、それはウーノが漏らしていた言葉。
(“ドクターに敵意を持ってる”か…確かにああいうタイプには理解できないわねドクターは…)
ドゥーエは溜息を漏らしながら小さく呟いた。
「でもまあ…ドクターならそんな危険も楽しむわよね~」
そのドゥーエに管理局からの呼び出しのコールが入る、それは最高評議会に仕える局員からのものだった。
「さ~て……瓶詰めのお爺ちゃん達の面倒を見る時間ね…」
ドゥーエは立ち上り缶を近くのゴミ箱に入れながらまた小さく呟いた。
「でも本当に良い男だったわね~。今度会ったら誘惑してみようかしら?」
帰り道もまたグレイヴは辺りを見回しながら歩いていた、そんなグレイヴをクアットロは帽子のツバの下から覗く。
(殺し屋ね~ただの田舎のおのぼりさんみたいだけど……でもまあこれには少しだけ感謝して上げても良いですよ死人さん)
クアットロは黄昏時の夕日の陽射しを帽子で防ぎながらほんの少しこの死人に感謝する。
そのクアットロの視線とグレイヴの目が合い、グレイヴはクアットロの頭をそっと撫でた。
「ちょっ…やめてくださいよ。もう…」
グレイヴの大きな手で優しく頭を撫でられ、クアットロは恥ずかしそうに呟く。
差し込む夕日の赤い光で彼女の顔がほのかに朱に染まっている事は誰にも知られなかった。
そうして黄昏に破壊者は少女に優しく微笑んだ。
時空管理局地上本部、その一室に腰掛ける一人の男が秘書の女性とモニターの映し出された隻眼の死人兵士を眺めていた。
「オーリス、何故スカリエッティの戦闘機人と死人兵士が一緒におるのだ!? この技術は我々の限られた技術官しか知らん筈だろうが!!」
声を張り上げる男の名はレジアス・ゲイズ、中将の地位に就く管理局の高官である。
「はい。この死人は明らかに可動年数が長いと推測されていますので、我々の情報から作られた死人兵士では無いと考えられます」
レジアスの言葉に答えるのは彼の秘書官オーリス・ゲイズ、レジアス中将の娘であり彼の側近である。
そのオーリスの言葉に激昂を鎮めたレジアス中将はモニターに移った二人の死人の映像を見比べた。
「ではこいつはアレと同じか?」
「はい、恐らくは…」
そのモニターにはグレイヴの映像の隣にカプセルに眠った死人兵士、顔の口部分に拘束具のようなものを付けた不気味な異形の死人兵士が映し出されていた。
「…オリジナルの死人かと」
オーリスはそう言うとその異形の死人の画像を拡大した。
その死人兵士の名は“ファンゴラム”数十年前グレイヴを破壊寸前まで追い詰めた最強最悪の究極の死人兵士だった。
レジアス中将の手元には一つの特秘事項の書かれた書類が置かれていた、その書類にはこう書かれている。
“死人魔道師計画”と
続く。
最終更新:2007年12月26日 20:00