雪の降る寒い夜が明け朝日が昇る。
エリオは天幕内、自分専用に割り当てられたスペースの簡易ベットで目を覚ました。
他の隊員達は天幕内に並ぶ簡易ベットで毛布に包まり仮眠中。
天幕の中心に置かれたストーブは火勢を最大にして過酷な重労働に従事している。
休憩中の他の隊員を起さない様、静かに起き上がり、そのまま着替えることなく―シャワーは浴びれなかったので
防寒具を着たまま横になっていた―天幕外に出る。
雪は止んでおり、積もった雪を踏みしめ不寝番の隊員達とすれ違いに軽く挨拶をし、小さな宿営地を歩く。
早起きは機動六課在隊時に身についた習慣。その後の自然保護隊に転属した後も続く習慣。
「ルー?どうしたの?」
そんなエリオの視界に入ってきたのはただ一人膝まで積もった雪の中に佇むルーテシアだった。
雪は止んでいる。だが音の気温は寒いと感じるぐらい冷え込んでおり、防寒具を着込んでいるとはいえ流石に応える。
「・・・ガリューが、・・・ここに別の何かがいたって」
「それって・・・、フェイトさんには伝えた?」
「まだ」
ルーテシアが首を小さく振りながら答える。
「今は?」
「雪のせいで・・・、痕跡が見つからないって・・・」
「そうなんだ・・・、じゃあ後でフェイトさんに話そうよ」
会話する二人を照らすように朝日が昇る。

今日の任務は簡単、過去の遺跡を調査し、ある人物の痕跡を探す。
誰かが言う「簡単な任務さ」。

フェイトは自身に割り当てられた輸送艦内の部屋での安眠から目を覚まし、バルディッシュを起動、BJを羽織る。
部屋から出れば長い艦内廊下。それを歩き、格納庫へ。そして格納庫か下ろされたランプから地上に降りる。
「おはようございます」
「おはよう、ティアナ。みんなは?」
「小隊長二名と分隊長六名は天幕の中に」
「調整ありがとう、ティアナ。でもこれからはもっと難しい部隊間の調整をする事になるよ」
「うわぁ・・・、脅さないで下さいよ」
指揮官と部下の会話、序列上はフェイトが最先任、ティアナは次席となる。
「フェイトさん」
「エリオにキャロ、それにルーテシア?どうしたの?」
「それがルーが此処に何かがいたって・・・」
エリオの話にフェイトとティアナは顔を見合わせる。

だがルーテシアから話を聞いたフェイトの切り替えは早い。
『トーレにセッテ、周囲はどう?』
小さな宿営地には寄り付かず、恐らくは外周のどこかにいるであろう二人に念話を飛ばす。
トーレは廃墟のビルの屋上で腕を組んで待機中、セッテはトーレから少し離れた廃墟に潜み不寝番中。
『セッテ、周囲はどうだ?』
『周辺異常なし』
セッテはイクシードオービット(EO)を四基展開し周囲を警戒監視を行っていた。
これは本来なら指揮官用のシステムを持つトーレ―元ナンバーズ前線リーダー―が持つべき装備品。
だが元々は魔導甲冑のコアに積載されるものではあり、トーレは全体のシステムの高速処理に不具合をきたす
として受け取りを拒否した。
そもそもEO自体は攻撃的な性格が強い。ただ攻撃方法が射撃系ということもあり、あまり飛び道具を好まない
武人・トーレにはそれが気に食わなかったようである。
なおトーレは知らないが実はセッテは四基すべてに名前をつけている。
「意外とかわいいところがあるんだよ」
そういったのはフェイトである。だがそれを言われた他の隊員はまず信じない。

「ガリューは今は・・・居ないみたい・・・って」
ルーテシアが呟く。昔に比べればだいぶ改善されたという事ではあるが、やはり聞き逃す事の多い声量で喋る。
「・・・どうしますか?陣地変換して搬入口に船を含めて移動しますか?」
ティアナが些か不安に思うのか代案を出す。
目標の施設のすぐ近くに乗り付けるのは確かに迅速な方法。だが施設自体に何かされていた時に一網打尽となる。
「いや、予定通り任務を実施しよう。ただ、ちょっと布陣を変えようか」
フェイトはしゃがんでルーテシアの視線に併せると
「ルーテシア、ありがとう。こういう情報も、貴重なんだよ」
その言葉を聴いたルーテシアは顔を赤らめてそっぽを向く。
そんな二人を見て頬を膨らませて見ているキャロ。
負のオーラをまとう主人を怖がったのかフリードはエリオの肩に止まって知らん振りを決め込んだ。

命令下達は出来る限り簡潔で判り易いものが望ましい。
その点フェイトも今回指揮下にある二個小隊も飲み込みが早い。
任務手順は昨日のモノと殆ど変わらない。
宿営地の残置・警戒に一個小隊とエリオ・キャロ・ルーテシア。
スミカに示された施設の物資搬入口から突入するのはフェイト自身とティアナ。
入り口と施設の上層を確保するために一個小隊、それにトーレとセッテ。
だが彼我不明の部隊が居る可能性が高い、その可能性を考えると部隊を二手に分けるのは上策ではない。
本来なら二個小隊間の連絡線確保の為に絶えず斥候を出したいところではあるが、戦力の分散を少しでも避けるため
通信線の確保のみにとどめることにした。

フェイトは命令下達終了後、作戦着手前の報告を部隊指揮官たるオーリス一佐に送信、通信機付の隊員に
一声かけると天幕の外に出る。
宿営地内の動きは慌しい。
一個小隊は装輪装甲車の中、もしくは車外に出て待機中。
残置されるもう一個の小隊は今だ残る道路を瓦礫等を使いバリケードや防護壁を作る。
積雪は隊員の歩いた所は大分溶けてはいる。だが、積もった雪はまだ溶ける気配を見せていなかった。

フェイトは同行する小隊の指揮車となる装甲車に乗り込む。
車長と運転手は車両の足回りの点検に暖機運転、通信機のチェックと忙しい。
本来なら空を飛んで行く筈ではあるが自分と"民間協力者”の二人しか飛行できない。
自身のみが先行して施設内に突入するような任務ではないのであくまでもチームで動く。
『そもそも、警戒監視ならあの二人に任せておけばいいか』
車長のすぐ後ろ通信機の前の席に座る。
「ブリキ缶にようこそ。ハラオウン執務官、コーヒーです」
点検を終わらせたのか車長の隊員が備え付けの保温ポッドから注いだコーヒーを差し出す。
「うまいコーヒーですよ、ゴールドコースト・ブレンド」
ブラックコーヒーは苦手だがこうも満面の笑みで勧められれば断れる筈もない。
「頂きます・・・、砂糖やミルクは・・・」
「ないですよ」
「フェイトさん、居残りの機動小隊、配置完了だそうです」
こちらもBJを着用したティアナが車内に乗り込む。
「準備完了、小隊はいつでも出れます」
その後ろには同行する機動小隊の隊長と副官を従えていた。
「了解、では行きましょうか」
小隊長は出発命令を下達、運転手はランプを閉めゆっくりと車両を進ませ、他の車両もそれに倣う。
徒歩の隊員は周囲を警戒しつつ歩き始めた。
ふと、フェイトが上面ハッチを開け、周りを見回す。
見送る隊員達の中にエリオ達を見つける
『じゃあ、行って来るね』
『はい、フェイトさん、お気をつけて』
『気をつけて下さい』
『気をつけて・・・』
『大丈夫だよ。みんなこそ気をつけてね』
通信を送り、手を振る。エリオ達も手を振り替えした。

「フェイトさん、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、心配要らないって」
「キュクー」
心配性のキャロを安心させるようにエリオとフリード―なぜかルーテシアの腕の中―がが声をかける。
「さ、配置につこう」
「うん」
「わかった・・・」
とはいえ宿営地の警戒防護は機動小隊の役目。
三人の任務は遊撃戦力として待機することだった。
目標の物資搬入口まで直線で約五キロ、この距離なら普段ならそんなに時間はかからない。
だが、たどり着くまでに歩くべきは廃墟に囲まれ、大なり小なりの障害物が行く手を阻む。
そしてその廃墟から何かが今にでも飛び出してくるのではないか?
交差点で死角になっている所にも何かが潜んでいるのではないか?
行進する隊員達は絶えず不測の事態に備え歩き、または車両から目を光らせる。

「到着、指示された座標はここですね」
車長が現在地を機器を使って確認、それをフェイトに示す。
「ありがとうございました、小隊長?」
「了解、全周警戒、散開!!」
小隊長は通信機に怒鳴る。そんなに怒鳴る必要はないのに・・・。ティアナはとりとめもなくそう思った。
陣形は円状に広がる全周防御。だが、小隊規模の部隊では大して大きな円陣を作れるわけでもない。
広くなり、薄くなってしまった隊員たちを結ぶ線を支援するための遊撃戦力はトーレとセッテ。
周囲には雪が残っている。建物が崩壊し視界が拓けている側にも廃墟にも雪は積もったままだった。
「ここが物資搬入口・・・、一応地下鉄とかの入り口に偽装してあるみたいですが・・・」
「ちょっと予想外だったかも・・・」
廃墟とはいえ目立つ道路沿いに、おそらくはまだ強度を満たしているであろう地下鉄の路線を利用し、
施設を建設していたようである。
「ウェンズデイ機関が確か旧暦時代の施設を利用していたようですが・・・」
「この地下にあるみたいだけど・・・」
「座標しか貰ってないんですよね・・・。洞窟探検はちょっと・・・」
「私もあまりしたくはない・・・」
フェイトにとってはスカリエッティのラボで、ティアナは廃ビルで、閉所での交戦はあまり良い思い出はない。
「愚痴はここまでにして、ティア、行こう。トーレ、セッテ、じゃあ後はお願いするよ」
上空に腕を組んで仁王立ちするトーレとその横でブーメランブレードを二振り構えるセッテに声をかける。
『お任せください。たとえ敵がいても遅れはとりません』
トーレから帰ってきたのは自信に満ち溢れた言葉。
「さすが二人とも、頼りになるね」
フェイトのその言葉には二人に対する口には出さない暗黙の信頼が深い事を示していた。

「で、早速シャフトですか?」
ティアナがあきれる。
「そうだね。電源が生きてるかどうかだけど・・・。バルディッシュ?」
<システム自体は休止モードのようです。すぐにでも動かせます>
「バルディッシュ、操作よろしく。行くよ」
ハーケンフォームのバルディッシュのコアが数度点滅したかと思うとシャフトが動き始めた。
それと同時に館内灯が灯る。
「よかった・・・。真っ暗闇の洞窟探検なんていやよ、まったく・・・」
ティアナがぼやく。
「大きい施設ですね。通路が余裕で車ですれ違える位ですよ」
「この辺は物資の保管するところかな?ティアナ、マッピングを忘れないで。バルディッシュも」
「了解」
<イエッサー>
二人で歩く通路、それがT字路に差し掛かかっていた。この道から右に進む道があるところを見ると
今自分達が歩いてきた道が施設の外壁ということらしい。
T字路に差し掛かったときフェイトがゆっくりと立ち止まる。
「ティアナ?」
「はい」
フェイトはバルディッシュを、ティアナはクロスミラージュを構える。
「後ろは大丈夫でしょうか?」
「今来た道ならほぼ安全化していると見ていいよ問題はどのくらいいるか・・・」
フェイトはバルディッシュを構えているとはいえほとんど自然体。ティアナには余裕すらそこから感じられた。
「ティアナは横へ!!正面は私が応戦します」
「わかりました!!」
しゃべり終わるのが終わるか終わらないかの前にフェイトが動く。
ほぼ同時にティアナはすばやく反応、右側の通路へ動く。
二人の正面には、戦車の砲塔に足を四本つけたやや小ぶりな機動兵器が出現していた。
「妨害するのならをするなら実力で排除します!!」
フェイトが通信を飛ばし、叫ぶ。
「前に同じ!!」
ティアナも同じよう(?)叫ぶ。
彼らの返答は銃身から放たれる魔力弾のシャワーだった。

「え?・・・何か来る?」
周囲に飛ばしたインゼクト達の話を聞いていたルーテシアが聞き返す。
「ルーちゃん?」
「周りの子達が・・・何かが来るって・・・」
「隊長さん!!」
「どうし・・・」
エリオが留守を預かる小隊長に警報を伝えようとする。
だが、一瞬の差でそれは遅れた。
『長距離誘導弾接近!!各員遮蔽物へ退避、急げ!!』
通信機と直接繋がっているスピーカーががなりたてる。
「く!!」
エリオがキャロとルーテシアを抱え、ビルの陰へと逃げ込む。
警報から数瞬遅れて輸送艦のCIWSが作動、こちらも誘導弾を発射、迎撃コースを取る。
それ専門に調整されたストレージデバイス扱いの長距離誘導弾と制御用の簡素なAIしか積んでいない迎撃誘導弾、
誘導弾同士の戦いはすぐに終わる。迎撃の網を通り抜けて巡航誘導弾が着弾。
『小隊異常ないか?すぐに来るぞ!!』
着弾し、爆音が響く中、小隊長が通信機越しにがなり立てる。
『輸送艦より各隊、センサーに反応多数、お客さんだ』
センサーを統括して管理する輸送艦からの警告。一瞬の静寂、だがそんなものはすぐに途切れる。
「来る・・・!!」
地面が少しだけ揺れている。付近で動いているものは?自分たちしかいない。
他の存在は?先ほどの長距離誘導弾を考えればそう簡単に“お話”を聞かせてはくれそうにない。
エリオがストラーダを構え、道路から出てくるであろう存在を待ち受ける。
「見えた!!キャロ!!」
廃墟側、道路の先から現れたのは四脚の機動兵器。
「うん!!」
キャロによる魔力ブースト、上限をあげるのは無論、エリオの加速とスピード。
「行くよ、ストラーダ!!」
現れた四脚機は両腕の部分に装備された連装機関砲で弾幕を張る。
エリオはその中をシールドを張ることなくジグザグの機動で突破、相手へと肉薄する。
「!?」
突然弾幕が止む。エリオは一瞬驚く。だが、動きを変えることなく相手の懐へ向かう。
      • はずであった。エリオと四脚機の間に割り込んできたのは青い鳥のような足をした大型の二脚機。
二脚機の左腕が振り上げられ、エリオのストラーダと正面から衝突。
「くっ!!」
ストラーダの穂先と左腕がぶつかった衝撃でエリオの勢いが殺される。
だがそこで只で引き下がるようなエリオではない。ストラーダを振り上げ攻撃を当てようとするが
「まだいる?」
他の期待からの射撃。回避機動を取り若干距離をとる。だが複数の攻撃を流すのは簡単に出来ることではない。
追撃をかわし何とか態勢を立て直す。
「トーレさん、セッテさん!!エリオです。敵性勢力と接触、交戦中!!」
突然割り込んできた青い二脚機数機と交戦しながらエリオが通信を飛ばす。
「判った、だがこちらにもお客さんだ」
『そんな・・・、判りました。自力で対処します』
トーレが腕を組みながら雪煙を上げながら接近する影を見る。
「こちらは増強小隊規模・・・か。セッテ、ノーヴェのように遅れは取るまいな?」
彼らは雪の中に潜んでいた。不寝番のセッテの目と耳を掻い潜って配置につくほどの手錬。
雪をカモフラージュに使い、さらに音も消す。寒冷地仕様に改修しているとしても下手にAPUを動かせば
センサーに感知される。それを避けるために機内のヒーターも使ってはいない筈。
先ほどの通信でエリオ達も所属不明部隊と遭遇、フェイトは最奥部に突入したと聞いた。
いきなり分断されたのはまずいがエリオたちヒヨッ子でも三人束になれば難しいわけでもない。
フェイトについては心配は要らないし、していない。
あの元ツインテールも不出来な妹達とはいえ妹を三人、単独で下した相手、心配は無用だろう。
「心配は無用、遅れなど取りません」
不寝番で遅れをとったのが少し応えたのか柄にもなく力をこめて返事を返すセッテに少し驚くトーレ。
これが戦闘機人の完成型だな。そうトーレはセッテを評した。
他の騒がしい妹達を、正直に言えば能力は認めるが不出来な失敗作だと思う。
だが妹のチンクは『私はセインにノーヴェやウェンディのあれは個性だと思います・・・、多分・・・』。
最後は何故か自信なさげに答えていたが・・・。
『こちらはどうする?』
周囲に展開している機動小隊の隊長が通信を送ってくる。
『下手に手を出されてはこちらの戦闘機動の邪魔だ。全周警戒のまま防御円陣を小さくしろ』
『わかった、頼む』
通信を切る。正直トーレの考える先頭においては戦闘において足手まといにしかならない。
「私が前側を掃討する。セッテ、後ろ側を頼む」
「分りました。お前達もよろしく」
セッテがEOを展開し無機質に、だが少しだけ感情がこもった声で答える。
「IS発動、ランドインパルス!!行くぞ!!」
「スロターアームズ!!行きます!!」

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最終更新:2007年12月31日 09:45