――それは、ほんの一瞬、いや、刹那といった方が良いかもしれません。
 それ程に、短い、本当に短い間の出来事でしたでした。

「……あれ?」
「あれあれ?」

 ふと気がつくと、ニジュクとサンジュは、いつの間にか広い広い、
一面をいろいろなお花に覆われた、草原の上に立っていました。

「「……」」

 そうです、クロやセンは、森を抜けたら次の村に着くといってました。
 しかし、
「おはないっぱいだね……」
「ひとやおうち、いないね……」
 そのように、村があるといった風には、全く見えません。

「どなってるのかな?」
 ちょっと舌っ足らずなニジュクです。
「わかんないの……」
 ぶんぶんと首を振るサンジュ。
 ただただ、何が起こったのか理解できず、二人はきょとんとするばかり。

 そんな時でした。
「……えっとぉ、あのぅ」
 後ろから女の子の声が聞こえます。
「「……っ?」」
 きょとんとした顔のまま、二人はゆっくり振り向きました。
 そこには、見慣れない奇妙な服に身を包んだ、
年の頃なら二人より少しお姉さんな女の子がいました。
「だれ?」
「だれなの?」
 ライトブラウンの長い髪、その両側を短く結んでいる二つのリボン、
二人のものよりちょっと薄め青いの半袖の上着に短めのスカート、
そして何より、右はエメラルド、左はルビーのような、きれいなきれいな目をしたその女の子は、
「えっ?」
と言ってきょとんとした顔をしました。
 そんな女の子を見て、
「「あっ!」」
 やっちゃったといった顔になった二人。
「サンジュ、サンジュ」
「そうだよ、ニジュク」
「いけないことだよ」
「クロちゃんにおこられちゃう」
 顔を見合わせ、両腕をぶんぶん降る二人。
 そんな二人の様子に「えっ? えっ?」と目を点にして戸惑う女の子を横目に、

「「ひとになまえをたずねるときは、まずじぶんからなのらなきゃだよ」」

 普段からよくクロに言われていたことを、思い出していたのでした。


「……さて、クロよ」
「何だい、セン?」
「俺たちは、テルヌーゼン村に向かってたんだよな」
「ああ、そうだね」
「それで、あと少しで森を抜けるところだった」
「確かに、そうだった」
「なのに、何でまだ森の中なんだ……?」
「さあてね……」
 黒衣に身を包み、棺桶を背負った旅人と、その連れであるコウモリは、いつの間にか、森の奥深くに連れ戻されていた。
 クロの様子は至って平静であった。――棺桶を背負うための革製のバンドを握る手が、いつもよりも力がこもっているようだが。
 そんな、素っ気なく答えているようで、実は急な状況の変化に戸惑っているクロの様子を、センは見て取っていた。付き合いの深さと、
クロよりも重ねている歳と知識の深さは、伊達ではないということか。
 ただ、セン自身も戸惑いは覚えていた。クロへの問いかけが、自身の動揺を抑えるためのものでもあることを、センは自覚していた。
 それだけ、今の状況は突然、身に降りかかったものだった。

 確かに、あと少しで、森を抜けられるはずだった。
 そして、あの双子は駆け出し、出口に到達した。
 その、刹那だった。
 出口の光がいきなり大きく玉状に膨張して、爆発したのだ、音もなく。
 真っ先に巻き込まれたのは、あの双子。
 そして、二人を助けるどころか、否応もなくクロとセンも膨張する光に飲み込まれた。
 叫び声さえ、上げる暇もなく。

 そして、また森の中。
 ただ、雰囲気が違う、というか、おかしい。
 空気の様子、鳥の鳴き声、生えている樹木の姿形等々、……状況は森の中なのに。
 何より。
「もう少し、木々が鬱蒼と生い茂っていても良いはず、……だ」
「確かに。三日間、私たちはあまり太陽を拝められなかったからね」
「でも、今はこんなにも、太陽が燦々と照ってやがる」
「……つまり、ここは」
「違う森、それも、人が介入しまくっている、人工の森かな。見ろよ」
 センがある一点を指さす。
「あの道。かなり整備が行き届いている。定期的に補修も行われてるな、ありゃ」
「私たちが歩いてたのは、あまり人が立ち入らないような森だったからね。道はあったけど、お世辞にも立派とは言えないものだった」
「ああ。全く、何でこうなっちまったのか……」
 センは頭を抱えた。
「……」
 クロは押し黙った。

あの、白い双子の行方が気になった。
 自分たちの傍らに、二人はいない。
 真っ先に光に飲み込まれて、以来行方知れず。
 ついさっきまで、傍らで元気にはしゃいでいたのに。
 今までも急に行方知れずになったことは、確かに数知れない。
 だが、今の状況は明らかに前例にない、異常なことだ。
 今、何処にいるのか。
 何をしているのか。
 いや、寧ろされているのか。

(まさか、いや、そんな、でも……)

 徐々に、不安が募る。不安で押しつぶされそうだ。
「ねぇ、セ……」
 連れのコウモリに話しかけようと顔を向け……、
「んっ?」
 視線の先にいないことに気づく。

 そして。

「ねえ君何て名前? おっと、見目麗しいレディに名乗るより先に名前を聞くなんて紳士的じゃなかったね。
ボクの名前はセン。見ての通りのコウモリさ。でも、そんじょそこらの男何かより、君のことを楽しませる自信はあるよ。
どう? 陽はまだ高いけど、今からでもどこかで遊ばない? 君みたいな可愛い娘となら、
きっと楽しくて熱い一時を過ごせると確信してるから――」
「えっと、あの、その……」
 一心不乱に口説きにかかっている一匹のコウモリと、その状況にあたふたとしている、
栗色の長いサイドポニーの女性を見つけ、




 ――かすかに青筋を立てた。




「あたしは、ニジュクなの」

 黒い猫耳と尻尾を持つ女の子が言った。

「あたしは、サンジュってゆうの」

 白い猫耳と尻尾を持つ女の子が言った。

「ニジュクに、サンジュ……」
 ヴィヴィオはつぶやいた。

 その二人は、あの光る蝶を摘んだ瞬間、突然現れた。光と共に現れた。
 ほんの、刹那のことだった。

 そして今、興味深げに、四つのエメラルドグリーンのくりくりまなこが、今だ戸惑うヴィヴィオを見つめる。

「「ねぇ、あなたはだぁれ?」」
 くりくりまなこが、見つめます。

「えと、……ヴィヴィオ、高町ヴィヴィオ、っていうの……」
 若干の戸惑いを残しつつ、ヴィヴィオはニジュクとサンジュに名乗った。
「へえー、ヴィヴィちゃ、なのね」
 そういったのは、ニジュク。
「ヴィヴィちゃん、ってゆうんだぁ」
 そういったのは、サンジュ。
 ヴィヴィ、ちゃ……。
「……えー、……うん、そうなの」
 二人の勢いに、押されるヴィヴィオ。

「かわってるね」
「かわったおなまえだね」
 幼子は歯に衣を着せることを知らない。
 そのことで、ヴィヴィオは少しムッとした。

「……うん、よく言われる。そんなの分かってる。でも可愛い名前だねっていわれることもあるし、それに」

 初対面でそんなことは言われたくない。
 だいたい、

「二人だって、変わった名前だと思うけど。ていうか、何か変な発音だし」

そんな二人に、言われたくないというのは、正直な気持ち。
 ヴィヴィオの言い分に、今度は二人がムッとなる番です。

「そんなことないもん」
「へんじゃないもん」
 ニジュクとサンジュは口を尖らせます。

「あたしたち、はかせのじっけんたい」

「そのなかで、とくべつななまえ、はかせがくれた」

「えっ、実験た――」

「「そんななまえが、へんなわけないもんっ!」」

 ムキになって反論する二人に、というより、思わず知ってしまったその二人の誕生の秘密に、
今度は愕然としたヴィヴィオだった。


「――ッ、そんなことが……」
「まあ、俄には信じてもらえないとは思いますけど……」

 驚くサイドポニーの女性に、クロはため息混じりで答えた。
 それもそうだ。いきなり光の爆発に巻き込まれて、気づいたら別の森(?)の中にいただなんて、
早々信じてもらえる話ではない。良いとこ、変人扱いされておしまいだ。
 だが、
「いえ、この世界ではごく希にですけど、そのような事件や事故がないわけでもなくて、
私はそういったことを取り扱う仕事をしてますから」
 きりっと表情を引き締めて、彼女は言った。
「信じます。大丈夫ですよ」
 その彼女――高町なのはの言葉に、ようやく安堵の気持ちになれたクロは、
「……ありがとう、ございます」
 心から、感謝の気持ちを込めて、言った。

「……それにしても、なのはさん」
「クロさん?」
「あなたが魔法使いだなんてね……」
「んー、魔法が使えるって言っても、せいぜい空を飛ぶことぐらいですけどね」
「しかし、私のことを一目見て、あなたはこう言った」
「……」

「『あなたの体は、もしかして本当は……』ってね」

「すいません、思わず初対面の人に失礼なことを――」   
 クロは頭を振る。
「いえ、別に気にしてませんよ。……でも、そう言われたのは二度目、かな」
「クロさん……」
「なかなか言われることではありませんから、……成る程、うん、きっとあなたは、その時空管理局ってところでは、
いろいろと活躍なさっていらしゃるのではないのかな、ふふッ」
「いえ、そんなことは、……もうッ、クロさんったら」
「ふふッ……」
 微笑みあう二人。どうやらそれぞれの身の上も、ある程度お互いに話しているようで。

 それにしても。
「あの、……クロさん、あのコウモリさん、は」
「ああ、いつものことですから、気にしたら負けですよ」
 なのはの言葉に素っ気なく応えるクロ。
 実はこの二人が見知った、そもそもの原因にして、結果として仲を取り持った功労者たるコウモリ――センは、

「~~~~ッ! ~~~~~~ッッ!!」

 戸惑うなのはを無理矢理ナンパしたことを罪状に、猿ぐつわの上に簀巻きの刑に処されて道端に放置されていた。


「それにしても、その、……ニジュクちゃんとサンジュちゃん、今、何処にいるんでしょうね……」
「そうですね……」
 うつむき、押し黙るクロ。
 なのはは、そんなクロを見て、つい今し方のことを思い出す。



「――ッ! 何、今の感じ……」

 樹に寄りかかってうたた寝していたなのはは、突然の衝撃に目を覚ました。
 地震か? 否、それ以外の何か巨大なエネルギーの衝撃に、体が反応したというのが正しい。
 とは言え、未だ起きてすぐの頭は、ボンヤリとしてなかなか状況が把握できない。休暇中で緊張感が乏しい分、尚更だ。
 しかし、それでも周囲を見渡してみる。
 特に目立って変わった様子、は……、あれ、ヴィヴィオ、何処に行ったのかな。……てッ。

「えッ、あの人、何でこの季節にあんな厚着をしてるんだろう……?」

 その、黒衣に身を包んだ人物をなのはが見つけた、その瞬間。

「おっぜうすぅわーーーーーーーーーぁぁぁああああああんっっっっっ♪♪♪♪♪♪」
 コウモリが光の速さで飛んできた。

 センと名乗ったそのコウモリは、戸惑うなのはを口説き落とそうと必死になり、結果、

「……何をしている、セン?」

 クロに、ジャイアントカプリコーンにされた。

「申し訳ありません、うちの連れが、大変な粗相を……」
 黒衣に身を包み、背中に棺桶を担ぎ、眼鏡をかけたその人物は、慇懃に謝罪した。
「あっ、いえ、そんな、ご丁寧に……」
「そうだ、申し遅れました。私はしがない旅人をしております、クロと申します」 
 やはり、慇懃にお辞儀する。初対面の人間に対する礼儀をよくわきまえているようだ。
「えっと、ご丁寧にどうも……。私は、時空管理局で航空隊の戦技教導官を勤めています、高町なのはといいます……」
 あれッと、なのは思った。相手の慇懃な態度に、どうやらつられてしまったようだ。

 だが。

「時空、……管理局? 失礼ですがそれは、どのような組織なのですか?」
「えッ、ご存じ、無いんです、か」
「はあ、全く」

 なので、ごく掻い摘んでクロになのははレクチャー。

「――お解りになりました?」
「……あー、まあ、なんとなく」
 しかし、信じ難い顔をクロはしていた。
「でも、魔法使いって、そんなにこの世界にたくさん居ましたでしょうか……?」
「あの、クロさん、それはどういうーー」
「……そうだ、そんなことより」
「えッ、何ですか」
「幼い双子の姉妹を見ませんでしたか? 猫の耳と尻尾を持っているから、すぐに解ると思うのですが」
 さっきまでの落ち着いた態度から一変して、クロは些か狼狽した表情をしていた。
 そして、お互いの身の上を話し合って、――今に至る。



「……何となく、把握しちゃいました」
 クロが、ぽつりと呟いた。
「ここは、どうやら、私たちの旅していた世界とは、別次元にある世界らしい」
「クロさん……」
「ありがとう、大丈夫です。それより、ニジュクとサンジュと、ヴィヴィオちゃんの安否が先でしょ? 早く見つけないと、ね」
「ッ! ――はい」
 強い人だと、なのはは思った。


(あの二人も、ヴィヴィオと同じなの……)

 花の絨毯の真ん中で、ヴィヴィオは愕然としていた。
 自分と同じく、ニジュクとサンジュもまた、作られた生命。ということはあの二人も、
創造した人のエゴに振り回されて、もしかして今まで悲しい思いを……。

「? ヴィヴィちゃ?」
「ヴィヴィちゃん、……ないてるの?」
「えっ……」
 そう言われて、ようやく自分の頬を伝う涙に気付く。
「ヴィヴィちゃ、かなしいの?」
「ヴィヴィちゃん、どうしてなくの?」
 ヴィヴィオを気遣って、ニジュクとサンジュは顔を曇らせます。
「えと、これは……」
「あっ、サンジュっ!」
「なに、ニジュク?」
「もしかして、あたしたちがおおきなこえ、だしたからかな」
「……えっ?」
「……っ! そうだよニジュク、なまえがへんっていわれて、ムキになっちゃったから」
 やっぱり、ぶんぶんと腕を、顔を見合わせて二人は振ります。
「えっ、えっ?」
「そうだね」
「そうだよ」
 まあ、ちょっと勘違い、ですかね……。
 とは言え、そう言うことで納得した二人は、
「ごめんね、ヴィヴィちゃ」
「あたしたちがわるかったの、ヴィヴィちゃん」
 ぺこりと頭を下げたのでした。
 そんな二人にあっけにとられたけれど、でも……、
「……ううん、ヴィヴィオだって、二人の名前が変って言っちゃたんだし、……ごめんなさい」
 ヴィヴィオも、ぺこりと頭を下げた。

「……おあいこだね」
 そう言ったのは、ヴィヴィオ。

「おあいこだね」
 そう言ったのは、サンジュ。

「おあいこ、おあいこ♪」
 そう言ったのは、ニジュク。

 そして三人は、顔を見合わせて、

「「「きゃははははっっっ」」」

 と、笑い転げたのでした。


「さて、と。しかし、ここって結構広いですよね?」
「ええ。歩き回って捜すのは、ちょっと骨かも」
「成る程……」
 クロは、うつむき加減に呟いた。

《マスター》

「レイジングハート?」
「えっ、今の声、その首の宝石から……」
 目を見開き驚くクロに、
「ええ、私のインテリジェントデバイス『レイジングハート』の声です」
 そう言って、宝玉状態のRHを手に持って見せるなのは。
《驚かせて申し訳ありません、クロさん》
「あっ、いえ、……しかし、成る程」   
 まじまじとRHを見つめるクロを可愛いなと思いつつ、なのははRHに尋ねた。
「それで、どうしたの」
《ここから半径二百メートル以内で、クロさんとセンさんの出現時に発生したエネルギーに酷似したエネルギー発生の残照らしきものを確認しました。
ですが、完全に同時に発生したことと、その放出量があまりにも微量、及び発生後、何らかの要因で急速に拡散したらしく、場所の特定までは……》
「……そう」
《申し訳ありません》
「いや、ぜんぜん大丈夫。それだけで上出来だよ、ありがとう、レイジングハート」
《了解、マスター》

「と言うことなんですけど」
「つまり、あの二人も、取り敢えずここにいる……」
 クロは、胸をなで下ろしたようだ。
「とは言え、それでも徒に歩き回るのは、効率良くないから……」
 そう言って、なのはは何か唱え始め、やがて胸の辺りに桃色の光球を出現させた。
「これが、あなたの……」
「探索魔法、そのサーチャーですよ」
 ちょっと得意げに言って、
「お願い、ヴィヴィオとニジュクちゃん、サンジュちゃんを捜して」
 なのははサーチャーを解き放った。

「さて、これで捜しやすくなったかな」
「でも、……もう少し、捜しやすくした方が良いかもな」
「えっ、それって……」
「何、より多角的に捜す方が、更に効率が良いって事です」
 そう言って、クロはセンの拘束をようやく解いた。
「と言うことだ、セン」
「何が、『と言うこと』なんだよッッ!!」
「今の自分の状況、……解ってるよね」
「……しょーがねぇ、まあ、何時ものことだしな」
「宜しい。では、頼む」

 クロは、背負っていた棺桶を近くの樹にゴトリと立てかけた。

「はいはい、了解しました。――あっ、なのはちゃん」
「えっ、何ですか?」
「まあ大丈夫だと思うけど、……驚かないでね」
「? どういうことですか?」
 センの言ったことを理解できないなのはに、クロは、

「こういう事」

 と言って、棺桶の蓋を開けた。

「……えええええええええっっっっっっ!!!!!!」

 流石のエース・オブ・エース(または自主規制)も、流石に素っ頓狂な声を上げてしまった。

 無理もない。

 棺桶から夥しい数のコウモリが飛び出してくれば、どんな人間でも身じろぐくらいはしてしまうだろう。

 その数、九百九十九匹。

 バサバサバサバサバサバザハサバサ……。

 喧しい羽音を響かせて、飛び立っていく……。

 そしてセンも、
「そんじゃ、行ってくる」
「頼んだよ」
「ああ」
 飛び立っていった。

「……あの、クロさん」
「はい」
「その棺桶、どんな仕掛けがあるんですか」
「いえ、これと言って、特に」
「武器とか、仕込んでませんよね?」
「いや、流石にそれは……」
 四方に散らばって行くコウモリ達を、呆然と眺めつつ質問したなのはに、頭をかいて答えるクロ。

「これで、あの子達があの時みたいに花火を打ち上げてくれれば……」
 ぽつりとクロが呟いた言葉に、
「ゑッ! 何ですか、それッ!」
 あからさまに狼狽する、なのは。
「えっ、いや、自分たちの居場所を教えるための信号弾代わりに花火を渡してて……何か、不味いことでも?」
「ここ、……自然公園内なんです」
「はぁ」
「火遊び、厳禁なんです」
「はぁ」
「やっちゃうと、管理人の人に怒られて、お財布が少し寒くなるくらいの、罰金取られちゃうんですッ!」
「……成る程」
 そして、なのはとクロは、

*1

 と、願ったのだった。


 さて、その頃のヴィヴィオとニジュクとサンジュは。
「これ、……花火、なの?」
「だったかな?」
「まえにつかったとき、そういわれたかも」
「いわれたかも」

 エプロンドレスをたくし上げ、その下につるしていた円筒を、猫耳の双子はヴィヴィオに見せました。導火線らしきものが着いてます。

「これ、……何に使うの?」
「うんとね、クロちゃが『みちにまよったときにつかいなさい』って、ゆってたの」
「まえにクロちゃんとセンとはぐれたとき、つかったの」
「おいちゃに、クロちゃのおてがみよんでもらったの」
「それで、おはなをきいろくしたの」
「きいろにしなさいっていわれたから、きいろにしたの」
「それで、そらに、おっきいきいろいおはながさいたの」
「おっきいおとして、びっくりしたの」
「びっくりしたの」
「でも、ちょっとしたらセン、むかえにきてくれた」
「だから、つかいたいの」

「ふぅん……」
 ヴィヴィオは、いまいち双子のいうことが解りません。

「えと、つまり、この花火を使えば、センって人が迎えに来てくれるんだよね」

「セン、ひとちがうよ」
「セン、コウモリだよ」

「……そっ、そっか」
 やっぱり、ヴィヴィオにはいろいろと理解できないようです。

「とっ、とにかく、これを使えば、……ママも解ってくれるかな」
「だいじょぶ」
「きっときてくれるの」
「……うん、わかった。その『クロちゃんのおてがみ』、見せて」
「よめるの?」
「わかるの?」
「学校通ってるもん。大丈夫だよ」

 そして、ニジュクから、その手紙をヴィヴィオは受け取りました。

「……読めない」
「なんで?」
「おじちゃん、よめたよ?」
「だって、学校で習ってないっていうか、見たこと無い文字だし……」
「みたことないの?」
「つかえないの?」
「うーん……」
 手紙とにらめっこをしているヴィヴィオ。 その様子に、流石に不安になる、ニジュクとサンジュです。
「クロちゃにあえないの?」
「クロちゃん、きてくれないの?」
「ママ……」

 そんな時でした。

「君たち、こんな所で何しているのかな」
 おじさんの声がします。優しそうな声です。
 でも、突然話しかけられて、三人はびっくりしました。
「「「うわあっっっ!!!」」」
「おっとと、……いや、ゴメンゴメン、びっくりさせてしまったようだね」
 三人の視線の先には、おさまりの悪い髪を、申し訳なさそうに掻いている、
しかし優しく微笑んでいるおじさんが立っています。

「おや、それは打ち上げ花火かい? 駄目だよ、君たちだけでやろうとしては。そう言うのは大人の人にやってもらわないとね。
まあ、そもそもここは自然公園だから、花火で遊ぶのは駄目なんだけど……」

 ニジュクとサンジュは、ポカンとしてます。
 ヴィヴィオも最初はそうでした。でも。
「おじさん……」
 ヴィヴィオは知っています。
「えっ?」
「ヴィヴィちゃ?」
 ママの知り合いです、知ってますとも。

「『魔術師』のおじさんッ! こんにちはッ!」
「いや、だから私はリンカーコアなんて無いから、……おや、よく見ればヴィヴィオじゃないか。
なのはママは、一緒じゃないのかい。……そう言えばこの子達は、君の友達かい?」
「えっと、ついさっき合って……」  
「ニジュク」
「サンジュ」
 飛び跳ねるように名乗ります。
「へぇ、名前が言えるのか、おりこうだね」
 そう言って『魔術師のおじさん』は、二人の頭を優しくなでてくれました。
「えへへ、あたしたちなのった」
「こんどは、おじちゃんのばん」
「うん? ……ああ、そうだね、私は――」

 その時です。

「――二匹に手ぇ出すなや、この変態ロリコン野郎ぉーーーーーおおおおおおッッッッッ!!!!!」
 真っ黒い大群が、叫び声と共におじさんに突撃してきます。
「えっ、うわっ、……ぷッ!」

 そして、瞬く間に『魔術師のおじさん』は、コウモリ達に押しつぶされたのでした。


「こっちで良いんだろうな、セン」
「ああ、間違いないぜ」
「ヴィヴィオ……」

 センの報告を受けて、クロとなのはは、現場に走った。
 そして、件の草原に到着。

「ヴィヴィオッ!」
「ママぁっ!」
 見つけるやいなや、娘は母に飛びつき、母は娘の頭を優しくなでた。
「もう、勝手に離れたら駄目じゃない」
「ごめんなさい……」
「でも、無事で良かった……」
 母は、娘を優しく抱きしめた。
「……」
 ヴィヴィオは、ただ、なのはママの暖かさにニコニコとしていました。

「ニジュク、サンジュ」
「クロちゃ……」
「クロちゃん……」
 クロは何も言わず、猫耳の双子を抱きしめた。強く抱きしめた。
「クロちゃ、いたいの」
「クロちゃん、いたいよ」
 でも、不思議と、二人には不快な痛みではありませんでした。
「心配、したんだぞ」
「「……」」
「でも、無事で良かった、本当に……」
 かすかに、クロは鼻をすすったようでした。
「ごめんね、クロちゃ」
「ごめんね、クロちゃん」
 クロはただ、何も言わずに二人を抱きしめたのでした。

 さて、各々が再会の喜びに浸った後。
「で、この下に?」
「ああ。あの一人と二匹襲おうとした変態野郎がいるぜ」
 クロとセンの視線の先に、コウモリ達で築かれた黒山があった。
「全く、俺があいつ等見つけるのが少しでも遅れたら、どうなってたことか……」
 センは、腕(?)を組み、得意げに言った。
「ねぇ、ママ」
「何、ヴィヴィオ」

「あのコウモリさん達の下にいるの、『魔術師のおじさん』だよ」

 何気ない娘の一言に、

「……ゑッ!」

 なのはの顔は、凍り付いた。。

 確かに、魔術師・魔導師の類はいくらでもいるが、
敢えて『魔術師』と直接に比喩または揶揄される人物は、ミッドチルダといえど『あの人』しかいないッ!

「センさんッ! 早くそのコウモリさん達、どけてッッ!!」
「どッ、どうしたのなのはちゃん、急に取り乱したりなんか……」
「良いからッッ!! 早くッッッ!!!」
「うッ、わ、解ったよ……」
 なのはの勢いに押され、渋々コウモリ達をどけるセン。
「はい、これで……」
 なのはにタックルをかまされて、
「あーれー……」
 センは遠いお空の星となった。
「大丈夫ですかッ、提督ッッ!!」
 突っ伏していた『魔術師』を抱き上げ、彼の体についた草の葉を払いながら、尋ねた。
「……いやぁ、突然だったからびっくりしたけど、何とか大丈夫だよ。すまない、なのは」

 何故か申し訳なさそうに頭を掻きながら、『魔術師』――ヤン・ウェンリーは苦笑していた。

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最終更新:2010年01月10日 02:04

*1 使わないでちょうだいね(おくれよ)……