「――どうも、私の連れが知らぬ事とはいえ、なのはさんのお知り合いの方に、大変な粗相を……」
 クロは慇懃に頭を下げ、ヤンに謝罪した。
「いや、あの状況なら、そのような誤解を受けても仕様がないだろうし」
「でも……」
「クロさん」
「はい」
「過ぎたことさ、水に流そう。それに」
 ヤンは目の前で棺桶を担いで佇むクロ、ヴィヴィオときゃいきゃいとはしゃいでいるニジュクとサンジュ、そして、

「てるてる坊主、てるぼうず……」

 また簀巻きにされて枝に吊されているセンを見て、

「君たちのこれからを、考えなくてはね」
 そう言った。

「ヤンさん……」
「私も、別次元からの転移組なんでね」
「ッ! そうでしたか……」
「とは言え、事情はかなり違っているのだけど」
 ヤンは苦笑して、後頭部を掻き回す。
「でも、気持ちは解らなくもないんだ」
「……恐れ入ります」
 そして、ヤンはなのはに顔を向けると、

「と言うことで、なのは、彼らのことをほんの二、三日、君の家であずかってもらえないかな」

 唐突な、お願いだった。

「……えッ、でも」
「君の言いたいことも、もちろん解る。けどね」
 ヤンが言葉を続けようとした時、
「ねぇママ、見て見て♪」
 ヴィヴィオが嬉しそうに駆けてきます。
「ヴィヴィオ、今大事なおはな、し、……えええッッッ!!!」
 娘の姿に素っ頓狂な声を上げたなのは。
「ちょっと、何て……」
 言葉が続かない。
「おおッ、これはまた……」
 苦笑しつつ、やはり驚きを隠せないヤン。

 それもそうです。今のヴィヴィオは色とりどりのまだら模様。全くサイケデリックな現代アートそのもの。
 クロ以外の大人が絶句するのを横目に、ヴィヴィオはニコニコ顔。

「えっとね、ニジュクとサンジュ、すごいんだよ。色んなお花や木から色を分けてもらってね、ヴィヴィオに着けてくれたんだよ♪」
「へえ、綺麗なものだね」
 平然とした口調で、しかし微笑みながらクロは言いました。
「えへへ」
 ヴィヴィオは得意顔です。

「あの子達は、指先から色々なものの色を吸い上げて、それを他のものに移し替えることが出来るんですよ」

 事もなさげに、クロはなのはとヤンに説明した。
「大丈夫、タオルで拭いたり、服を絞ったりすれば簡単に落ちますから」
「それって、魔法、ですか?」
 なのはの問いかけに、
「さあ、どうなんでしょうね……」
 また、あの双子に駆け寄ろうとしているヴィヴィオを見ながら、クロは言った。
「成る程、これでは尚更、無条件で管理局の保護を受けさせられないな」
 ヤンは言った。

「提督?」
「なのはも見ただろう、あの子達のあの能力」
「はい」
「クロさん、あの子達には、まだ」
「ええ、まあ、まだいくつか力が」
「だそうだよ、なのは」
 些か厳しい表情になる、ヤン。

「私は、あの子達を、魔導研究の材料として、供するようなマネはしたくない」

「提督……」
「あの子達は、生きているんだ。解るね」
「……はい」
「それでなくとも、彼らはこちらに来て日が浅いなんてものじゃなく、あまりに突然来訪したんだ。心の整理が必要だ。だから」
 また、三人のきゃいきゃいとはしゃぐ様子を見て、いつもの柔和な顔に戻り、

「私の我が儘、聞いてくれないかな」
 ヤンは言った。
「少なくとも、彼らが最も心を開ける存在は、現時点では君たち以外にいないのだからね」

 その言葉に、なのははクロを見る。
 顔は平然としていたが、その眼は、一抹の不安を隠しきれない様子だった。

「――了解しました、ヤン提督」

「なのはさん?」
「そうか。すまない」
「いえ、提督の仰ることも理解できますし、それに」
 三人のはしゃぐ子供達を見て、
「あの子達を一緒になって捜した仲ですし」
「なのはさん……」
 なのはは、クロに無言で頷いた。
「解った。では、君には彼らのことを宜しく頼むとして、後の書類やら交渉やらは私の方でやっておくよ」
「えっ、でも」
「いや、これは飽くまでも私の我が儘なのだから、そう言った一切の面倒な事は、
私がやるのが礼儀だよ。違うかい、なのは?」
 と言いつつヤンは、

「でも、実際の所、面倒くさいけどね」
 肩をすくめて笑った。
 その様子に、

「もうッ、提督ったら」
「全く……」
 二人はくすくすと笑った。

 そんな三人の間を、優しく風が吹き抜ける。

「さて、人を待たせてるのでね、そろそろ私は行くよ」
「ヤンさん」
「なんだい、クロさん」
「本当に何から何まで、ありがとうございます」

 頭を下げるクロ。そこには慇懃さはなく、真摯さのみがあった。

「困った時はお互い様さ、それじゃあ」
 そう言って背を向け、ヤンは歩き出した。

 そして、二人に聞こえるように、独り言。

「全くね。本当だったら、本日の休暇は無限書庫で、久々に優雅に読書を嗜むはずだったんだ」

 ベージュのスラックスのポケットに手を入れて、歩く。

「そうしたらね、今駐車場で待っている奴が、『最高のブーメランが出来たから見てくれ』と来たもんだ」

 子供達に向かって、歩く。

「そして、無理矢理私は、ここに連れてこられた」

 ニジュクとサンジュの目の前で足を止め、空を見上げる。
 その場にいた者達は、つられて見上げた。
 ぽつりぽつりと雲の浮かぶ蒼空を、一筋の飛行機雲が切り裂いていた。かすかにキーンと音を立てながら。

「でも」

 そして、双子の前にしゃがみ込み、
「君たちと出会えたこと、それには感謝しないといけないね」
 微笑んで二人の頭を優しくなでた。
「おいちゃ、いっちゃうの」
「おじちゃん、もうあえないの」
 二人とも、寂しそうです。
「うん、私も色々と忙しくてね」
 ヤン提督も、寂しそう。
「でも、君たちが元気に、良い子にしていれば、会えるかも知れない」
「ほんとに?」
「ああ」
「ほんとうに?」
「もちろん」
 提督は二人の頭をまたなでました。

「『魔術師』のおじさん……」
 いつの間にか、ヴィヴィオも傍にいました。
 その頭も、提督は優しくなでます。
「おじさんの歴史のお話、とても面白いから、今日も聞きたかったのに……」
「ごめん、それはまた今度だ」
 そして、
「でも、その時は名前で呼んでもらえると、嬉しいかな」
 そう言って、また歩き出しました。
「おいちゃ、ばいばい」    
「おじちゃん、またね」
「おじさん、絶対だよ」

 三人に振り向いて、ヤン提督は手を振り、そして、森の中に消えていきました。

「いい人ですね」
「管理局でも、あの人を悪く言う人は少ないですよ」
「でも……」
 何か言いかけて、クロは頭を振った。
「いえ、何でもないです」
「クロさん?」

「それより、なのはさん」
「はい」
「本当に、お世話になっても、良いのでしょうか……?」
 遠慮がちに、クロは尋ねる。
「何しろ、私たちは……」

「はい、そこまで」

 何かを言いかけたクロを、手でなのはは制す。

「なのはさん?」
「確かに、ヤン提督のお願いだから、ッていうのもあります」
「はぁ……」
「でもね」
 なのはは、まだきゃいきゃいと転げ回っている子供達を見た。

「せっかく、出会ったんですから。運命のいたずらかも知れないけど、私達、出会えたんですから」

 そして、クロをまじまじと見つめ、

「もっと、お互いのこと、知りたくないですか」

 そんななのはを、ただ無言で見つめるクロ。

「だから、お世話させて下さい」

 にっこりと微笑んだなのは。

「これは、提督の我が儘でもあるけど、私の我が儘でもあります、えへへ」

 屈託のない、笑顔。
 嗚呼、とクロは思った。
 この人になら、と思った。
 そして、

「こちらこそ、申し訳ありませんが、宜しく、お世話になります」

 深々と、頭を下げたのだった。


 かくして、二つの世界は交わった。


 しかし、何時かは別れの時が来ます。


 だが、それが何時来るのかは、誰も未だ知らず。


 だが、それが旅を続けるということです。


 であるなら、彼らの別れは如何なる物になるのか。


 だから私は、この一期一会は、きっと、幸せなものになると信じたいのです。




                                             『棺担ぎのクロ。リリカル旅話』
                                                          第一章・了


「あのう、……俺、何時までてるてる坊主やらなきゃいけない訳? 
て言うか、俺、ここでもこんな扱い?」

 まあ、当然じゃないですか?

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最終更新:2010年01月10日 02:04