夜の市街地、異形の群れと戦う一人の戦士。
 黄色の仮面、名はザビー――仮面ライダーザビー。
 雀蜂の顔をそのまま仮面にした様なそれは、まさしく蜂の仮面ライダー。
 ザビーがその左腕に装着された蜂を、勢い良く叩いた。
 電子音と共に叫ぶは、必殺の技名。

「ライダースティング!」

 標的は赤と紺の体色をした蜘蛛怪人こと、アラクネアワームルボア。
 迸る電撃を纏ったザビーの左腕は、ストレートパンチの要領で標的へと叩き込まれた。
 刹那、爆散。ワームの影は跡形も無く消滅した。

「何だ、また新しいザビーに変わったのか」
「俺を今までのザビーと一緒にするなよ、カブト!」

 赤の仮面に青の複眼。カブトムシの面影を色濃く残した仮面。
 次に現れたのは、あの夜出会った赤の仮面ライダー。
 その名はカブト――仮面ライダーカブトだ。
 カブトとザビーは何の因果か戦闘を開始し――

「やれやれ。お前の所為で奴に逃げられてしまった」

 結局、どちらかが決定打を与えるよりも先に戦いを止めたのは、カブトだった。
 そもそもこの戦いもザビーが一方的に仕掛けた物で、カブトにはその意思は無かったようにも思える。
 本当の所は解らないままだが、戦いが終わったという事実だけは揺るがない。
 カブトは再び、風よりも早くその姿を消した。

「私、時空管理局の高町なのはです。仮面ライダーさん、お話を聞かせて欲しいんです」

 全てが終わったと思われたこの場所に舞い降りた少女は、高町なのはであった。
 ブーツから生成される桜色の翼を消失させて、アスファルトに降り立つ。
 目的は、仮面ライダーなる存在から詳しい話を聞く事だ。

「いいだろう、話は聞いている……着いて来い」

 先程までザビーとして戦っていた男が言った。
 この男は恐らくは好戦的な部類なのだろう。そんなイメージを抱いていた。
 故にいきなり戦闘を仕掛けられたらどうしよう、等と考えていたが、それは杞憂に終わった様だ。


 ACT.4「何故!? 悪人ライダー」


 なのはが乗り込んだのは、ZECT隊員が乗るワゴン車とは別の車両だった。
 外から見れば、一般的な乗用車と何も変わらないのだが、内装はそうではない。
 狭い車の中とは思えない程の無数のモニター。その全ての画面に映し出される、「ZECT」ロゴ。
 周囲に所狭しと並んでいるのは、なのはには良く解らない機械と装置。
 本当に特撮番組に出るような秘密組織なんだな、となのはは思う。

「あの……これから何処に行くんですか?」
「何処にも行かない。君が居るこの場所が既に我々ZECTの拠点だ」
「えぇ!? この車の中が、ですか……?」
「ああ、ZECTは秘密主義だからな」

 説明してくれるのは、先程までザビーに変身していた男。
 右目を真っ黒の眼帯で隠した男で、その名を弟切ソウと言うらしい。
 マスクドライダーシステムの話、ワームの話、一通りの話は既に聞かせて貰った。
 ZECT側からしても、時空管理局という組織と連携してワームと戦う事は既に決定事項らしい。
 弟切自身もその事は聞かされていたが、しかし予想外であったのは、なのはの様な子供が戦っているという事実。

「――にしても、まさか君の様な子供まで戦わされているとは……
 時空管理局がどんな組織なのか、少しだけ理解出来た気がするな」
「そ、それは違います……! 私は自分の意思で戦っているだけで、別に管理局の在り方に問題がある訳じゃ」
「君がそう言うなら俺は何も言わないが」

 鼻で笑う様に、弟切が言った。
 本音を言えば、この男の印象は余り良くない。
 この男は何処か、相手を見下している様な、そんな態度だ。
 それに何より――これは直感的に、だが――この男、あまり良い人間では無いように思える。
 だが、やはり第一印象だけで人間の価値を決め付けるのは良くない。
 相手をもっと良く理解する為に、新たな話題を振った。

「あの……弟切さん、その目は……」
「これか? ……これはカブトにやられた傷だ」
「カブトって……さっきの赤いライダー、ですか?」

 そうだ、と一言告げた。
 絞り出すように告げたその表情は、歪んでいた。
 怒りとも憎しみともつかない、複雑な形相だ。
 この話題は地雷だったかな、と密かに思う。

「奴はZECTのライダーでありながらZECTに従わない。言わばZECTの敵だ」
「え……敵!? で、でも、カブトさんもZECTの皆さんと同じ目的の為に戦ってるんじゃ」
「それは違うッ!!」

 なのはの言葉を遮って、弟切がデスクに拳を叩きつけた。
 狭い車内に響き渡る反響音。周囲を包む居心地の悪い静寂。
 まるで怒鳴りつけられた様な気がして、反射的に背筋を凍らせた。

「奴はZECTのみならず、人類全体の敵だ! 奴はカブトの力を自分の目的の為だけに使っている」
「そんな……同じ仮面ライダーなのに戦わなきゃいけないなんて……」
「この眼の傷がその証拠だ。俺の右目はカブトに潰された」

 はっとした。
 カブトによる被害者が、事実として今、眼前にに居るのだ。
 人々の平和を守る為、ザビーとして戦う弟切の瞳は、もう開く事は無い。
 カブトの毒牙に掛かり、無情にも彼の瞳は奪われてしまったのだ。
 この男、確かに高圧的な人間だとは思うが、悪人とは思えない。
 失明までさせる必要があったのかと問われれば、甚だ疑問だ。

「解りました……でも、出来ればカブトさんとも一度お話を」
「必要無い。奴が居る限り、人々が心から安心して過ごせる日は訪れない」
「…………」

 それ以上なのはは、何も言わなかった。
 と言うよりも、弟切の視線がこれ以上の反論を許さなかったのだ。

 それから数分も待たず、なのはを乗せた指揮車は高町家の前に到着した。
 夜も更ける前に、ZECTの皆さんがなのはを自宅まで送り届けてくれたのだ。
 最後に一つだけ念を押された。「ZECTの事はくれぐれも口外しない様に」と。
 ZECTは秘密組織なのだから、考えてみればそれも当然だろう。
 なのはは弟切に別れを告げ、家族の待つ家へと帰宅した。


 弟切と別れてから、瞬く間に一日が経過した。
 ZECTの事、仮面ライダーの事、ワームの事。
 それから平和を脅かす人類の敵……オルフェノクに、カブト。
 色々な事が一度に起こり過ぎて、その日の授業はまるで集中出来なかった。
 これからどうすればいいのか。どうすればこの事件を解決出来るのか。
 そんな懸念を抱くなのはに声を掛けてくれたのは、親友の一人だった。

「どうしたのよなのは? 何だかさっきからずっとぼんやりしてるけど」
「へっ……? う、ううん……別に何でもないよ?」

 アリサ・バニングス。
 いつもなのはの事を心配してくれる、大切な親友だ。
 例え平静を装っていても、彼女の眼は誤魔化せはしなかった。
 だけど、ZECTの事は一般人のアリサには絶対に秘匿せねばならない。
 今回ばかりは、話す訳には行かないのだ。

「そう? ならいいけど……それよりなのは、焼きそばパン食べに行かない?」
「焼きそばパン?」
「うん、最近中等部の屋上で焼きそばパンが売ってるんだけど、凄い評判なんだよ」

 アリサの背後から、すずかが顔を出した。
 そういえば、なのはもそんな話を聞いたことがあった気がする。
 何でも“次元の違う美味しさ”で、毎日行列が出来て居るとか。
 今までは管理局の仕事なんかで色々と忙しかったし、行こうとは思わなかった。
 だけど、そんなに美味しいのならば、一度は行ってみたいという気持ちもある。
 そんな訳で、焼きそばパンを買いに行こうと誘われて、断る理由は見当たらなかった。




 海鳴近郊にて、とある集団が歩を進めて居た。
 皆が皆黒のフードに身を包み、その顔色は一様に窺えない。
 そんな集団の前に立ち塞がるように現れたのは、たった一人の眼鏡の男。
 集団の先頭を行く男が、フードの下に隠れた眼鏡を片手で持ち上げ、言った。

「何だ、貴様は……?」
「何、名乗る程の者じゃないさ」

 黄色のハイネックの上に、黒いジャケット。
 銀縁の眼鏡を掛けたインテリ風の男であった。
 不敵な笑みを浮かべるその表情に張り付いた殺気は、相当な物。
 黒服の集団も、それに気付かない訳は無かった。

「貴様……我々の邪魔をするつもりか?」
「君達ワームに、勝手な事をされては困るんでね?」

 それ以上の言葉は必要無かった。
 目の前の男の言う通り、この集団は確かに“ワームのみ”で構成された集団だ。
 それを知った上で目の前に立ち塞がったとあれば、それは我々への挑戦と取るのが妥当。
 これ程に分かりやすい殺気を張り付けて現れた不遜な男を、見逃してやる法は無い。
 第一、ワームの王たる乃木怜治は、こんな不届き者を生かしておく程優しい心は持ち合わせては居なかった。

「やれ」

 集団の先頭を行く乃木が一言告げれば、周囲のワームも黙っては居ない。
 ワームの歴史は力の歴史。強い者が全てを支配する。ワームの王の命令は、絶対だ。
 集団の構成員、その内三人の女が、すぐにその姿を変えた。
 まるで昆虫のサナギの様な、気味の悪い緑の外装に覆われた身体だ。
 サリスワームとなった三体は、目の前の不遜な男へと躍り掛った。
 当然、ただの人間がワーム三体に勝てる訳が無い。
 ワームに囲まれた男から漏れるは、断末魔の叫び。

「シェアァッ!」

 ――では、無かった。
 掛け声を一声、瞬く間に緑の炎と消えたのは、躍り掛かったワーム。
 ほんの一瞬の出来事で、三体ものワームの命が奪われたのだ。
 その下手人は、先程までそこに佇んでいた不遜な男、だった者。

「ほう、面白い……貴様、アンデッドか」

 身の丈2メートルはありそうな、巨大な体躯。
 純金に近い黄金の装甲に、クワガタの大顎を連想させる無数の装飾。
 黄金の仮面に、左右非対称の色をした黒と金の双剣。
 その姿は見まごう事無き、アンデッドのもの。

「地球の覇権を争う貴様らにとって、宇宙からやって来た我々は邪魔者と言う事か」
「解っているなら話が早い。悪いが、貴様らには死んでもらう」
「これはこれは……面白い事を言うねぇ、アンデッド君」

 嘲笑う様に、乃木が指を差した。
 対する金のアンデッド――ギラファアンデッドは、一片たりとも油断を見せはしない。
 当然だろう。このアンデッド、実力だけならばワームの王とも均衡が取れている。
 何せギラファアンデッドもまた、まごう事無き王。ダイアスートの王なのだから。
 ともすれば、二人の戦いの結果、敗者を生みだす一番のファクターは“油断”だ。
 その心構え、戦士としては合格点。だけど、所詮はそれだけだ。
 こいつは喧嘩を売る相手を間違えた。戦力の差を見誤った。
 それがこの男の、最も大きな敗因。

「だけど悲しいかな、君は私には勝てないよ」
「あぁ、皆そう言うのさ」
「ならば身を以て確かめたまえ。私直々に貴様の相手をしてあげよう」

 乃木が一歩を踏み出した。
 ロングコートを翻して、余裕を崩す事無く歩み寄る。
 その身は紫の光に包まれ、瞬く間に乃木の身体は紫の装甲に包まれて行った。
 地球に生息する甲殻類、カブトガニを思わせる様なパープルメタリックの装甲。
 決して無駄の無い、洗練されたフォルムは戦士に相応しいものだった。
 その名はカッシスワームディミディウス。
 最強を自負する、王の本来の姿。

「シェアッ!」

 ギラファアンデッドが、黄金の剣を振るった。
 それを左腕の装甲で軽くいなし、矢継ぎ早に叩き込まれた黒金の剣を右腕で受け流した。
 瞬間的にガラ空きになった黄金の胸部に、一撃二撃、素早いパンチを叩き込む。
 今の攻撃で、ギラファアンデッドの動きが止まった。
 刹那、カッシスワームの右脚から繰り出される前蹴りが、ギラファのボディに叩き込まれた。

「クッ……!」

 数歩後じさって、声を漏らした。
 次に奴が起こした行動は、再び双剣を構え直しての突貫。
 そんな力押しで勝てると思われていたとすれば、ナメられたものだな、と思う。
 カッシスワームも、これ以上遊びの様な戦いに付き合ってやるつもりも無い。
 能力を解放するべく、左腕をガッツポーズの要領で眼前に翳した。
 周囲から時間を切り取り、超高速で行動するクロックアップですらも、この能力の前では意味をなさない。
 それは、クロックアップとは比べ物にならない程の超加速。言うなれば、史上最強の超加速。
 この世界に存在する、自分以外の全ての時間を停めてしまう能力。
 その名は――

「“フリーズ”」

 カッシスワームが、その能力名を告げた。
 刹那、周囲の時間は完全に停止し、双剣を振り上げたギラファの動きも停止した。
 フリーズの前には、どんな時間の流れであろうと存在しないと同義なのだ。

「さらばだ、アンデッド君」

 時が停止した空間の中、唯一動く事が許されたカッシスワーム。
 停止したギラファアンデッドの眼前まで歩み寄り、その右腕を掲げた。
 バチバチ、と。まるで稲妻が駆け抜ける様な音を立てる。
 タキオン粒子による紫の稲妻をその身に纏わせ――解き放った。

「フンッ!」
「ガッ……ァァァッ!?」

 時は再び流れ出した。
 カッシスワームの右腕が、ギラファアンデッドを貫いていた。
 ギラファアンデッドからすれば、攻撃しようと走り出した刹那、自分が攻撃されていたのだ。
 当然何が起こったのかも理解できないし、理解出来ない以上、対処のしようも無い。
 黄金の装甲を何度も爆ぜさせながら、不死生物は紙切れの様に宙を舞う。
 10メートル程後方へ吹っ飛んで、その身をアスファルトに叩き付けた。
 その身体は最早、戦闘続行不可能。人間態へとその姿を戻し、苦しげに胸を押さえていた。
 憎々しげに此方を睨みつける男など意に介さず、カッシスワームもその変身を解いた。

「時は私の為だけに、流れているのだよ」

 最後にそれだけ告げて、乃木はロングコートを翻した。
 振り向きすらせずに、哀れに跪いた男の横を通り過ぎて行く。
 最後まで、男の瞳に込められた怒りと悔しさに気付く事は無かった。
 圧倒的な力の差に、取るに足らない相手だと判断したからだ。




 放課後の屋上、長蛇の列の真っ只中に、なのは達は居た。
 遥か後方まで続く人込みを見て居ると、全校集会でもあるのかと思ってしまう。
 屋上を埋め尽くす程の人々の殆どが、たった一つの焼きそばパンを求めて居るのだ。
 それからどれだけ待ったか、ようやくなのは達の順番が回って来た。
 目の前の一人が焼きそばパンを買って、先頭を行くアリサが屋台の前へ躍り出る。
 そんな一同の耳朶に叩き付けられたのは、希望を打ち砕く様な言葉。

「パンは売り切れだ、また明日来てくれ!」

 屋台で売り子をしていた天然パーマの男が、大声で言った。
 後ろに並んでいた生徒達が、不満そうな声を上げつつも散らばって行く。
 目的の物が無いと解れば、退散するのも早かった。
 それから、暫し呆然と立って居たアリサが、声を荒げた。

「えーーーーーーーーーーっ!? 何でこのタイミングで!?」
「ま、まぁまぁ……売り切れじゃ仕方ないよアリサちゃん」
「そうだよ、明日も売ってるんだから、また来ようよ?」

 なのはとフェイトが、アリサを宥めようと肩に手を置いた。
 されど、ここまで並んで売り切れと言うのは、やはり少々酷な物がある。
 「だって……」とか、「ありえなーい」とか、今にも泣きそうな顔で呟いていた。
 既に他の生徒も立ち去った後で、焼きそばパンの前に残っていたのはなのは達だけだった。
 見かねたのか、焼きそばパンを売っていた男がアリサの眼前へと歩み寄って来た。

「何だ、そんなにパンが食べたいのか?」
「そりゃ食べたいわよ……だって今日一日、ずっとこれを楽しみにしてたのに……」
「どうしても……食べたいか?」
「当たり前でしょ……食べたいに決まってるじゃない……」
「やれやれ……全く、仕方のない奴だ」

 天然パーマの男は、本当にやれやれと言った様子で呟いた。
 それから、屋台のパン置き場の中に手を突っ込んだ。
 中から引っ掴んだ焼きそばパンをアリサに差し出し、言った。

「最後の一つだ」
「え……でも、コレ……いいの?」
「おばあちゃんが言っていた」

 突然、男の声色が変わった。
 何を言い出すのかと、アリサは息を呑む。
 背後に控えるなのは達も、一様に男を見詰める。
 男は人差し指を立てた右手を掲げ、天を見上げていた。

「食事の時間には天使が降りてくる。そういう神聖な時間だ……ってな。
 このパンは一つしか無い。四人で食べるには、少なすぎる。そんな時、お前ならどうする?」
「私なら……」

 これまた突然の謎かけだった。
 どうするべきが正解かと考えるアリサに声を掛けたのは。

「私ならいいよ、アリサちゃん、あんなに楽しみにしてたんだもんね」
「うん、だからそれはアリサちゃんが食べて……?」
「また皆で明日買いに来ればいい話しだもんね」
「皆……」

 なのはにフェイト、すずか達三人だった。
 三人が一様に微笑みを浮かべながら、アリサにパンを食べる様に促す。
 これで、夢にまで見た焼きそばパンはアリサのものだ。
 だけど――

「ま、まぁ皆がそこまで言うなら、私が貰ってあげない事も無いけど……
 でも、そういえば私ってば、今そんなにお腹空いてなかったのよね」
「アリサちゃん……?」
「だから……ほら、コレ、皆で分けて食べましょうよ」

 それが、アリサの出した結論だった。
 相変わらず素直になれない所がアリサらしいと言えばアリサらしい。
 くすくすと笑うなのは達を尻目に、パン売りの男が告げた。

「合格だ。このパンはお前にくれてやる。四人で仲良く食べるんだ」

 男が笑顔で、パンを差し出した。
 アリサがそれを受け取り、大声で「ありがとう」と告げた。
 残りの三人も、声を揃えて「ありがとうございます」と礼をした。
 子供たちにパンを与えた男の表情もまた、嬉しそうな笑顔であった。



「なんだ、天道の奴結構いいとこあるじゃないか」

 一連の出来事を眺めて居た加賀美新が、にやにやと笑いながら言った。
 パン売りの男――天道総司を茶化す様に、肘でつつく。
 つつかれた天道は、さも鬱陶しそうに眼を逸らした。
 ある意味いつも通りの対応の天道に、加賀美はより一層嬉しそうに笑った。
 そんな時、不意に目に入ったのは。

「っておい蓮華、そのパンどうしたんだよ?」
「え? これですか? 師匠がお駄賃代わりに残しておいてくれたんですよ?」

 相手は天道総司の(自称)弟子、高鳥蓮華。
 加賀美と共に、天道のパン売りを手伝っていたのだ。
 働かざる者食うべからず、働いた者は食っても良い。
 これが天道総司という男の考え方だ。

「なんだ、今日のお前は本当にいい奴だな! で、俺の分は?」
「無い」
「は?」
「お前のパンは、アレだ」

 天道が指差す先、なのは達が美味しそうにパンを頬張って居た。
 それは、先程天道自身が少女達に渡した最後の一つのパン。
 最後の一つのパン、というのはつまり、どういうことだ。
 考えて、即座に理解した。

「……だぁぁあああ!!! やっぱり前言撤回! どうせこんなこったろうと思ってたよ!」
「一々パン一つで大人げないですよ、先輩……あ、分かってるとは思いますけど、私のはあげませんよ?」
「いるか!! 誰がお前なんかに……!」

 蓮華は完全に加賀美を見下していた。
 そもそも尊敬するべき点が見当たらない為、当然とも言えるが。
 拗ねる加賀美の様子は、この上無く哀れだった。
 そんな様子を見て居た一人の少女が、加賀美に向き直った。

「あの……何だか悪い気がしたので……これ、どうぞ」
「え?いいのかよ?せっかく貰ったのに……」

 金髪の少女――フェイトが差し出すのは、先程貰った焼きそばパン。
 自分の分け前をさらに半分にちぎって、加賀美に差し出しているのだ。
 天道や蓮華とばかり話していた所為でギスギスしていた心が、癒された気がした。

「仕方無いわね……フェイトにだけいい格好させるのもアレだし、私もあげるわよ」

 今度は、先程の金髪の女の子だった。
 無意識の内に、加賀美は自分の口を塞いでいた。

「じゃあ私も! 半分で良ければ、受け取って下さい」

 今度は茶髪をツインテールに結んだ女の子だった。
 無意識の内に、自分の瞳が潤んでいる事に気がついた。

「私もあげますよ。皆で一緒に食べましょう」

 今度は、紫の髪の女の子。
 いよいよ以て加賀美は耐えきれず、号泣してしまった。
 こんなに優しい子供たちが居るなら、学校の教師も悪くない。
 日頃のストレスを発散する様に涙を流し、加賀美は言った。

「みんな……ありがとう、ありがとう……!」

 少女達に囲まれて涙する加賀美を眺める天道の表情は、どこか幸せそうだった。
 後から考えてみれば、天道はもしかしたらこれも計算の内だったのでは、と思う。
 最初の質問で、少女達の人間性を確かめて、その結果は見事合格。
 加賀美にパンを分けることが出来るかどうかで、追加点が決まる。
 天道ならあり得ない話ではないな、と思ったが、何だか悔しいのでそれ以上考えない事にした。




 放課後の屋上での出来事から、数時間。
 ワームの反応を感知し、駆け付けたなのは達が見たのは、破壊され尽くした研究所だった。
 何の研究を行っていたのかは定かではないが、見るも無残な姿となったそれに、以前の面影は無い。
 研究所から逃げ出そうとした人々は既に何人も殺され、血を流して横たわっていた。

「こんな……酷い……」
「生き残った人を救助しないと……!」

 フェイトの言葉に、なのはは強く頷いた。
 今は何よりも早く、人命救助を優先すべきだ。
 一人でも生き残った人間がいるなら、何としてでも助け出したい。
 目下の行動方針を固めて、移動しようとしたなのはの眼前に、一体のワームが立ち塞がった。
 白い体表に、肩から延びた蜘蛛の様な足。このワームには、見覚えがある。

「あの時、倒し損ねたワーム……!」

 アラクネアワームニグリティア。
 昨日の戦いで、赤と黄色の蜘蛛ワームと共に現れた、三体目。
 カブトの乱入によって見逃してしまったそいつが、そこに居た。
 すぐに戦闘態勢に入ろうと、杖を構え直すなのはとフェイトだったが。

「消え……ッ!」

 時既に、遅し。
 感知する事すら不可能な速度で、ワームの姿が掻き消えた。
 そして、もう一度瞬きをした時には、ワームは既に背後に居た。
 されど、今度はワーム一人では無い。
 赤の装甲を持ったライダーが、なのはを攻撃しようとしたワームの腕を抑え込んで居たのだ。

「カブトなの……!?」

 その質問に答える者は、居なかった。
 カブトの口から吐き出されるのは、息を吐いての掛け声のみ。
 右の拳、左の拳。何度も何度も、ワームがパンチを突き出していた。
 だが、カブト相手にそれは全く意味を成さない。
 全て回避され、逆にカウンターによる一撃を叩き込まれていた。
 このワームでは、カブトは倒せない。戦力も、実力も、何もかもが劣っている。
 なのはもフェイトも、直感的にそう感じた。

「ハッ」

 やがて、カブトが空に舞い上がった。
 両腕で握り締めるは、黄金のビーム刃を生成させた短刀。
 クナイの様な形状をした逆手持ちの刃を構え、急降下。
 ワームが反応するよりも速く、刃はワームの脳天に突き刺さった。
 刹那、巻き起こるは美しいとさえ感じる程の爆発。
 蜘蛛のワームは、青い炎と共にこの世から消え去った。

「やっぱり、強い……!」

 仮面ライダーカブトの完全勝利。
 ワームに何もさせない、一方的な戦いの末の決着。
 なのは達を感嘆させるには、充分過ぎる実力の持ち主であった。

「た……助けてくれ……」

 不意に、そんな声が聞こえた。
 助けを求めるその声の主は、この研究所の所員だろうか。
 白衣を着た男が、脅える様にカブトを見詰めて居た。
 突然こんな体験をすれば、恐怖を抱くのも無理は無い。
 すぐに安心させようと、なのはが男に駆け寄ろうとした――その時。
 生き残りの研究員の足元が、爆ぜた。

「――どうして!?」

 下手人は、カブト。
 特徴的な形をした、赤と銀の銃を男に向けて居た。
 ただただ脅えるだけしか出来ない男を尻目に、カブトは歩を進める。
 表情の読み取れない仮面の下、カブトが浮かべるは確かな殺意。
 本当にこの仮面ライダーは、弟切の言う通りの悪人なのであろうか。
 弟切の右目を奪い、人々を苦しめ、今また生き残った人間を殺そうとしている。
 それが、本当に仮面ライダーのする事なのだろうか。

(違う……そんなの可笑しいよ。それじゃ、ワームと同じじゃない……)

 なのはの思いなど意に介さず、カブトは前進を続ける。
 構えて居た銃のグリップを握り、それを銃から分離させた。
 現れたのは、先程ワームを倒した金の短刀。
 カブトクナイガン・クナイモードだ。

「もう、やめて下さい……どうしてこんな事をするんですか!」

 駆け寄ったなのはが、カブトの前に立ち塞がった。
 されど、カブトは一言「どけ」としか言わない。
 カブトには、なのは達と話をするつもりは毛頭無いのか。
 ともすれば、思いが食い違ったままの二人が戦闘になる事は、避けられない。
 なのはとカブト。二人の青の視線がぶつかり合って、火花を散らす。
 所謂、睨み合いと呼ばれる状態だった。
 二人の間を包む、気味の悪い静寂。

 そして、そんな静寂を破るのは――

 ――ブォォォォォォォォォン――

 けたたましく鳴り響く、バイクの駆動音。
 耳朶を叩いた走行音に、なのはとカブトは一様に振り向いた。
 この場に駆け付けたのは、特徴的な形をした青のバイク。
 バイクから降りた男は、すぐに周囲の状況を確認した。
 武器を持った仮面ライダーに、立ち塞がる少女。
 その背後には、脅え惑う生き残りの研究員。
 きっと誰が見ても、同じ答えに辿りついただろう。
 これは最早、言い逃れのしようが無かった。

「お前か……! お前がこれをやったのかッ!!」

 言うが早いか、男は一枚のカードを取り出した。
 カブトムシの絵柄が描かれたそのカードを、銀の装置に挿入。
 それを腰に当てれば、生成された赤のベルトが、男の腰に巻き付いた。
 最早間違いない。この男もカブトと同じ――仮面ライダーだ。

「お前だけは、絶対に許さない……!」

 言いながら、右手を眼前に掲げた。
 それをぐりんと反転させ、左手を突き出す。
 それはさながら、変身の為のポーズの様で。

「変身!!」

 ――TURN UP――

 ターンアップ。
 そう示した電子音の通り、バックルがターンした。
 挿入したカードが裏側に隠れ、表に浮かぶはスペードの紋章。
 そして、バックルから飛び出した青のゲート。
 そのゲートを突き抜けた時、男の身体は完全に変身を遂げて居た。
 カブトとはまた違う形状の、カブトムシを思わせる仮面。
 紫紺のスーツに、スペードの紋章が象られた銀の装甲。
 赤の複眼が見詰める相手は、自分と同じくカブトムシのライダー。
 赤のカブトムシ――仮面ライダーカブト。
 紫紺のカブトムシ――仮面ライダーブレイド。
 出会ってしまった二人のライダー。
 それは、新たな戦いの幕開けを意味していた。


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最終更新:2010年03月17日 12:34