紫紺の戦士ブレイドと、赤の戦士カブト。
 本来の世界であれば、出会う筈の無かった二人。
 二人のカブトは、人々を守る為に戦いの道を選んだ。
 そう。戦う理由が同じ二人が戦う必要など、何処にもありはしないのだ。
 だけど、もう遅い。二人は出会ってしまった。賽は投げられてしまった。
 違う出会い方をしていなければ、きっとこうはならなかっただろう。
 運命の悪戯に翻弄される様に、二人の戦いは始まった。


 ACT.5「謎の戦士」


 きぃん!と、甲高い金属音が響いた。
 ブレイドが振るった剣を、カブトの刃が受け止めたのだ。
 ブレイドの持つ剣・ブレイラウザーは、カブトの武器よりもリーチで勝る。
 カブトの持つカブトクナイガンはあくまで短剣でしかないのだから、それは明白。
 されど、カブトは未だ一撃たりともブレイドの攻撃を受けてはいない。

「ウェイッ!!」
「フンッ」

 再びブレイドが、袈裟斬りに剣を振るった。
 しかし、カブトには届かない。軽く身を翻し、僅かな動きで短剣を構える。
 鳴り響く金属音。またしても、ブレイドの攻撃が防がれた。
 そんな攻防が、既に5分は続いていた。
 研究所を壊滅に追い込まれた事による怒り。
 仮面ライダーでありながら人々を苦しめる者への怒り。
 それらを剣に込めて、カブトに叩き付けるも、それは通らない。

「あんた、仮面ライダーなんだろ! それなのに、どうして人を傷つけるんだ!」

 声を荒げて、剣を叩き付ける。
 防戦一方のカブトから、一向に攻撃を仕掛けて来る気配が無い。
 しかし、激情に身を任せて剣を振るうブレイドに、そんな事を考えている余裕は無かった。

「お前こそ、仮面ライダーにしては随分と目が悪いようだな」
「何だと!」

 初めて聞いたカブトの声には、人を小馬鹿にする様な色が乗せられていた。
 視力なら、ブレイドに変身せずとも悪い方では無い。訳の解らない挑発に、更に怒り心頭。
 ブレイラウザーを突き立てるように、カブトの顔目掛けて突き込んだ。
 その軌道は、カブトの顔面ド真中直撃コース。
 しかしカブトは動じない。

「やれやれ」

 溜息を落とす様に呟いて、カブトが僅かに首を傾げた。
 ほんの数センチ首を逸らしただけで、直撃コースは消え失せた。
 ブレイラウザーはカブトの仮面を掠めて、何も無い空に突き立てられた。
 ブレイドの仮面の下に浮かぶ、一瞬の絶句。その隙を、カブトは逃さない。
 突き込んだままのブレイドの腕を掴み、ブレイドの動きを封じた上で肉薄。

「おばあちゃんが言ってた……男はクールであるべき。沸騰したお湯は、蒸発するだけだってな」

 カブトの言葉に反応するよりも速く、カブトの姿が掻き消えた。
 ブレイドの身体に組み付いた状態から、高速移動「クロックアップ」を発動したのだ。
 何処へ行ったのかと周囲を見渡せば、ほんの一瞬ではあるが、一陣の赤い風が見えた。
 そのまま、赤の風は何処かへと姿を消してしまったのであった。

「逃げられたか……!」

 ブレイドの変身を解除した剣崎一真が、苦々しげに告げた。
 研究所を襲い、生き残った研究員をもその手で殺めようとした。
 赤のライダーへの怒りを燃やしながらも、剣崎は二人の少女に向き直った。
 どうやら、先程襲われた研究員は、すでに逃げ出したらしい。剣崎は安心した。

「……で、君たちは、こんな所で何をしてるんだ?」
「あ……私達は、時空管理局の魔道師です!」
「はぁ? 時空管理局……? 魔道師……?」

 白い服を着た少女の言葉に、剣崎は眉をひそめた。
 魔道師と言えば、つまりは魔法使いという事であろうか。
 魔法使い。あんな少女が魔法使い。つまり、魔法少女?
 当然、そんなメルヘンチックな少女が実在するとは思えなかったからである。




 翌日の海鳴市は、気持ちいい程の快晴だった。
 春の日差しが暖かくて、気を抜けば昼寝してしまいそうだった。
 剣崎一真は、昨日出会った少女達から、半ば強制的に待ち合わせを取り付けられていた。
 何でもあの少女達も仮面ライダーと同じ様に、怪人と戦っているらしい。
 目の前で空を飛ぶ姿を見せられた。簡単な魔法も見せられた。
 戦いの場にわざわざ赴いていた事から考えても、嘘では無いのだろう。
 頭が痛くなる思いだったが、目の前で見せられた物を疑う事も出来ない。

「にしても、魔法少女かぁ。剣崎君にそんな趣味があったなんて……人って見掛けによらないよね」
「俺の趣味じゃない! 本当に居たんだよ、魔法少女が!」
「だって魔法少女だよ、魔法少女。今時深夜アニメでだって珍しいよ!」

 馴れ馴れしい口調で剣崎と談笑する男の名前は、白井虎太郎。
 BOARDが壊滅し、住む場所にも困っていた剣崎を拾ってくれた男だ。
 現在剣崎は、虎太郎の持つ別荘に居候している。
 ちなみに、居候はもう一人居るのだが、今日はこの場所へは来ていない。所謂お留守番だ。

「で、待ち合わせ場所にハカランダを選んだのはどうしてなのさ?」
「調度いいだろ。あの子達も俺達も知ってる共通の喫茶店らしいしさ、ここは」

 興味なさげに「ふーん」などと唸りながら、虎太郎は何処かから持ってきた牛乳を飲み始めた。
 普通の喫茶店なら、持ち込んだ牛乳など飲んで居れば注意されるのだろうが、ここでその心配は必要無い。
 それは何故か。理由は、この喫茶店を経営している人物にあった。

「ただいまー」
「あら、お帰り天音。今日はお友達も一緒なのね」
「うん、調度今日ここに来る用事があったらしいから一緒に帰って来たんだ」
「あらそうなの? ゆっくりしていってね」

 ハカランダの経営者である栗原遥香が、今し方店に入って来た少女達に微笑んだ。
 先頭を歩くのは、遥香の娘である栗原天音。そして、一緒にいる少女たちは。

「虎太郎、あの子達が例の魔法少女だ」

 剣崎が、テーブルに肩肘付いてくつろいでいた虎太郎に告げた。
 虎太郎は心底胡散臭そうな目で剣崎を見るが、一応相手は剣崎を仮面ライダーと知る相手。
 魔法少女というのは俄かには信じがたいが、姿勢を正して居直った。

「あ、こんにちは、剣崎さん! もしかして、待たせちゃいました?」
「いや、俺達もさっき着いたとこなんだ」
「それなら良かった!」

 先陣を切って頭を下げた高町なのはの表情が、すぐに明るい笑顔になった。
 それから、一緒に居た八神はやてと、フェイト・T・ハラオウンも軽い挨拶をする。
 最低限の挨拶と自己紹介を終えた一同は、すぐに本題に入った。

「で……時空管理局って一体何なんだ?」

 最初に話を切り出したのは、剣崎であった。
 それに答えるべく、はやてが説明を開始した。こういう仕切り役は、査察官として行動しているはやてが最も得意としていたのであった。
 そもそも時空管理局とは、本来この世界の揉め事に介入するべき組織では無い。
 本来であれば、管理局は無数に存在する次元世界をその名の通り管理し、世界間の均衡と平穏を保たねばならない。
 一つの世界が余りある力を手にしてしまえば、力を持たない別の世界が脅かされる可能性が出て来る。
 そう行った行きすぎた力……例えば、世界を滅びしかねないロストロギアなど、を管理する。
 そして、管理世界間での質量兵器の使用を制限し、平穏を保つため、生活する上での最低限のルールを作った。
 ざっとではあるが、管理局の概要を説明し終えたはやてが、剣崎の顔色を窺う様に問いかける。

「ここまでの話は、解って貰えました?」
「……つまり、この世界で言うところの、警察や裁判所みたいな組織って事でいいのか?」
「理解が早くて助かります。そう思って頂いて差し支えありません」

 軽く微笑みを浮かべて、はやてが言った。
 剣崎の言った事は、まさしく的を射た解答であった。

「で、なんでその管理局がこの世界で活動してるんだよ? ここは管理外世界なんだろ?」

 それについては、はやて達も説明し難いのであった。
 何故なら、詳しい話ははやて達も知らされてはいない。
 突然この世界の“ZECT”なる組織に協力する事になり、本来なら介入しない筈の事件に首を突っ込んで居るのだ。

「それは……剣崎さん、ZECTって組織は知ってます?」
「……確か、ワームと戦う為の秘密組織だったか。俺がBOARDに居た時に、噂を聞いた事がある」
「そのZECTが、どういう訳か私たち管理局と持ちつ持たれつの関係にあるみたいなんです
 だから私たち時空管理局は、ZECTと協力してワームと戦う事になったって事です」
「ねぇ、それって管理局にとってはルール違反なんじゃない? 僕もまだよく解らないけど、さっきの話とは矛盾するよね」
「おい、虎太郎……」

 口を挟んだのは、虎太郎であった。剣崎が怪訝な表情で虎太郎の肩を掴む。
 だけど確かに、先程のはやての説明とは矛盾する。管理局は一つの管理外世界に肩入れするような組織では無いのだ。
 それなのに、この世界のZECTという組織と協力しているとなれば、矛盾を指摘されても仕方が無い。
 はやては、嫌な所を突かれてしまった、という顔色で俯いた。

「それは――」
「皆、いらっしゃい」

 はやての苦々しげな言葉を遮ったのは、茶髪の青年であった。
 身長は剣崎や虎太郎よりも少し低いくらいであろうか、大きな目が特徴的な好青年であった。
 トレイに乗せた三人分のオレンジジュースを、なのは、フェイト、はやて、の順でテーブルに置いていく。

「おい始、僕たちはまだ何も注文してないぞ」
「天音ちゃんの友達へのサービスだ。お前に持ってきた訳じゃない」

 あからさまに不機嫌そうな虎太郎に、始と呼ばれた男はぶっきらぼうに答えた。
 この二人、あまり仲がよろしくは無いようであった。初対面のはやて達にも、それは手に取るように解る。

「この人は始さん。うちの居候なんだ。かっこいいでしょ?」

 心底楽しそうな声で、始の背後から天音が飛びついて来た。
 始は優しそうな微笑みを浮かべながら、こらこら、等と言って天音を宥めすかす。
 天音はどうやら、始と一緒に居られるだけで幸せらしかった。

「天音、お客さんの前だぞ」
「だから何なの? 別にはしたない事してるわけじゃないでしょ!」

 これまた不機嫌そうに告げる虎太郎など意に介さず、天音はさらりと流した。
 虎太郎が始の顔へと視線を上げれば、始は無表情で虎太郎を見下ろすのみ。
 どういう訳か、その表情にさらに機嫌を損ねた虎太郎は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
 ははあ、なるほどと、なのは達がクスクスと笑い始める。

「虎太郎さん、始さんに嫉妬してるんだね」
「ふん、誰がこんな奴に!」
「虎太郎ってば、そういう所が男らしくないのよね。少しは始さんを見習ったら?」
「うるさい!」

 虎太郎以外の一同が、楽しそうに笑った。
 始も空気を読んだのか、申し訳程度に微笑みを浮かべて、皆と一緒に笑っていた。
 そんな空気が気に入らないのか、虎太郎はいよいよ拗ねてしまった。

「何でもいいから、さっきの話を続けようよ。ほら、部外者はあっち行った」
「部外者とは何よ、私だって仮面ライダーの知り合いなんだから」

 そう言って天音に肩に手を置かれた剣崎は、飲んでいた水を勢いよく噴き出した。
 なのはやはやて達も、剣崎程ではないが驚いている様子である。

「虎太郎、お前なぁ……」
「ご、ごめん剣崎君……この前僕が教えちゃった」

 両手を合わせて、申し訳なさそうに小声で言った。
 天音にそんな情報を流す人物と言えば、虎太郎くらいしか居ない。犯人がすぐに割れたのは、当然と言えた。
 やれやれとうなだれる剣崎に変わって、はやてが切り出した。

「で、昨日の赤い仮面ライダーの話やけど……」
「はやてちゃん、その話は……!」
「ああ、勝手に話進めてごめんななのはちゃん。確か昨日、剣崎君と赤いライダーの戦いをたまたま見掛けたんやったっけ?」
「え……あ、う、うん……! そうそう、昨日たまたま見掛けたあの赤いライダーの話なんだけど」
「ああ、そうそう! たまたまなのはちゃんに見られちゃったんだよな、昨日の戦い!
 で、俺も気になってたんだよ、あの赤いライダー。誰なんだ、あいつは一体?」

 機転を利かせたはやてに一同が合わせる。
 仮面ライダーたるものが、たまたまで済ませていい話では無さそうなものだが、多少の無理は承知の上。
 それよりも気になるのは、剣崎が昨日戦ったあの赤いライダー……カブトの事であった。
 昨日破壊された研究所は、BOARDと関連があった研究施設であった。
 BOARDが壊滅した今、剣崎にとって仲間と呼べる繋がりがあったのは、あの施設くらいだったのだ。
 それを破壊され、大勢の人間が殺されたとあっては、剣崎も黙っては居られなかった。

「あの赤いライダーが、研究所の皆を……!」
「それは違います!」
「え……?」

 なのはが、大声で剣崎の言葉を否定した。

「昨日のライダーは……カブトは、研究所を襲ったワームを退治してくれたんです」
「じゃあ、何でアイツは研究員を襲ったんだ!」
「それは……わかりません。でも、カブトに傷つけられた人がいるのも事実です……」

 弟切ソウは、私利私欲の為に力を振るうカブトによって、光を失った。
 ZECTの一部隊の隊長として戦う弟切は、それなりに信頼出来るポジションに居る。
 その弟切が、カブトを絶対的な悪と断言したのだ。昨日のワームだって、ただワームだから倒しただけなのかもしれない。
 だから、すぐにカブトを信じる事は出来ないと、そう剣崎にも伝えた。
 それから暫しの間話をして、カブトについては保留という事で話は纏まった。

 そんな時であった。店内に新たな客が現れたのは。
 黄色のハイネックの上から、スーツタイプの黒いジャケットを着込んだ男であった。
 眼鏡の奥に、鋭い眼光を光らせる青年は、典型的なエリートらしい印象を抱かせる。
 男は……金居は黙って席に着くと、近くに立って居た始に居直った。

「コーヒーを一つ、貰おうか」

 始の表情は、険しかった。
 これでもかと言う程に眉を顰め、憎しみすら感じられる視線で、男を睨み付ける。
 それから黙って男のテーブルまで歩み寄って、ばぁんっ! と、大きな音を立ててテーブルを叩いた。
 なのは達も剣崎達も、驚いた様に顔を見合わせる。

「何をしに来た。まさか本当にコーヒーを飲みに来たわけでもないだろう」
「おいおい、俺は客だぜ。とんだ接客があったものだな?」

 口角を吊り上げて、不敵に笑う男は、見る者全てに嫌味な印象を与える。
 始の只ならぬ雰囲気も相俟って、店内の雰囲気は騒然とした。
 流石に拙いと判断したのか、始が入口を顎でしゃくった。

「……表に出ろ」
「ふん、いいだろう」

 歩き出した始に追随して、眼鏡の男が退店した。
 それを黙って見ていた一同の間に流れる空気は、やはり穏やかではない。
 首を傾げながら、剣崎が手元に置いてあった水入りのコップを口へと運び、呟いた。

「……なんだあいつ」
「始さん、凄い表情してたね……」
「……さっきからずっと、やけどね」
「え? 何か言った?」 

 はやての言葉に、なのはがきょとんとした表情で問いかけた。
 何でもないと取り繕うはやてであったが、なのはは釈然としない様子であった。
 査察官たるはやての観察力は、やはりなのはやフェイトの上を行く。
 始ははやてを一目見た瞬間、その顔色を僅かに変えた。
 言うなれば「何故こいつがここに居る」とでもいう様な瞳。
 それに、相川始という男の声には、どういう訳か聞き覚えがある。
 もう少しで、何かに気付けそうなのに、あと一歩の所で答えが出て来ない。
 はやてはそんなもどかしさを覚えた。




 ハカランダの出て少し歩いた場所で、始と眼鏡の男……金居は相対していた。
 不敵な笑みを崩さない金居と、敵意剥き出しの始間に流れる空気は、まさに一触即発。
 どちらかが行動を起こせば、すぐにでも戦闘が始まるであろう、そんな空気。

「アンデッド。ここへ何をしに来た」
「取引をしようと思ってね?」
「アンデッドと、取引はしない」

 それだけで、二人の会話は終わった。
 最早話す事など何もない。先に行動を起こしたのは、相川始であった。

 ――CHANGE――

 駆け出した始は、一言だけそう告げて、ベルトとして具現化したラウザーに一枚のカードを通した。
 チェンジマンティス。伝説のアンデッドたるマンティスアンデッドの鎧を身に纏う為のカード。
 カリスラウザーは、カードに封印された姿をそのままにコピーし、その能力を再現する。
 始の身体は漆黒の光に包まれて、すぐさま伝説のアンデッド――カリスへと化身した。 
 握り締めた弓とも両刃の剣ともつかない剣を、金居へと振り下ろす。

「フンッ!」

 しかし、その攻撃は通らない。
 斜め上段から振り下ろしたカリスアローは、金居が掲げた左腕によって阻まれた。
 刀身に触れる事無く、刃の腹を受け止め、軽く振り払ったのだ。
 勢いを崩されたカリスは、金居の真横へと傾れ込み、無防備な体勢を晒す。
 二人が交差した次の瞬間には、金居は黄金の鎧に身を包んだ姿への変身を完了していた。

「シェアッ!」
「ぐぁ……!!」

 二本の双剣、ヘルターとスケルターを同時に振り下ろす。
 黒金の刃と黄金の刃が、強烈な衝撃と共に、カリスの装甲に叩き付けられた。
 そのまま地面へと崩れ落ちようとしたカリスを救い上げる様に、再びヘルターが振り上げられる。

「……ッ!?」

 カテゴリーキングたるアンデッドの一撃は、想像を絶する威力を持って居た。
 振り上げられた一撃によって、カリスの身体は成す術も無いままに吹っ飛ばされてしまう。
 しかし、カリスもさるもの。黙ってやられるままでは無かった。
 すぐに体勢を立て直し、ギラファアンデッドへと突貫する……が。

「トゥッ!!」
「ハッ!」

 振り下ろしたカリスアローと、ヘルターが激突する。
 刹那、単純な力で押し負けたカリスは、ヘルターの力に押し切られるままに数歩後退。
 その一瞬の隙にスケルターによる横薙ぎの一撃が、カリスの腹部へと叩き込まれた。
 声にならない呻きと共に、後方の巨木に激突。そのまま地面へと崩れ落ちる。

「俺と戦うのは無意味だ!」
「黙れ……!」

 己が身体に鞭を打って、もう一度立ち上がる。
 再び駆けより、カリスアローを振るうが、ギラファアンデッドはひらりと身を翻した。
 ヘルターとスケルター、二本の双剣が矢継ぎ早にカリスの装甲を切り裂く。
 倒れこもうとしたカリスの身体への追撃、ヘルターによる一撃が振り下ろされる。
 絶大な破壊力を秘めた破壊剣による一撃は、カリスの背中を強打。
 その場に崩れ落ちたカリスの身体は、相川始としての人間の姿へと戻ってしまった。

「人間どもやワーム共がのさばっている限り、俺達の戦いに決着が着く事は無い!」
「何だと……!?」

 アンデッドの戦いは、一族の繁栄を掛けた戦い。
 闘争本能に突き動かされるままに戦うこのバトルロイヤルに、無意味な戦いなどあり得ない。
 ギラファアンデッドの戯れ言に耳を貸した一瞬の隙に、頭の中で何かが騒ぎ出した。遠くで誰かが暴れているような、そんな感覚だ。
 それはギラファアンデッドも同様に感じたようで、金居もまた人間態に戻って、不敵な笑みを浮かべた。

「ほう。この感覚……下級アンデッドか」

 上級のアンデッドたる始と金居は、他のアンデッドが活動を開始すれば、それを感知する事が出来る。
 始と金居の二人が感じたこの感覚は、何らかの下級アンデッドの破壊活動によるもの。
 どうしたものかと思考する始の耳朶を叩いたのは、先程まで共に居た少女たちの声だった。

「剣崎さん、何処へ行くんですか!」
「アンデッドが出たらしい! 俺は先に行く!」

 次いで聞こえたのは、バイクの駆動音。
 どうやら、剣崎が乗って来たバイクに乗って行ったらしい。
 人間もまた、アンデッドが暴れていれば、それを感知する事が出来るシステムを開発している。
 故に、始と金居の二人がアンデッドに気付いたのとほぼ同時に、彼らも気付けたのだろう。
 金居は既に始と戦うつもりは無いようであったし、今のままこれ以上戦っても勝ち目は薄い。
 ならばより多くのアンデッドを封印し、その力を得てから挑んだ方が利口だ。
 始は金居から目を逸らさないまま立ち上がると、そのまま何処かへと走り去って行った。




 海鳴市の街中で大暴れする、一体の怪人が居た。
 黄色に黒の斑点が特徴的な、ヒョウ柄の身体に、黒の装甲。
 顔面を覆う黒の仮面に、両腕に装着された左右非対称の武器。
 左右非対称の身体に仮面とは、これまさしくアンデッドの証。
 ジャガーアンデッド。その名の通り、ジャガーの始祖たるアンデッドだ。
 雄叫びを上げながら、周囲に居る人間を片っ端から襲って行く。
 そんな中で、一人だけ逃げようとしない人間が居た。白衣を着た、研究員風の男だ。
 果たしてそれは、昨日の研究所での戦いで、カブトに襲われていた男であった。
 ジャガーアンデッドを前にした白衣の男が、みるみる変化して行く。
 次の瞬間には、男は緑の異形……サリスワームへの変身を完了していた。

 ワームは地球の敵。ひいては、地球の覇権を争うアンデッドの敵。
 そう判断してからのジャガーアンデッドの行動は早かった。
 左腕のカギ爪を研ぎ澄まし、即座にサリスワームに飛び掛った。
 当然、ジャガーの祖たる不死生物の移動速度に、並みのサナギワームが対応出来る筈も無い。
 刹那の内に、ワームはジャガーアンデッドに組み付かれた。
 勢いそのまま、腕に備え付けられた鋭利な刃で、ワームを突き刺そうとした。
 されど、思い通りには行かない。刃がサリスを貫こうとした瞬間に、その表皮が溶解を始めたのだ。

「――ッ!?」

 危機を感じて、後方へと跳び退った。
 先程まで緑の装甲に包まれていたワームの身体は、既に別のものへと変貌を遂げていた。
 無骨な蛹の姿とはまるで違う、さながら脱皮した成虫の様なシルエット。水色の身体に、全身に及ぶ黒の斑点。
 何処かテントウムシに似た印象を抱かせるフォルムを持ったワームの名前は、エピラクナワーム。
 両者の間に走る緊張。一拍の間を置いて、エピラクナワームの姿が掻き消えた。
 ワームに備わった能力。超高速移動を可能にする、クロックアップだ。
 速度を活かした戦い方を有効とするジャガーアンデッドでさえも、クロックアップには太刀打ちできない。
 成す術がないまま、なぶり殺しに――される瞬間は、ついぞ訪れなかった。

 この一瞬で何が起こったのか。
 それを説明する為には、視点をクロックアップ空間に移さねばならない。
 ジャガーアンデッドに攻撃を加えようとしたエピラクナワームは、即座にクロックアップを発動した。
 そして、その瞬間に目撃した。クロックアップ空間に入った瞬間、目に入ったのは赤の装甲。
 自分よりも先にクロックアップをして、既にこの場所へと現れていたのだ。

「貴様……何故俺がワームだと分かった」
「簡単な話さ。臭いからだよ」

 赤の装甲を身に纏ったライダー。仮面ライダーカブト。
 例えワームと言えど、人間に擬態している状態で臭いを醸し出すことなんてあり得ない。
 成程、こいつはまともに応えるつもりはないのだろう。だがそれもいい。どうせもう会う事は無いのだ。
 ここでこのライダーを殺して、ライダーシステムを土産に持ち帰ろう。
 その判断の元、エピラクナワームが駆け出した。
 カブトの眼前まで迫り、右腕のストレートパンチを浴びせる。
 が、それは僅かに首を傾げる事で回避され……

「――ッ!?」

 右腕、左腕。連続でカブトのパンチがエピラクナワームの頭部を捉えた。
 怯む隙すらも与えられずに、止まる事の無いパンチによるラッシュが続く。
 やがて、一際力を込めた一撃がエピラクナワームの左頬を殴りつけ、次いで胸板に前蹴りを叩き付けられた。

 ――ONE,TWO,THREE――

 カブトに後方へと蹴り飛ばされて、前のめりになった状態から、何とか上体を起こす。
 顔を上げた刹那、エピラクナワームの視界が捉えたのは、右脚を振り上げるカブトの姿であった。
 最期の瞬間、自分へと落下する脚の動きがスローモーションに見えた気がした。
 だけど、それに反応する事は出来ず……エピラクナワームの思考は、そこで途切れた。




 市街地には既に、紫紺の戦士が駆け付けていた。
 紫紺のスーツに銀の鎧を身に纏ったその名は、仮面ライダーブレイド。
 力任せにブレイラウザーを叩き付けて、ジャガーアンデッドの動きを怯ませる。
 ジャガーアンデッドはすかさず横方向へと跳び退り、ブレイドとの距離を取ろうとする。
 その加速力を生かして、飛び退った地点のアスファルトを蹴った。
 脚を軸に跳びはね、トリッキーな動きでブレイドを翻弄する……筈だった。

 瞬間、ジャガーアンデッドの身体が爆ぜた。
 魔力による爆発と、跳び込みの速度を利用したカウンターの容量だった。
 ブレイドの後方上空で、杖を構えて見下ろしていた高町なのはが、流し目で合図を送った。
 この一瞬を逃しはしない。やっぱり本当に魔法少女なんだな、とかそういう反応は後回しだ。
 ブレイラウザーのカードホルダーを展開し、取り出したカードはスペードの5と6。
 キック力を上昇させるキックローカストのカードと、電撃の力を付与するサンダーディア―のカード。
 それらを立て続けにブレイラウザーに読み込ませることで、コンボが発動するのだ。

 ――KICK THUNDER――
 ――LIGHTNING BLAST――

 頭部のメインコンピュータが機能することで、ブレイドの頭部が赤く発光する。
 稲妻の力をその身に備えて、振りあげたブレイラウザーを、アスファルトへと突き立てる。
 繰り出されるは、必殺の一撃。カード二枚から成せる業、ライトニングブラスト。
 そのまま飛び上がったブレイドは、ジャガーアンデッドへと脚を突き出し、掛け声を一声。

「ウェェェェェェェェェェェェェェイッ!!!」

 ばちばちと右脚に電撃を走らせて、必殺のキックをジャガーアンデッドにお見舞いした。
 ブレイドの脚がジャガーアンデッドの胸部装甲に直撃すると同時、強化されたキックが標的を砕く。
 迸る雷の力が、強化されたキックの威力に加算されて――生み出される、大爆発。
 どごぉぉぉぉん! と、轟音を響かせながら、ジャガーアンデッドの身体が爆発した。
 爆発が収まった後で、その場に倒れ込んだジャガーアンデッドに一枚のカードを投げた。
 空のカードはひゅんひゅんと回転しながら目標に迫り、次いで緑の光と共に封印は完了した。

 ――CLOCK OVER――

 刹那、ブレイドの耳朶を叩いた電子音。
 今さっき封印したカードをしまい込み、電子音が響いた方向へと向き直る。
 そこに居たのは、ここに居る全員が見覚えのある赤の装甲。仮面ライダーカブトであった。
 天を指差すカブトの背後で、めらめらと炎が燃え立っている事から、カブトも今調度戦闘を終えたのだろう。
 ワームを倒してくれた事には感謝してもいいが、カブトにはまだ話がある。
 ブレイラウザーを構えて、カブトに迫った。

「おい、アンタ一体何なんだ! 何で研究所の人を襲った!」
「……何だ、誰かと思えばまたお前か」

 まるでブレイドなど意に介さない様に、さらりと言ってのけた。
 その態度が余計に気に障ったのか、ブレイドはカブトの眼前まで歩み寄った。
 カブトに掴みかかろうとするが……それは難なく回避され、逆にカウンターの要領で一発のパンチをお見舞いされた。
 右ストレートがブレイドのマスクを叩き、ブレイドが一瞬怯む。
 が、すぐに体勢を立て直して、ブレイラウザーを振り払った。

「そうだよな、人々の為に戦う仮面ライダーが、研究所の人を襲う訳ないもんな!」

 頭に来た。こいつは人と仲良くしようという気などまるでないのだ。
 こうなったら、話が出来る状態になるまで戦うしかない。
 こいつが本当に悪い奴なら、そのままライダーの力を奪って無力化する。
 そう判断し、攻撃を仕掛けたのだが……やはりブレイラウザーの一撃は、ひらりと身を翻して回避。
 即座にクナイガンによる反撃がブレイドを待ち受けていた。しかし、ブレイドも只でやられはしない。
 迫りくるクナイガンの刃にブレイラウザーの刃をぶつけ、反動でお互いの得物を弾き合った。
 すぐに追撃に出ようと、ブレイラウザーを真っ直ぐに突き立てる。

 ――その瞬間であった。
 突如現れたのは、漆黒の鎧。ハートの形をした赤の複眼に、刃とも弓とも取れない武器。
 それを振りかざし、三人目の黒いライダーが、カブトとブレイドの間に割って入ったのだ。
 カブトは距離を取って、三人目の動向を窺う。一方でブレイドは、黒のライダーへと声を荒げた。
 上空で杖を構えて待機していたなのはは、突然の出来事にどうしていいのか解らない様子。
 当然だろう。初めて見た者に、どの仮面ライダーが敵でどの仮面ライダーが味方かなんて分かる訳が無い。

「お前……カリス! また邪魔をしに来たのか!」
「……俺の目に映る者、全てが敵だ」

 言うが早いか、カリスと呼ばれたライダーは、ブレイドに背を向けた。
 一瞬の内にカブトとの距離を詰めて、手に持った醒弓カリスアローを振り下ろす。
 咄嗟にカブトクナイガンで防御するが、そんな事は最初からお見通しだ。

「ハッ!」
「……ッ!?」

 最初の一撃に連動した追撃。手の甲を翻し、クナイガンとかち合わなかった方の刃を振り上げた。
 カブトの胸部装甲に眩い火花が奔って、次の瞬間には、赤の装甲は漆黒の脚に踏み締められて居た。
 飛び上がったカリスが、キックの要領でカブトの上半身を踏み締め、反対方向へと跳び退ったのだ。
 反動でカブトの身体は後方へと仰け反り、逆にカリスの身体はブレイドの方向へと跳び込むことに成功。
 ここまでの動作に掛った時間は、ほんの一瞬。完全なる不意打ちでカブトにダメージを与え、次いでブレイドへの攻撃に及ぼうとしているのだ。
 咄嗟の事にブレイドが剣を構え直すよりも早く、勢いそのままカリスが迫る。
 腰を低く落とした姿勢から繰り出される、振り上げる形での一撃。
 なんとかブレイラウザーでそれを防ぐも、やはりカブトの時と同じ。待ち受けていたのは、二撃目であった。
 ブレイドが顔を上げた時には、翻った醒弓の刃が振り下ろされていた。


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最終更新:2010年06月12日 01:27