魔道戦屍リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第四話「蠢く野望」

機動六課のスターズ及びライトニングの両部隊の隊長であるなのはとフェイトの二人が倒された事はフォワード4人に多大なショックを与えた。
なのはとフェイトがたった一人の戦闘機人、それも死人に敗れたのだから無理も無い。

機動六課の医務室でなのはは一人で白い天井を眺めていた。
フェイトは既に体調を取り戻して医務室を後にしてシャマルも今は席を外しているいる為、なのはは一人医務室のベッドの上で横になっていた。
別にまだ身体の調子が戻らないという訳ではない、純魔力ダメージで受けた疲労なら既に全快している。
だが心に空虚な思いが引っかかり起きる気になれないのだ。

その時、医務室のドアが開き小さな鉄槌の騎士がやって来た。

「なのは、大丈夫か?」
「うん…もう平気だよ」
「本当か? 元気無さそうだぞ」
なのはの様子に心配そうな顔をするヴィータ。彼女はかつて目の前でなのはが倒れるのを見ているだけに誰よりなのはの身を案じていた。

なのはは天井を眺めながらふとヴィータに問いかけた。
「ねえ、ヴィータちゃん。ウォーキング・デッド…あの人の事どう思う?」
「はあ? 何言ってんだ?」
「あの人ね…戦ってる時に、あの戦闘機人の子達に笑ったんだ……すごく優しい顔で…それに“ファミリーを守る”って言葉も。……なんとなく分かるんだ、きっとあの人は悪い人じゃないよ…」

思い出されるのは傍らの少女に微笑んだ死人の顔、それは意思無き屍の顔などではなく優しい心を持った人間そのものだった。
故に彼の姿はなのはの心を否応無く揺さぶる。

「そうかもな……でも関係ねえよ。あいつが優しい奴だとしても、法を犯すならそれをぶっ倒すのがあたしらの仕事だ」
「それは分かってる……でも…」

なのはは自分が甘いという事は分かっている、それでもあの人が武器を取る理由を知りたいという想いを捨て切れない。
だからなのはは静かに呟いた。

「お話……聞かせて欲しいな」





地下に居を構える巨大な施設、それは違法の科学者ジェイル・スカリエッティの根城にして戦闘機人ナンバーズと死人兵士ビヨンド・ザ・グレイヴの家でもある。

そしてその施設内に存在する大規模な戦闘訓練用のスペースに黒い影が駆ける。


砂漠を模した砂の大地に幾つかのビル群で遮蔽物を構成された戦闘訓練施設でグレイヴはナンバーズとの模擬戦に興じていた。

手に巨大な二丁銃ケルベロスを携えた死人兵士は雨と降る誘導弾を掻い潜り遮蔽物の間を駆け抜ける。
一向に当たる気配のない自分の誘導弾にウェンディは顔を歪める。
グレイヴはまるで最初からウェンディの放つ誘導弾の軌道を知っているかのように避けていくのだ。

そのウェンディの攻撃にノーヴェがガンナックルで放つ射撃も加わるが彼女の稚拙な射撃では絶望的なまでに当たる気配はない。
だが数だけなら多い二人の攻撃にグレイヴは遮蔽物のビル群の中に追い詰められていく。

「よっしゃあ! 追い詰めたぞ!!」
「そろそろ決めるっす~」

二人はそう言いながら不用意にビルの中へと入っていく、それは彼が最初から仕組んでいた戦略の一つとは考えもしなかった。

入った途端にウェンディのライディングボードにケルベロスの15mm弾頭が正確に当たり一瞬でその機能を殺して、ウェンディの戦闘能力を奪う。
限られた出入り口から顔を出す獲物を狙う事など、最高の殺し屋にして最強の死人兵士である彼にはあまりにも簡単だった。
ちなみにノーヴェを一緒に撃たなかったのは彼女のプライドを傷つけない為の配慮である。

その時、グレイヴの背後に突如として長い髪をなびかせた双剣を持つ少女の影が躍る。
それは今まで強襲の隙を伺っていたディードであった。

ディードは両手の剣ツインブレイズを振り上げてグレイヴの背後から斬り掛かるがその攻撃が彼の身体に触れる事はなかった。
グレイヴは脇下から出したケルベロスで背中越しに銃弾をディードに撃ち込み彼女の身体を貫いていた。
魔力ダメージ弾頭に一瞬で意識を奪われたディードは衝撃に力なく転がる。

「グレイヴウウウウ!!!」

そしてこの模擬戦で残ったナンバーズ最後の一人、ノーヴェは無謀にも一直線に彼に向かってきた。
ノーヴェは脚部のジェットエッジで加速を加えた強烈な飛び蹴りを見舞う。
だがその攻撃はケルベロスの堅牢なフレームに防がれ、ノーヴェは攻撃の反動で体勢を崩して宙を舞う。
そのノーヴェの身体をグレイヴはケルベロスを捨てた左手で補足する。

右手を掴まれて宙吊りの状態になり眼前にグレイヴが握った右のケルベロス、ライトヘッド(右頭)を突きつけられる。

「…これで終わりだ、ノーヴェ」

ビルの中での攻防はグレイヴが微笑みながら言ったその言葉で終了する。
彼が放った銃弾はウェンディとディードに放った二発のみであった。



施設内のとある一角、そこに鎮座するテーブルにナンバーズ5番チンクと11番ウェンディの姿があった。

「くやしいっす! メッチャくやしいっす~!」

ウェンディはそう言いながら手にしたケーキを目の前のチンクに差し出す。
チンクは皿に乗ったそのケーキを受け取ると躊躇することなくさっさと手にしたフォークで口に運んだ。

「デス・ホーラー無しの総弾数20発の条件でも完敗か、これではグレイヴに模擬戦で勝つのは100年後だな」
「ああ…あたしのケーキが、オヤツが~…チンク姉は容赦ないっす~」

ウェンディはまるでこの世の終わりのように嘆く。
この二人は本日の模擬戦での勝敗にオヤツを賭けていたのだが、今日もまた賭けはチンクの勝ちに終わった。


そんな二人の掛けたテーブルの前にグレイヴがノーヴェとディードを連れて現われた。
だがノーヴェの顔は凄まじく不満そうに眉が歪んでいた、理由は模擬戦の勝敗ではない。
彼女の不満の原因はグレイヴとディードにあった。


先の模擬戦で至近距離からケルベロスの弾丸を受けたディードはその魔力ダメージにそれなりに消耗した為、グレイヴに抱き抱えられていたのだ。
それも世間一般で“お姫様抱っこ”と呼ばれる形で。


その姿を見たウェンディは顔を手で隠して“エチいっす、ラブいっす、お姫様抱っこっす~”などと言っていた。
グレイヴはそんなウェンディを軽く微笑んで流し、チンクに話を振る。

「チンク……スカリエッティは?」
「ドクターならEブロックにいる筈だが、しかしちょっと大袈裟ではないか?」

チンクの問いかけに苦笑して返したグレイヴは踵を返してスカリエッティの下に向かう。

「ディードしっかり掴まっていろ」
「は…はい」

グレイヴの優しい囁きにディードは顔を真っ赤にして答え、彼の首に回した手に力を込めて身体を寄せた。

ノーヴェはその場に残りディードを抱いて歩いていくグレイヴの背中を恨めしそうに見つめている。
チンクは幼稚な嫉妬心に駆られる微笑ましい妹の姿に思わず笑みを零す。
ノーヴェはグレイヴになにかと世話を焼かれているだけに彼が他の姉妹に優しくするのが気にいらなかったのだ。
そんなノーヴェの心情を察したチンクは彼女に優しく声をかける。

「ノーヴェ、そんな所に立ってないでこちらに来て座ったらどうだ?」
「…うん」
「まあ、このケーキでも食べろ」
「ありがと…チンク姉」

チンクはウェンディから勝ち取ったケーキをノーヴェに差し出す、ウェンディの“ずるいっす~ひいきっす~”等と言うセリフは華麗にスルーした。
そしてノーヴェの頭をそっと撫でて、優しい言葉をかける。

「グレイヴは姉妹みんなを大事にしているだけだ、そんなに怒るな。あまり怒ると可愛い顔が台無しだぞ?」
「…別に……怒ってない」

ノーヴェは頬を赤くしてそっぽを向く。素直でない妹にチンクはやれやれと言ってまた苦笑いを浮かべた。





管理局に存在する巨大な砲身を宿す兵器アインへリアル。
そのすぐ近くに隣接された小さな施設で“ある銃”の試運転が行われていた。

死人が十字架を操り銃火を巻き起こす。


それは十字架のような形をした巨大な銃で軽く成人男性の背丈を越える全長に、口径は30mmを遥かに凌ぐ大口径であった。
本来は銃でなく砲に分類されるその超巨銃を死人は軽々と操り爆音と共に特殊合金製のターゲットを次々と破壊する。
硬質な魔力障壁を想定したテストだったが巨銃の弾丸はいとも簡単にターゲットを穴だらけにしていく。

その銃の名はケルベロス・センターヘッド。
グレイヴの持つケルベロスのライトヘッド(右頭)・レフトヘッド(左頭)と対を成す地獄の番犬の3番目の首である。
そしてその十字架銃を操る死人兵士の名はファンゴラム。
長いコートにこれもまた長いツバの帽子を身に付け、口に拘束具のような物をつけた不気味な姿は、まるで死を運ぶ死神そのものだった。


自身の得物の試運転をするファンゴラムを眺める一人の男の姿があった。
男の名はレジアス・ゲイズ、最悪の死人兵士ファンゴラムを従えるのに成功した野望を抱く管理局の高官である。
そしてレジアスは近くに立っていた白衣の技術官に口を開いた。

「あの死人の兵器は条件を満たしているのか?」
「はい、AMF下でなら通常の魔道師が相手では話になりません。エネルギーをチャージして撃てばSランク級の魔道師でも防げはしないでしょう。他の死人の改造も順調に行っています、ただ…」
「“ただ”?」
「いえ…あの死人、ファンゴラムがたまに意味の解らない言葉を言っているんです」
「なんだ?」


「その……“グレイヴ”と」



そうして時は時空管理局地上本部での公開意見陳述界に迫る。
レジアス・ゲイズの抱える野望もまた、時と共に確実に完成に近づく。
それはスカリエッティの宿す無限の欲望をも食い尽くさんとする邪悪で歪なる計画である事を、今はまだ誰も知らない。

続く。

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最終更新:2008年01月11日 20:59