魔道戦屍リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第五話「地上本部襲撃(前編)」


「ふ~…さてどうしたものかな…」

男は溜息交じりの独り言を漏らしながら目の前のモニターを眺めていた。
モニターには時空管理局地上本部の様々な資料、それも外部に流出すべきではない警備体制や内部構造という類のものである。
そしてもう一つ、眠りにつき血を入れ替えている最中の死人の姿。

男の名はジェイル・スカリエッティ、自他共に認める天才科学者である。
彼は何かを悩みながらキーボードを無意味に叩いて物思いにふけっている、そんな彼に戦闘機人ナンバーズの長女ウーノは熱いコーヒーの御代わりを注ぎながら尋ねた。

「どうなさったんですかドクター?」
「ああ、ウーノか……実は今度の地上本部襲撃の事でね」
「何か問題でも? 特に不安要素は無いと思いますが」
「グレイヴの事さ」

スカリエッティはそう言いながらモニターに前回行われた戦闘の映像を映す、それはグレイヴが倒したフェイトを確保しようとしたセインに制止をかけるものだった。
そしてもう一つの画像がモニターに展開される。それはスバルとギンガのナカジマ姉妹と聖王の器ことヴィヴィオの姿だった。

「ただの戦闘やレリックの奪取ならともかく、少女を誘拐するとなると彼は賛同しないだろうねぇ、それどころか妨害なんかするかもしれないよ…」
「ドクター……グレイヴが邪魔ならすぐにでも殺す準備はできています」

スカリエッティの言葉にウーノは強い意志を込めた瞳で応える、彼女はこの男の為なら邪魔な者を排除するのに躊躇などはしないのだ。
だがスカリエッティはウーノにやれやれといった感じで首を横に振る。

「いや~、それはダメだよウーノ。身体や武器に色々仕込むだけならまだしも、寝首を掻くなんて芸が無いしフェアじゃあないよ」
「なっ……芸とかフェアとかそういう問題ではありません!!」

ウーノはコーヒーを入れていた魔法瓶をブンブンと振りながら顔を真っ赤にして声を荒げる。
スカリエッティはそんな彼女から溜息混じりには視線をモニターに移すとコーヒーを啜りながら物思いにふける。

(本当にどうしたものかな……どういう反応をするのかまったく読めないなんてねぇ。まあそれも面白いから良いんだが)





地下にそびえる鉄の城、そこはジェイル・スカリエッティの有する研究所。
そして死人兵士ビヨンド・ザ・グレイヴとその妹達、ナンバーズの住まう楽しい家でもある。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

「あああああ!! もう、誰か喋るっすよ!」

ナンバーズ11番ウェンディは彼らに向かって叫んだ。
まあウェンディがこんな風に叫ぶのも無理はない、今彼女の前にはかれこれもう1時間は一言も喋らない無言集団がいるのだから。
先の無言の者達の正体はグレイヴを筆頭にセッテ・オットー・ディエチ・ディードといった生粋の無口系キャラである。

そして彼らはソファに腰掛けてテレビで映画鑑賞の真っ最中だった、無論ポップコーンもなければコーラもなく、ただ静かに眺めているだけだ。
くっちゃべって映画を見るタイプであるウェンディには耐えられない光景だったのであろう、故に彼女は声を上げた。


「静かに」
「ウェンディうるさい」
「今良いところ」
「姉さまお静かに」

「あ~、みんながあたしをいぢめるっす~」

セッテ・オットー・ディエチ・ディード、見事なまでの連携攻撃である。
この流れるような連携技にウェンディは頭を抱えて喚く。
そして、そんな所にクアットロが現われる。

「ま~た、うるさいわねぇウェンディちゃんったらぁ。みんなドクターからお話よ~、次の作戦のだ~いじなお話だから集合よ~♪」

クアットロの言葉に一同はソファから離れる、そして皆と一緒に行こうとするグレイヴの前にクアットロが立ち塞がった。

「グレイヴさん、今日のお話は姉妹だけなんですよぉ? だからちょ~っと一人で待っててくださいね♪」
「………」

グレイヴは静かに頷き、クアットロの言葉に従った。






時は時空管理局地上本部での公開意見陳述会の当日、そして地上本部のとある一室の男はいる。
名をレジアス・ゲイズ、長年に渡り地上の平和を見守ってきた生粋の時空管理局員である。
そして彼の傍らには血の気の無い一人の青年が立っている。

そう、それはまるで“死人”のような血の気の無さだった。


そしてレジアスは通信モニターに映る女性に質問を投げる。

「今日の陳述会での襲撃か……情報道理に行くと思うかオーリス?」
『分かりません、ただ情報源は局に潜入している“機人”ですから可能性は低くは無いかと』
「そうか、では計画の発動準備をしておけ。もし今日だとすれば時期は少々早いが計画を実行する事になる」
『分かりました』
「それとファンゴラム、奴の投入も準備しておけ」
『えっ!? 本当によろしいのですか? もし制御できなくなれば…』
「構わん」
『…分かりました』

会話を終えたレジアスは通信モニターを切り傍らの青年に視線を移すとふと口を開いた。

「お前はどう思うかな? 私の考えは間違っていると思うか?」
「……」
「はっ…答える訳が無いか、死人に口無しとは良く言ったものだ」

レジアスは自嘲的な苦笑を漏らしながら視線を窓の外に向ける。そしてこれから行おうとしている壮大なる謀反に思いを馳せた。

「待っていろ、もうすぐこの地上に完全な平和を与えてやる……今ある全てを破壊してな」






『グレイヴ、準備は良いかい?』
「……」

スカリエッティの通信にグレイヴは無言で頷き手の二丁銃ケルベロスを構える。
二匹の地獄の番犬はその巨大な銃口で静かな威圧感をかもし出していた。

時空管理局地上本部襲撃における確保すべき対象“戦闘機人タイプゼロ”そして“聖王の器”に関する事項は結局グレイヴに伝えられず襲撃作戦を実行する事となる。
これはもしもの場合、彼が妨害や離反をしかねないという可能性を考慮しての事だった。

そうとも知らず、グレイヴは戦闘態勢を整えてガジェットと共に遠距離転送の準備に入る。
そんなグレイヴをチンクが複雑そうな表情で見つめていた。

そして、そのチンクに突然念話通信が入る、それは少し離れた場所に佇んでいたクアットロだった。

(浮かない顔してるわねぇ~チンクちゃん)
(クアットロか…)
(もしかして罪悪感なんて感じてるの~?)
(ああ…少しな、グレイヴを騙すなんて気が乗らないよ…)
(はぁ~、チンクちゃんって本当にお馬鹿なのねぇ~)

クアットロは呆れたようにメガネを指でかけ直して小ばかにしたような笑みを見せる。
その様にチンクはいささか怒りを宿した眼光で睨んだ。

(何っ!?)
(だってそうでしょ? 教えたって喜ばないって分かってるんだから……知らない方が幸せならその方が良いわよ)
(…そういうものか?)
(そういうものよ、チンクちゃんだってグレイヴさんに悲しい顔して欲しくないでしょ?)
(ああ、そうだな……しかし“私だって”という事はクアットロもグレイヴの事を心配しているんだな)
(なっ!? ち、違うわよ! 変な事言わないでちょうだい!)

クアットロはそう言うと即座に通信を切ってそっぽを向いた、離れた場所からでも分かるくらいに彼女の顔は赤く染まっていた。
本来は姉妹の中でもっとも冷静であり冷徹である筈のクアットロの変化にチンクは思わず微笑を零した。

「まったく…クアットロも随分と変わったな」

そう小さく呟きながらコートの内側に仕舞われた投擲専用のダガーナイフを確認して転移魔法陣へと足を進め今夜の戦場である地上本部へと向かった。

こうして小さな機人の少女は足を踏み入れる、血と硝煙の匂いに満ちた地獄の門前へと。




地上本部で行われていた公開意見陳述会。
管理世界の首脳陣を招いて開かれたこの席をスカリエッティもしくはそれに順ずる勢力による襲撃を教会騎士であるカリム・グラシアの持つ希少技能により予言されていた。
そしてその予言は現実のものとなる。

地上本部は突如として現われる無数のガジェット・ドローン、そしてそれを従えて銃火の華を咲かせる死人兵士の猛攻を受ける事となる。


「くそぉっ!!」
「死ねっ! 死体野郎がっ!!!」

地上本部の警備に当たっていた局の武装隊が怒号を発しながら手にしたデバイスから殺傷設定にされた射撃魔法を雨の如く射出する。
だが彼らの貧弱な攻撃では最強の死人兵士を倒すにはあまりに遠く、地獄の番犬の吐き出す銃弾の餌食となっていく。
飛び交う魔力弾の集中砲火を転がり避けながらケルベロスの銃弾が返答として返される、下手な威力の攻撃では傷一つ付かない死人兵士の身体に歴戦の殺し屋としての本能が確実に武装局員の数を減らしていった。


「……」

グレイヴの手にした二丁銃ケルベロスが硝煙と薬莢の転がる音を周囲に満たした時、そこで動く者は彼を除いて皆無となる。
周囲の制圧を終えたグレイヴがふと天を仰いだ時それは映った、それは天空で交錯する二つの光だった。





「くっ! こいつ強えぞ…」

地上本部に迫る謎の魔道騎士、ゼストと交戦に陥ったヴィータはリィンフォースとの融合を果たしているにも関わらず苦戦を強いられていた。
ゼストの魔力はオーバーSランク以上と測定されているだけあって簡単に勝てる相手ではない、他の部隊員を案ずる気持ちもありヴィータの心中に焦りの色が濃くなっていく。

「こうなったら、ギガントで…」

ヴィータがそう小さく呟いた刹那、地上からヴィータ目掛けて高速の物体が飛来する。
それは見覚えのあるロケットランチャーの弾頭、かつて相対した死人が放ったのと同じものだった。

「きゃあああぁっ!!」

ヴィータはそのランチャーの攻撃に直撃して地上へと落ちていく、ランチャーの攻撃と同時に展開された高濃度のAMFにより彼女の防御障壁の出力は絶望的に下がっていたのだ。
突然の救援により眼前の敵を倒せれたゼストは唖然として地上へと目を向ける、そこには手に巨銃を背に棺を持った死人兵士が立っていた。

そして言葉もなく交錯した視線で彼の思考を悟る。
グレイヴは目で語った“早く行け”と。


「すまんな」

ゼストは静かにそう呟くと地上本部へと向かった、かつての親友へと会うために。






「くっそぉ……あの死体野郎がぁ…」

ヴィータは毒づきながら、落下の衝撃にひび割れたアスファルトの上で自身のデバイスを杖代わりにして立ち上がった。
目の前の敵に意識を集中していたとはいえ、以前受けた攻撃で地に落とされるような醜態を晒した事に激しい怒りを呼び起こされる。

そして、そんな彼女の前に件の死人が悠然とした歩調で現われた。




「やってくれたじゃねえか、死体野郎!」
「……」

ヴィータは怒りに燃える瞳で睨み付け手にしたデバイス、鉄の伯爵グラーファイゼンを構えた。
グレイヴもまた無言で以って手のケルベロスを構える。場に鋭く重い空気が流れたその刹那、ヴィータの元に心強い救援が駆け付けた。

「ヴィータちゃん! 大丈夫!?」
「ああ」

それは、機動六課スターズ分隊隊長である高町なのはその人である。
まるで初めて相対した時のような状況でなのははレイジングハートをグレイヴに向けて構える。
そして胸中にかつて親友であるフェイトと初めて会った時の事を思い出した。

(初めては敵同士だった……でも言葉を交わせば、想いを知ればきっと分かり合える…だから私は……)

胸中の走る思いに決心をつけたなのはは、決して屈せぬ強き思いを抱き口を開いた。

「私はなのは、高町なのは! あなたのお名前、教えてください!!」
「ちょっ…なのは、何言ってるんだよ! そんなん意味ねえ…」

ヴィータがそう言いかけた刹那、二人の前に立った死人兵士は小さな呟きを漏らした。
小さな声だった、だが良く澄んだ残響が二人の耳に響いた。

「……ビヨンド・ザ・グレイヴ」

グレイヴの漏らしたその言葉に一瞬唖然とするなのはとヴィータ、だがなのはは彼の言葉を己が胸に刻み付けそして口を開いた。

「グレイヴさん……どうしてこんな事をするのか、お話聞かせてもらって良いですか?」
「………」

返答は無言と共に構えられた巨大な二丁銃、だが彼の目は手の冷たい鉄塊とは裏腹に熱い戦意に満ちていた。
そしてグレイヴの眼光になのはは理解する、彼が何を考えているのかを。
“聞きたければ自分を倒して見せろ”と。

「それじゃあ行くよヴィータちゃん」
「ああ、望むところだ」

こうして最強の死人兵士と最高の砲撃魔道師の戦いが再び始まる。
地獄の番犬と不屈の心の咆哮と共に。






同じ時刻、地上本部の一角においてゼストはかつての親友と相対していた。
男の名はレジアス・ゲイズかつて夢を共にした朋友である。

「久しいな、レジアス」
「ああ」
「一つ聞く……俺と俺の部下を殺したのはお前の差し金か?」
「だったら……どうした?」
「許さん!!」
「そうか……」

レジアスは静かにそう言うと指を鳴らす、音が響くと同時に壁越しに高出力の射撃魔法がゼストに襲い掛かり防御障壁とバリアジャケットを貫通して鮮血を散らす。

「ぐうっ!!」

ゼストは即座にデバイスを構えて壁越しに攻撃してきた未知の敵に構える。
緊迫する空気とは対照的に敵は崩れた壁を跨ぎゆっくりと部屋に入ってきた。

「ではやれ……“ティーダ”」

かつて死した管理局の若き魔道師、ティーダ・ランスターは死人となって再びこの世を歩く。
ただ破壊と殺戮を与える為に。

続く。

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最終更新:2008年01月30日 22:08